襲撃 3
◆
背中に深い傷を負った家政が倒れている。
「止血を」
コルブレルは彼女がまだ生きていることがわかった。指示を出すとルイはポケットから取り出した布を、倒れている同僚の背中の傷に張り付ける。それが吸いつくように固定され、失血を止めた。布自体に魔術が込められているのだ。簡単な止血だが、応急処置としては充分に効果がある。
コルブレルの周りに飛ぶ小石でできた杖のひとつが、扉の先を指し示している。扉は半開きであるが、中は薄暗くて見えない。
コルブレルが小石のひとつに息を吹きかける。小石は高速で回転し始めると、紫電を帯び、周囲を明るく照らし始めた。さらに別の小石が扉に張り付くと、ゆっくりと開放する。コルブレルはこの小石の杖を手足のように操れるのである。
(先ほど、小石が落ちた場所はここだ。だが、敵の反応が消えた。探知されたことを悟って、身を潜めたか。吸血鬼で間違いない)
部屋の中に一歩、足を踏み入れる。
コルブレルの探知魔術は魔力を探知する。
魔力とは、生命力を操作可能な力に変換したものである。だが、吸血鬼は不死者であり、生命力は存在しない。歩く死体であるゾンビやグールなどに近い存在だ。
死体が動くには魔力が必要であり、魔力を探知するコルブレルの魔術は、そういった魔物に対して圧倒的な優位性を持つ。高い精度で検知できる魔術は、貴重な特殊技能であり、コルブレルはその魔術によって、魔物狩りの騎士として名を馳せている。
吸血鬼の中には、魔力を消す手段を持つ者もいる。しかし、この吸血鬼は気配を完全に消すには至っていない。
部屋の中には数人の家政らが倒れていた。皆、血を流し、絶命している。
「出て来い。ここにいるのはわかっている」
コルブレルが言うと、キッチンの空気が揺らぐ。だが、吸血鬼は姿を現さなかった。
再度、一歩進む。そのとき、小石が反応した。コルブレルの真横の暗闇から、吸血鬼が姿を現し、間髪入れずにその牙を剥く。だが、その胸に扉の外から飛び込んできたルイの槍が突き立てられた。
そのまま、吸血鬼は部屋の奥の壁まで持ち上げられ、槍の穂先によって縫い留められる。絶叫とともに、その姿が光に晒される。
「……グリオン・パーシバル。お前のような英雄が、このようなことになって残念だ」
航空部隊隊長グリオンが吸血鬼になったという話は、コルブレルも聞いていた。彼と特別親しい間柄ではないが、軍務上で顔を合わせることは何度かあった。
吸血鬼と化したグリオンは、狂気を宿した目でコルブレルを見る。そして、槍を引き抜こうとした。だが、槍は壁に固定されているように動かない。
「月光銀の槍だ。不死者であるお前には動かせない」
過去には銀で吸血鬼にトドメを刺すことができるとされていたが、研究が進むと、それは間違いであることが明らかになる。
ただし、効果がないわけではない。月の力を吸収した銀は、吸血鬼の力を封じる効果がある。イーブンソード家にある武器は、ほとんどが銀製であり、満月の日にはその力を吸収するために、月光浴をさせられている。
「吸血鬼狩りの大家であるイーブンソード家を狙うとは、大した知能だな。誰の指示だ。お前の主は今どこにいる」
吸血鬼と化した人間、従徒には、それを吸血鬼に変えた王が必ず存在する。もし、王が同じようにこの街に潜入しているのであれば、必ず殲滅しておかねばならない。
「……コルブレル・イーブンソードだな」
グリオンは口から黒い液体を流しながら、赤い瞳をコルブレルに向けた。その顔が粘土のように崩れる。
「……任務完了……」
グリオンはまるで懇願するようにそう言った。そして、彼の体は黒い液体となって消える。床には黒い謎の液体と、骨格だけが残り、それがグリオンの形をしていたのだ。
「な……なに? 従徒じゃない⁉」
コルブレルは動揺した。吸血鬼の従徒はこんな死に方はしない。家政たちの死体を確認する。どれも吸血鬼の特徴である、牙や爪での殺傷ではない。武器による致命であった。
「グリオンじゃない。別の……、これはシェイプシフターか⁉」
シェイプシフターは人の姿形を真似、都市部に侵入して人を喰らう魔物だ。喋ることもできるが、それは音を真似るだけで、知能は低いとされている。見分ける方法が確立されてからは、大した脅威としても認識されていない。
コルブレルは駆け出す。
(狙いはイーブンソードの血筋か⁉)
コルブレルは入り婿であり、今のイーブンソードの直系はオルシアのみである。
杖が食堂に二つの気配があることを示した。
「オリィ!」
コルブレルを追って遅れてルイも食堂へと走る。
中に何があるかわからなかったが、コルブレルは飛び込んだ。
食堂の中では執事のドルジェと家政のエリーが倒れ、オルシアが壁に追いつめられている。オルシアの前に立つ人影は、異様に黒い。
吸血鬼だ。
オルシアの涙の溜まった瞳に助けを請われ、コルブレルは逆上した。杖による攻撃を吸血鬼に向ける。
小石は弾丸となって撃ち出され、吸血鬼の体を貫く。吸血鬼は無数の礫を避けること叶わず、全身を壁にぶつけ、倒れ伏した。
「オリィ!」
コルブレルはオルシアに駆け寄った。普段であれば、そんなことは絶対にしない。魔物にトドメを刺す前に、怪我人に駆け寄るなど、素人のすることである。このときのコルブレルは冷静ではいられなかったのだ。
「コルブレルさま!」
ルイが警告を叫び、コルブレルは正気に戻った。背後に気配を感じ、杖で防御しようとする。しかし、吸血鬼の素早さはそれを上回る。
吸血鬼の爪が、コルブレルの体を裂いた。彼の血がオルシアの頬に飛び散る。
「貴様ァ!」
ルイが跳び、吸血鬼に槍を突き出す。単純だが、最速の攻撃である。普通の人であれば、貫けていたタイミングだ。だが、相手は吸血鬼、しかも、その素体となっている人間は、軍で最も厳しい訓練を積んだグリオンであった。
最速の槍の一撃の軌道を完全に読み、穂先を躱してその柄を掴む。手首の捻りだけで槍を持ち上げると、ルイの軽い体は少しだけ浮いた。数センチメートルのことだが、それだけで身動きを封じる。爪の攻撃によりルイは引き裂かれ、壁に激突して彼女の体は力なく床に落ちる。
「ルイ!」
オルシアが叫ぶが、ルイは身動ぎひとつしない。オルシアは胸から血を吹き出すコルブレルに寄り添い、その傷口を手で押さえるのに必死で、ルイに駆け寄ることができない。
「シェイプシフターめ。ほとんど時間を稼げていないだろうが」
吸血鬼と化したグリオンは、文句を吐き捨てる。彼は徐にオルシアを持ち上げた。
「いや! 離して!」
コルブレルの手がオルシアの手を掴み、引き留める。
「グリ……オン、やめろ。私の娘に手を出すな……」
コルブレルの傷は、明らかに致命傷である。
「イーブンソード卿、安心してほしい。我が主はこの娘を殺すつもりはない。我らの新たなる王として、君臨していただくのだから」
コルブレルがグリオンを睨んだ。オルシアが吸血鬼の王となる。そんなことを断じて許すわけにはいかない。コルブレルは最期の力を振り絞り、風を巻き起こす。部屋の家具が浮かび上がり、グリオンの行く手を阻む。
「無駄なことを……」
グリオンが家具に気を取られたほんの数瞬、それがオルシアの生死を別つ。
紐がオルシアの体に巻き付き、吸血鬼の魔の手から救い上げる。そして、同時に吸血鬼の足に巻き付けられた紐が、その体を引き、窓の外へと放り投げた。
「⁉」
空中へ投げ出されたグリオンは、その紐を知っていた。
この国で最も警戒するべき男。処刑人クレイン・アルフォンス・フォルスター。この国最強の一角、七魔剣のひとり。
食堂のテラスに立つアルフォンスは、月光に照らされて、グリオンを睨んでいた。
グリオンの体は石の地面に叩きつけられる。普通の人間であれば即死のはずだ。だが、吸血鬼であるグリオンには通用しない。紐に捕らわれた自らの足を切断すると、目的を捨てて走り去る。
「チッ……。自らの足を捨てるとは……」
アルフォンスが追おうとする。その背中にオルシアが叫んだ。
「先生! フォルスター先生、父の、父の治療を……」
アルフォンスはその声に、少しだけ動きを止めた。だが、それ以上の躊躇をすることなく、吸血鬼グリオンを追い、夜の闇へと飛び去った。
それは正しい判断なのだ。ここで吸血鬼を逃せば、この街、この国にさらなる被害を与えることになる。コルブレルの傷は致命傷であり、治療しても助かるとは限らず、その治療をしている間に吸血鬼は逃げ去るだろう。アルフォンスはそう判断したのだ。冷徹に、冷酷に。
オルシアは誰もいなくなった屋敷で絶望を感じた。それでも、諦めるつもりはない。
再び、コルブレルの傷口を手で押さえながら、オルシアは考えを巡らせる。コルブレルの意識は既にない。致命傷を負いながら、魔術を使えば、命の灯を自ら吹き消すようなものである。
(魔術を、私の魔力を、お父さまの体内で生命力に変換する……。そうすれば……)
オルシアに治癒魔術は使えない。だから、もっと単純な方法を試みようとしていた。
自分の魔力を他者の生命力に変換する。そうすれば、コルブレルは生き延びられるはずだ。
だが、オルシアは気が付いていなかった。誰もやらないのは、生命力を与えたところで傷口が塞がるわけではなく、根本的な解決にならないことと、魔力の変換効率が悪ければ、ただの対象に対する攻撃でしかないからである。
オルシアの口からも血が溢れる。体から力が抜けるような感覚に襲われる。
(こんなときに……。ダメ、絶対に……!)
自分の血を飲み込み、オルシアは目を見開いた。
体内に魔力を送り込むには、オルシアの場合は風の魔術として送り込むことになる。アルフォンスやルナのように、細胞を傷つけずに魔術を通すなど、素人にできるはずもない。そんなことをすれば、早々に絶命させることになることは、少し考えればわかることだ。
オルシアの経験のなさと、若さゆえの無謀さが、父の命を奪おうとしていた。
彼女の周りで風が渦巻き始め、細く研ぎ澄まされる。
(細胞の間を通るくらいに細く……)
オルシアはイメージする。しかし、技量が追い付かない。その間にも、コルブレルの顔からは血の気が失せ、流れ出る血の量は少なくなる。命が失われていく。
「やるしかない……!」
不完全な力で治療を開始しようとした。だが、傷口を抑えるオルシアの手に、誰かが手を重ねた。オルシアは驚き、その顔を見る。
「お母さま⁉」
そんなはずはない。なぜそう思ったのかわからないが、一瞬、肖像画の中の人物が飛び出してきたと思ってしまった。
緑のドレスに身を包んだ女性は、オルシアに優しく微笑んだ。母ではなかった。少女にも、大人にも見える、美しい女性だった。
「私が治療する。その間に、他の人たちもここに」
彼女がそういう間にも、コルブレルの顔に見る間に生気が戻っていく。
オルシアは頷き、屋敷の人を運び、集める。風の魔術で体を持ち上げ、食堂へと運んでいく。なぜかオルシアの体は調子を取り戻していた。前にも同じようなことがあった。
(試験のときと同じ……)
オルシアが使用人たちを全て集め終える。緑のドレスの女は、全員の治療を素早く終える。既に絶命している者には、やさしく掌で、その瞼を落とした。
緑のドレスの女は胸の前で手を合わせ、静かに目を閉じる。オルシアは見たことのない所作に戸惑ったが、それが彼女なりの使者への祈りだと解釈した。
「あの、あなたは……」
オルシアがドレスの女に声をかける。女は立ち上がり、オルシアを真っ直ぐ見つめた。
「ただの通りすがりです。もうすぐ、魔導師の方々が到着します。それまでは動けるあなたが皆を守ってください。私は……、私は行かないといけません。彼を救わなければ……」
彼女はテラスから身を投げ出した。オルシアは月光に照らされた美しいドレスが宙を舞うのを見送るしかできなかった。
◆
グリオンは作戦の失敗を悟った。
率いる航空部隊は全滅し、グリオン自身も少年の姿をした吸血鬼によって、その歯牙に首筋を貫かれ、死という激痛が彼を襲う。そこからグリオンの意識は途絶えた。
目が覚めたとき、軍病院の一室だった。そのときまでグリオンは人間であったのだ。
『目を覚ませ。ボクの従徒』
その声を聞き、グリオンは飛び起きる。
流れる血が変化し、身体が冷たくなっていく。
暗い部屋がハッキリと見えるようになり、感覚が解放され、飢えを感じた。血への渇望は下された命令よりも強い力を持ち、温度を感じる。人の体温を、まるで夕食時の街中に漂う香ばしい匂いのように。
その本能に従って、廊下に出た。
「グリオンさま! お目覚めになられましたか!」
ひとりの兵士が慌てて立ち上がる。
真夜中の廊下は暗いが、小さな灯りの中、護衛として寝ずの番に就いていたようであった。
「待っていてください。すぐに治癒魔術師を……」
グリオンは倒れるようにして、兵士にもたれかかる。兵士はグリオンの体を受け止めるが、首筋に走った激痛に、身を離そうとする。だが、グリオンの力はそれを許さない。
「うぐ……」
兵士は喘いだ。そこからは無抵抗になる。
吸血鬼の牙に刺し貫かれた生物は、全身を硬直させてしまう。血流を強制的に変えられ、生命力を血とともに吸い上げられ、死に落ちる感覚に意識を失う。
グリオンは命を奪う快楽に溺れる。それは今まで味わったどんな快感よりも、甘美だった。
満足するだけ血を吸うと、兵士の死体を投げ出す。
「俺はいったい……」
正気に戻ると、足元に倒れた兵士に、グリオンは恐怖した。自分が何をしたのか理解すると、唇の血を舐めた。
『満足した? すぐにそこから離れろ』
強制的な支配に突き動かされ、グリオンは病室の窓から外に飛び出た。
街は暗く、だが、明るい。
人であったときには感じられない美しさに悦びを感じる。支配の声さえもグリオンを満足させた。胃袋に溜まる血液の暖かさが、グリオンを全能にさせる。
「主、今、どちらに」
自らの支配者の顔を見たいと思った。生きているときに刹那に見えた主の美しい顔を思い浮かべる。
『今は離れたところにいる。だけど、君をしっかり見守っているよ』
グリオンは頭の中に響く声に快感を覚える。
「何なりとご命令を」
支配者が笑ったのがわかる。
『やっぱり軍人の従徒は話が早くて助かるよ。混乱しているだろうけど、大事な任務だから』
グリオンの頭の中に、映像が流れ込み、その任の詳細を理解する。
イーブンソード家の直系の血筋を、無傷で攫う。
ただそれだけの任務だが、それがどれだけ危険な任務か、軍人であるグリオンは深く理解している。
『既に何体かのシェイプシフターを都市内に侵入させてある。完全な擬態で、結界に感知されずに侵入できる特別仕様だよ。ただ、あまり強くはないから、気を付けて』
下された命令を実行するための作戦が、加速した思考の中で組み立てられる。
日中にしか活動できない吸血鬼の従徒の時間は限られる。グリオンは潜伏し、イーブンソード家の行動を探った。その間に何人かの獲物を狩り、飢えを満たした。
そして、イーブンソード家の令嬢オルシアは、学園の寮には入っていないことがわかる。自らの屋敷から馬車で毎日通っている。その馬車での移動中に襲撃することが理想であったが、活動時間がそれを邪魔した。
血のついた手袋を拾い、その血の匂いを覚えると、グリオンは行動に移す。最悪なことに現当主であるコルブレルが帰宅したが、問題はない。段取り通りやれば、彼と戦うこともなく、オルシアを攫えるはずだった。
コルブレルの手がオルシアの手を掴み、引き留める。
「グリ……オン、やめろ。私の娘に手を出すな……」
コルブレルの傷は、明らかに致命傷である。
「イーブンソード卿、安心してほしい。我が主はこの娘を殺すつもりはない。我らの新たなる王として、君臨していただくのだから」
コルブレルの最期の魔術は、風を舞い起こして物を飛ばす程度のものだった。そんな攻撃で吸血鬼を倒せるはずもない。だが、その攻撃はテラスに降り立つ人物の魔術を隠すためのものだと、オルシアをその手から奪われて、ようやく理解した。
逃走するしかない。右足を奪われたが、血は充分にある。両手と片足だけで走りながら、右足を再生する。
細い路地に逃げ込み、暗闇から暗闇に駆け、複雑に曲がりながら逃走する。だが、角を曲がったとき、その目の前に軍服のアルフォンスが現れた。
彼の指が上がると、建物を縫って固定された無数の紐が、グリオンの動きを完全に封じる。
「私から逃げられるとは思ってはいないでしょう」
アルフォンスの冷徹な声が聞こえた。だが、それはグリオンには意外なことであった。
「アル、頼む。逃がしてくれ。殺さないでくれ……」
アルフォンスとグリオンは学生の頃に出会った。
勘当された貴族の息子と、御伽噺に登場する竜騎兵に憧れた農家の少年。
特に共通点のない二人であったが、同じ寮の部屋というだけで、兄弟のように育つことになったのだ。
「……」
アルフォンスは、紐の力が強めた。
「その名で私を呼ぶな、吸血鬼が。お前はグリオン・パーシバルではない」
紐の力が強まり、グリオンの肉体を恐ろしい力で引き裂こうとする。吸血鬼の従徒の再生能力は無限ではない。一度にバラバラに引き裂かれれば、再生は追いつかない。
「やめろ、お願いだ! 死にたくない! 死にたく……!」
グリオンは必死に懇願した。吸血鬼としての生存本能が、なりふり構わない命乞いをさせる。それがアルフォンスの感情をさらに逆撫でする。紐が顔まで全てを覆い、口さえも利かなくする。
「その声で、その体で……。いや、もう良い……、死ね!」
アルフォンスが指を捻り、紐を引き絞る。
しかし、突然、紐は切り裂かれ、グリオンの体は自由になる。地面に落ちる彼の体を支える、美しい女性がそこにいた。
「何者ですか」
アルフォンスはすぐにでも攻撃できる体勢を整えた。吸血鬼の従徒を助けたのだ。魔王軍の仲間か、吸血鬼の王かもしれない。しかし、月光に照らされたその神々《コウゴウ》しさは、それを否定している。
緑のドレスに身を包んだその女は、少女のように若いが、大人びた表情をしている。アルフォンスにはそう見えた。神話に登場する美しい女神に見えた。
その美しさとは対照的に、グリオンの胸からは不気味な植物が生えている。それは脈打つごとに成長し、血のように赤い花を開いた。
アルフォンスは攻撃するべきか迷った。だが、彼女に逃げるつもりはなさそうである。その真剣な表情に、手を出すことは躊躇われた。
植物の成長が止まると、微睡んだような表情のグリオンの顔に、ほのかに赤みが差す。
「ありえない……」
緑のドレスの女が、治癒魔術を施しているのが、同じ治癒魔術師であるアルフォンスには理解できた。ただ理解できただけだ。吸血鬼に何をしようとも、その体に血が通うことはないはずである。少なくとも、アルフォンスの常識ではそうだった。
グリオンの胸から生えた植物は花を散らすと、その茎の先に、脈打つ血管のような模様のある、不気味な果実をつける。
その実を女がもぐと、胸から生えた植物は萎えて枯れ、グリオンは意識を失ったようだ。
「よかった……。上手くいった……」
女はそう呟くと、アルフォンスを見た。
その翡翠色の瞳に射貫かれたアルフォンスは、声を忘れてしまった。
◆
目を見開いた少年は、暗闇を照らすような赤く輝く瞳を持っていた。
その肌は彫像のように白く、作り物のように美しい顔に、異様に長い牙が剥かれる。
「あははは……。グリオン……。せっかく良い手駒が手に入ったと思ったのに……」
その言葉は残念そうであるが、表情は楽しそうであった。
「こんなところにいたのか、生命の魔女。じゃあ、会いに行かないといけないな」
吸血鬼の王は、蝙蝠のような翼を広げた。




