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三者三様

 ◆


 目前に迫っていた二体のガルムの体が閃光に包まれ、ディルタは目が眩む。地面が盛り上がり、ディルタはバランスを崩して後ろに転がった。坂で一回転すると、背中を誰かに支えられる。

 ロバルトの放った雷撃がガルムの撃ち、ルナの土の壁がガルムの進路を塞いだのだ。それを飛び越えてくるガルムは、オルシアの風で圧し戻される。さらに壁が大きくなり、無数の人型の石像に変わると、その巨体でガルムたちを押さえつける。


「今のうちですわ! 早く!」


 リリアナが声をかける前に、ルナたちは必至で走っていた。

 砦の中に逃げ込むと、朽ちかけた落し戸を、急ぎ魔術で降ろす。門が降りた瞬間に、ガルムの一頭が門にぶち当たって、大きな音を立てた。重い落し戸は朽ちてはいるが、門としての役割を果たしていた。

 門の外からガルムの気配が消えると、ルナたちは息を切らし、床に倒れ込んだ。


「体も、鍛えないと、いかない……」


「その通りですわね……」


「オリィ、大丈夫?」


「う、うん。初めてこんなに走った……」


 砦の中は薄暗いが、天井のランタンが淡い光を放っているため、目が慣れれば見渡すことができた。玄関ホールのような場所である。砦というよりも中は屋敷のような構造だ。


「誰かいるの?」


 ルナが警戒して立ち上がる。その背中にオルシアが声をかける。


「多分いない。風が動く気配がないよ」


「そっか……」


 ひと息つくとルナはディルタに顔を向ける。


「それで……、さっきのは何なの、ディルタ。自己犠牲のつもり?」


 ディルタは息を整え、少し間を置いてから答える。


「ボクのせいで落ちたんだ。責任を取ろうとしただけさ」


「……責任ね。お礼を言っておく。あなたの勇気のおかげで色々わかったから」


「勇気って……」


「みんな、ペンダントを見て」


 ルナに言われ、皆は自分のペンダントを見た。ロバルトとリリアナに、ハントポイントが入っている。リリアナのメモリは15パーセント程度を示し、ロバルトのは10パーセントほどだ。


「これは、どうなっていますの? あれで倒せたということですか?」


「うん。外のガルム。多分あれはガルムじゃない。良く似た生物か、使い魔みたいな。とにかく、人為的に造られた試験用の魔物だと思う。ハイヴも何かおかしい動きをしていたから、間違いないよ」


「使い魔……。あれだけの数の? 使い魔は大きくなればなるほど魔力を使うんだぞ。それをあれだけ用意するなんて、現実的に不可能だろ」


 ロバルトの言うことは尤もだ。


「うん、無理だね。使い魔じゃないとは思う。でも、何かの方法で作り出された魔物であることは間違いなさそう。だって、ガルムが弱すぎるもの」


「弱すぎるって……、ガルムと戦ったことあるのかよ」


「あるよ。ガルムはあんなに足が遅くないし、ハイヴの群れが獲物を諦めるなんてありえない。もし本物だったら、私たちは今頃、生きてない」


「……」


 ルナの断言する言葉に、全員、口を閉ざす。

 授業で本物の魔物を見る機会はある。しかし、第三学位で受けられる授業や講義で、ハイヴやガルムのような、命の危険があるような魔物と対峙することはない。

 ルナは七魔剣の弟子であるし、特別な訓練を受けているかもしれないが、街の中にそんな危険な魔物を持ち込んでいるとは思えない。


「学園の外で、実戦をしたってことか」


 ロバルトが訊ねる。


「学園に入る前の話だよ。でも、今はそんなこと関係ない。相手がガルムじゃないなら、こっちから打って出ても問題ないと思う」


 ディルタが立ち上がる。


「そうか! ボクもなんか勝てそうな気がしてたんだよなぁ」


「あんたねぇ……」


 リリアナも気合を入れた。


「やりましょう。やると決まれば素早く」


 五人は気を引き締めて扉に向かう。

 背後の玄関ホールの天井が崩れ、数匹のガルムが落ちてきた。ルナたちが向かう前に、魔物の方から訪れてくれた。悲鳴を上げながら、済し崩し的な戦闘が始まる。

 ルナは反射的に周囲の瓦礫を支配し、ガルムに投げつける。リリアナは床の石を変形させ、棘状にすることで簡易的なトラップに作り替える。

 砦全体が揺れる、天井から抜け落ち始めた。


「おい! 崩れるんじゃないか⁉」


 ディルタが叫ぶ。ロバルトとオルシアが扉を開けようとするが、床が抜け、五人は地下の暗闇に落ちて行った。


 ◆


 観覧席からは直接、生徒たちの様子を見ることができるし、空中に映し出されるスクリーンを見て、注目の受験者を見続けることもできる。

 配られた小型の観戦鏡フィールドグラスはとても性能が良く、フィオナ王女は大変気に入っている。だが、見えすぎると言うのも考え物である。


「う……。はしたない……」


 フィオナはルナたちの動向を見ていたのだ。当然、空中散布される汚物を見ることになり、気分を悪くする。


「申し訳ございません、フィオナ姫。お見苦しいものをお見せしてしまいました」


 アルフォンスが謝るところではないが、謝らずにはいられなかった。


「ハッハッハ。元気な子らじゃないか。やはり反骨者の教え子は、面白いことをしてくれる」


 少しの嫌味を交えつつ、ジルベルト王子はアルフォンスを気遣う。


「それよりもディンセル校長。このままでは消耗するばかりようだが」


 すぐ近くのレベル1エリアでは、インフェルナ校の生徒らが戦っている。彼らは逃げることを教わっていない。

 レベル1には弱い魔物が大量に現れる。かなりの生徒は無視して奥に向かったが、インフェルナ校の生徒は迎撃することしか考えていないようである。

 魔術士が敵を倒すには、魔術を使う。それはただ敵を倒すよりも、消耗が激しい。倒すだけであるなら、弓でも剣でも倒せるのだ。魔術士の役割とは、戦いにおいて圧倒的不利を覆すところにある。数の不利、力の不利、戦略の不利。

 だから、インフェルナ校の生徒の行動も、間違ってはいないのだ。数の不利を覆そうと、戦っている。ただし、状況はそれを許さない。

 観覧席から近いこともそれを助長している。自分の魔術を見てもらおうと、躍起になっている。

 対してヴァヴェル校は、別に消耗を抑えようとか考えているわけではなく、余りの数に圧倒されて逃げ回っている。彼らは実戦経験が少ない。パニックになっている者も多い。しかし、結果として、魔力の消耗を抑える形になっていた。


「最奥まで辿り着くころ、魔力切れで戦えなくなっている」


 フィオナが言う。

 レベル1エリアは、足止めと消耗させるよう設計されている。その目的に気付かなければ、試験の突破は難しい。インフェルナ校の生徒は、見事にその罠に嵌っていた。


「まだまだこれからですぞ。インフェルナを舐めてもらっては困りますな」


 そういった視線の先のスクリーンに、ライムンドたちが映っていた。彼らはレベル2の魔物と対峙していた。


 ◆


「アニエッラ、泥だ。レオ、目を狙え」


「りょ!」


「わかった」


 ライムンドの指示で、アニエッラは魔術を使い、地面を這うように水を流す。乾燥した地面に急激に水分が浸透し、足場を悪くする。レオの刃の群れが、相手の顔面を狙い、目を傷つける。

 対峙している魔物は、筋骨隆々な人間の体に牛のような頭を持つ魔物、ミノタウロスであった。素早く突進し、手に持つ棍棒や斧などを振るう、危険な魔物である。

 人の体を持つがゆえに、重心バランスを崩すのは容易い。ライムンドは魔物の対処法を熟知している。

 地面がぬかるんだことで突進速度は緩み、無数の刃を避けようとしたことで、ミノタウロスは地面を転がった。そこに飛び込んできたライムンドの拳が、ミノタウロスの頭部を打ち砕いた。


「うっひ……。相変わらずえげつない破壊力ですなぁ。ライちゃんの拳は」


 アニエッラが頭部を砕かれた魔物から目を逸らした。


「なんか……。拍子抜けだね。ミノタウロスってこんなに弱いの?」


 レオが言う。ライムンドは死体を見下ろし、何かを調べている。


「……模造品だ。見ろ。血が流れていない」


 アニエッラも嫌々ながらにミノタウロスの死体に近付く。獣臭さもなく、血の臭いもない。肉に見える部分は黒ずんでおり、生き物の色ではなかった。


「なんなのです、これぇ? 人形?」


「恐らく、ミノタウロスの体の一部を使って作られた、特殊なゴーレムだ。ここまで精巧なものを見るのは初めてだが……」


「じゃあ、ここにいる魔物は、全部ゴーレムですか……。実戦形式とはいえ、危険過ぎると思ってましたけど、どうやら割と安全なのかも」


「でも、この質量の攻撃を喰らえば即死ですよぉ……」


 ライムンドはペンダントに溜まったポイントを確認した。レベル1エリアではどれだけ倒しても雀の涙ほどしか溜まらなかったメモリが、20パーセント程度まで進んでいる。


「三人で分け合うには少なすぎるな。やはり、レベル3か4を目指すべきだ」


「え? でも、この程度の魔物なら、ここで稼いだ方が良いのでは?」


 レベル2で一匹20パーセント稼げるのであれば、十五匹も狩れば三人分の合格点は稼げる。このエリアにも沢山の魔物の気配があるし、少し消耗で倒せるのであれば、それに越したことはない。


「そうやって消耗させるのだろう。1キロを歩かせるのに二時間。直線で行けば十分ジュップン程度しかかからない。魔物を探すのに時間がかかるのかと思ったが、受験者同士で取り合いにならないほどに魔物がいる。受験者は点数稼ぎに勤しむだろうな」


「なるほどですね~。レベル4に到達したころには、魔力はカツカツって寸法ですかぁ」


「レベル4を超えられなければ試験は失格……」


「ああ。想定以上の魔物がいると考えて間違いない。それもこのペンダントを届けるための中央の施設、その入り口に陣取っているかもしれない」


「となると、自分たちの構想は失敗ですか。レベル3でポイント稼ぎながら、他の受験者を待って、余ったポイントを分け与える……」


 ライムンドたちは素早く試験を終えることは、ハナから捨てていた。なぜならば、公開試験の趣旨と噛み合わないからである。

 公開試験では、有力者らが未来の魔術士を探しに来る。そうであるなら、試験を早々に終わらせることは、その機会を減らすことに繋がる。時間による評価の上下は、嘘にならない程度の嘘だと考えていたのだ。

 ポイントを分け与えられるルール。献身。

 皆で手を取り合ってゴールすることを試験(・・)が望むなら、その通りにしてやろうと考えていた。


「消耗を抑えつつ、先を急ぐ。構想の原型は変えない。レベル4の最奥を威力偵察し、他の受験者を待つぞ」


 ライムンドが駆け出し、アニエッラとレオも駆け出す。

 彼らの読みはある意味では正しかった。


 ◆


 アンとメインスは、ルナやライムンドたちとは別の方向へ走っていた。

 同じ道程を辿ると、獲物の取り合いが発生するし、空を飛んで行ったルナたちにはどうやっても追いつけない。先行する彼女らの後ろは、獲物が少なくなるはずである。迂回を余儀なくされた、ということにした。


「レベル3エリアまで来たみたいですね。獲物の質が変わりました」


 メインスが魔物から剣を引き抜く。この辺りの魔物は狩り尽くしたようだ。その足元には無数の死体が転がっている。

 ここにいる魔物は、比較的大型に分類されるものたちが多いようである。二人はこれが良くできたゴーレムであることは、とっくに気が付いていた。

 ここは木が一定間隔で生えた人口の森だ。この練兵場の三割程度の面積を占める。見通しは悪くはないが、隠れる場所も多く、危険な場所でもある。


「あの使い魔が気になりますか?」


 アンが少しだけ視線を空に向けた。空中には黒い影があり、アンとメインスを追っている。セシリアの鴉は付かず離れず、二人を監視している。

 アンは何も言わず、メインスを振り返る。何の予備動作もなく、アンの魔術が発動し、閃光が放たれる。それは上空を引き裂き、拡散した光は鴉を撃つ。突然の攻撃に、鴉は逃げることもできず、全身を灰に変えて消滅した。


「……失格になってしまうのでは?」


 アンはメインスに視線を向ける。その左目に宿る炎が一層の輝きを放ち、メインスを捉えている。


「試験には合格するつもりだった。けど、それよりも、優先することができた」


 アンが袖を捲り上げ、腕を正面に掲げて見せる。そこには可愛らしい腕輪が付けられており、宝石と金の装飾が施された豪華なそれは、制服には不釣り合いである。


「テール、ドンヌ・モワ・タ・フォルム。アストラリーズ!」


 アンが呪文を唱えると、光が彼女を包み込み、その形を変えていく。光が収まると、ドレスを着た戦士がメインスに宝剣を向けていた。


「お前はここで殺しておく!」


 戦士の姿となったアンが叫ぶ。

 メインス顔が歪み、心底楽しそうに笑っていた。彼の背中から黒い翼が生え、軽々と大剣を構えてみせた。



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