変質した偏執
◆
深夜の街を二人の男が足早に通り過ぎる。
アルフォンスとグリオンだ。
グリオンはイーブンソード邸襲撃事件から、しばらくは休みをもらっていた。ヴァヴェル学園への就職が決まっていたが、今までの蓄えもある上に、今までなかなか取れなかった子どもとの時間を過ごしたかったからだ。
アルフォンスはオリエンスの自宅を調べるために、前衛を必要とした。彼の自宅は学園にほど近い場所にある。
「せっかく、ミリアがようやく眠ったところだったのに」
ミリアはグリオンの二歳の娘だ。お気に入りのアルフォンスの突然の登場に、眠り始めていた彼女は興奮して、はしゃぎ始めてしまった。今頃、妻モリーは苦労しているだろう。
「深夜に呼び出せる腕の立つ戦士は、あなたくらいしか思いつきませんでした。申し訳ありません」
グリオンは軍を事実上の首になったとはいえ、その実力と経験は本物である。
竜騎兵であるので地上戦は専門ではないが、白兵の実力は国内屈指であるとアルフォンスは思っている。
「なんだ。いやに素直だな。可愛い弟子が心配なのはわかるが、落ち着かないと足元を掬われるぞ」
アルフォンスはルナとは直接の面識はない。公開試験のとき、空中のスクリーンと、遠くから見た限りだが、以前の仕事の都合上、視力も記憶力もとても良い。可愛らしい少女であることは、見て知っている。
「では言い換えます。無職のあなたなら深夜に呼び出しても問題ないと考えたのです」
「その調子だ!」
オリエンスの自宅前には、既に連絡を受けた二人の衛兵が待機していた。アルフォンスとグリオンの姿を見て敬礼をする。
「ご苦労。やはり、中から気配はしませんか」
「はい。フォルスター魔導師。呼びかけにも答えず、物音ひとつありません」
「よろしい。突入しますが、相手は結界魔術士です。私が安全だと言うまでは、決して前に出ないでください」
「ハッ!」
オリエンスの自宅は、三階建ての一戸建である。足元の壁に窓があることから、半地下とさらに地下の部屋もありそうだ。
アルフォンスは指先から糸を放つと、躊躇なく玄関を破壊する。
切り刻まれた玄関の縁には、魔術的効果があったはずの模様が刻まれていたが、それを無視する破壊が及ぶ。魔術が発動する前に、魔術の儀式を発動してしまえば、何もかも無意味だ。
もちろん、それだけでは全ての結界を破れるわけではない。アルフォンスは瞬く間に家中に糸を張り巡らし、罠の魔術の気配を無効化していく。
「入りましょう」
アルフォンスたちは慎重にオリエンスの家を調べていく。
中はひとり暮らしの男の家とは思えないほど整頓されており、本棚のほんの分類まで図書室のように整理されている。埃ひとつない整然とした室内に、アルフォンスたちは土足で踏み入った。
「確か、家政は雇ってないんだよな。魔術でここまで綺麗にできるものなのか」
グリオンが剣の先を向けながら、周囲の気配を探っていくが、報告通り、何の気配もない。
アルフォンスは兵士たちに上階の探索の指示を出す。おそらく上階には危険はない。
地下へ続く階段を見つけ、グリオンが先導することになる。
「なんだよ。さっきは前に出るなって言ったじゃないか」
「あなたには言っていません」
腰から下げた夜光石の光と、アルフォンスの魔術の光で、薄暗い地下を探索する。地下もある程度は綺麗にされているが、さすがに部屋の隅の方には埃が溜まっている。
半地下の部分は倉庫か何かのようで、古びた家具や、壊れた魔道具などが雑然と置かれていた。上階の様子とは明らかに違う。子どもが興味を失ったおもちゃを放置したこのようである。
予想通りさらに下に降りる階段があり、その先の扉の鍵をこじ開けて、二人は最大限の警戒をしながら奥へと進む。下の階は地下の割には広く、いくつかの部屋があった。だが、そのどこからも何の気配もなく、グリオンは少し拍子抜けする。
「魔物でも出てくるかと思っていたが……」
「そうですね。地下には魔術による罠などは少ないようです。どうやら、ここがオリエンスは日常生活を送る場なのでしょう」
部屋の扉を開け放ち探索していく。そのひとつの部屋は、地下牢となっており、頑丈そうな拘束具や、何に使うか理解できる様々な形の道具などが置いてあった。地下牢には魔術封じの陣が刻まれている。地下牢の鍵はなく、中に入ることは難しそうだ。
だが、それ以外は取り立てて変わった場所はない。
「他に魔術の気配はないのか」
「……あるようには思えません。僕に感知されないくらい巧妙に隠しているか、それとも……」
アルフォンスはもっとも怪しい地下牢を、魔術的に検査し始めた。グリオンはひとり、別の部屋の探索をする。
経験上、魔術士が何かを隠すとき、そこには魔術は使わない。魔術士は魔術士であるが故に、魔術に頼りたがる。アルフォンスですらそうであるのだ。
だから、グリオンはもっと単純なことを考えた。
グリオンが調べたのは、書斎のような部屋だ。
魔術士らしく、意味不明の道具や、散乱したメモなどが机の上に広がっている。雑然としており、生活感がある。ただ、本の並びだけは繊細に分類されている。
始めは本棚に何か仕掛けがあり、スイッチでも隠されているのかと考えたが、何もない。次に机の下や、テーブルの棚の中の仕掛け棚などを探すが、それもない。
グリオンは魔術士の気持ちになって考えた。魔術士はインテリだ。
魔術士は魔術を使う。自分の研究や秘密を守るときに、魔術を使って安全を確保する。古来から変わらない、当然の帰結だ。だから、魔術士は魔術士の秘密を探るとき、同様に魔術で暴こうとする。
(もっと予想外で、単純で、魔術を使わなくても隠せそうな場所か)
魔術士は変化を常に加えるが、自分自身の変化自体は嫌う。魔術の発動にはイメージが必要であり、自宅ではそのイメージを十全に発揮できる。だから、魔術を施す場所は、変化しない場所が望ましい。
例えば、扉に施された結界魔術は、柱や壁などに刻まれている。そう言った場所は変化が乏しいため、イメージが定着し易い。
対して、水が流れるような場所、トイレや炊事場などは、魔術に最も適さない場所だと言われる。流動する水や、汚れ、臭いなどが、イメージの構築を阻害する。
アルフォンスは優れた魔術士だが、相手も優れた魔術士であるが故に、そう言った場所には何もないと思い込んでいる節がある。
地下の小部屋のひとつに、トイレがあった。何の変哲もない水洗トイレだ。綺麗に使われており、汚れも臭いも少ない。
グリオンは剣を仕舞い、便座の蓋を閉めたままそこに座ってみて、考える。そして、立ち上がると正面の開け放たれている扉を見た。他の部屋と同じ扉だが、少しだけ厚みがある気がする。
扉を閉め、仕掛けがないか確かめる。叩いてみると他の扉と違い、空洞があるように思えた。
そこまで来て面倒になったグリオンは、ナイフで扉を切り裂く。なるべく中身は傷付けないように、それでいて力任せだ。
「これは……」
幾つもの小さな紙が貼られた掲示板のようなものが現れた。
板には幻燈が大量に張られている。明らかにひとりの人物、ルナ・ヴェルデだけを狙って撮ったものだ。
魔術を使えないグリオンだが、偵察し、それを幻燈に映して、証拠を残すことが多かった。その大変さも知っている。これだけの幻燈を作り出すには、それ相応の労力が必要だとわかる。
もしかしたらオリエンスは、魔道具を使わなくとも自分で簡単に幻燈を作り出すことができるのかもしれないが、それでもこの執着心は異常だ。
どれも目線がこちらを向いていないことから、隠し撮りであることは明らかだ。中にはあられもない姿のものもある。
そのひとつに、見たことのあるものがあった。緑のドレスを着た姿の女性だ。幻燈の中の女性はルナの顔ではないように見えるが、意味することはひとつである。
「そういうことか。ま、命の恩人の秘密だ。守ってやるか……」
グリオンはその幻燈だけ懐に収めると、扉を開けアルフォンスを呼んだ。
「アル! 見てみろ、面白くもないものが……」
「グリオン! 援護を!」
同時に声が響いた。グリオンは反射的に剣を抜き放ち、アルフォンスのいる地下牢へと急ぐ。
地下牢の格子の奥で、何かが渦巻いている。何かが向こう側から現れようとしていた。
◆
ルナは身を起こそうとするが、オリエンスのナイフを持った手を捻られる。ナイフが地面を転がり、金属音を響かせる。
体を無理矢理引き起こされ、ルナは痛みで身悶えするが、振りほどくことはできない。
オリエンスの息を間近で感じて、鳥肌が立つ。
「お前の秘密を俺は知っている」
ルナはオリエンスを睨みつける。
「何を知っているって言うんですか」
「不思議か? 俺はお前よりもお前に詳しいのだ。お前がフォルスターに脅されていることも、俺の気を惹くために騒ぎを起こしていることも知っている」
「は?」
「ドレス姿になれないのはな。この空間は、俺がお前のためだけに作ったからだ。誰にも邪魔されない……。あのフォルスターすら入ることはできない空間だ」
「何を言って……」
「……わかっている。すぐには素直になれないよな。でも、この空間の時間は長い。誰にも邪魔されずにゆっくりと愛を育める」
ルナは吐き気を催すが、それを飲み込む。
「そう……だったんですね。ずっと私を見守ってくれていた。あなただったんですね……」
「そうだ。もう何も心配はいらない。俺がお前を救って見せる」
ルナは息を吐き、体の力を抜いた。それを見て、腕を持っていたオリエンスの力も緩む。
「ありがとう。あなただけが私をわかってくれている。そう言うことなんですね」
「そうだ。だから……」
ルナは思いっきり足を蹴り上げ、オリエンスの股の間を蹴り上げる。だが、それは結界によって防がれる。
「……残念だよ。まだ素直になれないようだ」
「くせぇんだよ、息が。窒息して死ねよ」
奇襲は失敗し、また握られた腕に力が入る。痛みが走るが、ルナはそれでも思いっきり引っ張った。オリエンスの姿勢を崩すほどの体重はルナにはない。それでもオリエンスは抵抗されないように全身に力を込める。
突然、走った痛みにオリエンスは身を捩る。自分の踵に白い何かが張り付いている。
「ぐぎゃ!」
腱が噛み切られる感覚でオリエンスはもんどり打って倒れた。間髪入れず、その股間にルナはもう一度蹴りをお見舞いする。今度は柔らかい感覚が足に伝わる。
オリエンスは目ん玉が飛び出そうなほど目を見開き、口を開ける。叫び声すら上げることもできず、その場で縮こまる。
そこにもう一度、蹴り。トドメだ。オリエンスは白目を剥いて、動かなくなった。
ルナは荒くなった息を整え、乱れた髪を正した。
「はぁ……。トドメを刺すときは確実に、入念に。中途半端は逆上されるだけ」
人生で学んだ非力な女の生きる方法である。
ルナは治癒魔術を使って、オリエンスの背骨を歪めた。これで体の自由は利かない。後遺症が残るかも知れない危険な行為だが、容赦するつもりはない。足の止血だけはしておく。ナイフを拾い上げ、腰の鞘に仕舞う。
そして意識だけを回復する魔術を使った。
魔力を放出する魔術は掻き乱されてしまうが、治癒魔術のような接触し、体内で完結する魔術は通常通り使用できた。結界を失い、接触できる機会を伺っていたのだ。
「あ、が……、な、なに?」
オリエンスは苦痛に身を捩ろうとするが、体の自由が利かない。手足を縛られているわけでもないのに、体が全く動かない。
見下ろすルナは髪をかき上げ、微笑んだ。
「どうですか。思い通りにしようとしていた人に、思い通りにされるのは」
オリエンスは口を開くが言葉が出てこず、間抜けな顔でルナを見上げるだけである。
「ルナ……」
カンナがルナに呼びかけるが、ルナは無視してオリエンスに告げる。
「オルシアとイルヴァさんをどこにやったんですか。無事に返してくれれば、魔物にこのまま喰い散らかされなくて済みますよ」
ルナが冷酷に言うと、オリエンスはようやく言葉を思い出した。
「なぜだ⁉ 俺はお前の理解者だ! お前がいつも俺を見ていたことを知っているぞ! 恥ずかしそうに目を逸らしていた! 俺のことが好きだから……」
「あんたが気持ち悪い目で見るから、それを避けていただけだっつーの。さっさとオルシアたちの居場所を言え! 本当に殺されたいのか!」
「そ、そうか! まだ照れているのだな⁉ そうだろ⁉」
「……」
ルナがもう一度蹴り飛ばそうかと考えていると、カンナが叫ぶ。
「ルナ、まずいって!」
「なんなの⁉ オリィたちの居場所を……」
ルナも黙るしかない。空間の先、カンナが指し示す先に、それはいた。背景がゆっくりと動いている。いや、背景ではない。景色を覆い尽くすほどの巨体が体を起こしている。
巨大な、余りにも巨大な瞳。巨大な身体。
遠近感がおかしくなるこの空間であるが、測るまでもなくそれは大きい。デカ過ぎる。空間を埋め尽くすほどの巨体が、のっそりと動いている。
無数の瞳は周囲を見渡し、そしてルナと目が合った気がする。それが笑った気がした。
「…………」
ルナは一歩下がった。本能が告げている。これは戦って勝つとか、そういう次元のものではない。
無数の手が建物を圧し潰し、こちらに迫る。走って逃げられるものではない。だが、逃げずにはいられない。だが足が動かない。
それでもカンナが体当たちして、ルナは正気に戻る。
「ルナ! 走れ!」
「ま、待ってくれ! 助け……」
オリエンスを運ぼうと考えるが、今の少女の力では不可能である。
カンナが肩に飛び乗って、背中に蹴りをガンガンと当ててくる。とにかく走った、オリエンスの悲鳴が聞こえる。
間に合うはずもない。背後に破壊の波がせま――――――
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