拷問
◆
アルフォンスが学園に来られなかったのは、捕らえたメディコニアンという男を尋問するためだった。
死ぬ直前までの激痛を与え、肉体を破壊し、再構築する。極限まで苦痛を与えるが、決して正気を失わせることなく、殺すことなく、答えを導く。
アルフォンスが治癒魔術を学んだ理由だ。
「無駄ですね。これ以上は」
アルフォンスが市長のドラウスに告げた。
「魔王の手先かどうかもわからぬか」
「記憶を厳重に消去したか、あるいは最初から何も知らなかったか。こうして無駄な時間をかけさせるための策略か。いずれにせよ、大量の記憶が欠落しているのです。この男は廃人となっても構わない、捨て駒でしかないのでしょう」
「ロバルト少年にも記憶の欠落が見られたと言っていたな。同一の魔術か」
「おそらくは」
「……記憶を消す魔術とはな」
「ロバルト少年を凶暴化させたのも、同系統の魔術でしょう」
暗い牢の中で、ぐったりと力なく椅子に座ったメディコニアンを一瞥したドラウスは、兵士に指示を出す。
「決して殺すなと牢番に伝えておけ。それと譫言でも、寝言でも良い。何かしゃべったら記録しておけ」
「ハッ!」
引き摺られるように連れていかれるメディコニアンを見送ってから、アルフォンスが訊ねる。
「それで、公開試験はどうするのですか?」
「もちろん予定通りに行う。この程度のことで中止になどしていたら、何もできはしない。こういうときのために貴様を飼っているのだ。好きにしている分、働いてもらう」
アルフォンスは直立したまま何も言わない。
「貴様の弟子……、確かルナ・ヴェルデだったな。そやつを狙った可能性はあるのか」
「可能性としてはあるでしょう。オルシア・イーブンソードが目くらましになってはいますが」
「厄介なものを引き込んでくれたものだ。だが、それほどの重要人物を無防備に晒すことはできんな。お前の弟子は公開試験には出すな」
「……」
アルフォンスからしたら、全くその通りの話で、公開試験などに出すつもりはなかったし、ルナもそこまで思慮が浅くないと思っていたのだ。が、蓋を開けてみれば、こうである。
ルナは街中で魔術を使ったせいで、寮で謹慎中だ。そのことまでアルフォンスの責任である。厄介以外の言葉が見つからない。
「お言葉ですが、それは早計でしょう。確かに魔王軍が狙うほどの重要人物ですが、その理由もわかっていない。むしろ、表に出して魔王軍の動向を探った方が良いのではないでしょうか」
「それで攫われでもしたらどうする。取り返しのつかない結果が待っているかもしれんぞ」
「現状の防衛体制でも、充分に守れていることも事実です。相手の狙いがわからない以上、こちらが委縮して手をこまねいてしまえば、後手に陥ってしまう。ルナ・ヴェルデはその実力・将来性を鑑みるに値する。こちら側に引き込み、忠誠心を育めば……」
「その忠誠心が問題なのだ。今回の街中でも魔術使用。出生の謎。ヴェルデの名。使っている魔術も、この国のものとは体系が違うのだろう。貴様自身にも全てを話したわけではないようではないか。ルナ・ヴェルデ自身が魔王の手先であることも考えられる」
アルフォンスは彼の狙いは理解していたが、ここで逃れることはできない。
「そのときは僕が責任を取ります。命に代えても」
ドラウスが首を上げ、アルフォンスを見下すように見る。
「ふむ。そのことは書面にして残して置け。もし、危機的状況に陥っても、俺は知らぬ存ぜぬで通す」
「畏まりました」
「良し。これでこの件は解決だな! 七魔剣が言うのであれば安心だ」
「……」
ドラウスはその言葉を引き出したかっただけなのだ。相手の逃げ場を失くし、自分への責任問題を最大限に回避する。そういうやり口で上り詰めた男だ。
「では、公開試験で問題が起きないことを願っている。市長としては協力を惜しまないが、公開試験はあくまでも学園が主催の行事だ。貴様の手腕に期待しているぞ」
ドラウスは満足そうに笑うと、アルフォンスを置いて廊下の先に去っていった。アルフォンスは溜息をつき、ベンチに体を沈めた。
◆
久々に学園に出勤できたアルフォンスは、校舎に入ったところで女生徒たちに囲まれて、げんなりした。しかし、それは表情に出さず、にこやかに応じた。
「アルフォンスさま! どこに行かれてたんですか?」
「さみしかったですぅ」
「先生のいない校舎は、地下室のようでしたわ」
「こんばんは。皆さん、今日も元気ですね」
今日はいつにも増して熱烈である。だが、ひとりの少女が近付いてくると、布を裂くように道ができ、波が引くように目も合わせずに去っていく。
(嫌わてるなぁ……)
アルフォンスが彼女を迎えると、少女の声で叫ぶ。
「アル先生! 来るのが遅すぎます! あと二週間しかないのに‼」
ルナだ。
謹慎期間が明けても、アルフォンスは学園に姿を見せず、訓練する時間がなかった。
「久しぶりに会えたのに、開口一番、それですか」
手紙鳥で既に何度かやり取りをしている。謝罪から始まり、さっさと帰って来いと続いていた。
「だから、こうして放課後に来たんですよ。今日だって昼過ぎまで軍務に当たっていたのですから……。それで、本当にロバルト君らとつるんでいるとは、驚きですね」
「う……」
アルフォンスの視線から逃れようと、ロバルトはディルタの背中に隠れる。ディルタが手を振る。
「どーもー」
アルフォンスは溜息をつくと歩き出す。
「演習室に行きましょうか。時間がないのでしょう」
◆
アルフォンスが足を止める。演習室はシンプルな平地に変わっていた。
「さて、さっそく始めますか」
アルフォンスが振り向きながら言うと、ルナ・リリアナ・オルシアが構えた。ロバルトとディルタも慌てて構える。
「ところで、試験では競い合うのですよね。その辺りの話し合いは終わっているのですか? 第三試験の最中に仲間割れを起こしては目も当てられませんが」
五人たちは顔を見合わせ、ルナが代表して口を開く。
「一応、考えてあります。
第三試験はポイント制ということですから、第一試験と第二試験で最も高い点数を取った人が、割り切れなかったポイントを取ります。私たちの相手は、私たちだけじゃありませんから。一位になる可能性の高い人に、優先的にポイントを預けます」
「……そうですか。第一試験と第二試験で競い合い、第三試験は協力し合うことにしたと。合理的ですね。ですが、その場合、リリアナ君が有利となるでしょうが、その点は考えていますか」
事前試験にて行われた投射試験で、リリアナは十位を獲得している。オルシアは四位だったが、点数にそこまで差があったわけではない。そして、近頃の授業は、魔導師の奮起によってレベルが上がっている。
謹慎していた者と捕らえられていた者は、授業をしっかりと受けているリリアナとは、追いつくことができないほどの差があると考えても仕方がない。
「あ、ボクは競争してないんで」
「わたくしも一位を取ることにこだわりはありませんわ。第四学位に上がれれば良いと考えております。もちろん、王族の方に見止められれば幸いですが、そんなものは成るようにしかなりません。ですから、こちらの三人にポイントを多く分けようと提案したのですが……」
ディルタが三人を指差して言う。リリアナが肩を竦める。
「それは不公平です!」
「そんな勝ちを譲られるようなことをされても勝った気がしない!」
オルシアとロバルトがほぼ同時に言った。
「この調子でして」
「そんな綺麗事を言っている場合なのですか。言っておきますが、今回の試験。あなたたち三人は、かなりの不利を強いられることになりますよ」
アルフォンスの不穏な言葉に、ルナたちは黙る。
「試験官にはヴァヴェル学院だけでなく、インフェルナ校の魔導師も参加します。そして、今回の事件のことは、ほとんどの魔導師が知るところです。その先入観を打ち破るくらいの成績を叩き出さねば、合格すら危ういと思った方が良いでしょう」
オルシアが慎重に訊ねる。
「試験外のことも考慮されるんですか?」
「普通はされませんね。普通は。ですが、第四学位からは魔術士としての適性、協調性、忠誠心も問われます。そうなったとき、あなたたちを魔術士にしたいと思う試験官がいるかどうか。僕だったら最初から落第としますね」
アルフォンスの辛口に、三人は地面に転がった。
「終わった……」
「身を守っただけなのに……」
「生きてて申し訳ありません……」
ディルタが知り合いではないという顔をして、少し距離を取る。リリアナは三人の背中を慰めるように撫でた。
アルフォンスが話を続ける。
「筆記・投射について、満点を取るのが最低条件。そこを基準に優劣をつけることはできません。男女混合の五人組で挑もうとしていることは評価できますが」
リリアナが妙に思って言う。
「ちょ、ちょっと待ってください。そこが評価されるのですか? 第三試験の評価基準って、魔物討伐のポイントだけじゃないんですの?」
アルフォンスも不思議そうに言う。
「評価基準を理解したから、協力し合うことにしたのではないのですか?」
「でも、ポイントは受験生の自主性による配分ですわ。どこかで不公平が生まれますのに……」
「ですから、協調性が評価されるのです。昨今の魔術士の問題は、協調性の無さ。変わり者揃いの魔術士が、魔術協会所属した程度で協力し合うわけもなく……。ロバルト君は今回の事件で、身をもって感じたでしょう」
「はぁ……」
「敢えてポイントを受験者で分け合えるようにすることで、その辺りを見るつもりなのでしょう」
ディルタは嫌な予感がした。
「あの……それって……、協力し合わないと倒せないような魔物が、第三試験にいるってことっすか……」
「もちろんです。何人かは犠牲が出るでしょう。その方が、気が引き締まって良い試験になるとは思いませんか」
五人とも苦々しい表情でアルフォンスを見やる。
「僕を睨んでも仕方ないことです。とにかく、これから二週間は、毎日演習室に集まってください。休日も早朝から、僕が鍛えます」
「え? 良いんですか? アル先生も時間が欲しいって……」
ルナが遠慮がちに言うと、アルフォンスはいつもの軽薄そうな笑顔を浮かべる。だが、ルナにはどこか怒りの表情に見えた。
「そんなこと言っている場合ですか。僕の弟子なのですから、その名に恥じない働きをしてもらいます。確実に、絶対に。誰にも文句言われることのない、最強の魔術士になってもらいますからね」
「……」
どうやら気合が入った魔導師は、アルフォンスも含めていたようである。
拷問のような、地獄のような、試験前の二週間が始まった。
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