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絶対

 ◆


 アンが宝剣を振るうと、メインスの腕と翼が切り落とされる。メインスは何が起こったのかわからなかったようで、なくなった腕を見つめた。


「ふむ」


 切断面から黒い液体が溢れ、切り落とされた腕を元に戻す。

 アンはその場で踏み込んだだけで、ほとんど動いていない。魔術で斬撃を飛ばすことは可能だが、速度と質量を失った斬撃に価値はない。だから、飛ぶ斬撃は前衛職の補助的な攻撃魔術でしかなく、魔術士が好んで使うものではない。

 アンの魔術はその威力・速度ともに、斬撃を飛ばしたわけではない。


「斬撃を転移させたか、呪いの一種でしょうか?」


 メインスが何事もなかったかのように言う。アンも冷静に言葉を紡いだ。


「人間じゃないみたいで良かった。気兼ねなく殺せる」


「酷い確かめ方で……」


 メインスが言い終える前に、アンは宝剣を一文字に振るう。メインスはその攻撃を予測して、首を狙った一撃と判断し、身体を逸らして頭の位置をずらした。しかし、首は見事に切断され、メインスの小さな頭が地面に転がる。

 さらにアンの追撃し、メインスの体はバラバラに引き裂かれていく。加速する斬撃は無数に空間を切断し、周囲の全ての物体を加熱する。それが臨界に達すると、破滅的な収縮が、音さえも飲み込む。

 敵を包み込み、一点に集中させる。アンの最高の攻撃力を持つ魔術である。

 結界内で行われる切断は、逃げることは叶わず、防ぐこともできない。魔術を解くと、加熱した空気が爆発的に解放され、周囲は火の海と化した。


「……」


 アンは手抜かりなくやり切った。一度、殺すと決めた相手に容赦するようなことはしない。確実に当てられる瞬間を狙い、初手から全力をぶつける。


「酷い攻撃だ……。死んだらどうするんですか」


 融解した地面は赤熱化し、その空気を吸うだけでも人は死ぬはずである。その陽炎カゲロウの中に、黒く羽搏ハバタく翼が見える。

 アンは自分が何と対峙しているのか理解していなかった。

 焼け焦げ、炭化し、消滅した体が、一瞬のうちに再形成されていく。その姿はメインスではない。

 蝙蝠コウモリの羽。異様に長い手足。青白い血管が透き通る大理石の肌。落ち窪んだ眼窩ガンカの奥に輝く赤い瞳は、アンの燃える左目とは違い、背筋を凍らせるような血の赤だ。そして、唇からはみ出した長く鋭い牙が、張り付いた笑みからこぼれている。

 悪魔。人はそう形容するだろう。

 だが、すぐにその姿は消え、上から覆いかぶさるように人の肌が生えてくる。再びメインスの形を整えると、彼の制服さえ再現して見せた。


「あなた……、いったい何? 本物のメインスはどこ」


 メインスは可愛らしく小首を傾げて見せる。


「ボクは本物のメインスでもありますよ。しかし、何かわからずにいきなり攻撃してくるなんて、ちょっと非常識過ぎませんか? もう少し、こう……、熟慮ジュクリョと言うか……」


「あなたが邪悪なものだと言うことは、この左目が教えてくれる。あなたが不死者だったとしても、今の攻撃で生き延びられるはずがない」


 不死者の中には力を貯め込み、それを身代わりにすることで生き延びる種類もいる。アンの魔術はそれすらも許さないのだ。全てを焼き尽くし、消滅させる。


「そうですね……。確かに凄まじい威力でしたが、生き延びられないわけではないですね。あなたが防御不能の魔術で効率的に破壊するのであれば、こちらは効率的により被害を少なくするように努めるだけです」


「……」


 アンは内心を隠しながら、次の魔術を展開した。


「へぇ……」


 メインスが感心して周囲を見渡した。

 光が広がり、空まで覆う。無数のアンの輝く幻影がメインスを取り囲んでいた。


「そう……。でも、効きはするみたいだから、続けるだけ」


 自分に言い聞かせるようにアンは言うと、剣を構える。光の幻影たちもその動きに合わせて動く。効率的に防ぐのであれば、その効率を上回る速度と威力を断続的に続ける。

 そうすることしか、アンは知らない。


 ◆


「セシリア君、映像が途切れましたが、どうなっているのですか」


 アルフォンスに問われ、セシリアは辟易する。


「わかんないですよ! こんな何十個も()があって、全部管理できるわけじゃないんですから! 集中させてください!」


 セシリアにはもはや形振り構っている余裕はない。ただでさえ王族の前で緊張するのに、七十人弱の受験者を監視するなど無理な話だ。試験には直接関係ない仕事であるが、王族をナイガシろにすることはできない。

 他のスクリーンは生きているのだ。ひとつくらいどうでも良いはずだ。

 アルフォンスは立ち上がる。視線の先の森の中で、輝きが空に登るのが見えた。そして、黒いモヤが立ち上り、森だけが暗くヨドんでいる。


「試験は中止です。全員に通達してください」


「え……、え? 中止? 本当に⁉」


 セシリアは困惑しているが、アルフォンスは真面目な顔である。そして、王子たちのいる貴賓席に目配せすると、王子も了承した。


「さて、見学者の諸君。試験はここまでのようだ。全員、魔導師たちの指示に従い、街に戻るように」


 いきなりの中止宣言で、見学者は困惑する。とはいえ、王子に理由を尋ねるわけにもいかない。魔導師たちの中にも理解していない者もいるが、何人かの魔導師は行動を開始している。

 インフェルナ校校長のディンセルも、自分の部下たちに指示を出して、生徒たちの安全確保に動き出した。

 アルフォンスが貴賓席に近付き、ジルベルト王子に告げる。


「どうやら、王族という餌には興味がなかったようです。持ち場を離れますがよろしいですか」


「もちろんだ。ここにはヴィテウスもいるからな。自由にしろ」


「ハッ!」


 アルフォンスが砦の屋上から飛び降り、何人かの魔導師もそれに続く。


「王子、姫。お二人も避難を」


「まぁ、待て。セシリア魔導師、アルフォンスが向かった場所の映像を映してくれ」


 セシリアは王子に言われるが、従って良いのかわからない。


「ひ、避難は……」


 宮廷魔術師のヴィテウスに助けを求める視線を送るが、彼もまた映像を出すように促している。


「ライラを、ライラを映しなさい!」


 ライラとはリリアナの名前のひとつだ。王族を守るための宮廷魔術師だが、完全に私情で動いている。しかし偶然にも、その私情と王族のメイが合致し、王子らは見物を続けることになる。


 ◆


 セシリアの鴉が試験の中止を告げる。


「シケンチュウシ、シケンチュウシ! ジュケンシャはチュウオウシセツにヒナンするか、カイシチテンにモドれ! クリりカエす! シケンチュウシ……」


 その言葉に巨大な身体は動きを止めた。


「早かったねぇ」


 深紅の鱗を持つ蜥蜴トカゲ。しかし、その大きさは頭だけでもライムンドより大きく、足を一歩踏み出しただけでも地震かと思うほどの衝撃が伝わる。

 火竜ウルローキはその硬い鱗で、ライムンドの攻撃をほとんど受け付けなかった。


「しゃ、しゃべった……」


 突然、攻撃の手を止めた火竜に、レオが困惑する。ライムンドはそれを隙と見て、攻撃を仕掛けようとする。


「おやめ! もう試験は終わりだよ。施設に入りな」


 ハッキリとそう告げられ、ライムンドも攻撃の手を止める。

 ゴールである中央施設までの道を確認している中、ライムンドたちはこの火竜と鉢合わせし、逃げることすらできずに戦闘に突入したのだ。


「誰なんだ。中止とはどういうことだ」


 火竜はライムンドを見下ろす。


「あたしはヴァヴェル学園の長、フィオ・オドだよ。この体はただのゴーレムだけどね」


「ゴーレム……」


 火竜の尻尾の先にある施設から、幼い少女が現れる。だが、少女のその瞳の奥の深さ(・・)は少女に見えない。彼女がドワーフであることは、魔術士見習いである三人は会ったことがなくても理解できた。

 そして、彼女がこの試験に出てきた紛い物の魔物たちを作り出した魔術師だとも理解した。


「さぁ、みんな、中に……。って、三人だけかい。他の生徒は?」


「え、えっと。まだ、レベル1にいるかもって言うか……。いるって言うか……」


 アニエッラが言うと、オドは眉を上げた。


「そうなのかい。あんたら優秀だねぇ。本当は全員で息を合わせて、ここに到着する予測だったんだけどね。ちょっと、レベルが違い過ぎたんだね」


「……」


「ヴェルデたちはまだ到着していないのか」


「来てないね。あんたたちが一番だね」


 ライムンドはイブカしむ。彼女らの実力ならば、少なくともここまでは来ていても良さそうである。


「迎えが来るまでこの施設で大人しくして……」


 オドが言葉を言い終わらないうちに、セシリアの鴉が彼女の肩に留まる。


「おどガクエンチョウ。ヒガシのモリからマモノがアフれています。そこからヒナンしてください」


「魔物が溢れる? どういう意味だい?」


「レンペイジョウのケッカイナイに、マモノがデてくるアナが……。とにかくセイトのアンゼンをカクホするため、マドウシとゴーレムたちでオサえコんでいます」


オドは話を終えると、ライムンドたちに向き直る。


「砦まで戻るよ。着いてきな」


「ええ? マジっすか? 今来たばかりなのに……」


アニエッラが嘆く。長い距離というほどではないが、魔物と戦いながら徒歩での移動に疲労していた。


「本当の実戦だったら、そんなこと言ってる暇はないよ。さぁ、急いで」


オドがアニエッラとレオの背中を押す。しかし、ライムンドがその行く手を阻んだ。


「待て。中止だと言ったな。それをまるで予想していたかのような反応だ。我らはあなたたちのハカリゴトに利用されたのか。試験はどうなるのだ」


不満を隠そうともしないライムンドに、オドは少しの同情の表情を浮かべ、努めて優しく言う。


「試験のことは悪いようにはならないよ。あたしたちのような魔術士は……、特にヴァヴェルやインフェルナのような貴族たちの息のかかった場所にあたしらには、御上の意向に逆らうことはできない。ライムンド、これから先もこういう理不尽は続くことになるよ」


「そんなことを煙に巻くようなことはしないで欲しい。我々は試験を受けに来たのだ。それを反故にして、ただ付いてこいなどと言われても、納得できない」


 ライムンドの言葉に、オドは彼を睨みつけるように見やる。


「ひとりの人間として扱えと? 半人前の小僧が」


 オドに睨みつけられたら、さすがのライムンドも身を固くする。どう考えてもオドの実力・経験・人脈、どれを取っても敵うところはない。火竜を模しただけゴーレムにさえ手も足も出なかったのだ。


「……悪ったね。確かにその通りだ。あんたらは充分に魔術士としてやっていける実力を持っている。けど、揉めてる時間はないよ。走りながら話そう」


 オドが向かい始めたのは東である。スタート地点である砦は南なので、方向が違う。


「あのー、方向が違うんですけど……」


 レオが言うと、オドが笑った。


「試験の続きをしようじゃないか。使える人手は多い方が良い。東の森に向かおうじゃないか」


 アニエッラが顔色の悪い笑顔で言う。


「いやー、私は帰りたいかなーって……」


「まぁ、そう言わないで。魔導師たちの実戦が見られる機会だよ。この機会を逃す手はないよ」


 オドの手にはいつの間にかロープが握られていた。三つのロープの先端が、ライムンド・アニエッラ・レオの腰に巻き付いていた。オドが跳ぶと、三人は凄まじい力で引っ張られ、強制的に連れ去られてしまった。


 ◆


 練兵所の地下には、迷路のような通路が張り巡らされていた。リリアナたちは知らなかったが、ここは古代の戦争で使われた塹壕跡である。


「うひっ!」


 二人の周囲をゆっくりと旋回する火球が、白い骨を暗闇から浮かび上がらせる。

 至る所に白骨死体が転がっているが、全て朽ち尽きており、スケルトンやゾンビのような不死者としても復活しないほどの状態であった。


「ちょっとくっつかないでくださる? 動きづらいですわ」


 リリアナとディルタは地下に落ちたとき、ルナたちとはぐれてしまった。どうにか二人で出口を探すために、地下道を歩き続けていた。

 幸いなのか不幸なのか、ここには魔物はいないようである。外にある魔物除けの結界が、地下にも届いているようだ。


「そ、そんなこと言わないでくれよ……。頼むよぉ。ボクは暗いところが苦手なんだよぉ」


 ディルタがべそを掻きながら嘆く。


「高いところが苦手、暗いところが苦手。いったい、何が得意なんですの?」


「いじわる言わないでくれよ。泣いちゃうよ、ボク! 他にも狭いところも、水の中も苦手だよ!」


「……良く生きて来られましたわね。まぁ、そのおかげで助かってはいますが……。水の魔術を使えるのに、水が苦手なんてことありえますの?」


「だからわざわざ氷の魔術を覚えたんだよ! 察してくれ!」


 こうして話しているのは、リリアナの提案である。

 明かりはディルタの火の魔術が確保してくれるとは言え、生き埋めの状態は不安になってくる。それにルナたちのことも心配である。気を紛らわしていないと発狂しそうであった。ディルタが先に発狂してくれているおかげで、正気を保っているのである。

 だが、こういうときは動かずに救助を待つ方が良いことは、完全に失念していた。外には魔導師もいるはずだし、ルナたちも近くにいるはずなのだ。

 不安に圧し潰されて、何か行動しなければという思いが、リリアナたちを突き動かしていた。


「なあ、魔術で上に抜けられないのか。支配の魔術なら、何でも操れるんだろ」


「ディルタ、基本を思い出してくださいませ。支配の魔術は操るだけですのよ。形を変えたりするにはもっと力が必要ですし、周囲の圧力を抑え込むのに、どれだけの魔力を消費すると思っているのです。ルナのような魔力量があれば……」


 リリアナは自分で言っていて気が付いた。


「そうですわ。ルナならば地下の圧力にも耐えられるような魔術が使えます。きっと、いえ、絶対無事ですわ。わたくしたちは自分が生き延びることだけ考えましょう」


「死んでるよ、絶対死んでる……。ボクはこのまま地上に出られずに死ぬんだ……」


 リリアナが扇子でディルタの頭をはたいた。


「早く行きますわよ」


 仕方なく手を繋ぎ、先へと進む。

 分かれ道に行き止まり。何度も同じところをグルグルと回り、ようやく上に登れそうな個所を発見する。ディルタの火球か不自然に揺れ、風が吹いているのがわかった。


「外ですわ! 外に繋がっていますわ! 急ぎましょう!」


 ディルタの手を引き、先を急ぐ。微かな光の明滅が見えて、リリアナはその光を頼りに魔術で道を拓いた。

 新鮮な空気を感じ、ディルタとともに外に転がり出る。土塗れの顔で、空を眺めようと顔を上げる。

 そこには天気の良かった青い空はない。全体が黒く染まり、まるで夜の中に入ったようである。だが、夜ではないことはわかっている。黒いモヤのような雲のような、そんな膜が、リリアナたちのいる空間を包み込んでいるのだ。

 その暗闇の中、激しく輝く光がある。

 光の翼を携えた鎧の戦士が、闇よりも黒い翼を持つ悪魔が激突しているのだ。


「うぇ……。ボクは地下に戻ってるよ……」


 もう一度リリアナはディルタの頭を扇子ではたく。


「どうなっていますの……? あの姿は……」


 光の戦士が悪魔の攻撃を受け、空中でバランスを崩す。リリアナは訳もわからず駆け出していた。


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