表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者: 馬河童

阪神優勝おめでとうございます!某賞に落選した作品ですが、ちょうどいいタイミングなので載せます。6枚という制限でまとめ切れていない感はありますね・・・

 年に1回、新潟市にプロ野球1軍の公式戦が来る。チケットを買ってまで行こうと思う事もなかったが、今年は横浜対阪神戦で、阪神ファンの友人が会社で余計に買ってしまったそうで来ないかと誘ってくれた。


 ただ、友人は甲子園まで行く程の阪神ファンなので、周りもそんな人間ばかりじゃないかという懸念があった。私は好きな歌手のライブでも立ち上がって声を張り上げたりするのが苦手だった。気恥ずかしさとでも言えば良いのか、どうにも盛り上がり切れないのだ。


 だが、友人が「自分以外はコアなファンじゃない」と言うので安心して行く事にしたのだった。仕事後にハードオフエコスタジアムに向かったのだが、球場周辺に両チームのファンが沢山いて驚いた。所詮は田舎の新潟開催だなどと思っていたのが嘘のようだ。


 指定された外野席に踏み込んでさらに驚かされた。阪神ファンの大熱唱が球場を包み込んでいたのだ。両外野席はきっちりと各軍のファンに分かれ、私の入ったレフト側は縦縞のユニフォーム集団で埋め尽くされていた。


 ちょうど阪神の攻撃中で、大勢が立ち上がり、前方に米粒のように見える打者に声援を送っていた。人波を掻き分けて席へ行くと、友人はヘルメットとユニフォームを着用してメガホンを持っていた。ところが、「コアじゃない」と聞いていた彼の同僚もユニフォーム姿で、立ち上がってメガホンを叩いているではないか。騙されたと思いつつ、隣に座ったが、皆が懸命に応援していて何とも居心地が悪い。しばらく様子見とばかりに座ったまま、周囲を眺めていた。


「凄い盛り上がりだな」

 阪神の攻撃が終わり、皆が座ったところで友人に声を掛けた。

「新潟でも結構ファンいるんだな」

 友人も驚いているようだった。

「お前の同僚も結構なファンみたいじゃんか」

「いや、そうでもないって」

「そうなんですか?」

 思わず隣に座っている同僚女性に尋ねた。「ええ」と彼女は頷き、

「雰囲気で一緒に盛り上がっているだけです」

 と答えた。言われてみれば立っていても声は出してないし、メガホンを叩いているだけだった。とはいえ、立っていない自分だけが何だか取り残された異物のような感覚がした。


 景気付けに買ってきたビールを飲む。勢い良く飲み干したせいか、気分が高揚してくる。気付くと次の回の攻撃時、私は立ち上がっていた。声を出すのは恥ずかしいので、まずは応援に合わせて手拍子をする。阪神は毎回ランナーを出すのだが、単発に終わり、得点出来ずにいた。それでもファンはめげずに大声を張り上げている。


 しかし、勝負の女神は気まぐれだ。次の回、横浜が先制点を挙げたのだ。0対一のまま、ついに九回表の阪神の攻撃を迎えた。応援団も一層の気合が入り、周囲の声を促すが、あえなくツーアウトまで来てしまった。周りには悲壮感すら漂っていたが、一緒に立ち上がっている私も「何とか打て!」という気持ちにはなっていた。


 そんな祈りが通じたのか、奇跡が起こった。バッター高寺の一振りがライトスタンドに飛び込む同点弾となったのだ。レフトスタンドの阪神ファンは沸騰した。周囲で見知らぬ者同士がハイタッチを交わし、大騒ぎ。私の友人などは感動して泣いていた。


「何だよ、これ」


 私も不思議な興奮を覚え、何か内側から湧き上がる物を感じた。そして次のバッターが打席に入ると、自然と選手の名前が口を突いて出て来たのだった。友人の同僚も少し驚いた顔をしていたが、気にせず声を出した。先程までの私ならきっと恥ずかしくてダメだっただろう。今はそういう気持ちを超越したものがあった。決して阪神ファンになったつもりはないが、何かが私を突き動かしていた。こんな事は生まれてこの方初めての経験だ。私は声援の中に包まれて興奮していた。


 結局同点止まりで攻撃は終わった。だが、外野席のムードは悪くない。未だ興奮冷めやらずざわついていた。一旦応援が落ち着き、着席はしたものの、胸に燃えるものが残っている。その気持ちが通じたのか、阪神はピンチを迎えたものの、後続を打ち取り、同点で延長十回に突入した。


 十回表の阪神の攻撃、私も燃えた。先の追い上げで火が付いたのか、周りの熱狂も凄まじく、彼らと共に声を張り上げた。


「かっとばせ~て~る!」


 「てる」がどんな選手かは知らない。ただ興奮の渦の中で打席の選手に声を送る。違和感なくそれが出来ている自分に驚く。何かにのめり込むってこういう事なのか、周囲と同化して声を出す喜びを感じる。それも強制的にではなく、内から湧き上がる気持ちがそうさせるのだ。悪くない気分だ。


 この後も私は応援し続けたが、結果は延長十二回引き分けに終わったのだった。


「皆様、応援ありがとうございました。今日は負けなかったという事が収穫です」

 終了後、応援団がそんな風に挨拶していたが、私も清々しい気分だった。友人も「あの同点が見られただけで満足だ」と笑顔で語っていた。もう十時を過ぎていたし、新潟駅行きのバスに乗る人々で凄い行列になっており、残念ながらその場で解散した。


 帰宅後も興奮冷めやらぬ私は、友人に写真を送り、SNSで感動を伝えた。布団に入っても気持ちが高ぶって寝付けなかった程だ。


 そのせいか、翌朝、目覚めは良くなくて何だか酷く疲れていた。仕事へ行く足取りも重く、昨夜の充実感が嘘のようだった。でも、昨日は確かに燃える気持ちがあった。あの私を突き動かした熱や興奮は何処へ行ってしまったのか、その行方は一向に分からなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ