作戦会議
◆
中庭に集められたルナたちは、授業が始まるのを待っていた。
生徒の授業の進行状況によって、時間割りは変わってくるので、同じ学位でも揃って授業を受けることはない。大体、四つの教室に分けられて、授業都度に生徒たちは入れ替わる。
そのため、入学時期の異なるルナ・オルシア・リリアナ・ロバルト・ディルタが、同時に同じ授業を受けることはほとんどない。それなのに今は五人ともここにいた。
集められたのは公開試験を受ける生徒たちのようである。しかも、教師である魔導師も五人もいる。
絵本から抜け出してきたような恰好の魔導師、セシリアが杖を掲げる。長い杖、大きな帽子、ダボダボのローブがトレードマークだ。
「はーい。授業始めまーす!」
彼女の授業を受けるのは、ルナは初めてである。ルナは試験専門の魔導師なのかと思っていたが、そんな魔導師はいない。たまたま、ルナの試験のときの試験官だっただけである。
「本当は第四学位の始めに履修するんですけど、今日はト・ク・ベ・ツ! に、私の授業が受けられます! 皆さん、拍手!」
生徒たちが疎らな拍手する。
「ま、そんな反応ですよね。では、今日習う魔術はこちらです!」
セシリアの袖から黒い猫が飛び出した。一匹ではない。何匹も何匹も。さらに猫に翼が生え、形を変えると鴉となり、セシリアの周りを飛び交う。
「皆さんには、使い魔召喚をやってもらいます!」
「おおー!」
歓声が起こり、拍手が舞い起こる。主に男子の間で。
セシリアの大きな帽子、だぶついたローブなどがなくなり、その布は全て使い魔と変わる。肌が顕わとなり、セシリアの豊満な肉体が空気に晒される。さすがに隠すべきところは隠されているが、ほとんど裸だ。
「素晴らしい魔術だ。感動した!」
ディルタが涙を流しながら盛大な拍手を送っている。ルナは薄ら寒い目で彼を眺めた。
「使い魔召喚は現代魔術としては比較的新しいもので、使える魔術士は未だ多くありません。ですが、見た目に判り易い魔術士の一種のステータスシンボルとして、高位の術者はほとんどが会得しています」
猫と鴉がひとつに纏まって、巨大な黒豹になると、喉を鳴らしてセシリアに頬を擦り付ける。
「使い魔はこのように生き物の様子を模倣しますが、実際には生きているわけではありません。完全事象化した魔力の塊で、術者の魔力を糧にして活動します。その形は術者次第、性格や強さも、術者のイメージが大切になります。実際にやってみますね」
セシリアは長杖の先に意識を集中すると、ひとつ咳払いしてから呪文を唱える。
「ペトラティクからオルスラに送りし首飾り。その中に住む眷属の眷属。
この世の理に沿って顕現させる。
靴下の片方を奪う力を持つ者。
来たれ、闇の隙間から。来たれ、後から仕方なく。
輝く瞳で、夜道を照らす」
杖の先から黒い靄が噴き出し、それがひと塊となって空中に留まった。黒いボールとなって、それは重力に引かれて地面に落ちると、一度だけ跳ねて回転し、小さな黒い仔猫に変わる。
それはピーと鳴いてから、長すぎる尻尾でセシリアをひと撫でする。そのまま黒豹に近付いて、毛皮の中に吸い込まれるように消えていった。
「イメージ通りの形、能力を与えることで、あなたたちの助けとなるでしょう。問題は……、使い魔はひとつひとつの形も力も違うため、魔術発動の呪文もイメージも違うことです。というわけで……、みんなでやってみましょう!」
ほとんど何の説明にもなっていない。呪文もイメージの仕方も型がないのであれば、オリジナルの魔術を作ることと変わりはない。
「まず最初は、見たことある生物を模倣してくださいね。最初から最強生物作ろうなんて考えると、酷い目に遭うかもしれませんよー」
「酷い目?」
生徒のひとりが問う。
「それはもちろん、反動で術者自身が使い魔の形になっちゃうことですね。そうなったら一生消せない後遺症が残るかもしれません!」
(先に言え……)
生徒たちの心がひとつとなった。
「動物のイメージできない人は、図鑑がそこにあるので見てくださいね」
魔導師たちの後ろに積み重なった本が置いてある。
他の四人の魔導師たちもそれぞれの使い魔を召喚した。トカゲ、ハト、モグラ、カブトムシ。形は様々だ。その様子を見て、ルナが近くにいたセシリアに疑問を呈す。
「使い魔って、使うときにだけ召喚するものなんですか?」
「ええ、そうですね。使い魔の活動には魔力を消費しますから、一度召喚して形を定めたら、使うたびに召喚し直すのが一般的ですね」
ルナはアルフォンスの鷹型の使い魔キューリのことを考えた。あの子も毎回召喚し直されていたのだろうか。
「使い魔にも性格とか記憶とかありますよね。連続性はどうなっているんですか」
「連続性? 難しい言葉知ってますね。召喚し直すたびに別の個体になるはずなので、記憶は失われます。私のように常時召喚状態を維持すれば別ですが……、相当な魔力と、それ以上の愛情が必要ですよ!」
セシリアが照れくさそうに言う。自画自賛したことが恥ずかしかったようだ。
アルフォンスのキューリは記憶を保持していたから、常時召喚していたということだと理解した。
(話し相手いなくて寂しかったのだろうか……)
そんな失礼なことを考えながら、授業に集中しようとした。
「セシリア先生の使い魔は……、いったいどんな動物なんですか?」
セシリアが口元を押さえ、にやけ顔を隠す。
「知りたいですか? ウフフ。この子は私のオリジナル生物です! 私は使い魔召喚の専門家なのですよ。猫って液体っぽいよなぁ、って思って作ったらこうなりました。意外とそこら辺の柔軟性は大切ですね。でも、最初は基本的な動物から始めてください。変な能力は与えようとはせず、まずは自立思考できることを優先してください」
「呪文はどうすれば……」
「コツは……、自分の知識を総動員して、イメージを言葉にすることです。魔術の性質が呪文によって決まるように、使い魔の性質もそこで決まります。まずは深くは考えず、思い浮かんだ姿形をそのまま言葉にしてください。短く端的に」
姿形を言葉に。それがどれだけ難しいことか。
「闘士の鼓動。炎の翼。冠を振るう、茄子畑の王!」
ひとりの生徒が呪文を唱え、芝生に炎が生まれた。その中から出て来たのは、真っ赤な軍鶏である。軍鶏は翼を広げて羽搏き、周囲を威嚇するように見渡した。そして、少し苦しそうにすると丸々と膨らみ、風船のように空へと消えていく。
「ああ……!」
召喚した生徒は口を開けてその様子を眺めた。軍鶏は既に手の届かないところに行ってしまい、泡が弾けるように消えてしまう。
「惜しい! でもいい感じですよ! もっと小型の動物から始めた方が良いかもしれません。大きいと、魔力消費も大きくなりますからね」
ひとりの生徒がやり始めると、そこら中でオリジナルの呪文が叫ばれ始める。教師たちは生徒たちの間を見て回った。
オルシアが呪文を唱える。
「お、おいで、小鳥さん!」
風が舞い起こるだけで、何の変化もない。
「それ、呪文なの……?」
ルナが言うとオルシアはムッとした顔をした。
「じゃあ、やって見せてよ!」
ルナは鼻を鳴らすと、片手を前に掲げる。詠唱の必要はなかったが、判り易いように敢えて唱える。
「ウォケム・ウェントールム・アウリブス・ノクティス、パルウム・スピリトゥム・ウォルクリス・インウォーコ」
オルシアには何を言っているのかわからなかったが、呪文は正しく発動し、ルナの差し出した手の上に、小さな雪玉のような毛玉が作り出される。
丸まっていた毛玉が、円らな瞳を開け、小さな鼻をヒクヒクと動かし、周囲の様子を確かめると、また眠りに就いてしまった。
「素晴らしい! 木の妖精ですね! 性質を再現し過ぎて、昼間は眠たいみたいですけど……」
セシリアが手のひらを覗き込み、声を張らずに言う。ルナはモモンガを作ったつもりだが、否定も肯定もしなかった。
ルナがモモンガを放り投げると、毛玉は布に変わり、空中を旋回しながらオルシアの手のひらに収まる。
「か、かわ……」
オルシアは頬を赤らめて、その手触りを楽しんだ。
「一発成功かよ。さすが、七魔剣の弟子……」
ロバルトが言う。
「元々がこの手の魔術の使い手だからね」
「そういえば三学位試験のときも、トレントに似た使い魔を召喚してましたね。ヴェルデさんはこっちの魔術の才能もあるのですねぇ……。驚きです!」
セシリアが皆を見渡した。
「さぁさぁ、みんな、頑張りましょう! 私たちが見ているうちにやってみてください。使い魔は皆さんの目となり耳となる、魔術の重要な補助になります。これができるかできないかで、魔術士としての実力の分かれ目になりますよ!」
ルナは引っかかる言い方に違和感を覚える。公開試験受験者を集めたことと関係あるようである。試験内容に関係してくるのかもしれない。
◆
リリアナは召喚した美しい青色の蛇をウットリと眺めながめていた。
結局、五人の中で使い魔召喚ができたのは、ルナとリリアナだけである。
「蛇なんて、趣味悪いぜ」
ディルタが言うと、リリアナがせせら笑った。
「まぁ、ディルタ。嫉妬ですか? 男の嫉妬は見苦しいですわよ」
「言っておくけど、女の嫉妬も見苦しいからな」
(嫉妬しているのは否定しないんだ……)
放課後に集まった五人は、大食堂での勉強会という作戦会議を行っていた。昼休みに公開試験の受験者に、学園からの通知が一斉に届いたのだ。
小鳥の形をした手紙を開くたび、少し物悲しいというかグロテスクな気がするが、ルナは概ねこの世界のメールを気に入っている。
連絡には時間がかかって(ルナのいた世界基準で言えば)不便ではある。しかし、お互いに監視し合うようなやり取りよりも、ストレスが少ないのが良い。純粋に動く姿が可愛らしいのもポイントだ。
可愛らしい紙に書いてある内容は、ルナには好ましくないものであった。
「公開試験の日程の変更と、インフェルナ魔技学校との合同試験への変更について……」
内容を要約すると、公開試験はインフェルナ校の生徒も参加することになり、とんでもない大物が見物に来るので、試験を二日に分けて行うことになったとのことである。
試験まで一か月を切ったこの時期での変更は、ルナだけでなく他の受験者にもありがたいものではない。
「日程が変更になるなんて……、他の見学者を差し置いてこれは……。そういうことでしょう」
リリアナが言うと、ルナ以外の全員が頷いた。
「魔導師たちがどこか落ちつかない感じなのは、そういうことだな」
ロバルトが言う。
「嫌だなぁ。ただでさえ緊張するのに。公開試験、辞退できないんだよな」
ディルタが呟くと、オルシアも震えた。
「私まで緊張してくるので、言わないでください……」
図太い性格のオルシアがこんな風になっているのを、ルナは不思議に思う。
「質問よろしでしょうか、リリアナ先生!」
「はい。どうぞ、ルナ君!」
「大物って誰?」
四人の冷たい視線を、ルナは堂々と受ける。
「わかんないんだから仕方ないじゃない!」
「ルナ。貴族や豪族の方々だけが、見学にお越しになる予定だったのですわ。その予定を変更できる人物がいたら、それはこの国においてどんな人物だと思われます」
「それは……、もっと偉い人?」
「そうです。つまり王族です。ただの公開試験だったはずが、これで御前試合と様変わりですの。わたくしとしては、心躍りますけれども!」
そう言われてもルナには腑に落ちるところがない。王がこの国の最高権力者であることは理解できるが、やることは変わらないはずだ。
「王族か……。まぁ、いいや。それよりも、このインフェルナ魔技学校との合同になったてのが気になる。これって受験者が増えるってことだよね? 試験内容に変更があるってことじゃない?」
ルナがそう言うと、ロバルトはもう一度通知を読み返す。
「試験内容については言及されてないな。けど、確かに……。受験生の数が増えるなら、試験内容が変更になるはず」
「いえ。そうとは限りませんわ。一次試験は筆記、二次試験は投射演習、第三試験は魔物討伐競争だとすれば、ただ単に規模が大きくなるだけで代替できるはずです。試験はより大規模に、より厳しくなる……」
リリアナはさらに言う。
「魔導師の方々が興奮しているのも無理はありません。インフェルナ校との対抗戦となったのです。これは戦争ですわよ、皆さん。わたくしたちはお互いにライバルではありますが、より協力を強要されることになりましたわ」
リリアナは立ち上がり、ルナを見つめた。
「ルナ。これは由々しきも問題ですわよ。是非ともにアルフォンスさまと和解していただき、より高度な訓練をお願いしなくてはいけません。ハッキリ言って、わたくしたちの二週間の欠落は、致命的な結果となりますわ」
リリアナは自分のことのように言っているが、ルナとオルシアとロバルトだけが授業を受けられていない。特にロバルトは勉強できるような状態になかった。
そこへきて、アルフォンスの放課後の訓練は中止となったままである。なぜならば、アルフォンスの姿が学園にないからである。
ロバルトが言う。
「授業のレベルが急に上がったと思ってたけど、そういうことだったんだな」
「魔導師たちはこのことをご存じだったのでしょうね。インフェルナ校との公平を期すためにこの時期に一斉に通知が届いたのでしょう。わたくしの先見性に感謝してくださいませ。わたくしたちはこの苦難を、チームとして乗り越えるべきですわ!」
ひとりで盛り上がるリリアナを置いておき、ディルタがロバルトに教える。
「授業が実践を軸にして行われるようになったんだ。ここ一週間くらいで急に授業が難しくなって、ついていけないやつらが鬱になってんだよ。試験を受けないやつにしたら、いい迷惑だぜ」
「そうなのか……」
「それでいきなり高位魔術の使い魔召喚ってわけね」
ルナやオルシアは、リリアナから授業の状況を聞いていたから知っていたが、ロバルトは完全に授業から遠ざかっていた。取り残されたことを痛烈に感じていた。
「そろそろ時間です。行きましょう」
オルシアが時計を見て言った。
アルフォンスの訓練がないとはいえ、演習室はルナの名目で貸し出されている。その間は自由に演習室を使えるのであれば、人を気にせず魔術の特訓に打ち込めるのだから、ありがたいことである。
皆が立ち上がってとき、目立つ人物がルナたちに気が付いて近寄って来た。魔導師のライジュだ。
背が高く、やたらと細い体を縮めながら、ルナたちのところまで来ると、何とも言えない表情で五人を見下ろした。
「お前ら……、仲良くしとるのだな。本当に……、その、すまんかったな」
ライジュがさらに身を縮込める。
ルナはリリアナから聞かされていたが、ライジュはロバルトの暴走を自分のせいだと思っていたようで、かなり反省していたようだ。
試験で一位を取った者に、ライジュの秘蔵の魔道具を個人的に提供する。今回の事件は、それが原因だと思っているのだ。ルナたちの謹慎中は直接会うこともできなかったから、こうして足を運んでくれたのだ。
「ライジュ先生が謝ることなんて何もないですよ。全部、ロバルトが悪い!」
ルナが宣言すると、ロバルトは反論せず、ライジュに謝った。
「っ……。すいませんでした!」
「いや……、だが、元はと言えば、わしが焚き付けたようなもんだ」
ルナがやれやれと首を振った。
「先生、本質を見誤ってますよ。こいつは魔道具が欲しかったわけじゃなくて、私に勝ちたいからこんなことをしたんです。つまり、先生が焚き付けなくとも、ロバルトは悪いやつに良いように操られた……、馬鹿だから! 先生が悪いところなんて、ひとつもありません!」
ロバルトは反省していたが、嫌なやつに弱みを握られたものだと思った。このままだと一生言われるだろう。
「ライジュ魔導師。オレが悪いことです。顔を上げてください」
ライジュの背丈では、顔を伏せてもロバルトたちよりずっと高い位置にある。
「オレたちは仲良くしているというのは違います。先生のおかげで、小さいところで勝つだけじゃなくて、もっと大きな目標を持つことができた。こいつらと一緒いるのは、その大きな目標のためです。
先生はヴェルデとかいうアホに勝つだけじゃなく、さらにその先を見させてくれた。絶対に一位になって見せます。見ていてください、ライジュ魔導師」
「ロバルト……」
ライジュは目に涙を浮かべ、ロバルトを見つめた。
「……オリィと一緒にいたいだけでしょ」
ルナが呟くと、ロバルトは額に青筋を立てながらも、我慢した。
◆
使い魔召喚の基礎を学び取れたアン・レデクシアは、何度も召喚と消失を繰り返して、精度を高めていた。
寮生の多い学園内には、ひとりになれる場所は少ない。
研究棟の地下は、独りで魔術を練習するに丁度良い。生徒どころか魔導師すら近付かないからだ。
地下牢のような不気味な雰囲気が漂うこの場所は、何かが化けて出そうだ。
感受性の強い子どもは近付かないし、高学位の生徒や魔導師には専用の場所があるから近付く必要はない。アンにはうってつけの場所である。
だが、その地下で人の気配を感じ、アンは輝く炎の左目を向けた。
「こんばんは、アン・レデクシア。こんなところで練習なんて、気が合いそうです」
暗い階段を下りてきたのは、整った顔立ちの少年だ。学園の制服に、第二学位の襟章を付けている。
「誰?」
「やだなぁ、覚えていてくださいよ。同期なんですよ? アダム・メインスと申します。以後、お見知りおきを」
「……用があるなら早く言って」
「素っ気ないじゃないですか。今日はあなたにとっても良い話を持ってきました」
どこか焦点の合わない瞳で、メインスは微笑しながらそう告げた。
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