生と死(四章終わり)
◆
理屈をもって何かを成し遂げられないこともあれば、何も考えずに突っ走った方が物事は上手くいくこともある。
今のオルシアの心境は、まさにそれ。
色々と考えたことは全て裏目に出てしまった。
ルナがオルシアを抱きしめて、泣いていた。オルシアは生きていた。
嗚咽で体が揺さぶられたオルシアは、ゆっくりと目を開ける。ロバルトが屈み込み、手を握っていた。
「ロバルト……、ルナちゃん? ここは?」
ルナがオルシアの髪に顔を埋める。ロバルトが代わりに答える。
「もう心配いらない。オルシア、助かったんだ。よく頑張った」
ロバルトの力強い手が暖かい。オルシアは自分が置かれた状況を思い出した。
「シアリスは? お母さまは……」
オルシアは目を上げる。ウルヘルの姿を見つけ、体を震わした。ロバルトがオルシアの頬に手を置き、落ち着くように促した。
「大丈夫だ、大丈夫。味方になってくれたんだ」
「み、味方?」
「そう。ルナが……。てか、ルナ! お前、いつまで抱き着いている! オレのポジションだろ! そこ!」
「……うるさい」
「こんの……」
ルナはしっかりとオルシアにしがみついているので、引き剥すわけにもいかない。
アルフォンスが膝をつき、オルシアに視線を合わせる。
「オルシア君。疲れているでしょうが、話をしなくてはいけません。
……ああ、そのままで結構です。取り乱さないように、落ち着いて聞いてください」
「……はい」
アルフォンスは真剣な表情である。オルシアはその顔を見て、何を言われるのかを察した。
「シアリスは死にました、完全に。
あなたの母が、吸血草と融合したルミリアが、シアリスの力を取り込み、僕がそのルミリアにトドメを刺しました」
アルフォンスは、ルミリアにトドメを刺したことを、敢えて強調するように言う。
オルシアは覚悟していたとはいえ、息を飲む。だが、ルナが強く抱きしめるので、平静でいられた。
「母も死んだのですね」
「そうです。彼女は最期に意識を取り戻したのです。あなたを救うために」
オルシアはルナの後ろ髪を撫でる。そして、首を横に振った。
「いえ、アルフォンス先生。そうではありません。
母は……、ルミリア・イーブンソードは、最初から正気でした。吸血鬼になっても、人を喰うときも、ずっと……」
アルフォンスは眉間に皴をよせる。
「それは……、ルミリアが言っていたのですか。それとも、シアリスが」
アルフォンスはオルシアが、シアリスによからぬことを吹き込まれたのではないかと案じたようだ。
オルシアは遠くに見える巨花を見た。巨大だった人型の花は、今は萎み、端の方から急速に朽ちている。
「母の、あの腹の中で、私はずっと夢を見ていました。夢の中ではずっと自分の想像だと思っていたけれど、今は違うとわかります。
あれは母の記憶でした。母の罪悪感と、使命感と……。
いえ、そうじゃなくて、とにかく、母は死ぬ……べき人間でした……。あの人は罪人です。
だから死んだのは、誰のせいでもないです。この体になったのも……」
ルナが泣いている。オルシアはその背中を撫でる。
彼女の血潮を感じる。ルナの罪悪感が伝わってくる。ルナを取り巻く精霊たちが、嘆き悲しんでいる。
アルフォンスは小さく息をつく。
「なるほど……。過程はともかく、我々は、吸血鬼たちも含め、良いように操られていたということですか。
十年もかけて。何という執念でしょうか」
オルシアはうつむく。
母ルミリアのやったことは、とても許されることではない。その罪を今度はオルシアが背負うことになる。
だが、断片的なルミリアの記憶が言う。
勝手に生きろ。好きなことだけをして生きろ。全ての罪は母が背負う。そう言っている。
無償の愛とも、自己犠牲ともわからない感情。
親の勝手な期待。圧し潰されそうになるほどの義務感。
前の前だけを見て生きるしかなかったオルシアならば、こんな感情は思い浮かぶことはなかった。
「自分の体のことがわかっているのですね」
「はい」
オルシアの目が赤く変わる。瞳孔は縦に割れ、吸血鬼の特有の輝きを持つ。だが、そこには理性が宿っている。
「衝動はありますか。飢えや、我慢できないような……」
「いえ、ありません。むしろ、とても落ち着いています」
「そうですか。それは……良かった。と言って良いのかわかりませんが、とにかく良かった。あなたとは戦わなくて済みそうだ」
アルフォンスは宣告する。
「あなたは不滅者になりました。吸血鬼の王を越える、完璧な不滅者に。
おそらくはこの世に類を見ない、最強の魔物です」
オルシアは自分の体を確かめる。見なくとも全てを把握できる。
すぐそこまで迫ってきていたはずの死神の手が、今はどこにもない。それどころか、死神は影も形もない。
安息の地から摘まみ出されたような、寂しさと心細さだけがある。
「私は、殺されるのでしょうか」
アルフォンスは肩をすくめた。
「まず、あなたを殺すことができるのかもわかりません。
それに、そうするならば、ここにいるグリオンもウィンブリルも、ウルヘルも殺さなくてはいけませんね。ああ、それとルナも一緒に」
ルナが震えたのがわかる。
「僕はもう七魔剣でも軍人でもないので、殺す義務はないのです」
「え⁉」
オルシアも驚いたが、声を上げたのはルナだ。涙でグチャグチャになった顔だが、今の言葉で涙が引っ込んだ。
「辞めたんですか⁉」
「辞めさせられたのです。街を破壊した責任を取って」
「な⁉ アル先生の責任じゃないのに!」
「僕にも責任はあります」
ルナは立ち上がり、アルフォンスと向き合う。
ルナが離れたので、待ってましたとばかりにロバルトがオルシアに抱き着く。オルシアは少し戸惑いながらも受け入れた。
ロバルトの熱い体温を感じる。
もう、オルシアは死ぬことは叶わない。母の自分勝手な愛情を、罪を、贖わなくてはならない。
◆
「それよりもルナ。その姿からは元に戻れないのですか。その格好だと、話しづらいのですが」
アルフォンスを見上げる目線が、いつもよりも少し下だった。自分の背が少しだけ高い。
ルナは自分が大人の姿をしていることに、ようやく気が付く。
白のドレスの上に、緑色の布地の装飾があるドレスは、大人びた雰囲気を帯びている。
新たな魔装は、肉体にまで変化を及ぼすようだ。
「えっと、すみません」
ルナが腕輪に魔力を籠めると、鍵が浮かび上がってきて回転し、カチリと音を立てる。鍵は浮かび上がり、鎖が作り出される。ルナは鍵を首にかけ直した。
少女の姿のルナに戻る。ドレスも消え、家政服になる。
「あ」
潜入のために制服を改造していたのを忘れていた。ディルタが噴き出す。睨みつけて黙らせる。
黒曜戦団のヴィクトルが大声で笑った。
「ルナ! どっかの家政になったのか? オレはさっきのドレスの方が良かったぜ。
数か月会わなかっただけ、とんでもなく成長するもんだと思ったが、それも魔術か。さすがだぜ」
相変わらずの大声で、ルナの背中をバンバンと叩く。この人は加減を知らない。
「痛い!」
アルフォンスは溜息をつく。
「まだ話は終わっていません」
「ああ、悪かったよ、先生。続けてくれ。
けどよ、何を言うにせよ、大目に見てやってくれないか。こいつはこいつで、一生懸命やってるんだ」
「……善処します」
アルフォンスが離れていくので、ルナも仕方なく後に続いた。
皆から少し離れた、木の陰で足を止めたアルフォンス。その背後で、ルナは小さくなる。
立ち止まったアルフォンスは、黙って晴れやかな空を眺めている。上空をグリオンの駆る飛竜ゴーレムが旋回している。
カンナは自分からゴーレムに乗り、グリオンの偵察を手伝っているはずだ。
レデクス村から帰るときは乗りたがらなかったのに、今は空を飛ぶことに興味を示している。本当に気紛れだ。
アルフォンスが何も言わないので、先にルナが声を出した。
「あの、アル先生、怒ってます?」
「もちろん怒っています」
即答されて、さらに身を縮めた。
その首元に刃が突きつけられ、ルナは背筋を反らして、切っ先が喉を突き破らないようにする。
「この槍は魔力を籠めることで力を発揮する、出土品です。古代魔術の遺物です。
前までは空間に穴を開け、対象の肉体を虚無に引き込む能力でしたが、この鎧と合わさることで、黒炎を出せるようになりました」
「黒炎……」
刃から黒い炎が立ち昇り、ルナはさらに一歩下がろうとするが、体が動かない。すでに紐の魔術が体内に侵入していた。
「この槍は魔力を湯水のように使うので、なるべく使用は避けてきたのです。
しかし、外の魔力を使えるようになった今、さらに大量の魔力を籠めることで、虚無がこちら側に顕現し、炎のように立ち昇って見えるのです」
いつもの魔術の講義が始まったが、アルフォンスの殺意は本物だ。指先ひとつでバラバラにされ、再生できない『虚無』に落とされる。
アルフォンスは軍服に、白銀の鎧を纏っている。どこか奇妙な格好だが、彼の長身に良く似合っている。アルフォンスの魔装なのだろう。
どうしてアルフォンスが魔装を着ているのかルナにはわからなかったが、その軍服がルナとダウリが作り直したものであることはわかる。
ロバルトたちが着ている魔装も、同様のものだと何となく理解した。
「黒い炎は、……空間魔術ということですか」
「ええ。しかし、古代魔術の空間魔術は、現代のものとは規模も性質も違う。全く別のものと言って良いでしょう。危険で、恐ろしいものです。
そして古代魔術には、もうひとつ、現代魔術にはないものがあります。精神操作、認識阻害、記憶改変。
現代魔術でも精神に干渉する術はありますが、嘘か真かを見破る程度だ」
喉元に刃を突きつけられた状態では、頭に入ってこない。
「……あの、この刃をどけてもらえませんか」
「納得できる答えが聞けるまでこのままです」
「じゃあ、質問をしてくださいよ⁉」
アルフォンスはルナの様子を鼻で笑う。間抜けな格好で身動き取れずにいるルナは、どこかシュールだ。
「そうしていると、檻の中に閉じ込められた子豚のようですね」
「子豚?」
アルフォンスは槍を引く。
「では、質問しましょう。あなたが『緑のドレス』の女で間違いはないですか」
「おぐ」
ルナは質問に変な声が出る。ついにバレた。ここで下手な言い訳をすると、本当に殺されそうだ。
「間違いありません……」
「では、生命の魔女というのも本当ですか」
「はい……。でも、それは私が名乗ったわけじゃなくて……」
「黙りなさい」
ルナは口元を引き締める。
アルフォンスは周りを歩いた。罪状を沁み込ませるように、ゆっくりとしゃべる。
「許可のない魔術の無断使用。
低額の金銭で治癒魔術を施し、調薬魔術市場を破壊。
僕に嘘をつき、七魔剣の弟子であることを利用して街に潜入。
グリオンが吸血鬼のままであることを知らせずいた。
多数の市民を魔法の力に目覚めさせ、ミルデヴァの街を混乱させた」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! 身に覚えのないことまで含まれ」
また槍を突きつけられ、ルナは黙る。
「この期に及んで、まだ誤魔化すつもりですか」
「誤魔化してません……、本当に」
「……」
アルフォンスの冷たい目線に射貫かれて、ルナは心臓が止まる思いをする。
「……心拍向上、精神性発汗、筋肉の僅かな緊張。抵抗するつもりはないか……。
まぁ、良いでしょう。言い訳する時間を与えます」
アルフォンスは紐の魔術で、人の身体の変調を探ることができる、優秀な尋問官でもある。
「確かに緑のドレスの女とも、生命の魔女とも呼ばれてましたが、嘘はついてません。私はただの一介の魔術士見習いでしかない。調薬魔術師たちが苦労していたなんて知りませんでした。
それに魔法の力に目覚めさせるって……」
「なるほど。知らなければ何をやっても許されると」
「違います。そうじゃなくて……。
グリオンさんのことはすみませんでした。緑のドレスであることを黙っていたのもごめんなさい。
気の迷いというか、黙っておくほうが楽だったので……、そっちに流れていってしまいました。でも、悪意はなくて……。
いや、いやいや……、そうじゃなくて、私が黙っておくことにしたは、アル先生にも原因があるんですよ!」
「は? 僕に?」
ルナの感情が少しだけ怒りに傾いたのを感じ取る。この状況で反撃に転じようとする弟子が少し面白かった。
「グリオンさんを助けたとき、先生、私に何と言ったか覚えていますか⁉」
「……」
図らずもあのときも、吸血草と吸血鬼が暗躍していた。そのとき、オルシアを助けたという謎の女も、ルナだったのだ。
「私にプロポーズしたんですよ⁉ 誰と勘違いしたか知りませんけど、名乗り出られると思います⁉」
アルフォンスは明後日の方向を見る。
「そういえば、そんなこともあったような……」
「忘れたとは言わせません!」
ルナの思わぬ反撃に合い、アルフォンスは槍を引いた。
「確かに、認識を疎外する魔法があのドレスにはありますけど、あれは私が制御できるものじゃなくて、見た人が望む姿を見せる幻覚みたいなものなんです。
人を操ったり、魔法の力に目覚めさせるなんてことは……」
「くくく」
ルナは黙った。アルフォンスは喉を鳴らして笑い始める。
「ははは! まさか、そんなことで黙っていることに決めたんですか? 何か遠大な計画とか、悪意があったわけじゃなく?」
「……」
アルフォンスがこんなに大口を開けて笑う姿は初めて見る。体をくの字に曲げて、涙まで浮かべている。
ルナは自分で言うのは憚られ、少しためらいながら言う。
「……そうですよ。私が、私の計画性のなさは、アル先生もご存じでしょう」
遠くで、天を衝く巨大な花が、音を立てて崩れた。噴煙が立ち昇り、衝撃音が伝わってくる。
後先考えない行動で色んな人を巻き込んでしまった。
遠くで様子を見ていた生徒と冒険者たちは、アルフォンスの爆笑を不思議そうに見ている。
ひと頻り笑ったアルフォンスは、何とか横隔膜の痙攣を何とか収める。
笑ったあとの脱力感のまま、木にもたれた。平静を保とうと、真面目な顔を取り繕う。
「あなたの魔術には、いえ、この場合は魔法ですか。あなたの魔術には魔法の力が乗っている。
人や魔物を強制的に仲間にできる。支配の魔法だ。魔物の力を増強させ、ただの人に魔法の力を目覚めさせる。僕にもその影響があった。
それについては?」
「わ、私は支配なんてしてません! それに増強とか……、全然、何も……。ごめんなさい」
アルフォンスは大きく息をつくと、ルナの拘束を解く。
「本当に後先考えない人ですね。良くわかっていないことを良くわかっていないままにして、それでいて使いまくるとは」
「はい。すみませんでした……。身に染みて、反省しています……」
「本当に支配しているわけではなさそうだ。僕が自由にしていられるのがその証拠だ。安心しました」
アルフォンスが槍を仕舞い、魔装を解除した。白銀の鎧は糸がほどけるように消え、軍服の一部に戻っていく。
ルナは緊張がほぐれ、地面に手をつく。まるで土下座しているような状況になる。
そのルナにアルフォンスは質問した。
「では、二十三年前、私を助けたのは」
「に、二十三年前? 私が生まれ前の話ですか? こっちの世界にまだきてませんし……。って、年齢誤魔化してなんていませんよ!」
こちらの世界にきてから、ルナは何故か見た目の成長が止まってしまった。そこまで嘘をついていると思われているのかと傷つく。
「そう……ですか。では、あれはやはり、私の見た幻覚……」
アルフォンスは独り言を言って考え込んでしまった。
ルナは膝をついたまま、何を次に話すか考えてから口にする。
「あの、アル先生、私……」
アルフォンスは手を上げて、ルナを制す。
「はぁ。なんだ。力が抜けてしまいました」
アルフォンスは姿勢を正し、ルナに手を差し出した。
「まったくもってあなたは、不肖の弟子です。帰ったら、もっと根本的なところから、魔術の教え直しをしましょう。覚悟をしておいてください」
ルナは顔をしかめた。アルフォンスの訓練は容赦がない。
「それと、結婚の話はなかったことに。気の迷いです。忘れてください。良く考えたら、あなたは僕のタイプじゃないので」
ルナはさらに顔をしかめる。差し出された手を思いっきり叩くと、自分の力だけで立ち上がった。
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