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溟楼綺譚  作者: 上遠野
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―――雪が、散らついていた。


白い地面に膝を折り、薄い衣服を粉雪に濡らして、二人の子どもが、雪よりも果敢ない約束を交わした。


「必ず、私を迎えにきて下さると、約束して頂けますか。」


震える少年の手を、更に小さな手で包みながら、少女は固く頷いた。

涙は既に凍っていた。少年の睫毛に降り立った雪が、場違いに輝いていたその情景を―――


―――少女は、決して忘れる事は無かった。











溟楼綺譚めいろうきたん











夕闇刻をとうに過ぎた、間夜ヶ刻。

その重たい闇を押し上げる極彩色の提灯が、其処彼処そこかしこに揺れている。

何処からともなく上がる喧噪、嬌声、笑い声。

荷馬車が10両は並列で通れそうな大通りに添って、どのようにして建てたのかも分からない、豪奢な木造作りの軒がずらりと並んでいる。

自分の影さえ鮮やかに地面に広がるその場所で、硬直したまま動けないでいる少女の横を、安く見積もって一陽期(一年)分の給金以上の召物に身を包んだ恰幅のいい男性と、その腕にしなだれかかる、いと麗しき優艶な美女が、まるで少女に気付きもしない様子で通り過ぎて行った。


―――美女からふわりと香ったこの甘い芳香は、”ここ”特有の、媚薬効果があるといわれる”紫杏香しあんこう”だろうか。


呆然としていた少女は、ようやく回り始めた思考をどうにか繋ぎ止めて、ぐっと顎を引いた。

立ち止まっている暇はない。

そう、一刻だって無駄には出来ないのだ。

今日という好機は、きっと二度と巡ってはこないだろう。ならば、せめて精一杯。

横顔に決意を滲ませて、少女はここ、皇都随一と名高い遊郭街に足を踏み入れた。




状況を整理しよう。

少女の名前は、佐波さわという。

年の頃は数えで17。かつては布津ふつ一と詠われた名門貴族の子女だった。

それが没落したのは、佐波が12の冬。

当代一の賭博好きであった彼女の父がこしらえた借金は、これもまた当代一であった。

家や土地、株券を売り払い、一家一族、その使用人に至るまで全て離散。

当事者である父親は蒸発し、名高い貴族出であった母親は、人に媚びてまで生きることを厭い、自害した。

他の兄妹たちは、それぞれに急ぎ嫁いで行ったり、またはどこかの貴族の使用人として雇い入れられることとなり、少女もまた家の伝手を辿って、地方豪族の端女はしためとして、どうにか今日まで生き延びる事が出来た。

佐波が世話になっている屋敷は布津の南にあり、ここ皇都までは馬で2日半、馬車だと4日ほどかかる。

皇都へは商談の為、一族の代表として長男と三男が遣わされて来たわけだが、約一星期(一週間)の滞在の最終日前夜である今日になって、三男が遊郭に行きたいと言い出した為に、こうして佐波を含む数名が、急遽お付きとして従ったというわけだ。

長男と違い気性の荒い三男坊に付き従うのは容易なことではなく、お役目の話が出た時は使用人同士で押し付け合い、一時は険悪な雰囲気にもなったのだが、ここぞと手を挙げた佐波に、仕方なく付き合ってくれる形で数名の雇われ用心棒がお供することになった。

佐波としては、これは願っても無い機会であったので、懐深い用心棒たちには大変申し訳なく思いながらも、実に溌剌とした思いで皇都一と謳われるこの遊郭街へと足を運んだのだった。


そんな佐波を後押しするように訪れた好機―――上機嫌の三男坊が、佐波たち使用人に少しばかりの遊金を渡し、「好きに使え」と―――そして「俺の後を付いてくるな。長兄へは決して告げ口するな。」と言うなり、使用人を街の関所(遊郭街は高い塀と二つの門に挟まれている。そこでは厳しい身元の調査があり、武器となり得るあらゆるものを預けなければならない。)に置き去りにして一人、遊郭の灯りの中に消えて行った―――に、心踊らせ、思い思いに散る使用人達と同じ様に、佐波は遊郭街へと足を踏み入れた。

そしてそのあまりの豪華絢爛さに、呆然と立ち尽くした冒頭へと話は戻る事になる。




如何にも田舎から上ってきた使用人風の佐波は、誰にも視線を貰う事無く、ただ立ちそびえる遊郭を見上げては提灯の”印”を確認するという作業を、端から続けていた。


―――確か、めいろうあん、と聞いたはずだけれど…


何せ使用人同士が交わす、風より軽い噂話でのことだ。ガセである可能性もある。

もちろんそんなことは百も承知しているのだが、それでもその僅かな希望に少女は懸けていた。


―――無事で、いるだろうか。


噂話が、本当に根も葉もない”噂”であっても構わない。

ただもしそれが本当だとしたら、無事でいるのか、それだけでも確認したい。


―――以織いおり


今でも、瞼の裏に描ける友の姿。

名貴族一族の子女である佐波と、佐波の家の使用人の子であった少年とは、身分も立場も隔てられてはいたが、心から信頼し合える友達であった。


―――けれど。


あの冬、凍てつくような寒い日に、少年は”売られて”いった。



他でもない、佐波の身代わりとして。






はじめまして、上遠野かどのです。

異世界ファンタジーが好きで、自分で書き始めたら

どういうわけか剣も魔法もほとんど関係のないものに…

更新はかなりのんびりになるかと思いますので

どうぞ気長にお付き合いください。


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