第二試験・前
◆
インフェルナ魔技学校は、ヴァルナ・ヴェルデ高等学園に次ぐ、伝統ある魔術学校である。多くの高位魔術士を輩出し、貴族や豪族とも繋がりが深い。
しかし、公営ではない。あくまでも私立を貫いている。
インフェルナ魔技学園、インフェルナ校に入学する生徒には、貴族や名家はいない。彼らは貴族の子飼いの家、兵士や家来・家令などの家の出身である。その次男坊や末っ子が、親に言われて仕方なく入るのがインフェルナ校だ。
魔術士になれば家柄は関係なく評価される。子飼いの家からの出身ならば、その家の価値が高まるし、貴族は呼び戻して手駒に加えれば勢力を増強できる。ヴァヴェル学園の生徒と違って、自由はないのだ。
そういった生徒が多い以上、公営にしてしまえば、他の貴族に目を付けられてしまう。自分の子飼いの手駒を横から攫われるわけにはいかないのだ。その学習内容は秘匿性が強く、忠誠心を育む軍隊式の教育が行われているという。
そのため公開試験、しかも合同試験に参加など、あり得ない話なのだ。そうであるのに参加することに決めたのは、王族の見学が理由である。
子飼いである生徒が王族に見止められれば、そこから宮廷魔術師にでも選ばれれば、飼っている貴族は内政においての勢力を広げることができる。インフェルナ校としてもヴァヴェル学園と比較しても、優れた学校であると示すことができる機会ができる。
インフェルナ校にとっては、悪くない話なのだ。
だが、ヴァヴェル学園については逆である。わざわざ試験に部外者を入れる必要はないし、王族の視線を拡散させて、生徒の機会を奪う必要もない。
この公開合同試験を行うことになった理由は、ロバルトが起こした事件に起因する。
学園の弱みと、事件解決のインフェルナ校の協力に報いる必要があったからである。ルナとオルシアの罪が、謹慎だけで済んだのもこのためである。
オド学園長はドラウス市長に言われ、仕方がなくこの公開合同試験の開催を了承した。
◆
バラバラと集まったヴァヴェル学園の生徒と対称的に、インフェルナ校の生徒たちは直立のまま整列し動かない。
「軍隊だな、まるで」
ロバルトが整列した生徒たちを眺めて言う。自分のせいでこの状況になったことなど知らない。
ヴァヴェル学園の生徒は四十人だが、インフェルナ校の生徒は三十数人しかいない。
彼らは揃いの黒のコートと制帽を被り、所々についた記章は、炎を纏う不死鳥が象られている。
ヴァヴェル学園の魔導師オリエンスが、目立つ頭皮を撫でながら前に出て、生徒たちを見渡した。
「第四学位昇格試験、第二試験を始める。既にルールについては知っていると思うが、もう一度説明する」
オリエンスが手を上げると、既に準備された射場とは別に、オリエンスの後ろに射場が地面から浮かび上がり、出来上がる。
「五つの的を、書いてある数字通りに撃ち抜く。どのような魔術を使っても良い。魔力の事象化ができていないと」
オリエンスが短杖を撫でるよう振るうと、一気に五つの的の色が別々の色に変わる。
「このように魔力の性質に合わせた色に変わる。事象化が上手く行われていれば、魔力は的に吸収されず色は変わらず、得点となる。効力、精密さ、速度、多様性を駆使して的に変化を与えると、高得点を獲得できる」
オリエンスが下がると、ひとつの射場につき、魔導師が四人ずつ入っていく。試験は公平を期すために、二つの学校の魔導師が同時に採点するようである。
親切にも射場に受験番号が記される装置がある。公開試験である上に、受験生が多くなったことで、速やかに試験が始められるようにしなければいけなかったようだ。
オルシアが静かにルナに言う。
「採点法を教えてくれるんだ」
「そうみたいだね。もう隠す必要がないってことかな」
事前試験では総合力を測る、評価に判断力や洞察力も含まれていたが、複数の試験を行う本試験では、その必要がない。
オリエンスの合図で、インフェルナ校の魔導師のひとりが生徒に叫ぶ。
「では、受験番号が呼ばれるまで、自由にして良い。試験が終わった者は、邪魔にならないところで待機するように。ヴァルナ・ヴェルデ学園の生徒と交流することも許可する。諸君らの健闘を祈る!」
「「はい。魔導師!」」
インフェルナ校の生徒に対して言っているようである。一斉にした返事が耳を震わす。
「では、試験を開始する。受験番号を呼ばれたものは、その射場に入るように」
オリエンスが見本の射場を片付けると、五人の生徒の受験番号が呼ばれた。
五人一斉に試験を受けるが、その間の待ち時間は長い。八十人弱が試験を受けるので、一組につき五分程度の時間がかかると、待機時間は一時間を超える。
「試験終わったら帰っちゃダメかな、これ」
「ルナ。ここでの態度も見られているかもしれませんわよ。大人しくしていてください」
「はーい、マム」
リリアナに言うと、彼女はルナの脇腹を指でつついた。奇妙な姿勢でそれから逃げ回っていると、インフェルナ校の生徒たち何人かが近付いて来るのに気付く。
「こんにちは~、ヴァヴェルの皆さん。インフェルナ校三学位のアニエッラって言いますぅ。この機会にお見知りおきを~」
制服とは違って、意外にも物腰柔らかな女性が話しかけてくる。
軍気質の強いインフェルナ校には、女生徒が少ないとルナは聞いている。見た限りでも女生徒は、この女子を入れても数人しかいない。他の学園のことは知らないが、六割が女性であるヴァヴェル学園とはここも対称的である。
「媚を売るな、アニエッラ。ここでは我々は学生でしかない。魔術士の世界では貴族であることなどクソの役にも立たん」
背が高く筋肉の塊のような男が、アニエッラの後ろから現れる。とても魔術士見習いには見えないが、制服はインフェルナ校のものだ。
「へぇ~。インフェルナ校では三十歳くらいの人も生徒にいるんですねぇ」
ルナが言うと、アニエッラが噴き出す。
「我は十四歳だ!」
「申し訳ありません……。この二人、礼儀を知らなくて……」
筋肉の横から少年らしい少年が謝りながら出てくる。アニエッラが二人を紹介する。
「こっちのオーガみたいなのがライムンドで、こっちの小さいのがレオですぅ。将来、良くしてやってくださいまし~」
「はぁ」
ルナが気のない返事をすると、ライムンドが身を乗り出す。
「お前がヴァルナ・ヴェルデの子孫を名乗っているルナ・ヴェルデだな」
「ヴェルデの子孫は名乗ってないけど、ルナ・ヴェルデではあるよ」
「フン……。まぁ、今回の試験は残念だったな。また、再来年くらいの試験であれば、事件も風化しているだろうから、そのとき頑張ることだ」
不合格前提の話をされて、ルナは青筋を額に浮かべるが、笑顔を崩さずに言う。
「ご心配ありがとう。あなたもその年齢だから、今回は受かるといいね」
「我は十四だと言っているだろう!」
アニエッラは見学者を意識して笑い転げることはないが、涙目になって肩を震わせている。その間にレオがリリアナに話しかけている。
「その……リリアナお嬢さま。第三試験のことなのですが……」
「あら、レオカディオ。わたくしのことを覚えていてくださいましたのね」
「いじわる言わないでください……。インフェルナ校は気軽に連絡を取れる場所じゃないのですよ……」
オルシアが二人のやり取りを聞いて訊ねる。
「お二人はお知り合いなのですか?」
「ええ。レオはリルケー家に代々使える家令の息子ですの。リルケー家の魔術士としての教育を、インフェルナ校で学んでいるところですわ」
「へぇ……。さすが魔術の大家ですね」
「オホホホホ。それほどでもありますけれど。リルケー家では当主から家政まで魔術を習うのですもの!」
レオが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「無理矢理習わされるだけですけどね……。それより話を聞いてください。第三試験のことです」
「何ですの?」
「第三試験の評価方法が、協調・協力を見る試験であると言う話です。多くの生徒がチームを組んで試験を受けるつもりです。我々三人と組みませんか。別の学校同士で即興のチームが組めれば、評価も高くなると思うのです」
レオの話を聞いて、リリアナは頷く。
「なるほど。それは面白そうですわね。少しお待ちなさい」
リリアナは辺りを見渡した。ルナはライムンドと戦っているし、オルシアは近くにいるのに、ロバルトとディルタは離れたところで所在なげにしている。
「ロバルト、ディルタ。どうしてそんな離れたところにいますの?」
二人は遠巻きにしていたのに、呼ばれたので顔を顰めた。リリアナに呼ばれ、仕方がなくといった様子で近付いてくる。
「なんだよ」
「こちらの第三試験をわたくしたちと協力したいとのことです。わたくしとしては良い考えだと思うのですが」
「協力?」
別学校との協力は得点に繋がるかも知れないとの説明をする。ロバルトは考えるような仕草をしたが、ディルタが首を振る。
「ダメだろ、そりゃ。論外だと思うぜ」
「まぁ。どうしてですの?」
「八人で魔物のポイントを分け合うことになるんだろ? ほとんど得点にならないぜ。しかも、お互い実力を知らないままじゃ連携なんて取りづらいし、最悪それで減点だろ。ボクは反対だな」
「ディルタ、あなた……。どうしたんですの⁉ 悪い物でも食べたのですか⁉」
「ボクを何だと思っているんだ」
ディルタが冷静に言うので、リリアナが目を丸くした。そこにライムンドが巨体を揺らして現れる。
「ロバルト……。ロバルト・ソリアーダンか。そっちはイーブンソードの令嬢だな」
「あ、ああ」
ライムンドが威圧的な雰囲気を出す。
「八人でポイントを分け合う必要はない。どうせ三人は合格しないのだから、ヴェルデ、ソリアーダン、イーブンソードにポイントを分ける必要は……」
ルナがライムンドの膝裏を蹴り、ライムンドは膝から崩れ落ちる。
「決裂ね。ま、お互い頑張りましょう」
ライムンドが顔を真っ赤にして起き上がったとき、彼の受験番号が呼ばれ、彼は地を踏み鳴らしながら射場に向かった。
◆
アルフォンスはルナがインフェルナ校の生徒に蹴りを入れるのを見て、頭を抱えた。
(何をやっているんですか、あの子は……)
ただでさえ先の問題で印象が良くないのに、ここで喧嘩でもしでかしたら、復旧不可能な傷ができる。
幸いにも見物人たちは試験の方を見ていたので、ルナの行動を見ていた者はいなかったようである。
蹴られた方の生徒が試験に向かうのを見て、隣にいたリリアナの父ヴィテウスがインフェルナ校校長のディンセルに話しかけている。
「あの子が今回の目玉ですかな」
「左様。我が校一の魔術の使い手でございます。いずれは七魔剣にも劣らぬ働きを見せてくれるでしょう」
「ほう」
ライムンドという少年、とても少年には見えない体格をしているし、魔術士らしくもない。が、インフェルナ校で最も良い成績を得た生徒だと、アルフォンスも話には聞いている。
貴族らと繋がりは確認できておらず、自ら望んでインフェルナ校に入学した変わり者だ。
(実力拝見……)
投射試験は魔術士としての潜在能力を見る試験として、編み出された新しい試験だ。
魔術士は戦闘に駆り出されることも多く、その真価は実戦にあると考えられていた。そのため、試験においても極限状態、実戦形式にするのが望ましいとされている。
しかし、近年では戦い以外の場での魔術の活躍が目立ち始め、戦い以外の様々の用途で使える魔術を、演技的に披露する場が設けられることになった。
特に商人や、資金を必要としている貴族にとって、戦い以外の能力を測る場所も必要だったのだ。
しかし、未だに実戦こそ全てという意見も根強くあり、評価されずに終わる生徒も多い。
投射試験は実戦と演技の折衷案として考え出された、苦肉の策のような中途半端な試験である。
そしてインフェルナ校は、そんな実戦主義を重んじる、戦場こそ魔術士の舞台と考える、強烈な思想の学校である。
「受験番号346番、ライムンド!」
ライムンドは射場的にはいって叫ぶと、まるで格闘技の構えのようなポーズを取った。
「よろしくお願いします‼」
ライムンドが構えた状態でいると、地面から土が浮かび上がり、彼の体を覆っていく。その土の鎧に光が走り、亀裂のような模様が作られる。その光が徐々に増していき、周囲の空間が歪んだ。
ライムンドが気合とともに拳を突き出すと、閃光とともに空気の破裂する音ともに、一番の的が消し飛ぶ。
間を置かず、左の拳が空を裂き、二本分の脚蹴が大地を穿つ。二、三、四番の的が切断され、粉砕され、湾曲する。
最後の的だけ残ると、ライムンドは一瞬手を止め、右の拳に稲妻が灯る。それが突き出されると腹の底を揺らす振動が巻き起こり、その衝撃波に生徒たちは目を瞑る。
目を開けると、ライムンドの射場は消し飛び、隣の射場まで消え去っていた。だが、五番の的だけはほとんど無傷で残っており、黄色に発光している。
「ありがとうございました!」
ライムンドは一礼すると、踵を返す。
その威力に生徒も魔導師も唖然としている。
「凄まじい破壊力に精密な操作。さすがインフェルナ校の虎の子ですな」
ヴィテウスが言うと、ディンセルは自慢気に長い髭を撫でる。
「そうでしょうとも。どうですかな、フォルスター殿。彼の魔術は素晴らしいものでしょう」
巻き込まれた他の試験中の生徒たちが立ち尽くしていると、魔導師の案内で予備の射場に移り、試験をやり直すはめになっていた。
二人の話を背中で聞いていたアルフォンスは話しかけられ、振り向かずに言う。
「土の鎧で自身を守りつつ、雷の魔術で攻撃。他にも仕掛けがありそうですが……。戦闘魔術士としては既に完成されておりますね」
フフンとディンセルが息を吐く。
「我が手塩にかけた弟子です。当然、それくらいでなくてはいけませんからな。魔術士としてどこに出しても恥ずかしくないように教育しました」
「そうでしたか。校長のお弟子とは知りませんでしたな」
ヴィテウスもアルフォンスも初耳であった。
ルナの受験番号が呼ばれ、彼女が進み出るのが見える。いちいち張り合ってくるこの鬱陶しい老人を黙らせてくれると助かる。
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