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忙しくなる日々 3

 ◆


 教室の間の移動中に、オルシアが言う。


「ルナちゃんは公開試験に出るよね」


「出ないけど……」


「そうだよね。……え、出ないの? でも、質問してたし……」


 オルシアの中ではルナが出ることになっていたらしく、意外そうに目を見開いた。


「出ないよ。出る理由ないし」


「で、でも、次の試験で四学位に上がるんだよね?」


「そのつもりだったけど、第五に飛び級してもいいかなって考えてる」


 ルナに公開試験は利益がない。

 どこかに就職するつもりはないし、パトロンがつけばそのパトロンの言いなりになることになる。アルフォンスの戦略論のように、人脈を広げるという意味では悪くないのかもしれないが、ルナは命を狙われる身でもある。目立たないに越したことはない。

 オルシアが何か言いたげな表情でいるので、ルナは仕方なく理由を訊いておく。


「何か言いたいことがあるなら言いなよ」


「ルナちゃんって、こういうお祭りみたいなの好きかなって思ったんだけど……」


「え? なんで? まぁ、別に嫌いなわけじゃないけど……。なんか貴族や名家の人はでしゃばるべきじゃないって考えの人がいるみたいだし?」


 最後の方は少し大きな声で言ってみる。前の方を歩くロバルトに聞こえるように。ロバルトの後頭部がピクリと揺れた。


「……魔術は庶民のための技だ。貴族や名家みたいな既にコネクションがあるやつは、出るべきじゃないのは少し考えればわかるだろ」


「あら、そんなに謙遜しないでください、ロバルトお坊ちゃま。あなたの親も随分と稼いでいるじゃないですか。色々とコネも多いでしょうねぇ」


「黙れ! オレはお前みたいにコネで入学なんてしていない! 大した実力もないのに第三学位に入りやがって!」


 ルナは舌を小さく鳴らした。確かに座学ではルナはかなり遅れを取っている。

 ロバルトとは入学時期が違うため、実践魔術の授業では会うことがないのだ。そのため、魔術の失敗に見せかけて、ボコボコにすることができないでいるのが歯痒いところだ。

 二人の睨み合いが始まり、廊下の流れがヨドんだことで、魔導師の目に留まってしまう。


「コラコラコラ。廊下で何をやっとるか」


 現れたのはもやしのような男だった。

 背の高さはロバルトより頭二つ分も高いが、手足が細長く、胴体もほっそりとしている。ブカブカの丈の長いローブが、より体の細さを強調していた。たっぷりと蓄えた髭で顔も縦に長く、手の大きさはルナの頭を片手でオオってしまえそうだ。

 もやしと言えばまだマシだが、見ていると不安になるアンバランスな男である。彼は魔導師ライジュである。夕方の暗い廊下で彼と出くわしたら、叫び声を上げる自信がルナにはあった。

 ただルナの考えとは裏腹に、彼は生徒には慕われているようで、彼が歩くと皆がそちらに笑顔を向ける。


「ライジュ先生! こいつが先に仕掛けてきたんです!」


「出た。嘘ついて味方を増やそうとか、ホントやることがケチ臭いよね……」


「嘘なんかついてない! お前が公開試験に……」


「私は出ないって言ったんだよ。良かったねぇ。私がいないから、お偉いさん方に認めてもらえる機会ができて」


 ルナがいたら目立てず認めてもらえないと言っている。ロバルトは頭が良いので、そういう皮肉が良く効くのだ。歯軋ハギシりしてルナを睨みつけた。

 ライジュは二人の頭に大きな手を乗せる。


「お前たち、いつも喧嘩しとるなぁ。わしらは同じ学園の仲間だといつも言っておるだろう。切磋琢磨は良いことだが、ただ、いがみ合うだけでは面白くもない。そこでだ。いっそ、勝負して白黒つけてみれば良い」


 ルナはこの巨大な魔導師を見上げた。いったい何を言い出すんだこの人は。


「公開試験は採点も公開される。試験の成績が順位として付けられるのだ。その順位が高い方が、勝ちというわけだ」


 ロバルトはほくそ笑みながら言う。


「いや、こいつは試験には出ないそうですよ。ま、オレと勝負するなんて負けるに決まってるから、出ないで正解ですけどね」


 ルナは額に青筋を立てた。


「ライジュ魔導師。勝負するからには、勝った方には何か特典があってしかるべきですよね。提案した師が、その特典を考えてください」


 軽い挑発に乗って受験するというのは、ルナの沽券コケンに関わる。何かの理由を引き出すために、ライジュに言う。


「ム……。なかなか、言うやつだな。良いぞ。勝った方には、わしの秘蔵の魔道具をひとつやろう。なんでもってわけにはいかないが、まぁ、役に立つ物を見繕ミツクロってやる」


 ルナは悪くない話だと思い始めた。

 『魔道具ウィッチクラフト』とはその名の通り、魔術の込められた道具である。種類は千差万別で、武器だけでなく、傷を癒したり、手紙を届けたり、生活を便利にする物も多い。

 ルナは魔道具をひとつも持ったことがなかった。ルナの魔術は道具の力を借りる必要がないのもあるが、魔道具は高価で貴重であるため、学生のルナには手が出せる物ではないのだ。

 だが、興味がないわけでない。魔道具の力を解析できれば、新しい魔術の発想を得られるかもしれない。


「いいでしょう。その勝負乗った!」


 だが、話はそこで終わらなかった。


「私もその勝負に乗りました」


 オルシアがそう言うと、他の生徒まで口を出し始める。


「あ、俺も乗る!」「私も……」「俺だって受けようと思ってたのに……」


「おいおい……」


 ライジュは困ったように生徒たちを見た。


「わかった、わかったよ。じゃあ、試験でもっとも成績が良かった者に、魔道具を選んでやる。二人には悪いが……」


 ライジュがルナとロバルトを見やるので、二人は頷いた。


「別に構いませんよ。どうせ、オレが一位だ」


「まぁ、いいですよ。ここからは全員敵ってことですね」


 ルナの言葉に驚いたオルシアだったが、その場では何も言わなかった。


 ◆


 放課後、訓練に向かったルナは、演習場で待ち構えていたアルフォンスと会う。

 彼と目が合うと、ルナは先日の変身した姿での邂逅のことを思い出し、逃げ出したくなる。

 アルフォンスの方は、ルナの姿を確認するといきなり溜息を吐く。


「ハァ……」


「な、なんなんですか、いきなり。人の顔見て溜息とか」


 アルフォンスはまた溜息を吐く。


「公開試験、受けるみたいですね」


 ルナはそう言われ、もう耳に入っているのかと思った。


「第三学位の人は全員受けることになったと聞きました。なんでもライジュ魔導師に賞品を強請ネダったとか」


「そ、そんなつもりは……」


「確か、あなたはなるべく目立たぬようにするとウソブいましたよね。それがどうして、こういうことになるのです」


 ルナは自分でも恥ずかしく思うが、近頃は自分でもわからなくなるほど自分を制御できていない。

 抑圧されていた過去の自分が、この世界に来て自由を得た。そんな気がする。


「まぁ、良いでしょう。公開試験に向けて、しっかりと訓練します。覚悟しておいてください」


「……」


 アルフォンスに知られればどうなるか、すっかりと失念していた。既に申請用紙は提出済みだった。


 ◆


 這う這うの体(ホウホウノテイ)で、ようやく大食堂に辿り着いたルナは、そこで待っていたルームメイトに掴まった。


「ようやく来た。待ってたよ」


 ダウリはルナが現れるのを、寮の部屋ではなく大食堂で待っていたらしい。そこにはイルヴァとオルシアもおり、腹を空かせて待っていた。


「わざわざ待たなくてもいいのに」


「オルシアが、みんなで食べた方がおいしいからって言うんだよ。それに人がごった返すときだと味わって食べられないし」


 イルヴァが言うと、オルシアが頷く。


「公開試験受けることになったんだって?」


 まずは今日あったことから報告し合う。食事を摂りながら、四人はテーブルで話し合った。


「ええ。オルシアのおかげでね」


「私のせいかな……。だって、賞品もらえるって言うし……」


「賞品?」


 ライジュが特別に一位の生徒に賞品を出す約束をしたことを伝えると、イルヴァもダウリも試験に出たがった。


「いいなぁ。ライジュ先生って、色んな魔道具をコレクションしてるって言うし、かなり良いものもらえそう」


「そうなんですか?」


 ルナは知らなかった。


「ルナちゃん、知らずに言ってたの? 他の子たちがみんな欲しがったのは、ライジュ先生だからだよ。国内でも有数のコレクターで、古代魔道具の専門家なんだから」


 『古代魔道具アーティファクト』と『現代魔道具ウィッチクラフト』は、意味合いが違ってくる。

 古代魔道具は遺跡から出土した、現代では再現不可能と呼ばれるような魔術で作られた魔道具であり、強力で一国を滅ぼしかねない魔力を秘めている物もあると言う。

 現代魔道具はもっと身近で、量産され、一般人も触れる機会があるものだ。例えば、伝令に使われる鳥に変形する手紙は、もっとも一般的な魔道具のひとつである。


「古代魔道具、もらえたりして……」


「ないない。それはない。そんなもの学生に渡すほど、甘い人じゃないよ。自動筆記ペンとか、魔石の込められたケインとか、そんなところでしょ」


「そういえば、ダウリさんは旅をされてたんですよね。古代魔道具とか手に入れたりしたんですか?」


「まさか。私の旅は、衣装に向いた素材や生地探しの旅だからね。そんな高価な物は手に入らないよ。まぁ、でも、色々と目にはしたけどね」


「どんなものがありました?」


「んー。私の興味のあるのは紡績ボウセキ関係ばかりだからなぁ。ああ、一番興味深かったのは、裁縫するゴーレムかな。部屋に何体もゴーレムが並んでて、細かな縫製をするんだけど……、三十体くらいはいたかな」


「ゴーレムって、魔道具なんですか?」


「種類によるね。自立型は魔道具だし、遠隔操作型は事象化魔術に分類されるよ。第三学位だとまだ習ってないっけ?」


「へぇ……」


 そうした雑談の後、ダウリが本題を切り出した。


「それでね、ルナ。服のことについてなんだけど、お願いがあって……」


「仕立て直しですか? 素材が植物性ならできますよ」


「植物? 植物の魔術を使えるの?」


「そうです」


「植物。それは珍しいね……。あれ、それっていいのかな……?」


 ダウリは考え込みそうになるが、頭を振るとルナを見つめ直した。


「少し小遣い稼ぎをしてみない? 多分だけど、私以外にもいると思うから。あなたたちみたいな制服にしてみたいと思う人」


「というと?」


「生徒相手に、仕立て直しするの。学生でも出せる金額で制服を直す。もちろん、あなたの負担にならない程度でね」


 ダウリは詳しい話を始めた。ルナには魅力的に思える話である。

 学費は特待生で無料であるが、小遣いが出るわけではない。休校日に街に出掛けることを避けていた理由は、金がないからである。

 学内での学生の商売は認められている。もちろん、ある程度の規制はあるが、中庭にあるおやつを売っている出店などは、学生運営だったりする。ルナもそこに参戦しようというわけだ。

 試験、商売、訓練。

 ルナはさらに忙しい日々が始まる予感がした。


 ◆


「すごいな……。みんな、将来のこと考えてるんだね」


 オルシアが呟く。


「それだったら、あなただって、父親の手伝いをするって息巻いてるじゃない」


 ダウリとイルヴァは部屋に戻り、大食堂はほとんど人がいなくなった。二人きりになった大食堂で、オルシアは首を横に振る。


「私はただ目の前にあるものに飛びついてるだけだから……」


 ルナは否定するべきか迷った。父の手伝いをするというのも立派な目標だと思うが、オルシアも何か考えがあるのだろう。


「ルナちゃん、今度の試験ね」


「うん」


「私が一番を取るから」


 突然の宣言に、ルナは首を引いた。オルシアは別に魔道具が欲しいわけではないことは、その目を見ればわかる。


「どうしたの、突然」


「私ね。この一か月、ずっとルナちゃんに頼りきりで……、いつも私のこと治療してくれてたでしょ」


「ああ、気付いてた?」


 ルナはなるべくバレないようにやっていたが、何度もやっていれば魔術士であるオルシアが気付かないわけもない。


「この間の吸血鬼事件のとき、思ったの。頼れる人がいるのは良いけど、それだけじゃダメだって。自分も頼れる、頼られる存在にならなきゃダメだって」


 ルナはこの学園に来てから、オルシアに頼りっぱなしである。彼女がいなければ、図書室の位置もわからない。だが、今は口にせず、オルシアの話を聞いた。


「ルナちゃんと対等になりたいの。だから、私は次の試験で一位になる!」


 オルシアの宣言に、ルナは微笑んだ。


「わかったよ。私も手を抜かないから。それで……、体調が悪くなったときは、治療しなくてもいいの?」


「それはやってほしい!」


 オルシアの素直さにルナは苦笑した。


「わかったよ、オリィ」


 彼女の直向ヒタムきさは、ルナの傷口に沁みる。だが、不思議と痛くはなかった。


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