お出掛け 3
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ダウリは後輩の面倒を見るのが好きなようで、イルヴァだけでなく、オルシアとルナにも衣装を考えてくれた。座学の勉強に来たリリアナという素材にも、惜しみなくその才能を発揮して、着せ替え人形に変えてしまった。
「あ、あの勉強会は……」
「そんなの後! 午後からのお出かけ前に、しっかり仕上げなくちゃ」
初対面の相手に、ここまでもみくちゃにされるのは、リリアナは初めてのことであるが、様々な色とりどりの衣装を着られるのは、まんざらでもない様子である。
「ダウリ。街を出歩いても恥ずかしくない格好に納めてよ」
イルヴァが窘めると、ダウリは不承ながらも奇抜なデザインではなく、街歩きできる程度の色彩に戻す。
「素晴らしいものですわ。わたくしの卒業後の初めての社交界では、ダウリに衣装を頼みましょう」
「まあ、ありがとう! 必ず良い物を作って見せるから」
結局、午前中の時間は勉強などしている暇はなく、おしゃれをしたルナたち五人は、大食堂で昼食を摂り、街に出掛けることになった。
「つまり……、ここにはイーブンソード家に、ヴェルデ家に、リルケー家までいるってこと? ヴァヴェル学園の三英傑って感じね」
「私は発音が似ているだけですけどね……」
ダウリが言うと、ルナが否定する。
「でも、フォルスター魔導師の直接の弟子なんでしょ? ヴェルデ家だからじゃないの?」
確かにアルフォンスはヴェルデの名を聞いて弟子にした。そういう意味では、その名に感謝しなければならないが、同時にこのような不毛なやり取りも増える。
「フフフ。ルナ、そんな風に否定しても、あなたからは名家らしい気風を感じますわ。持っているものは隠しきれませんことよ」
「ね~」
リリアナとダウリは会ったばかりなのに、息を合わせている。
「まるで生き別れの姉妹のように、仲が良くなりましたね」
ルナが皮肉交じりに言うと、リリアナが照れる。ダウリはその肩を抱いて、ルナを見た。
「まさか学園の最後の学期に入って、あなたたちみたいな後輩ができるなんてね。もう少し、早く学園に帰るべきだった」
「わたくしも、もっと早くダウリお姉さまと出会いたかったですわ」
ダウリがリリアナを抱きしめる。リリアナはルナたちには見せない笑顔で、それに応えた。年上に対しては素直なようである。
「リリアナは、兄弟がいるの?」
「ええ。兄が三人、姉が二人いますわ」
街に出ると、ルナたちは注目を集めた。今は制服ではなく、街行きの格好ではあるが、その作り、縫製のひとつひとつまで、完璧な仕上がりだ。そんな服を着た若い娘が五人もいれば、道行く人は振り返らざるを得ない。ただ美しいだけではない。五人も少女が集まれば、喧しくてしょうがない。
「まずはやっぱり魔道具店ね。次に魔導書店。他に行きたいところは?」
イルヴァが言うと、ダウリが言う。
「服も見たい」
「服屋ね。他には?」
「小物を見てみたいです。街の小物店を見たことがなくて……、寮の子が変わった櫛を持っていました」
「わたくしも寄ってみたいですわ」
オルシアの意見に、リリアナが同意する。
「小物店ね。ルナはどこかない?」
「どういう店があるのか知らないので」
「そうね。じゃ、見て回ってから、寄りたい店を言ってよ」
街には商店街がいくつもあるが、表通りにある店は、一般人向けのものが多い。商店街の横丁に当たる路地に、魔術士向けの小さな店が乱立しており、学生たちはそこを訪れては、掘り出し物を探して回っている。中には無知な学生を狙った、詐欺紛いの店もあるので注意が必要だ。
狭い路地なのに、人でごった返している。別の学園の制服を着ている学生もいる。
ショーウィンドウの中には、摩訶不思議な動きをする道具や、色鮮やかな液体の入った小瓶、豪華な装丁を施した書物など、様々な目を惹く物品が並んでいた。
「魔道具って、どういう物が一般的なんですか」
ルナが訊ねると、ダウリが答えた。
「一般的な物かぁ。この街ではやっぱりあれだね。ポンプ」
「ポンプ? ポンプって水を汲む、アレですか」
「ダウリ、どうしてそこでポンプなんて出てくるの。もっとあるでしょ」
「えぇ? でも、ポンプすごくない? 私たちが清潔に暮らせるのは、ポンプのおかげだし、街をここまで大きくしたのは、ポンプのおかげでしょう」
「いや、それはそうかも知れないけど……」
ダウリが言う意味はルナにはわかる。これだけ大規模な層構造を持つ街を作るには、住人のライフライン、特に水、衛生面は必要不可欠だ。
とはいえ、ルナが欲しい情報ではないことは確かだ。もっと魔術の役に立つような物。黒い炎に近付ける魔道具が欲しい。
「この魔道具店を覗きましょうか。ここでは杖を主に扱っている」
杖とマントを着た竜が看板に描かれている。ダウリが入っていくので、ルナたちも付き従った。
店内の壁には、色々な形の杖が飾ってある。
短杖・中杖・長杖などの普遍的な形の物から、オルシアの持つ浮遊杖に似た物や、金属製の棍棒にしか見えない物、煌びやかな宝石を幾つも填め込んだ豪華な杖もある。
「いらっしゃい」
やる気のなさそうな年配の店主が、店の奥でルナたちを一瞥し、また、手元の作業に戻った。
「そう言えば、ルナは杖を持ってないね」
「私の魔術は、決まった形式がないんです。そのときの状況によって形が変わるので、持たないようにしているんです」
正確に言えば、杖に代わる物はある。祖母の形見の鍵。いつも首にかけているそれは、既に役目を終えているが、ルナにとっては道を歩くための杖代わりだ。
イルヴァが問う。
「じゃあ、近付かれたときはどうするの? まさか、素手で殴る?」
ルナはその問いに口を曲げた。
「杖って……、人を殴るためのものなんですか?」
「もちろん。そういうときのために長物を持つんだよ」
その話を聞いていた店主が顔を上げた。
「あんたら、新入生かね?」
「この子は新入生だよ」
「そうかい。じゃあ、説明しとくかね」
店主は立ち上がると、ルナに一本の短杖を渡した。それは木製のシンプルな物で、例えるなら指揮棒か、小枝でしかない。
「持ってみてどう思うかな」
「どうって……、ただの木の棒?」
「そうだな。だが、振ってみたいとは思わなかったかね。このワンドに宿る魔力を感じなかったか? 力強い重みを感じないか?」
確かにただの木の棒にしては、ずっしりと重く、硬い手触りを感じる。武器として使うには弱いが、持っていると心強く感じるのも事実だ。
ルナが頷くと、店主は気を良くして、さらに長い中杖を手に取った。
「こうやって道具を持つとな、人は本能的に力強く感じるものだ。もしかしたら、神さまがわしらを創るときに、そういうようにしたのかもな。人は道具を作り、使う。そうやって、家を作り、街を作り、国を作り、魔術を作った。道具は人に自信を与えるんだ」
店主がルナにその中杖を渡す。
「自信は魔術を使うときの想像を補強してくれる。もちろん、いざというとき、ぶん殴るのにも使えるしな。ふむ。だが、お前さんは、既に強いのを一本持っているようだな」
首にかけた鍵のことを感じ取ったのだろうか。店主は普通の男に見える。
「おじさんも魔術士なんですか?」
「いやいや。わしは学園を卒業できんかった。落ちこぼれさ。だが、こうして魔術士見習いに手助けするくらいの魔術は使えるよ」
魔術士とは、ただの称号でしかない。称号でしかないが、重い意味を持つ。
魔術士は魔術協会に所属し、その規範に従う。規範はひとつ。人々を助け、守ることだ。
協会に研究成果を納め、その規範に従う限り、魔術を自由に使う権利を得て、魔術に関する最新の情報を得ることができる。しかし、それには実力と、安定した生活が必要だ。
この街にある魔術学園も、簡単には卒業できない。第四学位までの生徒は多い。だが、第五学位に上がれる者は少なく、そこから人数はかなり減ってしまう。諦める。挫折する。金が尽きる。そうやって、やめていく。
第五学位昇格試験が、一般人と魔術士を別つ、ひとつの分水嶺なのだ。
「そうだな。こんな杖では満足できんだろう……。そういうお嬢さんにはこいつだな」
店主はディスプレイケースから、ひと振りのナイフを取り出した。それをルナに掲げて見せる。ルナが触ろうとすると、店主は手を引っ込めて、注意した。
「ああ。不用意に触れるな。こいつに魔力を流し込んだら、買い取ってもらわないかん」
ルナが不思議そうな顔で店主を見た。店主は鞘から少しだけ刃を見せた。刃は光を反射して、青白く輝く。
「一度、魔力を込めると、その魔力の性質を再現する。最初の力は弱いが、同じ魔力を込め続けると、どんどん成長していく。だから、込める魔力は慎重に、持ち主も慎重に選ばなきゃな」
店主はルナの目を見る。
「2シルバーだ。入学祝いに特別に安くしておくよ」
2シルバークレスは、二万クレスである。つまり、先晩の売り上げとほぼ同額だ。四人で分けたので、ルナが持っている金額では全く足りない。
ダウリが店主に近付き、そのエプロンに手を置いた。豊満な身体を押し付けると、耳元で囁く。
「おふ……」
「ねぇ、おじさま。私、今度、この街で縫製店を開くの。店に来てくれたら、たっぷりサービスするよ……。それにこの子は七魔剣の弟子。ここでお得意さまになっておくことは、悪い話じゃないはず……」
ダウリが手を離すと、エプロンにはこの店の看板と同じ模様が描かれている。
「おお、これは……。いいな」
ダウリが最後に耳元で店主に囁くと、店主は顔を顰め、諦めたように肩を落とす。
「わかった。第六学位のお嬢さんとはな……。けど、まけれても1シルバーだ」
ダウリが胸の間からコインを一枚取り出し、店主の手に渡した。そして、ナイフを受け取る。それをルナに押し付ける。
「これは、受け取れません!」
ルナが触らないようにするが、ダウリはその手を取って、ナイフを握らせた。
「プレゼント。あなたのおかげで、私のお店は繁盛しそうな予感がする。そのお礼」
ダウリが未来への希望で満たされた表情をルナに見せた。ナイフを受け取ると、その重みが心強く感じた。
しかし、なぜか何か嫌なものがルナの心に過った。




