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5話:勇者式ハイスクール

「遅刻だーー!」


その大声は朝の五十嵐(いがらし)家に響き渡る。


夜遅くまで勉強をする羽目になったケンは、飛び起きては適当に顔を洗い、大急ぎで制服に着替えていく。何の授業が行われるかは確認していられないので、教科書は全てカバンに詰めていく。


食パンを大急ぎで飲み込み、水を飲み干すと、忘れかけたスマホをポケットに入れて大慌てで家を飛び出す。


そう、月曜日は学校を休んでしまったため、今日は登校しなくてはならなかった。

あまり休んでしまうと、授業についていけなくなると同時に単位も落としかねない。

留年だけはするわけにはいかないと決めているケンは、遅刻をギリギリセーフになるよう全速力で走り続けた。


ケンはゲームばかりしているが、運動部経験があるため体力には自信がある。息を乱しながらも自分の出せる限り速い足取りで校門へ駆け込む。


遅刻する生徒を見ている厳しい先生が校門の側に立っていたが、特に怒られることもなかったためセーフ扱いとなった。


第一関門を突破し、自分のクラスである2-Aの教室へ向かう。



教帝(きょうてい)学園高等部。

東京にそびえる私立校で、そこそこの進学校だ。

そんな教帝の中で…ケンは下から数えた方が早いぐらいの成績を残している。

つまり、勉強が得意ではないのに「近いから」という理由で教帝学園に通っている。


以前はそれだけの理由ではなかったのだが…



「セーーーーーフ!」


予鈴ピッタリに教室のドアを開ける。ゼェハァと息を乱し、自分の席にたどり着く。



「もー!ケン、なにやってたの!遅いよ!」


目の前に、見知った顔が現れる。三上(みかみ) 華蓮(かれん)だ。ケンの幼なじみの彼女はクラスも同じだった。

華蓮はブレザーの制服姿で、長い茶色のロングヘアを右側にまとめたサイドテールがやはり印象的だった。シュシュの色は青と白のグラデーションで、彼氏のイメージカラーになっている。また、上着を着ていても胸の盛り上がりが強調されていた。


華蓮はケンの家に近いが、毎日一緒に登校することはあまりない。

華蓮はテニス部の朝練に行く彼氏の応援をするために、朝早く登校しているのだ。

今日もきっと、朝練応援終わりから自分の教室にやってきたのだろう。


「昨日必死に勉強してたんだよ!」


「授業の復習はまだしも、宿題はもっと早く出来たじゃない?どうせゲームしてたんでしょ!ゲーム!」


ケンが華蓮に抗議するも、華蓮は正論をぶつけていく。



「あー!もー!してたよ!ゲームしてましたよ!ゲームして何が悪いんだよ!俺の人生は飯とゲームとヒサオミで出来て…」


ケンがそこまでまくし立てると、違和感に気付いた。


「ひ…ヒサオミ……ああっ!?」



先日から同棲することになった未来の嫁(?)であるヒサオミ。


彼女は異世界から来た勇者で、魔力を補給し続けないと生きられない身体だった。


現代日本に魔力は存在しない。一部の者だけが扱える禁断の技、「魔力契約」の魔法を使うことで、対象を主とし、キスを交わすことで魔力を得ることが出来るのだった。



ケンと契約を交わしたヒサオミは、ケンと定期的にキスをすることで今も生き延びている。

ヒサオミは生きるために命からがら契約を交わした。大事なキスを捧げる少女に責任を感じたケンは、ヒサオミと結婚をすると断言し、一生大事にする心づもりでいた。



…のだが。



今日は寝坊して、学校に行くことだけを考えていたケンは、ヒサオミのことが頭から抜け落ちていたのだ。


今頃、ヒサオミは魔力が枯渇して苦しんでいるかもしれない。実際、異世界から現代日本に飛ばされた直後のヒサオミは苦しそうに悶え、見ていられないぐらい辛そうだった。


異世界人にとって、魔力は酸素に近い要素である。その魔力が尽きると、生命維持はほぼ出来なくなると言っていい。



「ヒサオミ…置いてきてごめん!華蓮!俺、家戻るから!」


教室に来たと思ったら、大慌てで席を立とうとするケン。額に浮かぶ汗も拭う暇もないぐらいの慌てようだ。


そんな大慌てのケンを見つめて、華蓮は口元を緩めた。


「えへへ。ケン、帰らなくって大丈夫だよ?」


「何言ってんだ!お前!わかるだろ!?ヒサオミがひとりぼっちなんだぞ!」


「あれ見ても同じこと言える?」



華蓮が「あれ」と指を指した先。教室の、黒板側のドアがガラリと開く。そのタイミングで、教室内で立ち話をしていた生徒たちがちらほらと自分の席に戻る。華蓮も自分の席に座った。


けだるそうな担任の先生(藤野先生…30代男性だ)がホームルームに合わせてやって来たかと思うと……先生の後ろに人影があった。


「うお…」


クラスの中で、誰かが声を漏らす。


目立つ紅の髪は踊るように舞い、学校指定のスカートは少し短く、ふわりと翻る。そこからは健康的な生脚が伸びており、姿勢は正しい。


先生と共にやってきた少女は顔を少し引き攣らせながらも、美しく整った顔をクラス全員に向けた。



「えー、今日からこのクラスに入ることになった転入生を紹介するぞ。光田(ひかりだ)ヒサオミさんだ。日本語はペラペラだが、海外育ちだそうで日本文化には疎いらしい。みんな仲良くしてやってくれ」



藤野先生がそう言うと、少女の背中をポンと叩く。



「ひ…ひかりだ…ヒサオミと申します!皆様、よろしくお願いいたします!」



光田(ひかりだ)と名乗る少女は美しい角度で腰を折り、お辞儀をした。



「ヒサオミ!?なんでここに!?」


ケンは自分の席で身を乗り出し、驚きの余り声が裏返りそうになる。


…自宅にいるはずの勇者が、自分の学校に転入してきたのだった。



「ふふ、ケン様……サプライズ成功ですね!」



「な、なんだってー!?」



驚きの連続で大声を張り上げてしまうケン。

ケンの右斜め前の席に座る華蓮は振り返りつつ、ふふふと微笑むだけ。


そう。昨日、ヒサオミと華蓮は、学校に通う為の計画を相談していたのだった。華蓮が理事長や生徒会長にヒサオミの転入手続きを申請し、1日で通ったという。


ケンは全く聞かされていなかったので頭の中がハテナだらけだ。



そんな騒ぎを見ている他の生徒たちもガヤガヤと声をあげる。



「赤髪美少女きたー!」

「なんで五十嵐(いがらし)はもう知り合いみたいな感じなんだ!ずるいぞ!」

「なーんか三上(←華蓮の苗字)も関わってそう?」

「美少女すぎる!絶対に私の推しになる!最高!」

「五十嵐引っ込め!」



美少女に目がないクラスメイトたちがあれやこれやと騒ぎ始める。

特に、彼女のいない非モテ男子からの反感がすごい。


そんなクラスの様子に臆することなく、ケンは声を大きくして。



「すっげーびっくりしたけど、めちゃくちゃ嬉しいサプライズありがとうな!ヒサオミ!流石、俺のお嫁さんだ!」


「「「お嫁さん!?!?」」」



クラスメイトが二転三転騒ぎ、驚き続けてしまう羽目になった。


そこで「こほん」と藤野先生がぶっきらぼうに解説する。


「えー、光田(ひかりだ)は五十嵐の知り合いで、五十嵐の家に住むことになってる。あと……なんか、定期的にスキンシップをしなければ生きられないらしい。人前でイチャイチャチュッチュしてても文句言わないように。以上」



「「「異議あり!!!!」」」



藤野先生が雑すぎる解説をしたところで、生徒は理解が追いつかない。ついつい異議を唱えてしまうのだった。


このあたりの説明は華蓮がどうにかして学校を通したらしく、「うまく誤魔化せたと思ったけどやっぱり無理かなあ」のような苦い表情をしていた。



「めんどくさいので異議は却下」と言った藤野先生は、ヒサオミに空席を案内する。案の定、後ろの方で、ケンの右隣だった。



「なんか新しい机あるなーって思ったらヒサオミ用だったなんて!学校でもよろしくな、ヒサオミ!」



ヒサオミは藤野先生に礼をしてから、席に着く。初めて座る現代日本の学校机。クラス中の視線は当然、ヒサオミに集中している。そんな視線に恥ずかしくなり、顔を赤らめるヒサオミだったが、更に顔を赤くしていく。


「ケン様……突然で申し訳ないのですが…」


ヒサオミはケンにだけ聞こえるような声量でささやく。


「ハッピーなサプライズは突然でも全然良いんだって!最高だぜ!」


「そうではなく……あの…」



自分の嫁(?)が学校に通うことになり、同じクラスの、隣の席。体育の授業以外はずっと傍にいることができる。ケンはとにかく脳内がハッピーで満たされており、声が弾む。


そんな興奮気味のケンをよそに、ヒサオミはひとこと…。



「朝の分のキスをお願いします…!もう、クラクラしそう…で…」


「そ、そうだ!今日は起きてからしてないな。よし、んー…」


ケンは自分の席に座ったまま、目を閉じ口を尖らせる。ヒサオミは紅い髪を揺らし、少しケンの席に近づいて、顔を寄せる。

火照った顔をそのまま近付けて、近付けて、ケンの頬に手を触れ、軽く唇にキスを交わす。



「ん…」


思わず声を漏らしたのはケンだ。相手と距離がゼロになる、キス。何度交わしても不思議な感覚。熱くて甘くてとろけそう……



なのを、クラスメイト全員と藤野先生にガン見されていたことに今気付く。藤野先生は興味無さそうに、少し頭を抱えた。注意するつもりは無いらしい。クラスメイトはと言うと…。




「うわー!」

「なに!?バカップルか!?」

「見せつけやがってー!」

「付き合ってるの?お幸せに!」

「さっき嫁とか言ってなかったか!?もう婚約済み!?」

「高校生夫婦とかリア充すぎる爆発してくれ!!」

「ヒサオミたんの純潔が…!」

光田(ひかりだ)はキス魔なのか?じゃあ僕ともチュッチュしよう!」



やはり大騒ぎだった。

華蓮は「だよねー」のような、少し呆れた顔をしている。

隣のクラスからクレームが来そうなほど大盛り上がりな2-Aのホームルーム。そこで、教科書を筒状に丸めて黒板をバンバンと叩く音が聞こえる。


藤野先生だ。

藤野先生は、大声を張り上げて促すようなことが面倒で、いつもこのやり方で場を収めている。

その音が聞こえると、生徒の声がピタリと止んだ。



「えー、こういうスキンシップをしょっちゅうするらしい。まあ……あんま気にしないでやってくれ」


「無理じゃい!!!!」



ケンとヒサオミの魔力供給キスは、これから学校でも行われることが確定したが、クラスメイトからは大ブーイングに終わった。



5話:勇者式ハイスクール


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