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最終試験

 ◆


 第二試験が終わったころ、街は賑やかだった。

 そうであるのに大門から統律城オルドラムまで一直線に続く大通りは、ほとんど人がいない。その代わり、そこに面した建物には、そのイベントをひと目見ようとする者たちが、屋根に上り、壁に張り付き、窓から身を乗り出している。

 衛兵隊長であり、魔術士であるロートベットは、目に見えない空気の防御魔術を展開し、攻撃に警戒していた。

 王族の乗った六頭引きの馬車が、ゆっくりと大通りを進んでいく。馬車は屋根がなく、乗っている人物は、姿を白日に晒していた。警戒する衛兵にとっては、良い迷惑である。

 飛竜ワイバーンに乗ってやって来た彼らは、城に直接降りれば済む話である。敢えて郊外で馬車に乗り換え、こうして人目を惹いている。


「早く着いて良かったよ。この辺りは天気も良いし、どこかに別荘でも建てようか」


「王族所有の別荘は、既に五つはある」


「それは父の所有だろ? 僕が自由にできるのが欲しいんだ」


「ジルお兄さまはそう言って建てた屋敷。すぐ忘れる。五つある屋敷の内、どれかはお兄さまが建てたもの?」


「ハッハッハ! そうかもしれないな。あとでドレバンスに確認しよう」


 若い男女が話している。女の方は少女と言える年齢で、男の方は成人している。

 どちらも赤金色の美しい髪をしており、豪華な衣装は王族のみが身に着けることを許される、細長く白いトネリコの花に囲まれた、太陽と月を抱く赤いワシが描かれている。

 男の方はルトロネル王国第四王子ジルベルト・ルトロネル。

 少女の方は第七王女フィオナ・ルトロネル。

 学園都市ミネルヴァを有する、世界に名だたる国家の王室の二人である。

 ジルベルトは大通りの進む馬車の上で、笑顔で周囲に手を振り続けた。観衆から歓声が沸き起こり、まるで凱旋パレードのように熱狂している。


「これだけ歓迎してもらえるならば、月に一度は訪れても良いかもしれないな」


「左様でございますか。そのように取り計らいましょうか」


「ドラウス。顔に厄介なことを言うなと書いてあるぞ。冗談だ。だが、お前の動向を確認するために、悪くない考えかもしれんなぁ」


「お戯れを……、殿下」


 市長であるドラウス・ベルキオン伯爵は、馬車には乗らず、その脇を馬に乗って並走している。

 貴族であるドラウスは、王族を守護するのが仕事である。

 そのために今は鎧を着こんで身ひとつで、護衛兵となり下がっている。毎月こんなことに時間を取られるなど、考えたくもない。ロートベットの魔術で守られているとはいえ、それを突破する魔術士が潜んでいないとも限らない。

 ゆっくりと進む王室の相手をしていると、正面から一騎が近付いてくる。


「アルフォンス! 迎えに来ないのかと心配していたぞ!」


「ジルベルト殿下、フィオナ姫。ご無沙汰いたしております。今し方、第二試験を終えたところでございます。お迎えが遅れましたこと、どうかご容赦くださいませ」


 アルフォンスはドラウスとは反対側を守るように、馬車と並走する。ロートベットに目礼して、守備に入った。


「そうであったな。今は魔導師か。お前が人に教える立場になるとは……」


 ジルベルトが感慨深そうに言った。彼はアルフォンスより年下だが、なぜかアルフォンスに対して世話を焼きたがる。

 王族が目を掛けてくれるのはありがたいことではあるが、七魔剣が王子のひとりに肩入れすると、面倒に巻き込まれる。それは遠慮したいところだ。


「アルフォンス。弟子を取ったの、本当? しかも、私と同年代だと……」


 フィオナが馬車から身を乗り出して、アルフォンスに手を伸ばそうとする。


「危険ですので、身を乗り出さないでください」


 アルフォンスはそっけなくフィオナをあしらう。


「むぅ……。弟子を取るなら、私の教師をしてくれれば良かった」


「こらこら、フィオナ。王族が魔術を習うわけにはいかないだろう。アルフォンスが教師だと、いずれどこかの国に嫁いだときに、困ることになるぞ」


「そのときはフォルスター家に嫁ぐ」


「ふう。困った子だ、フィオナ」


 王族たちのやり取りは聞かなかったことにして、馬車は進む。


「それよりもお前たちの言うイベント(・・・・)は、まだなのか? そろそろ手を振るのも疲れてきたのだが」


 ドラウスは厳しい口調で言う。


「もう始まっております。どうか油断なされぬよう」


「ハッハッハ! 楽しみだ。いや、まったく!」


 上機嫌な王子は、馬車の縁を叩いた。不機嫌そうな王女は、頬を膨らませてそっぽを向く。


 ◆


 第三試験の会場は、郊外にある軍の練兵場である。

 二キロ四方程度の敷地に、林や岩場、村のような建物や、小さな城などがある。

 どこも無人である。隠れる場所が無数に点在しており、どこに魔物が潜んでいてもおかしくはないが、この周辺には街と同等の魔除けが施され、兵士による巡回もされているので、郊外にしては安全過ぎる場所である。

 その端に、砦のような場所が建てられている。ここは無人ではなく、兵士たちが待機する場所だ。その屋上には、今回、特別に造られた観覧席ができていた。

 張り出した屋根に、階段状のベンチ。その中央は一段高くなっており、王族のための場所として確保されている。


「あれが王さま?」


  ルナが言うと、リリアナが聞きトガめる。


あれ(・・)ではなくあのお方(・・・・)ですわ、ルナ。そして王ではなく、王子。ジルベルト殿下ですわ。隣に御座すのが、フィオナ殿下。ジルベルト殿下の妹君です。もし話しかけられても、頭を上げず、何も言わないでください。決して失礼のないように……」


「わかってるわかってる。近付かないから」


 練兵場の砦前に、ヴァヴェル学園、インフェルナ校の第三試験受験者が集められた。

 事前試験での説明では、別の試験会場が用意されていたのだが、合同試験になったことで、軍の練兵場を使用することに変わっていた。

 相変わらず、インフェルナ校は整列しているのに対し、ヴァヴェル学園の生徒はバラバラと落ち着きがない。

 砦の屋上の観覧席には、多くの有力者が集まり、何とか王子たちに近付こうと躍起になっている。さらに砦の下にも一般人や各学園の生徒たちが集まり、王室に熱い視線を送っている。

 本来であれば一般の見学者などいないはずだったが、王族の登場により試験のことが周知されてしまった。しかも本日は授業がない。教師である魔導師たちがこの試験に駆り出されているのだ、そうなると生徒は見物したくて堪らなくなる。

 そういうわけでギャラリーが多くなってしまった試験に、受験者は緊張する者と、奮起する者とで別れてくる。

 リリアナは奮起し、オルシアは平然とし、ロバルト、ルナはどちらかと言えば緊張することになる。ディルタは朝食べた物が悪かったのか、顔色が悪かった。

 魔導師セシリアのカラスが飛び回り、受験者たちや観覧席の様子を、空中のスクリーンに映し出す。便利な魔術だ。使い魔の視覚を覗き見ることができる。偵察や監視任務にもぴったりだ。

 腰の曲がった老女が、生徒の前の壇上に上がろうとする。

 ルナは彼女が足を踏み外して転げ落ちるのではないかと心配したが、老女は軽やかに体を浮かすと、静かに壇の上に着地した。

 魔導師メルビムは御年九十歳。体は動かなくなってきているが、魔術の実力は衰えていない。

 メルビムが中杖ロッドで床を打ち鳴らすと、受験者たちが一斉に彼女に注目する。


「これより、第四学位昇格試験、第三次試験を開始します」


 メルビムは振り返り、観覧席に軽く一礼した。

 ジルベルト王子は軽く手を上げてそれに応える。再度、生徒たちに向き直ったメルビムが、しわがれながらもハッキリとした口調で話し始めた。


「試験の内容は通知された通りだけれど、もう一度ここで伝えておきます」


 空中のスクリーンに練兵場の俯瞰図フカンズが表示される。そこに四重の同心円が描かれ、数字が表示された。


「皆さんがこれから行う試験は、謂わば狩り(・・)。この試験会場にいる魔物を狩ってもらいます。

 各魔物はハントポイントを持っており、皆さんにお配りしたペンダントにハントポイントが溜まっていきます。とどめを刺した者のみに自動でポイントが入りますが、所有者はそのポイントを他人に分けることが可能ですので、チームで自由に分け合ってください」


 ルナは自分の首にかけたペンダントを見る。放射状にメモリが描かれ、そこにポイントが表示されるようである。


「全てのメモリが光ったら、中央の施設に向かってください。そこでこのペンダントを示せば、試験完了です。余ったポイントは裏面の小さなメモリに表示されます。他の者に分け与えても、そのまま完了しても問題ありません」


 一定の合格ラインを超えれば問題ないと言うことだ。しかし、余り分のポイントにも上限があるように見える。高得点を狙う者は、余り分が上限に達するまでポイントを稼ぐだろう。

 メルビムはスクリーンの円を杖で示した。


「試験場の外側からレベル1、レベル2、レベル3。中央がレベル4となります。レベルが高くなるほど強い魔物が現れるエリアになります。魔物と対峙してペンダントを向けると、中央にその魔物が持つハントポイントが表示されます。持っているポイントは個体ごとに変わりますが、強い魔物ほど多くのポイントを持っている傾向にあります」


 魔物が持つポイントがわかるのは親切だ。効率良く稼ぐには必須である。

 エリア中央部ほど強い魔物が現れ、高いポイント獲得できる。そこは判り易い。


「早くに試験を完了した者には、ハントポイントとは別に、試験の評価点が加算されます。評価点は他にも存在します。評価点の詳細は、試験後にお知らせします。

 最後に失格の条件ですが、ペンダントを失くすこと。他受験者を攻撃すること。制限時間内に中央に辿り着けなかった者。ハントポイントが足らなかった者は失格です」


 練兵場に表示された同心円の中央に近付くほど難易度は高くなるが、手に入るハントポイントも多くなる。しかも、ポイントが溜まっても中央の施設に入らなければゴールとならないのである。受験生は一斉に中央に向かうことになる。

 ポイントを溜めてからゴールに向かうか、向かう途中で狩りながら行くか、一気に中央まで行き、どんな魔物がいるかもわからないレベル4で狩りをするか。選択肢は分かれるところだ。


 ルナは頭の中でもう一度、ルールを整理する。

 ・とどめを刺した者にのみポイントが入る。ポイントは分け与えることができる。

 ・合格ラインを超えれば試験完了。早期完了者には追加評価点。

 ・レベルが上がるほど強い魔物が出現し、高ポイントを持つ傾向がある。


 問題は評価点だ。

 ほとんどの生徒は、この試験が個人戦でなく、チーム戦だと気が付いている。だが、そこでどんな働きを見せれば評価されるのか不明だ。献身や忠誠心を見るだけでは、イビツな評価になりかねない。

 メルビムがポケットから自分の背丈よりも大きな砂時計を取り出して、壇の上に置く。


「制限時間は二時間です。それでは……、カニッシュ・フォーゲスト・アデイル・ジルベルト・エーテリアル・ルトロネル殿下、開始の合図をお願いします」


(フルネーム、なっが……。リリアナもだけど、名家はこんなもんなの? オリィも他にも名前があるのかな)


 ルナがひとつも覚えられなかった名前に辟易していると、ジルベルトがゆっくりと立ち上がった。


「受験生諸君。いずれ次代を担うことになる君たちの晴れ舞台に、立ち会えたことをうれしく思う。ヴァルナ・ヴェルデ高等学園、インフェルナ魔技学校。世に名高い魔術学校の生徒として、その名に恥じない活躍を期待する」


 ジルベルトが手を上げると、メルビムが砂時計を回転させた。


「始め!」


 第三試験の開始の合図が為され、生徒たちは一斉に中央に向かい始めた。


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