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襲撃

 ◆


 アルフォンスが手を振ると、その指の先端から伸びた紐が舞い、凄まじい速度で地面を打った。

 質量としなる速度によって、先端の速度は音速を越え、その威力は地面を抉る。それは鞭状の攻撃ではあるが、その鋭さは斬撃に近い。鞭としての打撃が、破壊力を持って斬撃と化すのだ。


「……!」


 ルナはなんとか身を屈めてそれを躱したのだが、その威力に絶句する。これを喰らったら、皮膚が剥がれるどころか、骨まで切断されかねない。


「ア……アル先生? ちょっと威力が高すぎでは……?」


 ルナは冷や汗をかきながら、アルフォンスを見た。その目の前に鞭の一撃が横薙ぎに迫り、体を逸らしてそれを避けた。鼻先を掠め、空圧で粘膜に亀裂が入り、鼻血が伝う。その血を指で止めながら、裂傷を魔術で治療した。


「何を甘えたことを言っているのですか。敵がこの程度の攻撃で済ませてくれると思っているのですか? 安心してください。当たっても死にはしない程度の攻撃です。当たり所が良ければの話ですが」


 当たり所が悪ければ即死する。

 そう言うとまたアルフォンスは手を振った。何気ない動作から、凄まじい威力の鞭が放たれる。今度は二本。

 ルナは空中で身を捻り、紙一重でそれを躱した。今、ルナが着ているのは、衛兵たちからもらった服で、入学試験の際に着ていた物である。もし、学園のローブのままであったら、避け切れなかったかもしれない。

 今、ルナとアルフォンスがいる場所は、ルナが第三学位の試験を受けた会場であった所だ。ここは学内では演習室と呼ばれている。

 演習室は正方形の形をした、普段は何も置かれていない、ただの巨大な部屋である。

 一見、何もない部屋であるが、その壁や天井は、高度な魔術によって造られた、特別なものである。魔術によって形を変え、様々な地形を再現できるという、世にも珍しい部屋なのだ。オド学園長の作ったこの部屋は、それ自体が強力な魔道具であり、この学園の名物でもある。

 ルナがこの学園に来てから、二週間が過ぎようとしていた。まだ、学園生活には慣れないが、なんとか順応しようとしている。

 放課後、ほとんどの生徒は遊びに出かけるか、自分の研究に打ち込む中、ルナはアルフォンスとともに、この演習場に毎日籠っていた。

 魔術の修行といえば聞こえは良いが、それはただ単なる戦闘訓練であった。


「良い動きです。この紐の魔術の特徴をしっかりと見極めてください」


 アルフォンスは言うが、ルナは避けるので精一杯で、返事をする余裕もない。


(紐の魔術。土の属性で物質化された単純な魔術……。それを糸のように引き延ばしただけの魔術。それが練度次第でこの威力になるの⁉ 攻撃用の魔術じゃないのに……)


 ルナはなんとか躱し続ける。

 アルフォンスの腕の動きに惑わされてはいけない。これは腕の力で振っているわけではないのだ。紐自体が力を帯び、その力を先端に伝えているのである。

 指先から放たれる紐は、少しずつ数が増えていく。それだけの数を操りながらも、威力は変わらない。むしろ、増しているようにも思える。


(躱せとは言われたけど、反撃するなとは言われてない!)


 ルナは地面に手を付き、地面に生えた植物を操った。

 今の演習場は、試験のときのような森ではなく、平原に何本かの木が生えたような形をしている。演習場が再現しているとはいえ、そこに生える植物は本物であった。

 木の根が地面から現れ、鞭の進路を塞ぐ。今度はルナの周りに鋭い棘を持つイバラが現れ、それが鞭となってアルフォンスを襲った。

 それでもアルフォンスは動かなかった。

 紐を消し去ると、その両手の上に水塊が発生する。水塊は渦を巻き、凄まじい回転で巨大なノコギリとなると、無数の荊の鞭を切り裂き、霧散させる。それだけではない。その渦の中心に圧縮された水が発生し、極限まで高められた水圧は、ジェットと化して放出され、ルナの肩と脇腹を貫いた。


「づっ……」


 貫通したとはいえ、凄まじい衝撃である。ルナの体は吹き飛ばされ、演習室の草原を転がる。喰らう前に治癒チユ魔術を事前発動していなければ、即死していたかもしれない。

 アルフォンスがゆっくりとルナの元に歩いて来た。


「なぜ負けたのですか、ルナ君」


 彼はルナを見下ろし、問う。なんとかルナは体を起こそうとするが、衝撃で体が痺れて動かない。


「攻撃が……、早過ぎ……です」


「確かに素早い攻撃でした。ですが、それだけならばあなたは躱せたはずだ。もっと、良く考えてください」


 ルナは睨みつけるようにアルフォンスを見つけた。ようやく治癒魔術が効果を発揮し、体に開いた穴が塞がる。


「わかりませんよ、そんなの。早い以外に何を言えって言うんですか」


 何とか体を起こしたルナは、埃を払いながら立ち上がった。

 攻撃された激痛で少しムカついたルナは、アルフォンスにいつものように生意気な口を叩く。だが、アルフォンスはその頬を掴み、その目を覗き込む。


「むぐ……」


「良いですか、ルナ君。我々のような治癒魔術師は貴重であることはお話しましたね」


 顔を寄せられたルナは、なんとか身を引いてアルフォンスの手から逃れる。いつものアルフォンスとは違って、その顔に軽薄な笑みがなかった。


「……聞きました。治癒魔術には三つの力がいる。それら全てに適性がないと、人の怪我まで治せるようにはならないんですよね」


「土・水・火の三属性を同時に使う治癒魔術は、より高度な魔術的才能が必要になる。しかし、それだけが治癒魔術師を治癒魔術師たらしめているわけではない。物質化と現象化、この二つの要素がより重要なのです」


 アルフォンスが真面目な顔で言うので、ルナは黙って聞いた。


「物質化とは土と水の属性、現象化とは火・雷・風の属性のことです。魔力は放出されると形をトモナいませんが、この物質化と現象化、総じて『事象化』し、組み合わせることで魔術となる」


 アルフォンスがルナの作り出した木の根の壁を指差す。未だに木の根はそのままだ。しかし、荊の鞭は消えてしまっていた。


「あなたが使う植物魔術。あなたの意識がその魔術から離れると、霧散することがあります。逆に意識が離れていないのに、霧散せずにそのまま残ることもあります。この違いは何だと思いますか?」


「え? え~……」


 確かにそういうことがある。

 例えば土魔術で作った壁は、その後の戦いの邪魔になるから消すこともできる。

 逆に家の中を改装するときなどは、魔力が切れると霧散してしまう壁では役に立たないので、本物の壁になるように願って(・・・)造る。

 改めて言われると、ルナはそれを無意識にやっていたので、口で説明しろと言われても難しかった。


「……良いですか。もし、治癒魔術で体の再構築を行ったあと、あなたの意識下から治療を行われた人が離れたとします。その人はどうなりますか?」


「普通に生活を送れる……?」


「今まで治療した個所が治らない。あるいはすぐに傷口が開くことがあったのではないですか」


 ルナは体を震わせた。銀のことを思い出す。


「治癒魔術とは、物質化・現象化をほぼ完璧カンペキに行うのです。それはスナワち、世界の創造です。魔力という概念を、土に変え、水に変え、火に変える。普通の魔術士が使う魔術は、こうなります」


 アルフォンスが自分の指先に火を灯した。魔術の火だ。

 それを投げつけるように近くの枯れ木にぶつける。しかし、火は木の皮を少し焦がした程度で消えてしまった。延焼しない。


「魔力で作られた火は、その熱量も火という現象も、魔力でできている。魔術を使った者からの魔力の供給が途絶えれば、火は再び魔力となって霧散する。瞬間的な威力はあっても、火としての怖さは伴わないのです。ですが……」


 再びアルフォンスは指先に火を灯す。

 さっきと見た目は変わりがない。それを枯れ木に飛ばした。枯れ木は先ほどと同様に火を点けられた。だが、今度は先ほどのようにすぐには消えない。

 枯れ木に点いた小さな火は、乾燥し白色化した樹皮を焼き、赤熱化させ、炭化させていく。それは燃え広がり、枯れ木全体を覆うと、大きな音を立てて立派な炎へと変わった。

 アルフォンスが指を鳴らすと、枯れ木に向かって水が飛び散り、音を立てて消火する。だが、その水自体は地面を濡らさない。

 ルナはそういえば先ほどの水の攻撃を喰らったのに、服が濡れていないと気が付く。


「もし、治療を終えたあとに魔力の供給が途絶えた場合、事象化が完全に為されていないと、その治療し再構築した個所は、魔力となって霧散し、より酷い結果を招きます」


「術者の魔力がなくなった瞬間に、傷口が開いて……」


「そうです。だが、それだけではない。あなたが眠る、気絶する、他の魔術に気を取られる。そうなった瞬間、対象者は命を落とすことになるかもしれません」


 ルナは口元を覆った。

 今までそんなことはなかった。それはルナが完全に現象化と物質化を使い熟していたからなのだろうか。


「そんなこと意識していなかったという顔ですね。あなたは完全に近い形での事象化を行える。事象化には強い魔力と極度の集中力が必要です。それを支える精神力と体力も必要。治癒魔術師に求められることは、圧倒的な耐久力というわけです」


 銀の治療が行えなかったのは、この辺りに原因があるのかもしれない。黒い炎が事象化を阻害するような効果があるとすれば、それは魔術士にとっての天敵である。

 ルナは考え込んだ。アルフォンスはそれを見て、言葉を選ぶようにゆっくり言う。


「正直な話をすると、ルナ君の治癒魔術は、私の治癒魔術より高位の段階にあります」


 ルナは驚いて顔を上げた。


「まさか……。あなたの紐の魔術で直接患部を治癒させる術。私には真似できません。あんな繊細に複数の紐、操れる気がしません」


 アルフォンスの治癒魔術は神業の域である。

 具現化した紐は極限まで細くされ、細胞を傷付けることなく隙間を抜けていく。体内にある患部を見つけると、縫合し素早く再建する。血栓を分解し、治癒を促進させる。

 ルナの治癒魔術は全体にゆっくりと広がる薬であるなら、アルフォンスの治癒魔術は外科手術ゲカシュジュツに近いものである。


「いえ。あなたの発想。治療が必要な部位を一瞬で察知し、周囲の健康な細胞を集め増殖して、壊れた部位を修復する技術。同時に体内に潜り込んだ毒素を浄化」


 かなり褒められているのはわかるが、他人を治すための治癒魔術を見せたのは、この街に来てから、アルフォンスと出会ったときと、オルシアを治療したときのみだ。


CTコンピューテッドトモグラフィとか、細胞培養とか、抗生物質とかの技術はこの世界にはないのに……)


 ルナの魔術は現代医療の技術を取り入れている。アルフォンスがルナの術を見たのは、たった一度切り。未知の技術をここまでハッキリと読み取っていることに舌を巻く。


(そ……そんなこともわかるんだ。今まで治癒魔術を使える人に会ったことなかったから……)


 一番見せてはいけない人に、一番最初に魔術を見られてしまった。が、それを見てアルフォンスはルナを学園に引き入れようと思ったのだから、僥倖ギョウコウだったと思うべきだろう。


「そして、それを成しえる集中力と魔力。徹底的に生存させることに特化している。後先を考えない魔術の使い方、必死さ。私にはないものです……」


 褒められているのかわからなくなってきたが、アルフォンスの情緒がどこかおかしいことに気が付く。


「あのー、何があったか知りませんが、八つ当たりしないで欲しいんですが」


 いきなり実戦形式の魔術戦闘に、褒め殺し。いつものアルフォンスではない。


「八つ当たり? 何を言ってるのですか。戦いはこれからですよ」


 アルフォンスが全ての手の指から糸を放つ。ルナは至近距離から放たれる攻撃に、背を向けて逃げるしかなかった。


 ◆


 ほとんど人がいなくなった大食堂で、ルナはほとんど寝ながらひとりで食事を摂った。

 寮の部屋に戻ると、イルヴァがベッドの上から顔を出した。


「遅かったね、ルナ。また、あの先生にシゴかれてたのかい」


「はい……」


 脚の高いベッドに登るのも億劫オックウだったが、なんとか登り切ると倒れ込む。眠ってしまいそうだが風呂にも入りたいし、今日の授業の復習もしておきたい。予習は、余力があればすることにする。

 身を起こしたルナは、隣を見る。隣のベッドは空いたままだ。


「今日も、もうひとりの人、帰ってないんですね」


「ん? ああ、六学位だからね。研究室で寝てるか、恋人としっぽりやってるんでしょ」


「しっぽり……」


 もうひとりのルームメイトは、ルナが入学してから一度も部屋に戻って来ていない。ルナが来るまで、ほとんどイルヴァのひとり部屋だったとのことだ。

 ルナの常識の中の寮であれば、一日でも帰って来なければ警察に通報ものだが、この学園はそう言ったことに結構甘い。生徒たちの自主性に任せる方針である。だから、落ちていく者は落ちていくし、上がっていく者は次々と上がっていくのだ。


「それより、ルナ。オルシアから話聞いた?」


「え? 何をですか?」


「聞いてないか。ほら、もうひとつベッド空いてるでしょ。オルシア、そこのベッドに入るってよ」


「へぇ……」


 随分と懐かれたものだとルナは目の前の天井を仰いだ。


(というか、これで部屋まで同じになったら、そのうちドSメガネの訓練も一緒に受けるとか言いかねないな)


 オルシアは夕食の席には付かない。放課後はなるべく早く家に帰るように、親から言われているようであり、いつも校門前に馬車が留まっている。病気がちだから仕方がないことだ。


(親が認めたのだろうか? ま、どうせすぐに会うことになるか……)


 だが、それからしばらく、オルシアと話し合う機会はなかった。


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