15.3話(番外編03):男子の試練
これはある日の真夜中だった。
寝付きが悪く、目が覚めたヒサオミは、水を飲もうと思い、ベッドから降りてドアに手をかける。
そしてケンの部屋から出て、リビングへ向かってよたよたと歩いて行った。
(アイスコーヒーの飲みすぎでしょうか……なかなか眠れません…)
五十嵐邸に来て数週間。
もう1階の間取りは完璧に覚えたヒサオミは、頭をぼんやりさせつつも1歩ずつリビングに向かっていた。
先程確認した時刻は、2時であった。真夜中も真夜中。明日も普通に学校があるので、学生は普通なら寝ている時間なのだ。
そう、普通ならば。
「?」
リビングへのドアノブを握ろうとしたが、ヒサオミは違和感を覚える。
僅かに物音や声が聞こえるのだ。
リビングのソファではケンが眠っているはず。おそらく、ゲームをつけたまま寝落ちしたのではないか、とヒサオミは推測した。
無理に起こすのも悪いと感じ、ヒサオミは物音を立てずにドアを開き、リビングに入る。勇者たるもの、足音を消すことは簡単なのだ。
数歩進むと、ヒサオミは目を見開いて立ち尽くしてしまった。
「ふ…う……」
ヒサオミの目線には、ソファにもたれかかるケンの後ろ姿が。そのケンは、テーブルにタブレットを立てかけており、右手は……まあ、言わない方がケンのためであろうが敢えて言おう。
右手で己の『息子』を慰めていたのだ。
(あ……あ……)
ヒサオミは声を殺したまま、顔を真っ赤にさせた。これはまずい。見てはいけない。肝心な場所は見えていないが、この行為自体を見てはいけないのだ。
ヒサオミはそのまま空気のように、消えるように、帰ろうとドアノブに手をかけたが……
がちゃんっ!
なぜかドアノブを強く下に押し込んでしまい、音を鳴らせてしまったのだった。
「なんだ!?って……うわあああっヒサオミ!?!?」
上はTシャツ、下は何も身につけていないケンが、慌てて股間を隠しながら振り向いた。
もう、何をどう言い訳すればいいのかわからないらしく、顔を真っ赤に……いや、「赤」そのものへと変貌させていた。
全身から冷や汗が止まらない。
「ごめんなさい…か、帰ります…」
ヒサオミも気まずくなって、目当ての水を飲むことも忘れて再びベッドへ身を投げ、無理矢理眠りについた…
*
「変なとこ見せて悪かった!」
翌朝。
リビングでケンは土下座をしていた。脚から頭まで床にぺたりとへばりつくように。
寝起きのヒサオミは一瞬なんのことだかわからなかったが、昨日の衝撃的な光景が瞬時にフラッシュバックされ、顔を赤らめる。
「いえ……ノックもせず部屋に入った私も悪かったわけですし……」
「いや!気持ち悪かったと思う!ほんっっとごめん!ごめん……ごめんよ…」
ケンはそう言うと、額をガンガンと床にぶつけて謝罪を続けた。
「お、落ち着いてください!自傷しないでください!あの……大丈夫ですから。そういう……えっと…男性ならではの………そういうの……理解してますから……。今までケン様はおひとりでこの家で過ごされていたのですから、邪魔者は私ですから……」
ヒサオミが遠慮がちにそう言うが、ケンは額を床にぶガンガンつけるのをやめない。
「だって……だってさあ……みっともねえよ……あんなの見られて…うぐ…」
ケンはもう半泣き、いや、泣いていた。情けなく声を上げて泣いていた。
「み、見ていません!気の所為です!ケン様が見た悪い夢だったんです!けど……けど……」
ヒサオミが額を床にぶつけ続けるケンに手を差し伸べながら、行動とは真逆の言葉を発した。
「…胸の大きな女性じゃないと興奮できないんですね」
ケンにはその言葉が死刑宣告に思えた。
「え…いや……え……あ……」
ケンはヒサオミの手を取り、どうにか立ち上がるがヒサオミの顔を見られない。
絶対に、ぜーーーーったいに怒っている。
ケンは知っているのだ。ゲームやアニメでもよくある。胸の控えめな女性が、大きな胸に嫉妬することを知っているのだ。
あれだけ彼女を愛している、好きだ、結婚すると断言しているにも関わらず、「使った」のはそこそこの巨乳どころか、Jカップの爆乳ものであった。
タブレットでエロサイトを開いていたのが見えてしまったのだろう。
(言い逃れできねえっ!!)
ケンは男気を見せようと(※見せる場面が残念すぎる)、はっきりとヒサオミの顔を見た。
そこには、太い眉を釣り上げた鬼のような形相が……
無かった。
「へ?」
思わずケンは変な声を出してしまう。
ケンの目の前にいるヒサオミは……困ったような、悲しいような顔をしていたのだ。
「ごめん…なさい…」
そして何故か謝ってきた。
そしてヒサオミは、自分の両手を胸に当てて、少し撫でてみる。
「私の胸が小さいばかりに……こ、興奮…できませんよね……。これじゃ、別の女性に目移りされても仕方ないといいますか…」
「え!?ちょ、え?」
「ケン様が望むのであれば、私、豊胸魔法使います!使ったことはありませんが、術式的にはそこまで複雑じゃないと思うんです!えーっと、何カップがいいですか?男性が望む大きさは最低でもEですよね?だから…えーっと…」
ヒサオミが何かを悟ったような顔をして、話し続けるも、ケンは思わずツッコミを入れる。
「おい!なんだその、最低でもEカップってのは!誰がそんなことを!?」
「鈴真様です」
「あの男~~~!!!!!許さね~~~!!!」
いつの間に鈴真とヒサオミが認識し合っていたのだろうか。それはまた、別のお話になるのだが。
ヤリまくり女大好き男の鈴真から、純粋無垢のヒサオミへ嘘が伝わっていたようだった。
「とにかく!ヒサオミは豊胸なんてしなくていい!したら怒る!勝手なことばっかり言うんじゃねーよ!」
ケンはヒサオミをテーブルの椅子に座らせ、改めて謝り始める。
「まず、ヒサオミ。昨日はごめんな!!そして!言い訳させてほしい!」
「は、はあ…」
面と向かって言い訳宣言をするケンであった。
「ヒサオミのことが好きだ。世界で一番好きだ。それは変わらない事実。でもな、男ってのは定期的に抜かないといけなくてな…!?」
「は、はい。そこは、知識としてはわかっていますから…」
「う、ありがとう。で!抜くためには手っ取り早くエロいものを見ないといけないんだよ!」
「そう……でしょうね、はい」
ヒサオミがいた異世界でも、いわゆるエロ雑誌は存在していた。ちなみに、女同士や男同士、獣同士、モンスター同士のエロ雑誌が当たり前に普及していたようで、実は日本よりも進んでいたのだった。
「で、エロサイトで探すじゃん!もう、8割9割がた巨乳モノなんだよ!だから、適当に選んでも巨乳モノになってしまうんだよ!だからその……大きなおっぱいじゃないと興奮できないってのはちょっと、違うんだ!」
※全く役に立たない豆知識※
某有料成人向けサイトで作者が調べたところ、貧乳モノは約6000件に対し、巨乳モノは約11万件でした。すごーい。そもそも世の中どれだけAVあるんだろうね。女優の皆様お勤めご苦労様です。
ヒサオミはそう聞かされて、「は、はい…」と困惑したまま頷いた。
ケンの主張はまだ続く。
「てゆか、動画の女の身体ってさ、『見る』しかないじゃん!触れないじゃん!ってことは、なんというか……身体にボリュームある方が見応えがあるっていうか……!あ、これは『見るだけ』の話であって、ヒサオミに見応えが無いってわけじゃなくて……」
「は、はあ…」
「つまり……男には「視覚と妄想で抜く時」と「実際に触って触覚嗅覚体温愛情で抜く時」があるわけ!!!ヒサオミは後者!!!!」
熱弁されたが、ヒサオミは途中からわけがわからなくなった。
というより、今までシモの話をあまりしてこなかったケンがここまで話すことがわりと驚きポイントなのである。
「だからその……エロ動画は浮気とか目移りじゃなくて「手っ取り早く抜くための手段」だから!あと、彼女に似てる女優だと逆に気まずいからギャル系とかケバいの選んでるから!安心してくれ!!!!!最近は黒ギャルもいけるようになった!!!!!!!」
朝っぱらだというのにケンの主張は止まらなかった。ダムが決壊して溢れたように、シモの話を堂々としていた。むしろ、性癖の新境地を暴露したりと暴走状態だ。
まあ、このような話題は、相当ふたりの仲が良くないとできないので、仲が深まったのだろう。
そこまで聞いたヒサオミは、フッと頬を緩める。
「あはっ!あははっ!ケン様ったら、必死で面白いです」
「…お?」
顔を真っ赤にして早口言い訳タイムを繰り広げたケンに、ヒサオミは微笑んだ。
「ケン様が私のこと……好きでいてくださっていることは……充分にわかっていますから。こんなことぐらいで嫉妬しませんよ」
「ヒサオミ…」
すると、ヒサオミはあっさり衝撃的なことを言った。
「あの、下手かもしれませんが、私がケンさまの『処理』をお手伝いするのはどうですか?」
「なっ!?!?なに言ってるんだ!!嫁入り前に!!ダメだぞ、結婚するまでいかがわしいことは出来ない!!却下だッ!!!」
「そうですか…。未経験でしたが、手や口でなら…と思ったのですが……ケン様がそこまでおっしゃるなら、結婚してからですね」
勢いで『夜のお誘い』を断ってしまったケンだったが、少し「いややっぱ抜いてもらうぐらいはしてもらっても良かったのかな」などと後悔するのであった。
「はやく……結婚、できるといいですね」
情けなく焦った顔をしていたケンに近づき、ヒサオミが頬に軽くキスをして微笑んだ。
(う………好きだ………)
ケンは朝っぱらから昇天した。
15.3話(番外編03):男子の試練
完




