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お出掛け 3

 ◆


 ダウリは後輩の面倒を見るのが好きなようで、イルヴァだけでなく、オルシアとルナにも衣装を考えてくれた。座学の勉強に来たリリアナという素材(・・)にも、惜しみなくその才能を発揮して、着せ替え人形に変えてしまった。


「あ、あの勉強会は……」


「そんなの後! 午後からのお出かけ前に、しっかり仕上げなくちゃ」


 初対面の相手に、ここまでもみくちゃにされるのは、リリアナは初めてのことであるが、様々な色とりどりの衣装を着られるのは、まんざらでもない様子である。


「ダウリ。街を出歩いても恥ずかしくない格好に納めてよ」


 イルヴァがタシナめると、ダウリは不承ながらも奇抜なデザインではなく、街歩きできる程度の色彩に戻す。


「素晴らしいものですわ。わたくしの卒業後の初めての社交界では、ダウリに衣装を頼みましょう」


「まあ、ありがとう! 必ず良い物を作って見せるから」


 結局、午前中の時間は勉強などしている暇はなく、おしゃれをしたルナたち五人は、大食堂で昼食を摂り、街に出掛けることになった。


「つまり……、ここにはイーブンソード家に、ヴェルデ家に、リルケー家までいるってこと? ヴァヴェル学園の三英傑って感じね」


「私は発音が似ているだけですけどね……」


 ダウリが言うと、ルナが否定する。


「でも、フォルスター魔導師の直接の弟子なんでしょ? ヴェルデ家だからじゃないの?」


 確かにアルフォンスはヴェルデの名を聞いて弟子にした。そういう意味では、その名に感謝しなければならないが、同時にこのような不毛なやり取りも増える。


「フフフ。ルナ、そんな風に否定しても、あなたからは名家らしい気風を感じますわ。持っているものは隠しきれませんことよ」


「ね~」


 リリアナとダウリは会ったばかりなのに、息を合わせている。


「まるで生き別れの姉妹のように、仲が良くなりましたね」


 ルナが皮肉交じりに言うと、リリアナが照れる。ダウリはその肩を抱いて、ルナを見た。


「まさか学園の最後の学期に入って、あなたたちみたいな後輩ができるなんてね。もう少し、早く学園に帰るべきだった」


「わたくしも、もっと早くダウリお姉さまと出会いたかったですわ」


 ダウリがリリアナを抱きしめる。リリアナはルナたちには見せない笑顔で、それに応えた。年上に対しては素直なようである。


「リリアナは、兄弟がいるの?」


「ええ。兄が三人、姉が二人いますわ」


 街に出ると、ルナたちは注目を集めた。今は制服ではなく、街行きの格好ではあるが、その作り、縫製のひとつひとつまで、完璧な仕上がりだ。そんな服を着た若い娘が五人もいれば、道行く人は振り返らざるを得ない。ただ美しいだけではない。五人も少女が集まれば、ヤカマしくてしょうがない。


「まずはやっぱり魔道具店ね。次に魔導書店。他に行きたいところは?」


 イルヴァが言うと、ダウリが言う。


「服も見たい」


「服屋ね。他には?」


「小物を見てみたいです。街の小物店を見たことがなくて……、寮の子が変わったクシを持っていました」


「わたくしも寄ってみたいですわ」


 オルシアの意見に、リリアナが同意する。


「小物店ね。ルナはどこかない?」


「どういう店があるのか知らないので」


「そうね。じゃ、見て回ってから、寄りたい店を言ってよ」


 街には商店街がいくつもあるが、表通りにある店は、一般人向けのものが多い。商店街の横丁に当たる路地に、魔術士向けの小さな店が乱立しており、学生たちはそこを訪れては、掘り出し物を探して回っている。中には無知な学生を狙った、詐欺紛いの店もあるので注意が必要だ。

 狭い路地なのに、人でごった返している。別の学園の制服を着ている学生もいる。

 ショーウィンドウの中には、摩訶不思議マカフシギな動きをする道具や、色鮮やかな液体の入った小瓶、豪華な装丁ソウテイを施した書物など、様々な目をく物品が並んでいた。


「魔道具って、どういう物が一般的なんですか」


 ルナが訊ねると、ダウリが答えた。


「一般的な物かぁ。この街ではやっぱりあれだね。ポンプ」


「ポンプ? ポンプって水を汲む、アレですか」


「ダウリ、どうしてそこでポンプなんて出てくるの。もっとあるでしょ」


「えぇ? でも、ポンプすごくない? 私たちが清潔に暮らせるのは、ポンプのおかげだし、街をここまで大きくしたのは、ポンプのおかげでしょう」


「いや、それはそうかも知れないけど……」


 ダウリが言う意味はルナにはわかる。これだけ大規模な層構造を持つ街を作るには、住人のライフライン、特に水、衛生面は必要不可欠だ。

 とはいえ、ルナが欲しい情報ではないことは確かだ。もっと魔術の役に立つような物。黒い炎に近付ける魔道具が欲しい。


「この魔道具店を覗きましょうか。ここではケインを主に扱っている」


 杖とマントを着た竜が看板に描かれている。ダウリが入っていくので、ルナたちも付き従った。

 店内の壁には、色々な形の杖が飾ってある。

 短杖ワンド中杖ロッド長杖スタッフなどの普遍フヘン的な形の物から、オルシアの持つ浮遊杖ドローンワンドに似た物や、金属製の棍棒にしか見えない物、キラびやかな宝石を幾つも填め込んだ豪華な杖もある。


「いらっしゃい」


 やる気のなさそうな年配の店主が、店の奥でルナたちを一瞥イチベツし、また、手元の作業に戻った。


「そう言えば、ルナは杖を持ってないね」


「私の魔術は、決まった形式がないんです。そのときの状況によって形が変わるので、持たないようにしているんです」


 正確に言えば、杖に代わる物はある。祖母の形見の鍵。いつも首にかけているそれは、既に役目を終えているが、ルナにとっては道を歩くための杖代わりだ。

 イルヴァが問う。


「じゃあ、近付かれたときはどうするの? まさか、素手で殴る?」


 ルナはその問いに口を曲げた。


「杖って……、人を殴るためのものなんですか?」


「もちろん。そういうときのために長物ナガモノを持つんだよ」


 その話を聞いていた店主が顔を上げた。


「あんたら、新入生かね?」


「この子は新入生だよ」


「そうかい。じゃあ、説明しとくかね」


 店主は立ち上がると、ルナに一本の短杖を渡した。それは木製のシンプルな物で、例えるなら指揮棒か、小枝でしかない。


「持ってみてどう思うかな」


「どうって……、ただの木の棒?」


「そうだな。だが、振ってみたいとは思わなかったかね。このワンドに宿る魔力を感じなかったか? 力強い重みを感じないか?」


 確かにただの木の棒にしては、ずっしりと重く、硬い手触りを感じる。武器として使うには弱いが、持っていると心強く感じるのも事実だ。

 ルナが頷くと、店主は気を良くして、さらに長い中杖を手に取った。


「こうやって道具を持つとな、人は本能的に力強く感じるものだ。もしかしたら、神さまがわしらを創るときに、そういうようにしたのかもな。人は道具を作り、使う。そうやって、家を作り、街を作り、国を作り、魔術を作った。道具は人に自信を与えるんだ」


 店主がルナにその中杖を渡す。


「自信は魔術を使うときの想像を補強してくれる。もちろん、いざというとき、ぶん殴るのにも使えるしな。ふむ。だが、お前さんは、既に強いのを一本持っているようだな」


 首にかけた鍵のことを感じ取ったのだろうか。店主は普通の男に見える。


「おじさんも魔術士なんですか?」


「いやいや。わしは学園を卒業できんかった。落ちこぼれさ。だが、こうして魔術士見習いに手助けするくらいの魔術は使えるよ」


 魔術士とは、ただの称号でしかない。称号でしかないが、重い意味を持つ。

 魔術士は魔術協会に所属し、その規範に従う。規範はひとつ。人々を助け、守ることだ。

 協会に研究成果を納め、その規範に従う限り、魔術を自由に使う権利を得て、魔術に関する最新の情報を得ることができる。しかし、それには実力と、安定した生活が必要だ。

 この街にある魔術学園も、簡単には卒業できない。第四学位までの生徒は多い。だが、第五学位に上がれる者は少なく、そこから人数はかなり減ってしまう。諦める。挫折する。金が尽きる。そうやって、やめていく。

 第五学位昇格試験が、一般人と魔術士を別つ、ひとつの分水嶺ブンスイレイなのだ。


「そうだな。こんな杖では満足できんだろう……。そういうお嬢さんにはこいつだな」


 店主はディスプレイケースから、ひと振りのナイフを取り出した。それをルナに掲げて見せる。ルナが触ろうとすると、店主は手を引っ込めて、注意した。


「ああ。不用意に触れるな。こいつに魔力を流し込んだら、買い取ってもらわないかん」


 ルナが不思議そうな顔で店主を見た。店主は鞘から少しだけ刃を見せた。刃は光を反射して、青白く輝く。


「一度、魔力を込めると、その魔力の性質を再現する。最初の力は弱いが、同じ魔力を込め続けると、どんどん成長していく。だから、込める魔力は慎重に、持ち主も慎重に選ばなきゃな」


 店主はルナの目を見る。


「2シルバーだ。入学祝いに特別に安くしておくよ」


 2シルバークレスは、二万クレスである。つまり、先晩の売り上げとほぼ同額だ。四人で分けたので、ルナが持っている金額では全く足りない。

 ダウリが店主に近付き、そのエプロンに手を置いた。豊満な身体を押し付けると、耳元でササヤく。


「おふ……」


「ねぇ、おじさま。私、今度、この街で縫製店を開くの。店に来てくれたら、たっぷりサービスするよ……。それにこの子は七魔剣の弟子。ここでお得意さまになっておくことは、悪い話じゃないはず……」


 ダウリが手を離すと、エプロンにはこの店の看板と同じ模様が描かれている。


「おお、これは……。いいな」


 ダウリが最後に耳元で店主に囁くと、店主は顔をシカめ、諦めたように肩を落とす。


「わかった。第六学位のお嬢さんとはな……。けど、まけれても1シルバーだ」


 ダウリが胸の間からコインを一枚取り出し、店主の手に渡した。そして、ナイフを受け取る。それをルナに押し付ける。


「これは、受け取れません!」


 ルナが触らないようにするが、ダウリはその手を取って、ナイフを握らせた。


「プレゼント。あなたのおかげで、私のお店は繁盛しそうな予感がする。そのお礼」


 ダウリが未来への希望で満たされた表情をルナに見せた。ナイフを受け取ると、その重みが心強く感じた。

 しかし、なぜか何か嫌なものがルナの心にヨギった。


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