隠すより現る
◆
グリオンは翼竜型ゴーレムの群れを率いて、ミルデヴァ軍の航空部隊を支援した。
隊長であったグリオンの後釜に座ったドーレスは、それを快く思ってはいないようだが、襲撃を受けているこの状況で、私情を持ち出すほど愚かではない。
「ドーレス隊長! こっちは魔力切れだ。これ以上の支援はできそうにない」
「最初から当てにはしていない! お前は避難しろ。ここからは軍人の仕事だ」
ハンドサインによる会話である。
グリオンは手を振り、了解の意を伝えた。
グリオンの乗った翼竜型ゴーレムは、まだ実戦レベルではない。本物の翼竜ほど、スタミナがなく、すぐに飛行できなくなってしまう。航空部隊の主な任務である、長距離の移動や、監視・偵察には不向きだった。
地上では兵士と魔術士たちが、ゾンビを街の反対側には侵入させないように奮戦していた。防衛陣地を構築したことで、上空からの槍と矢での援護がなくとも、圧倒的数のゾンビを抑え込んでいる。
地上の援護はもう必要ないだろう。
グリオンは最後の旋回を行い、避難し遅れた者がいないか確認する。ドーレスの言うように、グリオンの仕事ではない。妻と娘は無事であることはわかっているが、心配である。ここで手を抜くことはできない。
避難地域に行こうとしたとき、その姿を見つける。イヴとロウリが兵士たちと走っていた。それも大勢の子どもたちを連れて。
グリオンは彼らの方に竜首を向け、急降下する。大量のゾンビが彼らを囲おうとしている。そのままゴーレムから飛び降りながら背中の剣を引き抜く。ゾンビを薙ぎ払いながら着地した。
薙ぎ払われたゾンビたちはほとんどが両断され、それ以上の活動は不可能になる。例え不死でも、再生能力がないゾンビにはそれで充分だ。
「……グリオン⁉」
「パーシバルさま!」
イヴとキノが叫んだ。
「お前たち……、何をしているんだ⁉ この子たちは……」
「孤児院の子たちです。子どもたちが怖がって避難が遅れたらしく……」
キノが言い訳するように説明する。グリオンはそれを聞きながらも、周囲のゾンビたちを一瞬で片付ける。
「す、すげぇ……」
兵士が、感心して呟く。怪我をしていて万全ではないとはいえ、自分たちが圧されていた数の暴力を、一瞬でひっくり返すのだ。その武力に感謝と、同じ戦士としてひれ伏したい気持ちになる。
「足を止めるな! このまま避難場所まで向かうぞ」
「はい!」
ロウリはセラを背負いながら、子どもたちを促し、足を速めさせる。
グリオンは何となく避難が遅れた理由がわかった。彼らは魔物を極端に恐れている。彼らが孤児となった理由を考えれば、そうなっても仕方がない。
グリオンの同年代の知り合いにも、同じような孤児がいた。彼は今、どこで何をしているだろうか。
孤児たちが駆け出そうとしたとき、轟音。地響き。
「伏せろ!」
言われなくとも、立っていられないほどの振動である。
街に崩壊の波が広がり、衝撃波がグリオンたちを襲ったのだ。
「くっ!」
兵士たちは子どもたちをかばう。グリオンが剣圧で瓦礫を吹き飛ばさなければ、全員、生き埋めになるところだった。
振動はすぐに治まるが、大量の埃を浴び、むせ込む。訳のわからないまま、皆を立たせて走らせる。
「立て、走れ! 生きたいなら、走れ!」
子どもたちが駆け出す。グリオンはまだ崩壊していない屋根に跳び上がり、状況を確認する。
状況は、最悪だった。
ティタンゾンビを抑え込んでいたオドの巨大ゴーレムが、圧倒され、破壊されたのだ。
ティタンゾンビが外壁を越えようとしている。これでは街の反対側に避難したところで意味はない。このままでは街は踏み潰され、蹂躙されることになる。
外壁を失えば、魔物の侵入を簡単に許すようになり、文字通り、防衛線に穴が開く。
設置された投石機やバリスタが、ティタンに投射を行う。だが、徒労である。
その程度の攻撃では、ひるませることもできず、それどころか肉を剥すことで、小さなゾンビを生み出す手伝いにしかなっていない。
ティタンゾンビの一歩が、外壁を破壊しようとしたとき、その巨体を何かが打った。
遠くから飛来した巨石が、ティタンゾンビの肩を打ったのだ。足を踏み出そうとしていた巨人はバランスを崩し、逆方向に後退することになる。
「あれは……」
グリオンが見たのは、空中に浮かぶ何かが、街の破片である巨石を回転させて勢いをつけている様子だった。
グリオンの良く訓練された視力は、それがアルフォンスだと認識させた。伸ばした紐の魔術で巨石を回転させて、ぶん投げようとしている。
「相変わらず無茶苦茶だな……」
グリオンは親友のやることに呆れるが、同時に頼もしくも思う。彼ならば、五十メートルを超えるティタンの巨体すら、ひとりでも片付けてしまえるかもしれないと思わせる。
もうひとつの巨石がティタンゾンビを打ち、さらに一歩後退させた。
三発目の投石は外れ、街の外で轟音が上がる。
(このまま、倒せるかもしれない)
グリオンはそう思ったが、アルフォンスは次の巨石を準備していない。それどころか、空中に作り出した足場で、片膝をつき、休んでいる。
そんなことをしている場合ではない。休んでいる場合ではないはずだ。それなのにアルフォンスは動かない。動けないのだ。
「アル……⁉」
誰と戦っていたのかは知らない。だが、膝をつくほどの強敵と彼は戦っていたのだ。
ティタンゾンビが外壁を蹴飛ばす。一撃では分厚い壁は崩せない。だが、確実に衝撃は伝わった。二撃は耐えられない。
アルフォンスは何とか立ち上がり、巨石を回転させ始めた。だが、その前にティタンゾンビは攻撃に移る。瓦礫を握り、アルフォンスに向けて投石する。
ゆっくりとした動作に見えるが、長い腕から繰り出された投石は、散弾のようになってアルフォンスを襲った。物理結界が消えたことで、ティタンゾンビも遠距離攻撃が可能になったのだ。
反射的に影の力を全身に巡らせる。
「……!」
グリオンは自分でもわからないまま、吸血鬼の力を使う。背中から生えた黒い翼と、竜騎兵としての経験が、彼の体をさらなる加速させる。
音さえ置き去りにして、グリオンは巨人の放った散弾に追いつき、アルフォンスの盾となる。
「グリオン……?」
アルフォンスが消え入るような声で言った。
グリオンは背中越しだったが、アルフォンスの目が虚ろであることがわかる。外傷はなさそうだが、魔力を使い過ぎたのだ。しばらくすれば回復するだろうが、このまま魔術を使い続ければ、絶命するだろう。
グリオンは大きな瓦礫は剣で破壊したが、小さな破片はまともに浴びることになる。全身に穴を開けながらも、アルフォンスをかばう。
振り返ってアルフォンスに飛びつく。このまま空中に留まっていては、狙い撃ちにされる。
「グリオン、あなた……、その力…………」
アルフォンスと落下しながら、グリオンはその言葉を聞いた。
(だから秘密など、そう長くは隠し続けられないと言ったんだ)
グリオンはコウモリの翼を広げ、落下の衝撃を和らげる。
雪が舞い始めた。夜の闇の中、氷の結晶が白く輝き、蒸気を上げるティタンゾンビと、崩壊した街に降り注ぐ。
◆
呼びかけられた気がして、ルナは目を開ける。
「誰?」
目の前の人物は、見たことがある気がする。オルシアにも似ている。リリアナに似ている。アンに似ている。だが、その誰でもないと直感する。
彼女の身体が透明に見えたのは、星空を反射するドレスを着ているため、背景と同化しているだけだった。
満天の星空が広がり、その真ん中に巨大な月が浮かび上がっている。
下を見ると足元から波紋が広がり、暗い水面に映った星空が揺れる。
「私が誰かは重要じゃない。あなたが誰なのかが大事」
「私?」
自分の体を見る。緑色の魔装を纏っている。
この魔装はなくしてしまった。これは夢なのだと理解した。
「……死んじゃったわけではないんだよね。夢現の世界か。そして、私は……」
この場所は何度か来たことがあると思い出す。いつも目を覚ますと忘れてしまう場所だ。
「おばあちゃん」
そう言った途端、目の前の少女の姿は老婆に一瞬だけ変わり、翡翠に似た女性に変わった。祖母の若い姿だと気が付くのに、時間はかからなかった。
「……おばあちゃんか。まぁ、いいけど」
ルナは今すぐに抱き着きたいと思った。しかし、体が上手く動かせず、足裏が水面から離れない。何とか手を伸ばすが、祖母はその手には触れなかった。
「テルティア」
祖母がその名を呼ぶのは妙な感覚だ。彼女はゆっくりとルナに近付き、それでいて手の届かない位置で止まった。
ルナはイライラと手を振った。
「何なの? どうなっているの、これ」
祖母は気にせず、ルナを見つめる。
「時間がないから良く聞いて」
その眼差しに射止められ、ルナは口を閉じた。
「あなたの力の制限が解かれた。だから、こうして話すことができるようになった。でも、これが最後になる。
いい? あなたはこれから、いくつもの選択をすることになる。そうなったとき、必ずこちらの選択をして。
魔王とは戦わない。魔王には関わらない。決して会わない。わかった?」
いきなり現れて、そんなことを言われても、どうしようもない。
「私が何もしていなくても、あっちから近付いてくるんだよ」
「だったら、この街から逃げればいい。
別の、もっと戦争から離れた地域で、静かに暮らせばいい。ギンと二人で暮らしていたときみたいに」
「……」
確かにギンと合流できた今、この街に残る理由はないのかもしれない。まだ、この街に来たばかりの頃は、何度か考えたことはある。
もう、みんなと一緒にいることが当たり前になってきてからは、そんなことを考えることはなくなってしまった。何もかもを捨てて、ひとり安全な場所に逃げるなど、できるわけもない。
「魔王は、何なの? どうして……」
「質問が違うでしょ」
厳しく言われ、ルナは眉間にしわを寄せる。
魔王に関する質問さえするな。魔王と関わるなとは、関心さえ持つな、知ろうとするなということなのか。
「私になにをしろっていうの」
ルナは少し腹が立って、祖母を睨みつける。
その視線を受けても、祖母はどこか冷めた表情を変えない。
「何も。何もしないで。
魔術を使わなければ、居場所を知られることもない」
ルナは舌打ちをする。
「いつものおばあちゃんだね。心配してくれるのはうれしいけど、もう私も成人年齢はとっくに超えてるよ。日本ででもね。
私のことは、私で決める。
だから理由を教えて。納得できる理由なら、私も言うことを聞くよ」
祖母は表情を変えずに、口を開く。
「テルティア。あなたは生まれ変わったことで、この世界での魔法の力を得た。
あなたも、あなたの眷属も、もう支配を受けることはない。
だから、魔王に関わる必要は、もうない」
意味深長な言葉で、煙に巻かれたような気分になる。
「……全然、言ってる意味がわかんない。もっと、わかり易く話してよ」
「あなたは――――だから。魔王に会ってしまえば、もうあなたは――――」
「え? 何? 聞こえない」
星空が回転を始めた。
「待って! おばあちゃん!」
浮遊感を感じ、足元を見る。水面が消え、重力に引かれる感覚が、ルナを刺激する。
自分の着ている魔装が、いつの間にか緑のドレスではなくなっていた。
白の下地に金の縁取り、そこに緑の布地を重ねた、美しいドレスである。
「呪文を、唱えて――――」
祖母の言葉が消えていく。
◆
「……ルナ! ルナ‼」
声に導かれて目を開けると、ルシオの顔があった。
「ルシオさん?」
「ルナ! 良かった……。待ってくれ、すぐに瓦礫を……。すぐにここから逃げないと……」
ルシオは焦燥していた。
彼は振り返って中杖を振るった。杖の先がなぞるように空気が破裂し、周辺のゾンビたちが吹き飛ぶ。ルシオの爆裂魔術はかなりの威力だ。
ルナは自分の状況を確認する。右半身は瓦礫によって圧し潰されており、抜け出すことはできそうにない。
自動発動する治癒魔術が、生命を維持していたようだが、魔力を大量に消費しながらも、瓦礫によって治癒が阻害されていたようだ。
(こういうときのことも、想定して魔術を組まないとな……)
激痛だが、冷静にそんなことを考える。
ルナを圧し潰している瓦礫を支配すると、抜け出すだけの隙間を作る。体を捩って瓦礫の下から這い出すと、解放感とともに大量の失血を感じる。さらに魔力を使って、心臓が停止するのを防ぎ、出血を止めた。完全な治癒は難しそうだ。
「立て……そうにないみたい。ルシオさん、逃げて。私は自分で何とかするから」
「そういうわけにはいかないだろ⁉」
「……どうしてここにいるんですか」
「連れ戻すために追いかけてきたんだよ!」
ルシオの杖から魔術が炸裂し、近付いて来ていたゾンビたちが吹き飛ぶ。しかし、多勢に無勢である。すぐに魔力が切れになることは明白だ。すでにルシオの顔色は悪い。
ルナは立ち上がり、足を引き摺りながらルシオの背中に触れた。魔術を送り込み、体の不調を治す。手のひらが大きく切れていたが、ほとんど怪我はない。
治癒魔術がルシオの体に浸透すると、彼の魔術の威力が増した。ただ、強くなっただけではない。ゾンビをまとめて吹き飛ばすのではなく、彼のイメージ通りに、的確に急所である首だけを最小限の力で破壊していくようになる。
一気に多数のゾンビが倒れ、その死体がバリケードとなって進攻を防ぐ。
「なんだ⁉ いったい何が……」
ルシオは自分がやったことに困惑するが、すぐに振り返った。逃げるならば今しかない。
軽々とルナを抱え上げて跳び上がり、近くの屋根の上へと避難する。ゾンビたちは動きが遅く、高い場所であれば登るのに時間がかかる。一時的な避難であれば、充分である。
「力が湧いてくる。これなら避難所まで走れそうだ。少し揺れるけど我慢してくれ」
「待ってください。まだ私にはやることがあります。あいつを倒さないと」
ルシオはルナの目線の先を追った。巨人が今にも壁を破壊しようとしている。
「あんなのとやり合えるわけがないだろ⁉ やるにしても他の魔術士と合流してから……」
巨大な岩が巨人に直撃し、さらに二発目で巨人は後ろに下がり、地面に手を着いたようだ。ルナたちが見上げると、アルフォンスが空中に立っているのが見えた。
「フォルスター魔導師だ! ほら、オレたちは邪魔をしないように避難しよう!」
ルシオが言う通り、ここにいては邪魔になるかもしれない。だが、アルフォンスの様子がおかしい。術のキレがない。
投石は確かに有効だが、周囲に被害をもたらす危険がある。いつものアルフォンスならば、こんな手段は選ばないはずだ。
巨人が腕を振りかぶる。アルフォンスの体がフラつき、ルナは彼が意識を失ったのだと感じ取る。咄嗟に近くにいる人物に助けを求める。グリオンとの力の繋がりを感じ、彼に意識を移した。
吸血鬼の力が解放され、グリオンの意識に働きかける。グリオン自身の意思が、アルフォンスを助けるために動く。
巨人の手によって打ち出された無数の瓦礫を、グリオンは体を盾にして止めた。ルナも激痛を感じた。その痛みによって意識は引き戻され、元の体へと戻ってしまう。
「グリオンさん……!」
グリオンを操ったのではない。グリオンにルナの力を貸しただけだ。だが、最後まで力を貸すことができなかった。まさか、自分を盾にするとは思っていなかったが、不死であるグリオンならば、問題ないはずだ。
意識が戻るとき、グリオンがルナに語りかけていた。
「こっちは何とかする。もうひとりを助けてやってくれ」
ルナは激痛を耐え、空を見上げる。
雪が舞い始めていた。
ゾンビたちは動きを停止し、まるで時が止まったかのような静寂が訪れる。
「ディルタ!」
ディルタの魔力が爆発するのを感じる。冷気の川が生み出さ、それに飲み込まれティタンゾンビも凍りつく。同時にディルタ自身も氷塊に包まれた。
このままでは彼は落下し、砕け散ってしまう。この距離では、ルナの魔術も届かない。
ルナの意識がまた、別の誰かに飛ぶ。
白い影がディルタを掴まえた。
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