ちょっと危ない廃村
冒険者ギルドで受けた、初の正式依頼。
それは、城下から半日ほど離れた廃村の魔物討伐だった。
「人がいなくなった村、ねぇ……」
マリアスが首を傾げる。
「なんだか湿っぽいわね。でも、ダーリンと一緒なら燃えるわ♡」
「燃えなくていいから、少し距離を置いてほしい……」
マリアスにムギュっと片腕を抱きしめられ、むっちりガッシリした大胸筋を感じ、ハルトはげっそりした。
上空では、ミカエルが羽をだらりと垂らしながら浮かんでいた。
「さっさと終わらせよーぜ。昼までに帰らねぇと、俺の昼寝の時間なんだけど」
やる気は皆無だ。
「ここに来るまで半日もかかったんだから、昼までに帰るのは無理だろ……」
一方で、ライオネルだけは村の入口に立ち尽くしていた。
崩れた柵、雑草に覆われた畑。
それらをじっと見つめる横顔は、いつもよりずっと硬い。
「……ライオネル?」
「……いや。気にするな」
そう言ったものの、声はわずかに沈んでいた。
***
廃村は、音がなかった。
風に揺れる草の擦れる音すら遠慮がちで、崩れかけた家々は息を潜めているようだ。
軒先には干しっぱなしの農具、倒れた桶、割れた陶器。
――人が、ある日突然いなくなった痕跡だけが、そこかしこに残っている。
「……魔物の気配、薄いわね」
マリアスが眉をひそめる。
「確かに」
ゼノも周囲を見回した。
「足跡も、新しいものはない」
ハルトは喉の奥に、じわりと嫌な感覚が広がるのを感じていた。
静かすぎる。
それが、逆に不安を煽る。
「一度、村全体を確認しよう」
ライオネルが低く言った。
「魔物が潜んでいるなら、必ず痕跡がある」
「じゃあ役割分担ね♡」
マリアスが手を叩く。
「アタシは怪我人がいないか探すわ。生きてる人、いるかもしれないし」
「俺とゼノで高いところから見るか」
ミカエルが欠伸混じりに言う。
「俺たちなら、遠くを見るの得意だし」
「近場の家屋は……」
ライオネルがハルトを見る。
「……俺と、ライオネルで回るか」
ハルトが答えると、赤い瞳が一瞬だけ柔らいだ。
こうして一行は、自然と三組に分かれた。
***
村外れの納屋の裏で、マリアスは倒れている人影を見つけた。
「……いたわ」
血に染まった冒険者。
魔物の爪痕が腹部に残り、呼吸は浅い。
「大丈夫よ、今治すから」
マリアスは即座に膝をつき、杖を握った。
柔らかな光が広がり、裂けた肉がゆっくりと塞がっていく。
冒険者は苦しげに呻きながらも、やがて安定した呼吸を取り戻した。
「……助かった……」
「ええ。後でギルドに連絡してあげるわ」
マリアスは胸をなで下ろし、村の奥を見た。
「……やっぱり、ここ。何かあったわね」
***
一方、ミカエルとゼノは、崩れかけた見張り塔の上にいた。
「……いねぇな」
ミカエルが羽を揺らす。
「魔物どころか、動くもんが何もねぇ」
「遠方も同様だ」
ゼノが目を細める。
「村を囲むように……避けられている?」
「嫌な感じだな」
ミカエルは肩をすくめた。
「嵐の前の静けさってやつ?」
***
ハルトとライオネルは、壊れた家々の間をゆっくり歩いていた。
踏みしめるたび、乾いた音がする。
畑だったらしい土地は荒れ、雑草が腰の高さまで伸びている。
「……ここ、似てるんだ」
唐突に、ライオネルが口を開いた。
「え?」
「俺の故郷にだ」
ライオネルは立ち止まり、倒れた柵に手を置く。
「農村でな。畑があって、家族がいて……平凡だった」
赤い瞳が、遠くを見つめる。
「盗賊に襲われた」
声は低く、感情を抑えている。
「ありきたりな話さ。村は焼かれ、家族は……皆、殺された」
ハルトは、何も言えなかった。
「俺だけが生き残った」
ライオネルは足元の小石を蹴飛ばす。
「その時俺はまだ8つで、たまたま城下町の親戚の家に泊まりに行っていたんだ。
家族のための土産物を持ってウキウキしながら帰ったら……別の村に来ちまったのかと思ったさ」
「……そして俺は必死に剣を学び、王国の護衛団に入った。仲間と戦い、守る側になった」
少し、間を置く。
「だが……仲間が傷つくたび、死ぬたび、胸が削られるようだった」
静かな村に、その言葉が落ちた。
「だから俺は決めた」
ライオネルは自嘲気味に笑う。
「仲間を持たず、一人で生きると。失わなければ、痛まないからな」
ハルトの胸が、きしんだ。
「大切な人を守るために力を手に入れたのに、おかしいよな。……でも」
熱を帯びた瞳が、まっすぐハルトを射抜く。
「お前に会ってしまった」
距離が、自然と近づく。
「出会った瞬間、どうしようもなく心を奪われたんだ。理由は分からない。ただ……この手で守り抜きたいと思った」
ハルトの喉が詰まる。
(それ、俺の魅了スキルのせいだ……)
とは、言えなかった。
「ハルト」
低く、真剣な声。
「……本当は、女の子が好きなんだろう?」
「っ……」
「分かるさ」
ライオネルは微かに笑う。
「俺は、お前を見ているからな」
一歩、近づく。
「それでも――俺じゃ、だめか?」
近い。
息がかかるほどに。
筋肉質で男性ホルモンむんむん、という感じの見た目の割に、近づくとほんのりベルガモットとウッディの清潔感溢れる香りがした。
(今更だけどライオネルって美形だな……俺が女だったら惚れちゃってるかもな。
いや、男でも、こんな燃えるような目で見つめられたら……あ、なんか……やばいかも)
心臓が、うるさい。
「いやいやいやいや!!」
藁山の陰から、ゼノが勢いよく飛び出してきた。
「なに二人でしっとりしてるんだ!!
村全体が不気味なのに、そこだけ完全に、ロ、ロロ、ロマンス劇場じゃないか!!」
「ゼノ!?」
「くっ、邪魔が入ったか」
さらに上から、
「うわー、ハルトも顔赤くして。まんざらでもなさそう(笑)」
ミカエルのやる気ない声。
「俺、見なかったことにしてやろうか? 無理だけど」
ドスッドスッという足音とともに、怪我人を背負ったマリアスが軽快に走り寄ってきた。
「ちょっと~、アタシを仲間外れにしないでよね~♡」
完全に、空気は崩壊した。
ハルトは、内心ほっとしていた。
(……このパーティ、静かな場所ほど危険なんじゃ……)
廃村は、相変わらず静まり返っている。
だがその沈黙は――
どうやら、嵐の前触れらしかった。




