お出掛け 2
◆
放課後の訓練に訪れた演習室の前には、既にリリアナが待機していた。
「遅くてよ! どれだけ待たせるのですか」
「ごめんごめん。授業が長引いちゃって……。中に入ろう」
ルナとオルシアは、リリアナと合流し、翼の生えた獅子の模様が描かれた扉を開ける。
演習室前の廊下には幾つもの扉が並んでおり、その全てが演習室へと繋がっているが、演習室自体が変形し、部屋の大きさも変わるため、どの扉が使っても良い部屋なのかは、借り受けた本人しかわからない。
「う……、暑……」
扉を開けると、そこは砂漠が広がっていた。その熱気に、オルシアもリリアナも閉口する。
オルシアが浮遊杖を使って風の障壁を作り出し、熱波を緩和する。
「ありがとうございます、オルシア。ルナ、本当にここで訓練を? 制服が汚れてしまいますわ」
「汚れるだけで済めばいいけどね」
ルナが進むと、オルシアとリリアナもついていく。砂丘を越えると、そこにはさらに室内とは思えない光景が広がっていた。
オアシスだ。空の色を映した泉、というには大きすぎる湖があり、ヤシの木が生えた砂浜に、静かな波が押し寄せている。
その砂浜にパラソルがあり、その影にサマーベッドに寝転ぶアルフォンスがいた。さすがに水着ではなかったが、上着を脱いで軍服を着崩している。
「何してるんですか、アル先生」
ルナが近付いてそう言うと、アルフォンスはサングラスずらして見上げた。
「ようやく来ましたか。待ちくたびれましたよ」
アルフォンスが軽やかに立ち上がると、オルシアとリリアナを見る。
「これはごきげんよう、オルシア嬢、リリアナ嬢。ルナ君、僕に勝てないと悟って、仲間を連れてきたわけですか。賢明ですね」
ルナは額に血管を浮かべる。
「言っておきますが、別に勝とうとかそういうつもりはありませんから。二人も公開試験を受けるので、今日から一緒に訓練しようと思ったんです。アル先生なら、三人相手でも問題ないでしょ」
「公開試験のためですか。まぁ、構いませんが……。しかし、そうなると、僕も少し残念なお知らせがあります。今まで毎日ここで訓練を行っていましたが、週三日に減らそうと思うのです」
「え、いいんですか⁉」
「いいんですか? あなたは嫌がるかと思っていましたが」
「ああ……、いえ、別に訓練が嫌とかいうわけではなく、近頃、私の基礎知識が足りていないと感じることがありまして……。しっかりと座学の時間も取りたいと思っていたんです。アル先生は、どうして日数を減らそうと?」
「軍の仕事に、教師の仕事、あなたの訓練で、自分の時間が全く取れなくなってきていまして。正直に言うと、面倒になってきました」
「えぇ……」
「だからと言って、手を抜くつもりはありませんから、安心してください。むしろ、これからはもっと厳しくすることになるでしょう」
「……」
ルナは露骨に嫌そうな顔をするが、アルフォンスはそれを無視して、オルシアとリリアナに顔を向けた。
「さて、お嬢さま方は、ここでどんな訓練が行われるか知って来ているのでしょうか」
オルシアとリリアナが小さく首を振って否定すると、アルフォンスは片眉を上げてルナを見る。
「そうですか。では、説明しておきましょう。生き延びてください。僕を殺すつもりで攻撃してもらっても構いません。どんな方法でも、魔術でなくても、僕に勝つことを目指してください。では、参ります」
アルフォンスは二人が困惑するのも気にせず、指先から紐を伸ばすと、それを地面に埋める。地響きに砂丘が揺れ、アルフォンスの足元から巨岩でできた人型が現れる。
「ま、魔物⁉ ゴーレム⁉」
リリアナが動揺して叫ぶ。
実際にはゴーレムではなく、アルフォンスの紐で人型を模した糸操り人形みたいなものだ。
ルナは二人に下がるように言う。
「二人とも防御ばかりじゃ押し込まれるだけ、常に攻撃を意識して! 足を止めないで!」
「え……、え? え?」
リリアナはどうすれば良いのかわからず、右往左往する。そこに巨岩の腕が容赦なく振り下ろされた。衝撃で砂が舞い上がる。オルシアの風によって体を運ばれたリリアナは、何とか生き延びていた。
「あ、ありがとうございます」
「リリアナちゃん! 戦わなくちゃいけないみたい……!」
リリアナはまだわけがわかっていない様子だったが、オルシアが力強く言うのを聞いて、気を引き締める。
オルシアが浮遊杖を上空へと飛ばし、回転させる。巨大な無数の竜巻が砂を巻き起こし、ヤスリのようにゴーレムの腕を削っていく。
リリアナが扇子を広げる。それが彼女の杖のようだ。
「リリアナ・リルケーの名に置いて命ずる! 乾きの巨人よ、我らを守る盾となり、敵を討つ鉾と成れ!」
リリアナが呪文を唱えると、彼女の足元の砂地が盛り上がる。それは大きな盾と剣を持つ、鎧を纏った巨人と化し、ゴーレムと戦い始める。
「これで良いんですの⁉」
「すごいよ、リリアナ! そのまま押し留めて!」
ルナが言うと、リリアナは張り切ってゴーレムと戦った。オルシアの竜巻が壁となっているのか、水辺に立っているアルフォンスは動いていない。
(やっぱり。防御に集中して、前に出てこない。手数の多さは正義……)
この砂地ではルナの得意な土の魔術は効果が薄い。火は使えそうだが、ルナはそこまで強力な火の魔術は持ってない。リリアナのように支配の魔術は、燃費は良く属性を問わないが、彼女のように精巧に操るには、相当な習熟が必要だ。
(使えそうなのは、アル先生の後ろの水か……)
この演習場は、自然の地形を魔術で無理矢理に再現している。それは目に見えない部分もである。オアシスがあるのであれば、その下には地下水脈もあるはずだ。ルナはオルシアの風に隠れ、アルフォンスの視界から逃れると、水脈を探す。
(あった! しかも、こっちが上流)
ルナは静かに自分の魔術を水脈に乗せて泉に向かわせる。既に泉の水のほとんどはアルフォンスの支配下にある。不用意に近付けば、この水による攻撃に晒されることになっただろう。
「オリィ! そのまま竜巻をアル先生にぶつけて!」
「え⁉ でも、この風が当たったら……」
オルシアはアルフォンスが怪我をすることを恐れているようだ。
「オルシア! それで勝てるなら、七魔剣なんて誰も名乗れないよ! それにあの人は治癒魔術師、少しくらい乱暴しても死にはしない!」
ルナの言葉に、オルシアは頷いた。人に本気の魔術を向けるのは初めてのことである。だが、アルフォンスの実力は、第三学位に上がった試験で、嫌というほど理解していた。
「私の魔術でどれだけできるか……、試してみる!」
アルフォンスに向けて竜巻が進行を開始した。
(よし。この風に気を取られている間に……)
だが、リリアナの砂のゴーレムが押され始めている。岩対砂では分が悪いようだ。ルナは自分の体から植物を生成し、それアルフォンスのゴーレムに向けた。足元から突然伸び始めた樹木に、岩のゴーレムは足を取られてバランスを崩す。
「リリアナ!」
「はい!」
砂のゴーレムの剣が、岩のゴーレムに突き立てられる。貫くことはできないが、岩のゴーレムを押し返すことはできた。
「リリアナ、受け取って!」
その隙に、生やした樹木の形を変え、木製の巨剣と盾を作り出す。リリアナの砂のゴーレムはそれを手に取ると、もう一度、岩のゴーレムに向かい合う。これで少しは時間が稼げるはずだ。
オルシアの風がアルフォンスに迫っている。
もし、アルフォンスが風から逃れようとするならば、水の支配は緩むはずである。しかし、アルフォンスは逃げようとはしなかった。
岩のゴーレムを操っている右手はそのままに、左手を横に薙ぎ払う。それと同時に突風が巻き起こり、オルシアの竜巻の壁が消え去る。
「え……? 結界?」
オルシアの風は、アルフォンスに前にある見えない壁にぶつかって、掻き消えたように見えた。アルフォンスはオルシアの魔術と同等の力を使い、風を打ち消したのだ。
「相殺したんだ……」
ルナが言うと、リリアナが信じられないというような表情で応える。
「これだけの力を使いながら、複数の術を使えるんですの⁉ 本当に人間なのですか、あのお方……」
ゴーレムを操り、オルシアの本気の風を打ち消し、大量の水を支配している。他にもどんな魔術を使っているかはわからないが、身を守るための術を発動しているだろう。
ルナも舌を巻いていた。一対一の戦いでは、これほどの実力は見せていなかったのだ。かなり手加減されていたことを、今さら思い知る。
「でも、注意が逸れた」
ルナは魔力を一気に水脈に乗せて、オアシスに送り込む。アルフォンスの支配は強烈で、ルナでは支配権を奪うことはできない。だが、地下からさらに溢れる水は押し留めることはできないはずだ。
(クラモーレム・ウァポーリス)
心の中で唱える。
水に火の魔術に混ぜ、温度を上げる魔術だ。それを暴走させれば、水蒸気に変えることもできる。水は液体の状態から、何倍もの体積に膨れ上がる。そして、その圧力を増していく。
「ほう」
圧力は逃げ場を求める。地下には逃げる場所はない。
それはより弱い場所を求めて、一気に爆発した。例え、水を支配していても、地面より硬くするのには、相当な魔力を必要とする。注意の逸れたアルフォンスは、水の支配に魔力は裂いていない。
圧力が臨界に達し、オアシスの水を押し退ける。水蒸気爆発。アルフォンスが水を支配し、地下からの攻撃を防いでいたおかげで、逆に威力は増幅される。
凄まじい爆発と噴煙が上がり、少女三人の体は吹き飛ばされた。
「な……なんなのです⁉」
衝撃が収まり、雨粒が降り注ぎ始めて、リリアナは顔を上げた。
「ル……ルナちゃんがやったの?」
オルシアが言うと、ルナは口に入った砂を吐き出しながら立ち上がる。
「まだ終わってないよ! 立って! 警戒して!」
水滴と噴煙で、アルフォンスの姿は見えない。
「し、死んじゃったんじゃ……」
オルシアが言う。確かに想像以上の爆発だったが、ルナはアルフォンスがこの程度では死なないとわかっている。
雨が収まり、噴煙が消えると、オアシスのあった場所は巨大なクレーターとなっていた。そして、そのクレーターの真ん中に、アルフォンスは無傷で立っている。
「……」
「本当に人間ですか……、あのお方……」
アルフォンスが片手を上げた。ルナが戦闘態勢を取るが、アルフォンスが先に声を上げた。
「今の攻撃はなかなかでした。気付くのが遅れていたら、僕でも危なかったかもしれません」
涼しい顔をしてそう言われても、信用できない。
「二人とも早く戦闘態勢を……」
ルナはそう言ったが、アルフォンスの方が早い。
「きゅああ!」
「なんなのですかー⁉」
オルシアとリリアナはまだ衝撃から立ち直っていなかった。アルフォンスの紐が地面から飛び出し、その二人を拘束する。ルナの足にも紐が巻き付き、三人とも宙吊りにされてしまった。
「ま、参りました……」
ルナがそう言うと、アルフォンスは紐を緩め、三人とも地面へと落とされる。彼は倒れ込んだ三人に近付き、声をかけた。
「即席の連携にしては、なかなかのものでした。三人とも既に第三学位のレベルではありませんね。公開試験も心配はいらないでしょう」
アルフォンスの誉め言葉に、ルナは目を見開いた。今までそんなことを言われたことがない。
「ただ、色々と指摘する部分があります。まず、オルシア君の魔術。規模も数も素晴らしいですし、地形の砂を利用して攻撃力を増すのも良い発想です。
しかし、冷静性を欠き、事象化が上手くいっていませんでした。事象化させれば、もっと小さく力を使い、それを加速させてさらに大きな竜巻を作ることも可能でしょう。少なくとも立てなくなるほど、魔力を使わなくても済んだはずです」
ルナは気が付いていなかったが、オルシアは立ち上がらなかったのではなく、立ち上がれなかったのだ。
「リリアナ君は、少しお粗末な術でしたね。砂の巨人を作り出すのは良いですが、兜や鎧まで作る必要はないでしょう。それに武器を持たせるの良いですが、あなた自身が武器の扱いに慣れていないのでは、宝の持ち腐れです。剣術を学ぶか、もっと動きを想像しやすい形を作るべきでした」
「あれは咄嗟に作った形で……」
「では、その咄嗟の判断ができるように、あらゆる状況を想定して、イメージを固めておくことです」
「はい……」
次のダメだしはルナの番だと身構えるが、アルフォンスは何も言わずに手を叩くと、演習室の地形が変化し、殺風景な石タイルの部屋になる。これが本来の演習室の姿である。刺すような日光も収まり、ルナはひと息ついた。
「今日の訓練はここまでにしましょう」
「え?」
アルフォンスの言葉にルナは驚いた。
「まだ、私はやれますが」
「後ろの二人を見てください」
ルナは振り返ると、オルシアもリリアナも、地面にへたり込んだままだった。
まさか、そこまで魔力を消費していたとは思わなかった。病弱な体質のオルシアは、生命力を魔力に変換するのが難しい。リリアナも初めての実戦形式の訓練に、疲弊している。
「僕に一撃を浴びせたので、今日はここまでです。明日明後日の訓練はなし。休み明けの平日から、隔日で訓練します。では、解散」
「ま、待ってください。どうやって、あの爆発を逃れたのですか。ただの防御魔術ではないのですよね」
ルナの言葉にアルフォンスはサングラスを上げた。
「ああ。確かにそういうことも教えなくてはいけませんね。では、ルナ君。あなたならどうやってあの爆発を生き延びますか」
ルナが考えて答えずにいると、アルフォンスは他の二人にも答えを求める。
「風の魔術で衝撃波を操るとか……」
オルシアが答えると、アルフォンスが頷く。
「それができるのであればそうするべきでしょう。しかし、衝撃波はかなりの速度で迫ります。それを支配して力を逸らすのは、現実的ではない」
「やはり、防御魔術による受け止めなのでは。アルフォンスさまほどの術士であれば、防御魔術の強度も相当なものに……」
リリアナが言う。
ひと口に防御魔術と言っても、五属性によって性質は様々である。
基本の防御魔術は、風属性と言われている。自身の体の周りに、球状の空気の壁を作り出し、全周囲からの攻撃に対応する。オルシアが演習室の熱波を防いだのも、この術だ。
物理魔術である土であれば強度を高めた壁を作り、水であれば衝撃を吸収する壁を作る。現象系の雷や火は、磁気による目に見えない壁や、衝撃波による相殺を狙うのだが、効果は限定的だ。
「リリアナ君、確かに僕の防御魔術は、その辺りの魔術士よりも高い強度を誇りますが、それだけであの爆発をやり過ごすことはできません。では、どうするのか。僕のやったことはこれです」
アルフォンスが手のひらを掲げると、透明な剣がその手に握られていた。
「武器? 魔力で武器を作り出した?」
「魔術を切り裂いたのです。僕が使ったのは風の防御魔術ですが、球状ではなく、刃の形にした防御です。斜めに衝撃波を受けることで力を受け流し、切り裂くことで衝撃波の中に隙間を作り出すのです」
言うは易しの典型である。もし、風の防御魔術で作った刃が、衝撃波の方向ではない方に向いていたら、防御ごと圧し潰されて命はない。
「そ、そんなことができるとは思えませんわ。少しでも力の方向を間違えれば、大変なことに……」
リリアナが言うと、アルフォンスが首を横に振る。
「意外と簡単にできますよ。要は発想です。この防御は風見鶏を参考に考案されたものです。刃の方向は、ある程度合っていれば問題ない。自身を中心にして刃は回転し、力の最も受け流しやすい方向に自動的に向くようにするのです。広範囲を覆うような術に対して、特に効果的です」
そういうとアルフォンスは、自身の体を分厚い葉っぱの形をした結界で覆う。まるで巨大な剣だ。それが回転し、刃の先の向く先を変化させる。
「練習しておくべきでしょうね。これができるできないで、戦場での生存率は圧倒的に変わります。オルシア君は軍に入るつもりなのでしょう。宮廷魔術師を目指すリリアナ君は、防御については一流にならなければなりません」
リリアナは頷いた。宮廷魔術師になりたいとはリリアナは言っていないが、当然のようにそうなりたいのだろうと思っている。アルフォンスの傲慢にも思える考えだが、それくらいでなければ七魔剣など務まらないのだと、リリアナは感じた。
「わたくしはただの宮廷魔術師になるつもりはありませんわ。七魔剣を超え、この国最強の魔術士になるつもりです。アルフォンスさまから、これからも学ばせていただきますわ」
リリアナが立ち上がって宣言すると、アルフォンスは微笑んで頷いた。
「オルシア君はどうしますか。訓練についていけそうですか」
ふらつきながらも立ち上がったオルシアは、ルナを見た後、アルフォンスに顔を向けた。
「やります。やらせてください」
「良いでしょう。では、また後日」
砂でボロボロになった制服をルナが直し、そこで訓練は終了した。
◆
訓練が早めに終わり、大食堂に来たルナたちは、同様に早めの食事をすることにした。
「だ、ダメ。まだ、食事が喉を通りませんわ……」
食事を前にしたリリアナが、口元を押さえながら言う。オルシアも同様である。ルナは彼女らの背中を撫でると、二人の顔色が良くなる。
「まあ! いったい何をしましたの?」
リリアナが言う。
「治癒魔術……。ルナちゃんも疲れてるのに」
「ルナは治癒魔術を使えますの⁉ それは素晴らしい……。さすが、アルフォンスさまの弟子ですわ」
「これくらいは何でもないよ。全身の血流を良くしただけだから。疲労が取れたり、魔力が回復したりするわけじゃないから、気を付けてね」
元気が湧いてくると三人は激しい空腹感に襲われ、結局、何回かビュッフェを往復して、エネルギーを補充した。混み始めたので、三人は大食堂を後にする。
「そうだ。言うの忘れてたんだけど。リリアナ、明日なんだけど……、アル先生の訓練がなくなったから、午前中は座学をして、午後から街に買い物に行こうと思うんだ。ルームメイトが二人来るんだけど、リリアナも一緒に行こ?」
「買い物、街に、皆さんで?」
リリアナが片言になりながら言う。
「もちろん、よろしくてよ! わたくしの財力をもってすれば……」
「リリアナ。あなたに奢ってもらうようなことはしないからね。いい? 私たちはあくまで対等な立場で遊びに出かけるの。友人に金を集ろうなんてしてないからね」
「は、はい」
ルナが念を押して言うので、リリアナは困惑半分で頷いた。
リリアナの寮は別のため、途中の廊下で別れることになる。そこでリリアナはルナたちに礼を言った。
「ありがとうございます。ルナ、オルシア。わたくしを仲間に入れてくださって」
改まって言うのでルナは首を掻いた。オルシアはリリアナの手を取ると、その顔を覗き込む。
「リリアナちゃん、お互い頑張ろうね! 私……、私、リリアナちゃんのこと、勘違いしてた。ただ、貴族だからって偉そうにしてるって……。でも、そうじゃなかった。七魔剣を超えるなんて、すごい目標があるなんて。私も、ルナちゃんやリリアナちゃんに負けないように頑張るよ」
「ええ。頑張りましょう!」
リリアナは二人と別れると、自分の寮に帰っていく。
オルシアは寮に帰る途中、ルナに何気なく言ってくる。
「ありがとうね、ルナちゃん」
オルシアまで改まって言うので、ルナはまた首を掻く。
「どうしたの、二人とも……。疲れすぎでしょ」
ここまで疲れるほど魔力を使ったのも初めてなのだ。それで感情が昂っているのだとルナは思った。
「フォルスター魔導師に、直接魔術を教われるとは思ってなかったの。それに実戦に近い訓練なんて、普通は受けられない。軍に入る私たちのことを思って、二人だけの訓練に入れてくれるなんて、お礼を言うだけじゃ終われないよ」
ルナは苦笑いして髪の毛を指で巻く。
「別にそこまで考えていたわけじゃないんだけど……」
オルシアの純真さがルナには痛い。すっかり自分は心の汚れた大人になってしまった。アルフォンスとの戦いに、囮に使おうとしていたなんて言えない。
部屋に戻ると、ダウリがいびきを掻いて寝ていた。オルシアがダウリのベッドを覗き込むので、ルナは注意する。
「あんまり人の寝顔をジロジロ見ない方がいいよ」
「そ、そうだよね。ごめん……」
何度かそういう姿を見ている。ルナも寝ているうちに覗かれていたかもしれない。
「寮に入ってから初めて知ったんだけど……、寝顔って可愛いと思って」
ルナは何とも言えない顔をして、オルシアを見つめる。
「ご、ごめん……。変だよね」
「まぁ、わからないこともないよ。あんまりジロジロ見に行かない方がいいとは思うけど」
「そうする」
そうこうと話していると、ダウリが目を覚ました。
「……お腹空いた」
「食堂、もうご飯準備されてましたよ」
「もう食べたの?」
「はい」
「そっか、じゃあ、食ってこよ」
ダウリは寝ぼけ眼で食堂に向かった。オルシアがその背中を見送ってから言う。
「ダウリさんって意外と普通の女の子だったね。初めて会ったときは、なんていうか……、すごく落ち着いた感じだったけど、この間もはしゃぎ方もとっても楽しそうだったし」
「そうだね。人はそういうものだよ。人目があるときは猫を被るし、初めて会う人には良く見られたいと思う。気を許せば素顔を見せる。人ってそんなものでしょ」
「ルナちゃんもそうなの?」
「そうだよ」
オルシアは少し言い辛そうに、ルナに言う。
「卒業したら、ダウリさんの店で働くの?」
ダウリはルナを『ダウリの縫製店』に誘っていた。既に店の場所は確保し、あとは卒業するだけだという。今度の卒業試験……、ルナたちの公開試験の一週間後にある試験で、彼女はこの学園を去る。
そして、ルナが卒業したら、ダウリの開いた店で働かないかと言ってきた。
ルナの植物系魔術があれば、服飾を作り放題だ。ダウリ自身の縫製魔術は植物以外の生地も扱えるが、ルナほどの速度は出せない。庶民向けの安い服を提供するのであれば、原価低減・大量生産をする必要がある。
ダウリは自分ひとりでもやれるほどの魔術を開発していたが、それでも人手があることに越したことはないと考えているようだ。
「オリィ、その話は断ったの聞いてたでしょ? 私は特待生だから、自由はない」
力のある魔術士見習いは、特待生として無料で入学できる。学費は国が学園に払うのだ。それはつまり、国が才能ある魔術士に、唾を付けておくということ。
ルナに自由はない。
「それは……、暗黙の了解みたいなもので……」
「私が有力者の娘だったそうかもね。私はただのみなしごだよ。それに七魔剣の弟子でもある。軍に入るか、宮廷魔術師になるか、魔導師になるか。私の道はそれくらいしかない」
「じゃあ、一緒に軍に入ろうよ」
オルシアは躊躇いもなく言った。人生の決断を、そう簡単に決められるものではない。
ただ、ルナとしても軍に入ることは決定事項のようなものである。もし、魔王軍と戦うのであれば、そうなるだろう。
「考えとく」
そのことはオルシアには伝えなかった。




