幽霊の恩返し
「あああ、今日は変な石に躓いてしまったな、疲れて集中力が落ちてるのかもしれない。さっさと寝てしまおう」
そう独り言を言いながら布団に入り寝ようとしたとき、不意に私は身体が動かないことに気が付いた。金縛りだ。
しかもどこからか生臭さが漂い、ぬめりとした生暖かい風が肌を撫でる。
絶対に幽霊が出るパターンである。私はなにも見るまいとぎゅっと目を瞑った。
そして地の底から響くような、恐ろしい声が私の耳元で聞こえてきた。
「……もし……もし。起きてらっしゃいますか?」
シチュエーションに反して妙に丁寧なその言葉遣いに驚いた私は思わず目を開いた。そして、私を覗き込む、この世のものとは思えないほど恐ろしい姿の幽霊を見て思わず叫び声をあげそうになる。しかし金縛りのおかげなのか、それともあまりの恐怖に声が出なかっただけなのか、結局声は出なかった。
「ああ、申し訳ありません。驚かせてしまいました」
その幽霊はそう言うと私から離れる。そしてこう言った。
「私は今日助けてもらった幽霊です。本日はそのお礼に来たのです」
なんの話だと詳しく聞いてみると、今日の昼間に私が散歩をしていたときに躓いて倒してしまった古い石碑のような石に封じ込められていた霊なのだという。
封印されるということはやはり悪霊なのかと怯える私に対してその幽霊はこう言った。
「私はこの通り恐ろしい姿をしているので、それで勘違いされて封印されてしまったのです。私は人々を助けてお手伝いをしていただけなのですが……」
悲しそうにそう話す幽霊を見て私は少し同情する。たしかに人間だって怖そうな外見をしている人が実際に怖い人とは限らないのだから、幽霊もそうなのかもしれない。
そう思った私はその幽霊に尋ねてみる。
「それで、お礼って一体なにをするつもりなんだ?」
「ええ、それはですね……」
そして私はふっと一瞬だけ意識が途切れ、そして気が付いたときには私もまた幽霊になっていた。
「窮屈な肉体から解放して、自由な霊へと変えてあげることです」
どうやら封印されるような幽霊というのは、やはりそれだけの理由があったようだ。
私は自分の視線の下にある空っぽになった肉体を眺めながらそんなことを考えていた。