学友の実力
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アルフォンスはこの街では珍しい、それなりの大きさの一軒家を訪ねた。平民出の家にしては、立派な門構えである。
「アル! よく来てくれた」
出迎えたグリオンは笑顔で友人を招き入れる。彼はその腕に幼い娘を乗せていた。
「ほら、ミリア。アルフォンス兄さんだよ、挨拶して」
久々に会うミリアは、既に言葉を話せる年齢の子であったが、彼女はアルフォンスの顔をじっと見つめたあと、何も言わずに手だけを伸ばした。いきなり抱っこをせがんでいるようである。
アルフォンスは微笑んで、土産に持ってきていた酒瓶をグリオンに渡し、代わりにミリアを受け取ると、その腕の中に収めた。
「ミリア……、お前って子は……」
ミリアの満足気な表情を見て、父であるグリオンは嘆く。幼い子どもは良きにしろ悪しきにしろ正直である。
「アルフォンス! さぁさぁ、中に入ってください。もうすぐ、お料理もできますからね。お酒でも飲んで待っていてください。あら、ミリア。もう抱っこしてもらったの? 良かったねぇ」
グリオンの妻モリーが、アルフォンスを家の中に招き入れる。
「お邪魔します」
この家には何度も訪れている。アルフォンスはひとり暮らしの独身であるので、グリオンは良くアルフォンスを夕食に招いてくれていた。
席に着くと、グリオンはさっそくアルフォンスに訊ねたいこと訊ねる。
「で。どうだった。軍の方は」
アルフォンスは現在、魔導師として働いているが、軍人でもある。グリオンの処遇についての陳情を、上層部に行っていた。その動向について、グリオンは首を長くして待っていたのだ。
「……残念だが、難しいですね。あなたの例は特異過ぎて、上層部は揉めています。しかし、一致した意見として、軍への復帰は却下されました」
「……そうか。そうだろうな」
グリオンはほんの数日前まで、牢に入れられていた。
吸血鬼として人を殺害し、イーブンソード家の令嬢を攫おうとしたのだ。本来であれば処刑されてもおかしくないが、こうして自由の身になっただけでもありがたいと思うしかない。
吸血鬼を元の人間に戻すことは不可能とされている。しかし、現にグリオンは人間に戻り、軍に協力的である。その事実を軍上層部はどう受け止めて良いのかわからないのだ。
「こうして、またお互いに生きて会えたことだけでも、感謝するべきなのかもな。ハァ。そうなると、早めに正式に除隊して、再就職か……」
グリオンは少し気落ちしながらも、前向きであった。
彼の処遇は、魔術協会の意向に委ねられている。
魔術士による様々な検査を受け、グリオンが吸血鬼でないことはハッキリとした。これ以上の検査をしても無駄だと考えた魔術協会は、グリオンを軟禁状態に置いたのだ。
彼の家の周りには、魔術士と軍人が張り込んでいる。もし、グリオンが吸血鬼としての本性を現しても、最初に犠牲になるのは彼の家族である。そう考えたのだ。
グリオンの妻モリーには、このことは話していない。グリオンが吸血鬼になっていたことも、見張られていることも知らなかった。ただ、グリオンの部隊が全滅し、彼が軍から追い出されそうだと思っているはずだ。
「この質問にはうんざりしているかもしれませんが……。あのとき、あなたを助けた緑の魔術士、本当に見知らぬ人なのですか」
アルフォンスが訊ねる。
グリオンを助けた魔術士が、彼を吸血鬼から人に戻した。魔術協会は、緑の魔術士を血眼になって探している。長年の研究でも叶わなかった、人間の魔物化の解除は、多くの人々が望んでいることである。
だが、アルフォンスは彼女から渡された吸血草の種を報告しなかった。
もし、この種が明るみに出れば、多くの人が欲しがるだろう。身内が吸血鬼にされただけの者ではない。吸血鬼から人に戻せるのであれば、同じ不死者であるゾンビなども、人に戻すことができるかもしれないと考えることは、容易に想像できる。
それはつまり、死者の蘇生だ。
人は死んでから一週間も経つと、その死体はゾンビとなってしまう。そのため、ほぼ全ての国で、死者は火葬することが義務付けられている。
もし一週間後、再び歩き出した死体を捕まえて、この種を使って人間に戻したならどうなるか。アルフォンスも興味がないわけではない。だが、それはこの世の理を超える所業である。
「悪いがな、アル。俺はあのとき、お前に殺されかけて、ほとんど意識がなかったんだ。何が起きたのかも覚えていない」
確かにあのとき、アルフォンスはグリオンを殺そうとしていた。体を捻じ切り、再生できないほどの損傷を負わせようとしていたのだ。
「まぁ、殺されそうになったってどういうこと?」
料理を運んできたモリーが訊ねる。
「敵と間違われて、殺されかけたんだよ。だが、そこに天使さまが現れて、救ってくれたんだ。その女性にアルはご執心なのさ」
「ホントに? ついにアルフォンスにも良い人ができそうなのね⁉」
モリーは同士討ちの話より、そっちの方に興味がある。もちろん、亭主が無事に帰ってきているから、同士討ちはなかったという前提があるからである。軍人の妻だ。その程度は慣れている。
「名前も知らない人ですよ。それに私は大変な失礼をしてしまいました。次に会えたとしても、希望はないでしょう……」
アルフォンスの嬉しそうな悲しそうな表情を見て、モリーは口をあんぐり開けた。グリオンの顔を見て、もう一度、アルフォンスの顔を見た。
「ホントにホントに、春が来たんだね……。驚いた」
アルフォンスは、モリーとも学生時代からの付き合いである。アルフォンスが女性との付き合い方について、思うところがあることは知っている。
彼は何人もの女性と付き合っていたが、全て長くは続かなかった。彼が女に熱を上げるところなど、見たことがない。
「よし。今日は飲もう! 俺の快復祝いと、アルの初恋に」
「やめてくださいよ! 恥ずかしい……。そうだ。飲んで酔っ払う前に、お話が……」
アルフォンスは懐から封筒を取り出すと、グリオンに渡した。
「これは?」
「紹介状です。オド学園長が、あなたを雇いたいとのことです」
「俺を? 俺は魔導師じゃないぞ」
「そんなことはわかっていますよ。これから先、学園の警備を増やすことになりましてね。戦士として信用できる人を探していたのです。あなたが軍を辞めるのであれば、これ以上の人材はいません」
グリオンは中身を見た。確かにオド学園長が書いたもののようである。
ヴァヴェル学園は公的機関である。そこならばグリオンを監視しやすいし、今ならばアルフォンスというこの街の最高戦力もいる。そういうことなのだとグリオンも察した。
「それはありがたい話だな」
グリオンは冷たい声で言った。部下を失い、吸血鬼であったとはいえ、大勢の無実の人を殺した罪悪感は消えない。
「……グリオン」
モリーが泣きそうな顔でグリオンを見つめた。彼女はグリオンの考えまではわからない。しかし、夫が竜騎兵になるために、今までどれほど辛い思いをしてきたか知っていた。
「お前がそんな顔するな。俺まで泣きたくなるだろう」
「でも……、竜騎兵はあなたの夢だったのに……」
モリーはずっとグリオンを支えてきた。その思いはグリオン以上に強いものである。
「……部下を失くし、騎竜を失くした俺に、戻るところはここしかない。それにヴァヴェル学園なら、出張も少ないだろう。ミリアとの時間も多く過ごせる。魔術学園ならば、騎竜と触れ合う機会もあるかもしれないし、悪くない……。とても良い話に思えてきたよ」
「今すぐにどうこうという話ではありませんから。考えておいてください」
「ああ、そうする」
グリオンはアルフォンスが持ってきた酒瓶を眺めた。遠慮せずに蓋を開け、三つのグラスに注ぐとそれを掲げた。
「さて、じゃあ、乾杯をしよう。俺たちの新しい職場に」
「良い友人たちに」
「アルフォンスと私たちの天使さまに!」
モリーの言葉にアルフォンスは顔を顰めた。グリオンはゲラゲラと下品に笑ってから、グラスの酒を飲み干した。




