異世界デビュー! 歓迎してくれたのは全員男
――視界が白くはじけ、重力の感覚がふっと消えた。
次にハルトが目を開けたとき、そこには見知らぬ森が広がっていた。
濃い緑の木々が頭上を覆い、鳥のさえずりがこだまする。風が枝葉を揺らすたび、木漏れ日がきらきらと降ってくる。湿った土の匂い、どこか甘い花の香り。
そのすべてが、現世の喧噪とはまるで違う。排気ガスもスマホの通知もない。まさしく――異世界。
「……すげぇ……! 本当に来ちまったんだ……!」
ハルトは胸が熱くなり、思わず拳を握りしめた。
地味で冴えない日々、誰からも相手にされない青春。
けれど今、彼の前には無限の可能性が広がっている。胸の奥で「ハーレム!」という言葉が金色に輝いていた。
そのとき、ふわりと光のパネルが目の前に現れた。
「な、なんだこれ……ステータス画面?」
恐る恐る目を走らせていくと、そこには信じられない数値が並んでいた。
「力99……魔力99……体力も敏捷も、ぜ、全部99!? レベルマックスだぁああ!」
ハルトは歓喜の声をあげ、地面をバンバン叩いた。
スキルの欄には『超絶魅了』と書かれている。
(なんかさっき、男だけ、とか不吉な言葉が聞こえた気がするけど、気のせいだな、よかった……!)
――これだ。これこそがチート。俺の人生、ついに始まったんだ……!
「はいはい、よかったな」
背後から投げやりな声がした。振り向けば、眠そうにあくびをしながら浮いている天使――ミカエル。
「はーい、それでは天使ミカエル様が案内役を努めまーす。はぐれずしっかり着いてきてくださーい……んじゃ、とりあえず街に行くぞ。ここにいたら何も始まらん」
「お、おう!」
(異世界の街……いったいどんなところなんだろう。この世界にはどんな可愛い子がいるんだろう)
ハルトは胸を高鳴らせながら、ミカエルに案内されるまま、森を抜けて石畳の街道を歩き出した。
***
街に入った瞬間、空気が変わった。
石畳の広場には活気が満ち、人々の声が響きわたる。商人が客を呼び込み、子どもが走り回り、衛兵が行き交う――活気にあふれた、まさに「異世界の街」。
だが、ハルトはすぐに異様な気配を察知した。
――視線。
周囲の男たちが、一斉にこちらを見ている。
「おい、なんだあいつ、この辺じゃ見ない顔だな……かわいいじゃねーか」
「き、急に胸が……なんだこの気持ちは……!」
「一目惚れって、本当にあるんだな……」
熱を帯びた眼差しが、次々とハルトに突き刺さる。
筋骨隆々の冒険者、上品な装いの青年、肉屋のごついオヤジまで――。
ぞわっ、と背筋に冷たいものが走った。
(な、なんだよ……なんか妙に熱い視線を感じる……!?)
ハルトは反射的に一歩下がった。だが相手も一歩近づく。距離が縮まるたびに、汗がじっとりとにじんだ。
「旅の方ですか? よければ私の店で休んでいきませんか?」
「いやいや、まずは俺のギルドに! 一緒にパーティを組もうぜ!」
「うちの宿にぜひ! 食事は俺が作りますから!」
がっしりと肩を掴まれ、腕を絡められ、熱のこもった吐息が耳にかかる。
ゾワリと鳥肌。ハルトの心臓が、ドクドクと速く打ち始めた。
「やめろ! 俺はそんな趣味ねぇ!」と叫んで逃げるが、その先でもさらに新しい男の群れが「うおー!」と群がる。
頬を赤らめる全身ムキムキのマッチョが、花束を握りつぶしながら差し出し、鎧姿の騎士は跪き、ハルトの手にキスをしようとしてくる(避けたら重い兜でゴンと地面にぶつけてそのまま気を失った)。
「な、なんで俺に……? 男は興味ないんだ、勘弁してくれぇ……」
一斉攻撃を必死にかわしながら、目を回し、半ば泣きそうになったハルトを見て、ミカエルは楽しそうだ。
「おー、なかなか上手くかわすじゃん。にしても人気者だな、クソ羨ましいわー(棒)」
「あ、悪魔! 見てないで、なんとかしてくれ!」
「だーかーらー俺様は天使。忘れてんじゃねーよ。……それに、付与したスキルは取り消せねーのよ。ほら、ステータス画面、よく見てみ?」
言われるがままにステータス画面を開く。
(……! そんな……)
さっきは気づかなかったが、スキル『超絶魅了』のところ、目を凝らしてよく見ると、小さな文字で(ただし男に限る)と注意書きされている。
「な、だから言ったろ?」
軽く肩をすくめて、にっこり。
「お前のスキルは、“男から超絶モテるスキル”なんだよ」
「う、うそだろぉぉぉぉ!!!」
ハルトの絶叫が、青空にむなしく響き渡った。
***
「あーもううるせーな。いつまでメソメソしてんだよ。童貞がモテて何が不満なんだよ。相手が男なだけで贅沢言うな」
「でも、こんなのって、こんなのって、あんまりじゃないか……」
一旦人気のない森まで逃げ帰り、ハルトは草陰にしゃがみ込み、膝を抱えてメソメソと泣きついていた。鼻をすすりすぎて、とうとうズビズビ音が止まらない。
ミカエルは大きなため息をつき、頭をガシガシかいた。
「……はぁ……ハルト、お前、泣きすぎで森が洪水になるわ。鼻水で湖作って魚でも飼う気か?」
「ひ、ひどいこと言うなよぉ……!」
「だいたいな、モテないだの泣き言言ってたくせに、いざモテたら『やだ男は無理ぃ~』って。わがままか。ガキか。面倒くせぇな」
「だ、だって……! これじゃ、せっかく異世界に来たのに、男に狙われてばっかで何もできない……ううぅ」
「まあたしかに、生活に支障きたすんじゃ話にならん。――ほら、動くなよ」
そう言うと、ミカエルはハルトの額に指先を軽く押し当てた。ぱちん、と小さな火花が散る。
「……な、なにしたんだ?」
「お前の“超絶魅了の有効範囲”をちょっと狭めてやった。さっきまでは大体半径50メートル内の男が全員ゾッコンだったけど、今は――半径1メートル以内だけだ」
「えっ!? そんなに縮んだの!?」
「完全無効はできねぇけどな。ま、これくらいなら街にも行けるだろ」
「……そ、そっか。ありがとう……!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま、ハルトはぱあっと笑顔になる。
「……うわ、汚ね。嬉しい顔する前に顔拭けよ」
超絶魅了の力は、天使には1ミリも効かないようだ。
***
街に戻ると、嘘のように静かな時間が戻ってきていた。
舗装された石畳の道に足を踏み入れると、風に混じる香辛料や焼き菓子の匂いが鼻をくすぐる。
店先の花々が揺れ、遠くで子どもたちの笑い声が響く。
目に映る全てが、以前の混乱した街とはまるで違う穏やかな世界だった。
(あれ……普通に歩ける……! やった……これで俺も異世界を楽しめる!)
胸を弾ませながら、ハルトは目についたレストランの木製の扉を勢いよく開けた。
内装は温かみのある木材で統一され、天井から吊るされたランタンが柔らかい光を落としていた。
香ばしい肉とバターの香り、スープの湯気に混じるハーブの甘い匂い、焼きたてパンの皮が割れる音――五感すべてを刺激する異世界の匂いと音に、ハルトの心は完全に奪われた。
「す、すみません! おすすめを!」
男性店員がにこやかに近づいてきて――その瞬間、頬を赤らめ、目がとろんと潤んだ。
「……お代は結構です。どうぞ、心ゆくまでお召し上がりください……!」
「えっ、えぇ!? タダ!? いいんですか!?」
ハルトはロースト肉を頬張り、口の中いっぱいに広がるジューシーな肉汁と、ほんのり香るハーブの余韻に目を輝かせた。湯気の立つスープも、焼きたてパンも、すべてが完璧な異世界飯に感じられる。
「な、なんだこれ……うまっ! 異世界最高! 俺、生きててよかったぁぁ!」
「おい、声デカすぎ。男が寄ってくるぞ」
ミカエルはテーブルに肘をつき、肉を頬張りながら毒づいた。
「てか、タダ飯で泣いて喜ぶとか……貧乏人の極みかよ」
「いいだろ別にっ! 得したんだから!」
***
次は宿屋。
「一泊お願いします!」
宿屋の主人(もちろん男)は熱烈な目をして鍵を差し出した。木の扉を開けると、ふかふかのベッドと柔らかい照明が広がり、まるで別世界のように居心地が良い。外の石畳の街の喧騒も、ここでは遠い話だ。
「……料金はいりません。むしろずっと泊まっていてほしいくらいです……!」
「え、えぇ!? 泊まり放題!?」
ベッドにダイブしたハルトは幸せそうにゴロゴロ転がり、手を振りながら大声で叫ぶ。
「これで俺、この世界で無敵かもな! タダ飯にタダ宿だ! チート最高!!」
(……これ、意外と便利な力なんじゃ……? 生活費ゼロとか最高すぎる……!)
にやけるハルトを見て、ミカエルは眉間にシワを寄せ、腕を組んだ。
「……あーあ。調子に乗っちゃって。こりゃ完全にクズの道一直線だな」
ランプの光が揺れる宿屋の中、ミカエルの毒舌だけが静かに響いた。




