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年の頃は10に届くか否か、というくらいか。白磁の頬、長い睫毛、その下の黒曜の瞳。
良く似た…という言葉では足りない、瓜二つの容姿の二人の少年は、女性に嗜められながらもその場から離れようとせずに、ただ俯せに横たわる佐波をじっと見つめていた。
———あれは…
佐波が少年たちに言葉をかけるより早く、女性が二人に近づき、その目線に合わせる様に屈んだ。
「こちらの方は大変なお怪我をされているのですよ。あなたたちの気持ちも分かりますが…今は安静に」
「あっ あの、構いません」
考えるより先に声が出ていた。
慌てて身を起こそうとして激痛に阻まれ、結局情けなくも布団に俯[うつぶ]した姿のまま、佐波は二人の少年に声をかける。
「火事の時の…です、よね?」
燃え盛る溟楼庵に取り残されていた、あの少年。
あの時は顔を確認出来るような時間も余裕もなかったし、建物を出たところで記憶が飛んでいるから、実は少し自信がないのだけど…
しかしそれを裏付けるように、二人の少年は伏せがちだった目をぱっと輝かせて同時に頷いた。
———ええっと…どっち…?
困って女性を見ると、彼女は少し戸惑うように佐波を見返し、やがて諦めたように微笑んだ。
「…真灯、耶灯、お礼を言いに来たのでしょう?中にお入りなさい」
ただし、静かに。と言い添えて襖を開け放つと、二人の少年は恐る恐る、しかし期待の隠せない表情で佐波の横たわる布団の側まで寄った。
そして同時に膝を折ると、
「真灯と申します」
「耶灯と申します」
一人ずつ名乗り、子どもとは思えない優雅な動作で敬愛の礼をとった。
『真灯を救って頂きましたこと、心より感謝申し上げます』
「え、あ、いえ…」
二人のあまりにも見事な口上に、佐波は間抜けな返答をして赤面した。
———皇都の子どもは大人びてるな…
などと場違いな感心までしていたのだけど、それよりも気になることがあって口を開く。
「あの、真灯、さん」
「はい」
敬愛の礼を解いて、一人が顔を上げた。
———こちらが真灯か…
白磁の頬に、真っ直ぐな黒曜の瞳。その無機質なまでの美貌は冬に咲く薔薇のように作り物めいていて、酷く落ち着かない気持ちにさせる。
はらりと頬に一筋柔らかな黒髪が落ちて、子どもだというのに悩ましい色香を漂わせている彼を、佐波は何故だか直視できず目線を少し逸らし、
「け、怪我は…」
「あなた様のお陰で、大事ございません」
「そ、そうですか…」
それは良かった、と呟くと会話が途絶える。
訪れたやけに重たい沈黙に、佐波は痛む背中に冷や汗が流れるのを感じた。
———な、何か話さなければ…!
奇妙な焦燥感に押される様に口を開く。
「あ、も、申し遅れました、私は佐波と申す者で、布津の豪族の使用人をして、あ、して、ました。多分」
あわあわと言葉を訂正し、それでもみっともない形で着地した自分の言葉に、佐波は情けなくてかぁっと赤面した。
10かそこらの子どもがこれほど落ち着いているというのに、17の自分がこうでは情けなくもなるというものだ。
色んな意味で自分に幻滅している佐波を、二人の子どもはじっと見つめている。
まるで佐波の人となりを全て観察してやろうとでもするようなその視線に、佐波は参ってしまった。
「す、すみません、あの…」
本日二度目の助け舟を期待して女性を見ると、彼女はにっこりと微笑んでくれた。
「佐波様、ですね。私も申し遅れました。私はここのお抱え医師である最様の助手をしております、早音と申します。佐波様のお世話を申し使っております。御用の際はいつでもお呼びください」
こちらも見蕩れるくらいの優美な仕草。
佐波は余計に居たたまれなくなった。
「あ、あの、本当に私などの一介の使用人にこんなに良くして頂いていて………ところで、これはどちら様のご好意でしょうか?」
一番気になっていたことだ。
いくらなんでも、あの火事での怪我人一人一人に、ここまでの高待遇は与えられていないだろう。
どこの誰とも知れない只の使用人風情に広々とした個室を与え、医師の助手までつけるだなんて、佐波の常識では有り得ないことだ。
———では一体、なぜ?
「総主の意向だ」
その問いに答えたのは、女性———早音でもなければ、二人の子どもでもない。
いつの間にか開かれた襖の前に佇んでいた、黒衣の男だった。
黒地の着流しに、光の具合によっては限りなく黒に近い灰色にも見える羽織。伸ばした長髪は後ろで緩く括られ、背中に垂れている。
30にも40にも見える年齢不詳の顔を陰鬱な影で覆っている彼は、さながら遥か東にあるという帝国の物語に登場する死神のようだ。
そんな男の視線が自分に真っ直ぐ向いていることに気付き、佐波はぎょっとした。
男の光を反射させない暗い瞳で見つめられると、死神に「お前を迎えに来た」とでも言われている気分になって酷く落ち着かない。
蛇に睨まれた蛙よろしく硬直している佐波に、男は低く言った。
「お前を迎えに来た。———と、言われそうだとよく患者に言われる」
「まぁ浪漫的」
今の台詞を全力で前向きに捉えた早音がのんびりと微笑む。
だがもちろん笑えない佐波は、ひたすらに硬直して無表情のまま自分に近づいて来る男をだた見つめた。
少年二人が畳をずれて、男の為に場所を空ける。
黒鳥が羽を閉じる様に静かに膝を折った男は、大量の冷や汗を流している佐波に言った。
「俺は最という。ここの医師だ。総主から言いつかって、お前の怪我の面倒を見ている」
「俺は死神だ。溟王から言いつかって、お前の魂を攫いに来た」と言われた方がまだしっくりくる男の陰鬱な表情に、佐波は唾を無理矢理飲み込み、ぎこちなく笑った。
「そ、それは、あの、お、お世話になります…!」
「どうした。傷の具合が悪いか」
顔色を悪くして震えている佐波に、男の顔がぬぅっと近づく。
起き上がる事もままならない佐波は「ひぃ!」と内心悲鳴を上げて、必死に否定した。
「だ、大丈夫です!もう、殆ど全快かと…!」
「そんなわけが無いだろう。お前、自分がどんな怪我をしたか分かってるのか?」
「ど、どんな…?」
「背中全体に弐度の温熱熱傷。肩甲骨のあたりに木材による杙創[よくそう]。腕を中心に壱度の熱傷と擦過傷、内出血に、他にもあるが」
「も、もういいです…」
どうやら自分は結構な怪我人らしい。どうりで痛いはずだ。
存在を知って急に痛み出した背中の痛みを紛らわす様に、佐波は「それより」と話題を変えた。
「あの、先ほどここに私がいるのは、総主様のご意向だと…?」
「ああ、そうだ。お前は運がいい」
男の暗い瞳が、佐波を見る。
そして死を宣告するかのような、暗い口調で言った。
「お前が助けた真灯は、総主の子どもだ」
死神<ガロン>…遥か東にある帝国に伝わる神話に出て来る、死をもたらす使者。溟王に仕えている。皇国の神話には登場しないが物語としては有名なので、老若男女誰もが知っている
作者は医療関係さっぱりなので、記述に大変な間違いがあるやもしれません…
間違いがありましたらこっそり教えて頂けるととっても助かります。