朝チュンからの三角関係!?
赤い瞳がじっと自分を射抜く。まるで炎に照らされているかのような圧迫感。
ライオネルはハルトを追いかけ、異常なまでに距離が近い。肩がぶつかるほどに寄ってくるたび、ハルトは身をよじり、不快げに眉をひそめた。
「お、おい、ライオネル……ちょっと、離れて歩けよ……」
しかし、巨体の騎士はまるで聞く耳を持たない。
白い歯を覗かせ、少年のように嬉々とした笑みを浮かべる。
「ハルト、俺から離れるなよ。絶対にだ。……ほら、腕でも組むか? その方が守りやすいだろう?」
言葉と同時に差し出される分厚い腕。赤い瞳には真剣さと熱が混じり、拒絶の余地がないように迫ってくる。
もしハルトの恋愛対象が男であれば、きっと心臓が跳ね上がるだろう。
だが現実は一ミリもときめかない。
「組まねえよぉぉぉおお!」
思わず叫ぶと、周囲の通行人が驚いた顔を向けてきた。
その様子を、少し後ろから歩いていたミカエルが面白そうに眺めている。
白い羽をひらりと広げ、口の端を吊り上げた。
「……こりゃまた、面白い展開になってきたな~」
助けてもらった恩義もあり、ハルトは渋々ながら、スライム五匹とゴブリン討伐の報酬を使ってライオネルに食事を振る舞うことにした。
木造の扉を押し開けると、食堂の中は活気に満ちていた。
天井から吊るされたランタンの柔らかな光が木製のテーブルを照らし、焼き立ての肉や煮込み料理の香りが鼻を刺激する。客たちの笑い声や食器のぶつかる音が、賑やかなBGMのように響いていた。
席につき、料理を注文すると、10分ほどで料理が出てきた。
ようやくライオネルの腕から逃れたハルトは、ナイフとフォークを手に取り、安堵の息をつく。
隣ではライオネルが子供のような大口で食べ物にかぶりつき、嬉しそうに笑っていた。
その豪快な姿を見て、ハルトは少しうんざりしながらも目の前の料理に集中する。
その時――。
「僕はもう、このパーティから離脱させてもらう!」
「勝手にしな!」
鋭い怒声が響き、食堂のざわめきが一瞬止まった。
ハルトが顔を上げると、隣のテーブルで黒髪の少年が仲間と口論していた。
仲間たちは吐き捨てるように言い残し、椅子を引きずって店を出ていく。
残されたのは細身で神経質そうな顔の少年だけ。
うつむいた背中がひどく小さく見えた。
その姿に、ハルトは思わず前世の自分を重ねる。
誰とも分かり合えず、教室の片隅でも、会社の飲み会でも、孤独にやりすごしていたあの日々。
胸の奥がじんと痛む。
「……あの、よかったら、一緒に食事しませんか?」
気づけば声をかけていた。
少年は驚いたように顔を上げ、戸惑いながらも小さくうなずく。
そして、ハルトとライオネルの間に座り、三人で食卓を囲むことになった。
料理を口に運びながら、少年はぽつぽつと愚痴をこぼす。
仲間とうまくいかなかったこと、自分の意見が通らなかったこと、孤立していった経緯。
ハルトは頷きながら耳を傾ける。
「なるほどな……ゼノの言い分はわかる。でもな、正論ってやつはきついんだ。だから、人を動かすためには、どう伝えるかが大事なんだよ」
年上らしい落ち着いた声でアドバイスすると、少年――ゼノは唇をかみ、複雑な表情を見せる。
納得しかけているのか、それとも反発しているのか、判断しかねる顔だった。
そこへ、ライオネルが豪快に笑いながら口を挟んだ。
「ゼノ、君は十七歳で王立学院を卒業し、すでにギルド入りを果たしたんだろう? 才能も努力も並大抵じゃない。人生は長い。君にも必ず、心から分かり合える仲間ができるさ。そう、俺たちのように」
力強い言葉にゼノの目が揺れる。だが、ハルトは納得しかねていた。
「いやいや、俺たち、いつ仲間になったんだよ!?」
「ハルト、お前がこの手を取った時からだ。俺はいつ何時も離れない!」
「離れろって、ほんとに~~~!」
「お熱いねぇ~! これはもう新婚の痴話喧嘩かな?」
ミカエルがにやついて茶化すと、ゼノは思わず吹き出した。
「あはははっ……いいなあ。僕も、こんな風に分かり合える仲間が欲しいよ」
夜が更けるにつれ、酒盛りは盛大になった。ジョッキが何度も打ち鳴らされ、笑い声が店中に響く。気づけば四人は酔いつぶれるまで飲み明かしていた。
――そして翌朝。
まぶしい朝日が差し込む宿の一室、ベッドの上でハルトは目を覚ます。
ミカエルは部屋の片隅でプカプカ浮かびながらガーガーいびきをかいて寝ている。
右側ではライオネルが腕枕をしており、左側にはゼノが寄り添うように眠っている。
さらに自分の腕がゼノの枕になっていることに気づき、飛び起きた。
「ひょえええええ!!」
思わず悲鳴を上げると、ゼノが寝ぼけた顔を上げる。
「……おはよう」
掠れた声がやけに艶めいて聞こえ、ハルトは頭を抱えた。
(俺の……初めての朝チュンinベッドが……まさかこんな野郎まみれで!?)
体中に嫌な汗がにじむ。
ほのかに漂う酒の匂いと、頭の奥に残る鈍い痛み。
昨夜どうしてこうなったのか、記憶は曖昧だ。
「え、え、えええ……昨日の記憶が全然ないんだけど……」
ゼノは首を傾げ、真っ直ぐにハルトを見つめる。
カーテンの隙間から朝の光が差し込み、昨夜の乱痴気騒ぎの名残が散乱した布団を照らしていた。
「……覚えてないの?」
ゼノは布団の端を握りしめ、うつむき加減で悲しげに呟いた。
その声音に胸がざわつく。
ハルトは慌てて昨夜の記憶を掘り返そうとしたが、酒に溺れた脳は霧のように白く、まともに思い出せない。
(ま、まさか俺、未成年に手を……!? いやその前に、男と!?)
「ちょ、ちょっと待て! 俺、昨日なにした!? ゼノ、なんでそんな……“傷ついた小動物”みたいな顔してんの!?」
ゼノは唇を噛みしめ、やがて意を決したように顔を上げた。
その黒い瞳は真っ直ぐで、熱っぽくうるんでいる。
「昨日……僕、ずっと君に言ってたじゃないか。仲間に入れてほしいって。……それから――ハルトのことが好きだって」
「え、ええええええええ!?!?」
ハルトは布団を蹴飛ばし、思わず飛び上がった。心臓が破裂しそうだ。
「お、おい待て! ぜ、ゼノ、お前、本気で言ってんのか!?」
ゼノは視線をそらし、赤くなった耳を隠すように髪を触る。
「……本気に決まってるだろ。僕、君と目が合うだけで、胸が高鳴るんだ。君といると……素直になれるんだよ」
――爆弾発言が直撃。ハルトの頭の中は大混乱である。
一方、ベッドの反対側で目を覚ましたライオネルは、むしろ清々しいほどの笑顔を浮かべていた。
「ほう……そういうことか」
炎のような赤髪を揺らし、ライオネルは堂々と胸を張る。
「ゼノ! 俺もハルトを想っている。この気持ちは揺るがん! よって――正々堂々、ライバルとして受けて立つ!」
「っ……!」
ゼノはさっきまでの柔らかい眼差しを消し、鋭い目でライオネルを睨みつけた。
「……別に。勝手にすれば?」
その声音には、冷ややかで鋭い棘があった。
「おいおい! 急に温度差やばすぎるだろお前ら! 昨日は仲良く朗らかに喋ってたよな!?」
ハルトは額に手を当てて呻いた。なんで男だけでこんな三角関係に!?
そして、騒ぎに目を覚ましたミカエルが、羽をパタパタさせながら割り込んでくる。
「はいは~い! お熱い朝の三角関係、ここに爆誕~! で、ハルトはどっちを選ぶんだ? それともまさかの両手に花? あ、いや両手に男か~!」
「なんで男ばっかり!? 俺は、女が、好きなんだぁぁぁああ!」
ハルトの悲痛な絶叫が、宿の部屋にこだました。




