第05話 才能と技の無駄遣い
ちょっと長くなったので分割しました。短めです。
まだ楽霆の話です。
「変だな、楽霆だけいない……なあ、どこだい……楽霆!」
がらがらと濁った、無遠慮な大声が響く。
楽霆の肩がびくりと震えた。となりで涼火が眉をひそめる。
楽霆は首を振り、卓に手をかけ、呼吸を整えた。
ゆっくりと振り返る。
浅黒い肌の男子楽院生が、卓から卓を見て回っている。
十四、五歳くらいか、骨太の体にひょろ長い手足、あまり似合っていない萌黄色の晴れ着、馬鈴薯のような顔にはにきびが目立つ。
玄人の鋏でさっぱり刈りこんだ髪でも、農村出身なのは明らかだ。
「……大丈夫、なのか?」
涼火は、彼と楽霆を見比べては、首をかしげている。
「平気。別に向こうが悪いわけじゃないから」
楽霆は深く息を吸う。勘違いした鼓動も落ち着いてきた。
「呼んでるから。俺、行くよ。またね、涼火さん」
「ああ。約束だ。また会おう」
白い綺麗な手をひらりとあげるのに、楽霆も手を振って応え、駆けていく。また大声をあげないうちに、晴れ着の袖をつんつん引っ張る。
「あ、楽霆! よかった、いたいた!」
けっきょく大声が返ってきたので、楽霆はわざとしく耳を塞いでみせる。
「十児、声デカいって。野ッ原や畑じゃねえんだから」
「すまんすまん。どこいたんだい? 甜品卓は全部見たんだけどな」
「あそこいたぜ、ずっと」
氷菓子の卓を指す。思ったとおり、すでに涼火の姿は無かった。
「あれ、楽霆、冷たいの苦手じゃなかったか?」
「いいだろ、別に。味は好き。で、何?」
「師匠が、そろそろ全員、大楽院まで引き上げだって。星嵐導師が、年の若い子まとめて連れてった馬車も、みんな戻ってきてるってさ」
「十児だって若えだろ」
「はは、楽霆もな」
気がつけば、幻奏師の晴れ着姿は、すっかり数を減らしていた。萌黄色の晴れ着は、十児のような老師や導師の直弟子や、正式な幻奏師の付け人だけだ。
みな荷物を受け取ったり、他の客と挨拶を交わしたり、帰り支度をしている。
「揃ったか、十児?」
大学院老師のひとり、煖人老師が歩みよってきた。
楽霆の師である銀洞老師よりも年上で、こじんまりとした姿、髪も眉もふさふさと真っ白だ。足を引きずっているのに、その歩みは静かで、滑るように速い。
十児が師に一礼し、姿勢を正す。
「はい。楽霆も見つけました。やっぱり、まだ居ましたよ」
「おやおや。楽霆。星嵐は、一緒に連れて帰ってくれなかったのかな?」
「お断りしました。まだ甜品も食べてなかったので」
「そうか。メシも腹いっぱい食うたか?」
「はい、頂きました」
「幻奏をすると甘い物が欲しくなるが、そればかりはいかんよ。野菜も食うたか?」
「食ってません。けど、食おうと思えば食えます」
「知っとるよ。だが、足りんと病のもとになる。甘い物を食いすぎて歯が悪くなったら、ひっこ抜いて新しい歯を生やさねばならん。気をつけておくれ。大楽院の宝蔵には、伝説の宝器もいくつか入っとるが、万宝槌やら聚宝盆やらは無いからの」
「知ってます。だから金持ちに教えてる」
「ま、何より、歯を抜くと痛いし腫れる。野菜が足りんとますます良くない」
煖人老師は眉をしかめて自分の頬を撫でる。
「……気をつけます」
「あ、でも、果物食ってれば大丈夫じゃないかな?」
「十児。それは、いつでもどこでも、必ず豊富に食えるものではない」
「でした」
「しかし、銀洞の奴にも困ったものだ。この時期は仕方がないとはいえ、いい加減やめさせないと明日にも響く」
玄武卓の、酒と酒肴の前では、銀洞老師と客たちの一団が、すっかり上機嫌で酒盛りをしていた。
「神将招来、神将招来」などと、杯を掲げるたびに、言い訳めいた歓声をあげる。
戦場など、決戦前夜の宴は神将招来。身分も地位も、礼儀作法も忘れて楽しく騒ぎ、戦いの守護神を誘い寄せ、喜ばせれば、その加護を得られるという。
ちなみに、戦勝祝いもやはり神将招来、こちらは勝利の加護に感謝し、どうぞ騒ぎに紛れてお越し下さいませとお招きするのだそうだ。
要は騒いで飲みたいだけだろと、楽霆は内心つっこんだ。
よく見ると、赤月の独奏役も、銀洞老師といっしょに客たちと呑みまくり、何やら泣いたり叫んだり、やたら励まされて感動したりしていた。
ちゃかぽこちゃかぽこ、幻奏琴のかわりに、皿やら杯やらをうまく並べて箸で打ち鳴らせば、謎の小さな毛玉生物が現れ、ぽんぽん宙に跳ねては消える。
酔っ払いたちが大受けして拍手し、大声で褒めそやす。
跳ねているのは、実際はつまみの木の実で、どうやら動法にて操っているらしい。
その木の実に、ふわふわの球体と、細長い穂の形をくっつけただけの幻奏を重ね、長い尻尾のある毛玉の生き物のように見せている。
間に合わせの打楽器もどきでは、いかに集中し、気を漲らせようと、幻奏を動かすなど至難の業だが、動法にて木の実を回転させ上下させれば、飛んだり跳ねたり生きているように見える。
幻奏琴を使わずに幻奏、同時に動法、光や絵ではなく立体、ふわふわとした質感まで備えて。
「才能と技術の無駄遣いすぎる……!」
楽霆も思ったことを、十児がつぶやく。煖人老師も深くうなずいてから、軽く咳ばらいをした。
「十児。お前が楽霆を連れてっておやり。私は銀洞たちを連れて帰るよ」
煖人老師はするすると、酒盛りの場へと向かっていった。
「行こう、楽霆」
預けていた鉄棍を受け取ると、十児は大きな手を差し出す。
「……持てる」
楽霆はうつむき、幻奏琴の包みをぐっと抱え直して歩きだした。
「あ、悪い悪い」
十児は短い髪をぼりぼり掻いて笑い、鉄棍を担ぐと、大股で楽霆を追いかけて横に並ぶ。
「……ごめん」
「ん、何が?」
「何でもない……ごめん」
この作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!
早めにお届けできず申し訳ありません。主人公、もう少しで出ます。
ちょっと長くなってしまったので、話の途中で分割しました。続きもすぐ更新します。