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草薙ハルト、30歳。

 草薙ハルト、30歳。

 彼はまったく冴えないサラリーマンだった。

 背は平均、顔は人混みに紛れたら三秒で見失えるレベル。

 仕事がとびぬけて出来るわけでもないし、とびきり出来ないわけでもなく、まったくもってパッとしない。

 鏡を見るたびに「まあ、中の下ってとこかな」と自己評価を下すが、職場の女子社員から返ってくる印象は、無害そう。つまり「異性としての対象外」の宣告だ。


 ハルト自身もそれをうすうす分かっていた。

 だからこそ、心の奥底でこう叫び続けていた。


(いつか俺のことを好きになってくれる美女があらわれるはず……!)


 実際の彼の生活は、通勤電車と安アパートの往復。

 休日はアニメとゲームにラノベ三昧。

 だが、妄想の中では毎日がハーレムだ。学校に行けばクラスのヒロイン全員に好かれ、RPGでは村人の娘が勝手に惚れ、戦闘に勝てば女神に抱きつかれる――。


 そんな妄想を心の支えに、今日もぎゅうぎゅう詰めの電車に揺られていた。



***



 会社帰り、駅前の横断歩道。

(今日は何食べようか……)

 ぼーっと信号を待っていたとき、


「――っ!」


 小学生くらいの男の子が、車道にふらりと倒れこむのが見えた。

 向かってくるのはトラック。


(やば――!)


 頭で考えるより先に、体が動いていた。

 ドン臭いはずの足が、妙に速く動く。

 いや、本人の中ではもっと違う映像が再生されていた。


(ここで俺が子供を助ける→周囲がざわめく→たまたま動画を撮っていた女子高生がネットに「ヒーロー爆誕」と公開する→動画がバズってニュース番組に映る→美人アナウンサーが「草薙さんって素敵……」と俺に一目ぼれ→恋愛→結婚→俺の勝ち組人生スタート!!)


 ――すでに脳内は結婚式まで進んでいた。


 だが現実は冷酷だ。

 子供を歩道に引き戻した反動で、体が車道側に倒れこむ。

(あ、やべ)

 次の瞬間、耳を劈くブレーキ音。


「っ!!」


 とてつもない衝撃が体を襲い、生まれて初めて宙に浮く。

 地面にたたきつけられると体が動かず、ハルトの視界は真っ暗に染まった。


(……あれ? これ、マジでなんかやばくない?)


 意識が途切れる刹那、彼の心に浮かんだのは――「まだ一度も女の子と手を繋いだこともない」という、どうしようもなく切実な事実だった。



***



 気づけば、光に包まれた空間にいた。

 ――そこには、ハルトの人生では見たことが無いほどの美形が、やたらダルそうな顔でヤンキー座りしていた。


「はーあ、なんで俺がこんな野郎の担当に……」


 そういってけだるげに立ち上がる。

 波打つ金髪に金色の瞳、男なのか女なのか顔だけでは分からなかったが、声と仕草は完全に男そのもの。


「え、え? ここ、天国? ていうかあなたは……神様?」


「いや、神は多忙だからわざわざこんなとこ来ねーよ。そんでもって、俺、天使ミカエル様の登場ってわけ。……あーだりぃ」


「て、天使……!?」


 見れば、彼の頭上には光り輝く輪っかがあり、背を覆うように純白の羽までついている。


「そー。あんた、予定外に死んじゃったからさ、俺様があんたの担当として、わざわざ面倒見に来てやったってわけ」


 天使――ミカエルは、そう言いながら、ん-っと伸びをする。

 神々しい姿のわりに、態度は近所のコンビニバイトみたいにだるそうだ。


「……は? 死んだ!? それに予定外ってどういうことだよ」


「本当はまだ寿命あったんだよ。でも子供を助けたせいで、車にドーン。はい、死亡。……で、上からは『手違いだから一つだけ願いを叶えて異世界に送れ』って命令されちゃったの。ま、ボーナスステージみたいなもんだと思ってよ」


 あまりの適当さに、ハルトは唖然とする。


(ちょっと待て、これ……俺の想像してた“異世界転生イベント”と違くない? もっとこう、厳かに超美人の女神とか天使が「勇者よ……」みたいに来るんじゃ……)


「あ? 何ジロジロ見てんだよ。野郎に見られても全然嬉しくねーっての」

 厳かの『お』の字もない怪訝な顔で悪態をつきながら、金髪の長い髪がふわりと揺れ、白い羽根が軽やかに開閉する。

 耳をふさげばイメージ通りの天使そのものだ。


「で、何を望むかだが、……一応ボーナスだから、基本的に転生時のスペックはまんべんなく高くしておいてやる。何が欲しい? 金とか力とか名声とか、何か尖ったスキルとか」


 ハルトの胸に、希望が灯った。

 願いをひとつ叶えられる。そして異世界へ――。


(これは、チャンスだ。今まで冴えない人生だったけど……ここから俺の人生は変わる!)


 ハルトは意を決して答える。

「俺……なにもしなくても美人にモテまくる能力で、ハーレムを作りたい!」


「……は?」

 ミカエルは、眉をひそめる。

「なにもしなくても……? 莫大な財産で遊び惚けるとか、最高の仲間とか、冒険とか、、そういうの一切ナシで?」


「そうそう! 俺はもう何も頑張りたくない! ただ美人から『キャー!』って言われて、勝手にハーレムができる、最高の人生が欲しいんだよ!」

 ハルトは目を輝かせ、手を胸に当てて熱弁する。

(……ついに俺のモテモテ伝説が始まる!)


「はあ……まあそんなもんかね……」

 ミカエルは心躍る冒険や世界征服できるような願いが来ると思っていたため、あまりにくだらない願いに拍子抜けする。



 そのとき、ハルトは思わず口を挟む。

「いやー、お前みたいなイケメンは"何もしなくても"モテモテだろうから、俺の気持ちは分からないだろうけどさ!」


 ミカエルの目がギロリと光った。

(……"何もしなくても"、だと……?)


 今は全くやる気のないミカエルだが、こと女性のこととなると、努力を欠かさない男だった。

 念入りなスキンケア、髪のセットに30分、天使の輪っか磨き、羽の毛づくろいまで、毎日欠かさず行っている。

 好みのリサーチから、デートのプランニングまで、怠らない。

 そこまでやっても、意中の女性に振り向いてもらえないことだってあるのだ。


「……よし、分かった」

 ミカエルは無表情で指を鳴らす。

「お前の望み通りに願いを叶えてやろう……ただし、ちょっとだけ俺様の遊び心を加えてやる」


 光がハルトを包むと、身体の感覚がぐわっと変化した。


「……ん? な、なにこれ?」

 ハルトが驚く間もなく、ミカエルが最後の一言。


「お前は何もしなくてもモテまくる……ただし男から♡」


「いええええええ、えぇ!? 男に……モテ……?」


 喜びかけた声が途中で裏返り、ハルトは絶望の顔で固まった。

 ミカエルは肩をすくめて、にやりと笑う。

(……これで少しは楽しめそうだな。俺様って天才~)


 ――さて、異世界の男どもよ、存分にあの冴えない男を奪い合ってやれ


「ま、……まて……俺は……」


 そして、ハルトの意識は光に溶け、異世界への転生が始まった。


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