家なきセラは応えない
◆
カンナは学園を飛び出して、この魔術に溢れた街を堪能した。
真っ白な毛皮の姿は、道行く人の目を惹く。触ってこようとしたり、捕まえようとしてくる者もいるが、持ち前のしなやかな身体で、その手をすり抜けていく。
カンナは狐の姿をしているが、狐ではない。ルナの使い魔でしかない。
ほんの何週間か前に生み出されて、様々ものを理解する即席の知性を与えられ、ルナの記憶の一部を受け継いでいる。
ルナの記憶の中の孤独感は、ルナ自身は和らいで来ていた。だが、カンナは独りだ。
(腹立つぜ、あいつ……。自分は命令されるの嫌いな癖に、人にはガンガン命令してくるんだから)
ルナの元を飛び出して、ルナができていないことを堪能する。それが今、彼にできる唯一の意趣返しである。ルナが街を歩くと、大騒ぎが寄ってくる。
(あいつの心臓は、騒ぎの音色を奏でる鈴だぜ)
肉の焼ける良い匂いがして、店先をウロウロとしていると、店主夫妻が現れてカンナに言った。
「なんだ。使い魔か? どっから現れた」
「ま! 可愛らしい。お腹空いてるのかい?」
カンナが恰幅の良い女将の足にすり寄る。女将は串焼きから肉を幾つか取ってくれた。
「おいおい。通うようになったらどうするんだ」
「別に良いじゃないのさ。こんな可愛い子なら大歓迎だよ」
カンナが肉を食べる間、女将は背中を優しく撫でてくれる。撫でられるのは好きではないが、食べ物を分けてくれた正当な報酬である。
「悪くない味だぜ、店主。もっとバターと胡椒を入れた方が、俺の好みだけどな」
「……しゃべった」
カンナは食べるだけ食べると、さっさとその場を後にする。腹が膨れて、少しだけ機嫌が良くなった。
別に何か目的があるわけではない。孤独な仲間を探しているわkではないのだが、その少女が目について、カンナは足を止めた。
痩せた少女は、ルナの胸下までの背丈しかないように見える。七歳くらいだろうか。古びた服を着ているものの、乞食をしているというほど貧乏でもなさそうだ。
少女はキョロキョロと何かを探している。どうも迷子のように見える。不安そうに見えないのは、迷子になっていることも気が付いていないのかもしれない。
「どうした、子ども。困り事か?」
カンナは放っておけず、少女に話しかける。少女は少し驚いた顔をするが、カンナの姿を見つけると、喜びの笑顔を見せた。
いきなり撫でようとはせず、屈み込んで手の平を見せ、カンナが近付くのを待った。大人よりもよっぽど礼儀正しい対応である。カンナは手の平の匂いを嗅ぎ、体を擦り付ける。
少女はひと通り、毛皮の感触を楽しんでから、自分のやるべきことを思い出したのか、名残惜しむように立ち上がった。
「おい、待てよ。道案内はできないが、人探しなら手伝えるぜ」
少女は頷いた。
「母親探しか。迷子ってわけじゃないんだな。何か母親の持ち物は持ってないのか? 匂いを辿ってやる」
少女は服の中から小さなペンダントを取り出した。あまり高価な物ではなさそうだが、大事なものなのだろう。ボロボロになっている。
ペンダントは開くようになっていて、その中に幻燈が納められている。赤子を抱いた女性。父親の姿はない。
ペンダントの中の匂いは微かでしかないが、カンナは少女の匂いを無視して、別の匂いを嗅ぎ取った。
「付いて来いよ。一緒に探してやる」
少女は嬉しそうに微笑んだ。
「俺の名前はカンナだ。お前は……、セラだな。任せとけって、俺が母親を探してやるから」
◆
街は活気に満ちており、大通りであれば人通りは絶えない。
高い建物の間を飛ぶように探索していたが、セラに合わせるために、地面を歩く。泥は跳ねるし、蹴られそうになる。セラの歩調に合わせて、時々振り返る。
カンナは器用に熟しながら、先導した。
「俺はな。ルナ・ヴェルデってやつの使い魔なんだ。ムカつくやつだけどな」
「え? ルナを知ってるって、何でまた……。へぇ、そんなことがあったのか」
「ルナが親? そりゃ、俺を作ったって意味ではそうだけど、どちらかと言えば、奴隷というか……。まぁ、そうだな。今は自由にしてるけど」
「小さいのに説教臭いやつだ。わかってる。生まれなきゃこんなことも考えることもなかったってな。感謝するかはともかく」
二人は話し合いながら(?)、街を行く。
好奇の目を向けられるが、二人を止めるものはない。魔術士の使いか何かだと思われている。邪魔をすればそれ以上のしっぺ返しがあるとわかっているのである。
カンナがそうして話しているのは、匂いがまだ見つかっていないからだった。自信満々で言ったにも関わらず、近くには同じ匂いはない。
結局、セラの曖昧な記憶を頼りに、出会った場所から遠く離れ、街の外壁まで辿り着いてしまった。
人通りが多く、馬車まで走り始めて、セラとカンナは道の端で小さくなっている。ただ、一台の馬車が通り過ぎると、カンナの鼻に反応があった。
「あの馬車だ! あの馬車を追うぞ!」
馬車はかなり高価な物に見える。豪華な装飾で彩られ、乗っている人物は外からは見えない造りになっている。
実際にセラの母親の匂いではないが、かなり似た匂いだ。すえたような匂い、薬品と香水。
二人は馬車を追った。
しかし、セラの足では馬車に追いつけはしない。途中で足を止めてしまったセラに、カンナは戻ってくる。
「疲れたか? そうか。でも、匂いは覚えたから、追いつけるぜ」
カンナの案内に従って、セラはゆっくりと歩いた。匂いは外壁門の外へと続いている。
街に五つしかない外へ通じる大門だ。人通りはさらに多くなる。
セラとカンナは門の端の方を潜ろうとする。外壁の厚さは相当なもので、その下を通り過ぎる通路は、トンネルのようなものだ。
門の通路では、衛兵と守護ゴーレムが道行く人々を見守っている。検問が敷かれているわけではないが、見咎められることを恐れて、ほとんどの人は道の端には寄らない。
獣一匹と幼い少女の組み合わせだ。衛兵の前を通り過ぎて行かなくても目立つ。
「君、止まりなさい」
ひとりの衛兵がセラを呼び止めた。
「やべ、走れ! セラ!」
カンナが走り出し、それに釣られてセラも走り出した。何も悪いことはしていないが、ここまで来て連れ帰られるのは、ダメだと思ったのだ。
「おい⁉ ちょっと……」
セラたちは素早く門を駆け抜けてしまう。衛兵は追おうとするが、その前に別の少女が出てきて、進路を塞いだ。
「ん? ああ、君の連れか」
「はい。ご迷惑おかけします……」
◆
セラとカンナが辿り着いた場所は、立派なお屋敷の前だった。庭はなく、舗装されていない道に面しており、何ともちぐはぐな印象を受ける。
玄関は見通しが悪い造りになっており、中の様子は伺えない。
「馬車が入ったのはここだな」
匂いの痕跡は、屋敷の裏に続いている。馬の厩舎があるのだろう。
「そうか。記憶にあるのか。じゃあ、ここに母ちゃんがいるかもなぁ。けど……」
セラも戸惑っているのか、警戒しているのか、それとも母に会えるので喜んでいるのか。屋敷が見える位置で歩き回る。カンナもそれに付き合って石塀の上でその様子を見ていた。
屋敷には何人もの人間が出入りしているようで、何人もの人間の匂いの出入りがある。しかもそれは不特定多数の人のものである。
そうして、様子を見ていると、ひとりの男が出てくる。小綺麗な服の男だが、髪も髭もボサボサで、建物と同じくちぐはぐで不揃いだ。
「じゃあ、また来てね! 待ってるからね」
「ああ、ああ。もちろんだ。また来るよ」
女は帰る男を見送り、男は満足そうに笑顔で応えると、名残惜しむように通りの向こうに消える。どうやらここは何かの店のようである。
女がセラの方を見た。少し溜息をついてから、こちらに向かってくる。
髪は結い上げられ、薬品と香水の匂いがする。顔の化粧っ気は意外にも少なく、上品にも見える。が、ドレスは豪奢なものであるのに、胸元から背中が大きく開けられ、煽情的で下品である。
「あんた、ここはガキの来るとこじゃない。家があるんだったら、さっさと帰りなさい」
女は言うが、セラは応えない。女は言うことは言ったというように気を取り直し、屋敷に戻ろうとする。カンナがその背中に声をかけた。
「あんた、この屋敷の人間か?」
いったいどこから声がしたのかと、女は周囲を見渡す。
「ここだよ」
塀の上にカンナの白い毛皮姿を見つけ、女は少し驚いた顔をするが、それが使い魔だとわかると息を吐いた。
「今の使い魔はしゃべるわけ? 気色悪い……。で、どこかの魔術士の使い? 仕事の依頼なら、中の受付に言ってよ」
気色悪いと言われ、カンナはムッとするが、努めて冷静に言う。
「いや、仕事じゃない。この子の母親を探してる。何か知らないか」
「母親? そう言われてもね。こんな子みたことないし……」
セラはペンダントを取り出すと、それを開けて見せた。幻燈を見た女は、眉間にしわを寄せる。
「これは……。あんた、じゃあ、ジーナの娘なんだね」
セラは声こそ出さないが、嬉しそうな顔をする。女はその表情を見て少し息をつく。
「付いてきなよ。会わせてあげる」
セラは女に従って、その後を追った。カンナはついていくか迷ったが、塀から飛び降りた。
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