第一試験
◆
ボロ雑巾のようになって帰ってくるルナとオルシアも、三日もすれば見慣れるもので、寮生たちも慣れてしまった。
「ルナさん……、あの、制服直してもらいたいんだけど……」
ひとりの寮生が遠慮がちに言う。
「ごめん。試験のあとでね……。あと、数日だから……」
「う、うん。ごめん、こっちこそ……」
ダウリがいなくとも商売はできる。イルヴァが取ってきた仕事も断るしかない。純粋に余裕がない。それでも昨日までは幾つかは受けていたのだ。
夕食を摂り、部屋に戻ったルナは早々に風呂に入ると、ベッド下の小さい勉強机に噛り付く。アルフォンスは実技は教えてくれるが、座学までは教えてくれない。
「おお、やっとるのー」
部屋に帰って来たイルヴァが二人の姿を横目で見て、自分のベッドに荷物を置いた。
「もう、明日だよね。今詰め込んでも意味ないよ。休んで、詰め込んだもの消化しなよ」
そう言われ、ルナは手を止めずに言う。
「範囲が……、範囲が広すぎるんですよ! 一学位から三学位の全部詰め込まないといけないのに、時間が足りない!」
ルナが嘆いていると、ゆっくり風呂に入っていたオルシアが、湯気を立てながら部屋に帰って来た。
「あ、イルヴァさん。ダウリさんの調子はどうでしたか?」
イルヴァはダウリの見舞いに何度も行っている。ルナたちも謹慎が明けたとき、すぐに向かったのだが、試験勉強しろとダウリに怒られてしまったため、それ以降は会うのを控えていた。
「本人はもう問題ないんだって。でも、どうして魔術が解かれたのかわからないから、実験動物みたいにされてるってさ」
「……」
ダウリの体を治したのはルナである。それを馬鹿みたいな理由で名乗り出ることできないせいで、ダウリに迷惑をかけてしまったことを恥じる。
「それよりも、あんたたちの試験一位合格に、暗雲が立ち込める話を仕入れたけど、聞きたい?」
イルヴァに言われ、ルナは集中できず、机に突っ伏す。
「早く言ってください……」
「事前試験で一位だったレデクシアって娘と、三位だった二学位の天才メインスって子が、一緒にいたらしいよ。成績優秀な名家の集まりと、無銘の天才の戦という構図で、賭けが盛り上がってるよ」
「賭け……」
ルナは学生でやって良いのかと思うが、この学園に倫理を求めるのは野暮なのかもしれない。
「とにかく! ルナ! アタシはあんたらに賭けてんだから、万全の状態で挑んで欲しいの。さっさと寝なさい!」
オルシアがベッドに入り、珍しくカーテンを閉めて寝始めた。
「おやすみ」
「お……おやすみ」
「さぁ、アンタも寝な!」
ルナはイルヴァにせっつかれ、ベッドに入った。ベッドの中で覚えたことを反芻していたのだが、気が付いたら次の日の朝だった。
◆
筆記試験は公開しても仕方がないし、合同でやる意味もないので、一日目の午前中で行われる。結果だけが午後から行われる投射試験の見学者に伝達される。
広い教室に同じ形の机が規則的に並んでいる会場は、ルナにも見覚えのある光景だった。
筆記に苦手意識のあるルナは、緊張して足を止めたが、背中をリリアナに突かれて歩き出した。
「大丈夫ですわ、ルナ。わたくしが教えたのですから、自信を持ってください」
「う、うん」
席に着き、深呼吸する。全員が席に着くと、試験官が告げる。
「では、始めてください」
机の上に答案用紙がなく、ルナは言われて困惑した。しかし、水面に浮かび上がるように、天板の中から紙が浮かび上がってきたので、ルナは動揺を振り払ってテストに向き合った。
◆
第一試験は終わり、昼休みに入る。早めの食事を終えたルナたちは、呼び出しがあるのを待っていた。
筆記試験の結果は第二試験が終わったときに同時に通達される。どうせ結果は変わらないので、筆記のことは忘れて次の試験のことを話し合っていた。
にわかに玄関ホールの方が騒がしくなり、野次馬が集まっているのが見える。ルナがオルシアに耳打ちした。
「オルシア、ロバルトに見に行って来てってお願いして」
「え? えと、……ロバルトさん、見て来てくれますか?」
ロバルトは何とも言えない顔をしてから、黙って見に行った。ルナとディルタが肩を震わせて笑う。リリアナは呆れたようにロバルトを見送った。
「オルシア、ルナの言うことを聞いていては将来に響きますから、断ることも必要ですわ」
「なんでぇ? ロバルトは見に行きたいから見に行ったんだよ!」
ルナが言うと、ディルタが笑う。
「クソ女だ、クソ女」
オルシアは良くわかっていないようである。
ロバルトはすぐに戻って来て、席に着いた。何も言わないので、ルナが訊ねる。
「何? 早く言いなさいよ」
「試験の見学者が来たんだ。有名人とかな」
「へぇ」
ルナが大食堂の出入り口に目をやると、明らかに高価そうな服装をした老人が入ってくるのが見えた。荘厳なローブに長い錫杖を持った姿は、司祭のようにも見える。
「お父さま!」
リリアナが司祭の姿を見ると、慌てて立ち上がって駆け寄った。そのまま飛びついて、ローブに顔を埋める。
「ライラ! 会いたかったぞ」
「わたくしもです。明日、到着だと思っていました」
「お前に会いたくて、王子を放り置いてきてしまったぞ。ワハハハ」
「まぁ! それは……」
「冗談だ、冗談! 警備の状況を確認したくてな。いや、それよりも、元気そうで何よりだ」
「お父さまもお元気そうで良かったですわ。お友達を紹介します」
「おお、手紙に書いてあった……」
リリアナが手を引いて司祭を連れてくるので、眺めていたロバルトとオルシアは慌てて立ち上がる。
「うむ。良い良い、そのままで。君たちがライラの友達だね」
「ライラ?」
ルナが問うと、リリアナが答える。
「リリアナ・ライラ・ケルティシア・ミリー・フォンデルケルン・リルケーが、わたくしの本名です」
「お、遂に自分の名前を全部覚えたか! 誇らしいぞ!」
「まぁ、お父さまったら。十のときにはもう覚えていましてよ」
二人で笑い合う父娘を見て、ルナはどうすれば良いのかわからなかったので、ボーっとその様子を眺めた。オルシアとロバルトは直立不動のままでいる。ディルタはいつの間にか別の席で知らん振りを決め込んでいた。
「君がルナ・ヴェルデだね。手紙で話は聞いているよ。才能ある魔術士のようだね。クレインが弟子を取ったと聞いて、宮廷でも噂になっているよ」
「はぁ、どうも……」
「オルシア・イーブンソード、ロバルト・ソリアーダンも。三人とも今回は災難だったね。魔導師たちがどう思うかは知らないが、私は応援しているよ。この度の試験、尽力を期待している」
「ありがとうございます!」
「……っす」
そうして話していると、いつの間にか入って来ていた戦士風の男が、リリアナの父の首根っこを掴んで引き摺って行く。
「勝手にどこかに行かないでください! 時間がないんですから! お嬢さま、また後でお会いしましょう!」
「ええ! ドローランさんもお元気そうでなによりですわー!」
「ライラ! 応援しているからなぁ!」
リリアナが手を振って連れ去られる父を見送る。
オルシアとロバルトはようやく肩の力を抜き、長椅子に力なく腰掛けた。
「緊張した……」
「思ったよりも気安そうな人だったな」
二人が知っている風なので、ルナは不思議に思った。
「二人とも知ってるんだ? リリアナのお父さん、有名人なの?」
父を見送っていたリリアナがその言葉を聞いて驚いた。
「まぁ! ルナ……。わたくし、言いませんでしたか? リルケー家は何人も高位の魔術士を輩出している名家ですの。わたくしの父ヴィテウスは、現役の宮廷魔術師ですのよ」
リリアナが自慢気に言うので、そういえば前にそんなことをオルシアから聞いたような気がする。ロバルトが不気味なものを見るような目で、ルナを見やる。
「ヴェルデ……。お前、そんなことも知らずにリリアナと付き合ってたのか? 図太いと言うか」
「何よ。別に友達を家系で選んでるわけじゃないもん」
リリアナがルナの手を取る。
「ありがとうございます。ルナは本当にお優しいのですね」
「無知なだけだろ」
ディルタが席に戻って来た。
「宮廷魔術師はやっぱり偉いの?」
「「……」」
全員の沈黙が流れる。リリアナが代表して言う。
「今回の試験に、こういった常識問題が出なくて良かったですわ。望みが絶たれてしまいます」
「リリアナまでそんなこと言うなんて……」
ルナが傷付いたジェスチャーをする。
「宮廷魔術師は魔術士の最高位です。最下位の五級から、高位魔術士と呼ばれる一級魔術士がいて、その上に宮廷魔術師の地位があります」
「へぇ。魔導師とか、調薬魔術師とは違うわけ?」
「それは職業の名前ですわ。魔導師は魔術を教える教師のことですし、調薬魔術師は魔術的効果のある薬や道具を作る職人のことです」
「じゃあ、七魔剣はなんなの? 宮廷魔術師よりも下?」
「本当に、地位に興味がありませんのね! 驚きです……。
七魔剣は宮廷魔術師以外から選ばれる、魔術士の中で最も功績を上げたものに与えられる騎士称号に近いものです。宮廷魔術師に次ぐ地位ですけれども、宮廷魔術師より重要視する人もいるという、名誉職ですわ。
ルナ、あなたのお師匠の話ですのに……」
リリアナが憐れんだ目でルナを見る。
「まぁまぁ、知らないこともあるって!」
ルナが明るく笑い飛ばすと、ロバルトが気落ちして言う。
「なんか、こいつに負けること自体が恥な気がしてきた」
「私も……」
オルシアまで同意する。
「オルシアまでそんなこと言わないでよ!」
「別に知らなくたって支障はないだろ。そういうやつがいてもいいさ」
「ありがとう、ディルタ。味方はあんただけね」
徐々に大食堂が混み合って来たとき、ようやく呼び出しの拡大された声が学園に響く。
『第四学位昇格受験者は、演習室に集合してください。繰り返します……』
ルナたちは一斉に立ち上がる。
「行こうか」
「くそ。アホ女のせいで、気が抜けた……」
ルナはロバルトの背中に軽く一撃入れて、歩き出した。
◆
演習場の扉が、いつもの複数に別れたものではなく、ひとつの大扉となっていた。
いつもの知っている様子と違うため、恐る恐る中に入ると、ヴァヴェル学園の制服を着た生徒だけでなく、何人もの魔導師らしき人物らと、軍服のような制服を着た若者たちが整列している。
演習室は事前試験と同じように幾つもの射場が並んでいるが、その周囲を囲むように観覧席が作られ、貴族や豪族、商人のような有力者が並んでいる。
「気が抜けてくらいの方が良さそうだぜ」
ディルタが言う。
観覧席には、七魔剣アルフォンス、宮廷魔術師ディテウス、ヴァヴェル学園の学園長オド、インフェルナ校の校長ディンセル、ロバルトの父ラルバなど、錚々たる面々が見物をしている。
明日には王族まで見学に来るのだ。ディルタの言葉も、ルナも何となくだが理解できた。
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