避難
◆
ロウリとイヴは負傷した五人の兵士を、何とか近くの家の中に隠した。鍵はかかっていなかったのは幸運だった。
鎧を取っても、皆、筋肉の塊である。運ぶのにもずいぶん苦労する。おかげで汗だくだ。
そこは大きくて丈夫そうな住宅だった。少し小さめで、壁全体が植物で覆われていることを除けば、貴族も住んでいてもおかしくはない。この住宅を選んだのは、もしかしたら魔除けがかかっているかも知れなかったからだ。
「これからどうすれば……」
ロウリは窓の外を伺う。イヴは怪我人たちの運び終えたあと、他の部屋を見に行ってしまった。
さっきからおかしな地鳴りがする。警鐘の音が止み、足音のような地鳴りが代わりに響き始めた。
何か異変が起こっているが、確かめようがない。不安が募るがイヴは気にしていない。
「もう……、なんて暢気なんだ」
この状況で屋敷見物とは呆れる。上の階からロウリを呼ぶ声に跳び上がる。
「ロウリ、手伝って!」
「大声出すなって! 魔物がいるかもしれないんですよ!」
ロウリは叫びながら、イヴのいる部屋に向かう。
そこには様々な機材と、天井から吊り下げられた乾燥した植物のある、不思議な部屋だった。
「な、なんだこれ……」
奇妙な道具たちは、動力もないのに動いたり光ったりと忙しい。明らかに魔術の品だ。
「ここ、魔術士の家なのかな」
「ロウリ、あの草を取って。手が届かない」
イヴは道具には興味を示さず、干されている草花を指差す。
「手が届かないって……、この脚立を使えばいいのでは」
「……」
イヴが何のつもりなのかはわからなかったが、ロウリは言われるがまま、その草を取る。
「これで大人しくしていてくれますか」
「大人しく? 何を言っている。兵士たちの治療をする。手伝え」
「治療って。治癒魔術が使えないのに」
「治癒魔術以外にも治療はできる。ここは調薬魔術師の自宅みたいだ。
これはチドメグサ。煎じて塗れば、血止めの薬になる。
こっちはリュウガンの実。増血作用がある。すぐに良くなるわけではないが、気休めにはなる」
「……どうしてそんなこと知っているのですか」
「私だって勉強している。ロウリはストーブに火を入れてくれ」
「火なんか使ったら、魔物が寄ってきますよ!」
「だが、このままでは、兵士たちは凍え死ぬ。やるしかない」
イヴの言うことはロウリも理解できる。兵士たちは失血が酷く、体温が下がっている。このままでは体力がもたない。
「……他にやることは」
「綺麗な布を探しておいてくれ。それと湯を沸かしてほしい」
「わかりました。その前に戸締りを確認してきます」
二人はお互いのやることを確認すると行動に移した。
イヴはテキパキと指示を出し、治療を進めていく。
煎じたチドメグサを傷口に塗り、ロウリが探してきた包帯を巻く。リュウガンの実を煮溶かして、飲み薬とはいかないが食べやすいようにする。甘酸っぱい匂いに兵士たちが目を覚ました。
「起き上がれる? 飲んで」
イヴは兵士たちにリュウガンの薬湯を飲ませていく。
「う。甘……」
兵士が呻く。イヴは微笑んだ。
「実家では良くおやつに食べた。年中暖かい場所でしか育たないから、干された物しか手に入らない」
ロウリは疑問に思ったことを口にする。
「この屋敷が、調薬魔術師の家だとわかって選んだのですか」
イヴは首を横に振った。
「テラスに鉢植えがいっぱいあったから、もしかしたらと思っただけ」
調薬魔術師は、魔術士としては少し特殊である。魔術を使えなくともなれる唯一の魔術士だ。植物や魔物の知識を使って、霊薬をつくることを生業とする職人である。
ロウリは意外に感じた。彼女はただの箱入り娘で、魔術の才能もない(なぜか水面歩行は得意らしいが)。コネでアルフォンスの弟子になった、いけ好かないお嬢さまだと思っていた。
今のところ、ロウリがしたことと言えば、兵士を運ぶのを手伝ったくらいだ。
「助かったよ、あんたたち」
隊長らしき女兵士が、ロウリの背中を軽く叩いた。
「あんた、イデルのところの養子だろ。フォルスター魔導師の弟子になったっていう」
「は、はい。イデルさんをご存じですか」
「同期なんだ。キノって呼んで。
妻も娶らずに養子を取るなんてって、みんなでバカにしてたんだけど……。まさか、命を救われることになるとはね」
「いえ、オレは……。ルナさんが皆さんを救ったんです。オレは何も」
「ルナが来てたのか……。あの子には助けられてばかりだね」
キノは立ち上がる。
「まだ、動いては……」
「そうも言ってられない。すぐに避難する。みんな、起きな! いつまで寝てるんだ」
キノが兵士たちを叱咤する。負傷した兵たちは、力を振り絞る。立ち上がれない者もいる。兵士たちは支え合うように起き上がった。
「早く出るんだ。ここも踏み潰されるかもしれない。それにまだ避難できていない子たちがいるんだ。早く迎えに行かないと……」
「迎えに? 誰が残っているんですか」
「まだ、孤児院の子たちが避難できてないってきいたんだよ! だから、オレたちで誘導しようと……」
キノは足を負傷している兵士を肩で支えた。
この近くにある孤児院はひとつしかない。ロウリの家であり、妹のセラがいる場所だ。心拍が高鳴るのを感じる。こんなところで足を止めている場合ではない。
ロウリとイヴは顔を見合わせ、二人も兵士たちを手伝って外に出る。それと同時に、凄まじい轟音が耳を打った。
爆発が起こったのかと思った。だが、実際には大きな何かが降ってきたのだ。
だが、その爆発よりもロウリたちは空に目をとられた。
「な、なんだあれ……」
巨大で虚ろな瞳と目が合った気がした。外壁の向こうから、こちらを覗く巨大な影。生者ではない。それはゾンビだった。
あり得ない大きさのゾンビ。ティタンゾンビが外壁を乗り越えようとしていた。
「早く!」
キノの叫びに我に返る。
とにかく反対側に逃げるしかない。あんな大きさの魔物に対抗することはできない。
そんな悪夢のような光景に、さらなる問題が持ち上がる。近くに落ちたのは、ティタンゾンビの肉片であった。
肉片は腐臭と高熱を発している。その肉片から、次々と人影が現れた。
ゾンビである。ティタンと肉片から次々とゾンビが生み出されている。
すぐにここから離れなければならない。だが、今度は足元を揺らず地鳴りで、前に進むのも難しくなる。
「何なんだ⁉ 次から次へと!」
キノが苛つき叫び声を上げた。
地震としか思えないが、地震ではない。近くの肉片が別の何か踏み潰されたのだ。
巨人に張り合うような巨大なゴーレムが、街の中に出現していた。
◆
剣が振るわれると、空気が舞い上げられる。
ルミリアの動きは目で追うことは難しい。ただ早いだけではない。死角を上手く利用し、瞬きすらも許されない。切先から放たれる風の刃は、校門をズタズタに斬り裂いた。
オルシアの風がそれを防いでくれなければ、ロバルトは生きてはいなかったはずだ。
ロバルトはさらに体内の霆の力を高める。この電撃によって筋肉を動かし、身体能力を劇的に向上させる。
一歩間違えれば、全身が粉々になる魔術だ。魔術協会はそれを禁止している。だが、そんなことを言っていられる場合ではない。そこまでしてもルミリアの動きについていくのが精一杯なのだ。
そして、なぜかロバルトの肉体は、それに耐えている。今までも何度かこの魔術を使ってきたが、そのたびに全身が軋むように痛んだ。ルナの治癒魔術がなければ、一生立てないような怪我を負っていたはずだ。
しかし、今は違う。
(どうなってるんだ……)
ロバルト自身も不思議なことに、魔術による体の操作が上手くいく。正確にロバルトの想った通りの動きを再現する。
ロバルトのコートがまるで体の一部であるかように振舞う。
その感覚はオルシアも同様に感じているようだ。彼女のドレスは風と一体となり、彼女の体を宙に浮かび上がらせている。魔術はより正確に放たれ、ルミリアの動きをひとつも見逃さない。
(ダウリさんの服が助けてくれているのか)
ロバルトは何となくそう思う。自分の実力も上がってはきているだろうが、この目の前の規格外の魔物に対抗できているのは、そうとしか思えない。
ルミリアは元人間だ。生まれ持っての吸血鬼ではない。つまり、吸血鬼の従徒であり、こんなにも強いはずはない。
ルミリアの魔術士としての実力が、吸血鬼になった今も残っている。
しかし、たったの一分間の攻防ではあったが、ロバルトとオルシアは、ルミリアを押し留めていた。
(やれる……。勝てるぞ……。たった二人で、七魔剣を倒せる!)
ロバルトは心の中で叫んだ。戦い自体が、ロバルトが奮い立たせる。
ルミリアは、オルシアの母である。母を目の前に、オルシアは毅然と戦っている。
いや、これは母親でない。母の死体を利用した、最悪の魔物だと考えているに違いない。
それを止めるために、ロバルトは手を貸したいと考えていた。
空気の波が街全体を振動させる。
ティタンゾンビが外壁を乗り越えようとしたようだが、目に見えない壁に阻まれたのだ。結界がその衝撃を殺し、空間が歪んだように見えた。
普段は張られていない物理結界が発動している。
無理矢理にそれを破ろうとしたティタンゾンビの腕から肉片が飛び散った。それは勢いのまま、街の中に落ちる。ティタンゾンビの全てを拒絶しているわけではない。結界はあくまでもその本体の侵入を阻止しているだけだ。
「メルビムの結界……」
ルミリアがそれを見上げて呟く。ティタンゾンビはそれ以上進むことは難しそうだった。
「侵入は時間がかかるか。やっぱり、メルビムは殺さないといけなさそうね。けど……」
ルミリアはロバルトとオルシアを見た。
ルミリアにとって計算外なことに、二人は善戦している。まさか、学生程度に足止めされるとは思ってもみなかったことだ。
「本当に強くなったのねぇ……」
ルミリアは感慨深そうに、少し苛ついた様子でそう言った。体が重い。この街の中では、魔物としての力が抑制されている。
(メルビムは実験棟か……。さすがの婆さまも、ティタンを押し返すのに、痕跡を残さないことは無理だったみたいね)
ルミリアの風の魔術が、魔術を使ったメルビムの居場所を正確に捕捉する。しかし、ここまで強いと、目の前の二人を放っておくこともできない。
ルミリアは舌打ちした。
(こんなことなら、隠れておけば良かったか。遊び半分で姿を見せるべきじゃなかったな……)
憂鬱そうな表情で止まってしまったルミリアに、対峙する二人も止まった。下手に攻撃することは、反撃の隙を与えかねない。
ルミリアは否定するように首を振った。そして、人の頃の癖で溜息を吐くと、ロバルトとオルシアを睨みつける。
「残念だけど、これ以上、遊んでいられない。もう……、いいわ。死になさい」
ルミリアは諦めたようにそう言った。
彼女の足元に、風紋が刻まれる。それは奇妙な模様を描き、魔方陣を形成する。
魔方陣の作成には、かなりの時間がかかる。入念な計算と、正確な陣を築く必要があるからだ。
魔方陣は呪文と違い、長く影響を周囲に及ぼす魔術だ。間違えて作ってしまえば、取り返しのつかない失敗が長く尾を引く。そのために間違いがないか何度も確かめ、術の発動前に吟味する。
ルミリアはそれを瞬間的に作り出した。風の魔術によって、別の魔術を発動するという、一種の神業だ。
風によってもたらされる傷痕。それがルミリアを中心に広がっていく。
オルシアの竜巻に似ている。しかし、もっと繊細で、それでいて破壊的である。
柔らかな物から塵へと変え、石畳の丈夫な地面すら削り取られ、細かな砂粒になっていく。
門の鉄柵すら、バラバラとなり崩れていく。
「これは……」
ロバルトはその常軌を逸した魔術に、どう対応するか考えを巡らせようとした。
「ロバルト!」
空中からオルシアの声が聞こえる。
判断を間違えたと感じた。考える前に逃げるべきだった。
そんなロバルトの目の前に、突然、巨大な壁が現れる。現れるというよりは、振り下ろされたと言った方が正しい。ロバルトの体は衝撃で吹き飛ばされるが、オルシアの風によって石畳に叩きつけられるのだけは免れた。
ルミリアとロバルトの間に振り下ろされたのは、足だ。巨大な足。ロバルトから見たら、壁にしか見えないほど巨大な足。
巨大なゴーレムとなったヴァヴェル学園が、街を踏みしめながらティタンゾンビへと向かっていく。ルミリアは大きく下がって、その様子を、口を開けて見送った。
ロバルトも唖然とした。オルシアに服を掴まれ、空中でゴーレムが歩いていくのを見ていた。
「学園が……、歩いてる……」
オルシアが小さな声で言った。
巨大なゴーレムは、校舎の半分以上を材料としていた。これだけ巨大な物を動かすには、並大抵の魔術では済まない。おそらくは長年、校舎自体に魔術をかけて、いつか来る事態に備えていたのだ。
それができる人物は、ひとりしか思い当たらない。オド学園長だ。
ロバルトの判断は、今度は早かった。
「オルシア、オレたちだけじゃ勝てない。メルビム先生と合流しよう。オド学園長がティタンを止めてくれるはずだ」
「わかった!」
オルシアが空気を掴み、半分なくなってしまった校舎の奥へと飛ぶ。実験棟は無傷で残っている。
背を向け、空を逃げるオルシアたちを、ルミリアは見る。
「んー。メルビムよりオドを探すべきかな。こんな隠し玉を持っているなんて」
巨大なゴーレムは街を踏み潰して移動する。避難が完了するまで、出し惜しみしていたのだろう。
少し迷う。シアリスに指示を仰ぎたいところだが、結界内では念話は使えない。
「私の判断で動くべきじゃない」
ルミリアは肩をすくめる。状況がわからない以上、方針を変えても仕方がない。
オルシアたちを追い、崩壊した学園にゆっくりと足を踏み入れた。
読んでいただきありがとうございます!
評価、ブックマーク、感想等で応援お願いします!
投稿遅れて申し訳ありません!
色々、設定が煮詰まってきて、書いたりボツにしたりでなかなか進みません! これからも時折、こういうことがありそうですが、最後まで書き切るつもりです!
お付き合いいただけると幸いです! かしこ……!




