12話:ギスギス遊園地
遊園地デート当日。
同じ家に住むケンとヒサオミは、当然ながら、家を出る前から一緒にいた。
外出用の洋服に身を包み、持ち物も完璧。遊園地チケットは電子なのでスマホがあればOK。
「そろそろ行こうぜヒサオミ」
「はい」
相変わらず、表情をほぼ変えずに返事をするヒサオミ。
「ってその前に……朝の魔力補給しないとだな…」
ケンは少し顔を赤らめ、キスをしようとヒサオミを見るが…
「結構です」
ヒサオミはすたすたと玄関へ向かい、靴を履いていった。
「な…1日3回キスしないと魔力足らないんじゃ……!?おい、ヒサオミ…待てよ…!」
置いてけぼりにされそうなケンも、急いで靴を履いて出ていき、家のドアを閉めた。
春の陽気とは言えない、少しずつ暑くなってきた初夏。
ヒサオミは7分袖の白のカットソーに、相変わらずの短いホットパンツ。健康的な生脚にはツヤも見られるほど美しい。
ヒサオミがちらりとこちらを振り向くと、美しい赤い髪がなびいた。しかし、目付きはやや鋭く、凛としている。
(かわいいけど……なんか、怖いなあ…)
ケンはあまりセンスのないチェックの上着に黒ボトムス。
ヒサオミとはぐれないよう、隣に並んで駅に向かった。
並んだつもりが、徐々に距離が空いたことは、ケンにはわかっていた。
*
最寄り駅に着き、目当ての電車を拾う。
ケンの地元は都内でも中の上ぐらいの都会度で、いつ電車に乗っても座れないことは多々ある。むしろ、座れることは奇跡に近いほどいつも混んでいた。
土曜日の朝ともなると、外出する家族連れやカップルなどで電車が賑わっていた。
そこで、乗車したヒサオミが、閉まったドアをちょんちょんとつついたりキョロキョロしたり落ち着かない様子。
…冷たいフリをしても、隠しきれない愛嬌だった。
「ヒサオミ。電車ってのは、同じ方向に行きたい人たちが乗ってるんだ」
ケンは大きすぎない声でそう伝えると、吊革を掴む。ヒサオミは何も言わないが頷いて、ケンと同じ吊革を掴もうとした。
「ん?ヒサオミは隣のやつ掴むんだぞ」
「んえっ!?……ああ、はい……」
ヒサオミは少し慌てた顔をして、また凛とした目付きになり、隣の吊革を片手で掴む。
周りの乗客が「田舎から来た子かな」と微笑ましく眺めていた。
そう、勇者ヒサオミは電車に乗るのが初めてだったのだ。
*
快速に揺られ20分。
遊園地前に到着したケンとヒサオミだったが、ここまで会話はほぼ無し。
入場ゲートで、WEB予約チケットを見せてスムーズに入場が完了する。
WEB予約をしなかった場合、チケット売り場に30分以上並んで買うことになるため、華蓮様々であった。
「カップルでデートですか?楽しんできてくださいね~♡」
テーマパークならではの接客を受け、ヒサオミは少し驚く。ケンは「へへ、へへへ」とにやにや笑って対応していた。
入場すると、非現実な世界が広がっていた。パステルのようにカラフルな建物、有名アニメのキャラクターの像が立てられていたり、人気キャラクターの着ぐるみがそこかしこを歩いてファンサービスに応じている。
ケンは小学生ぶりにここに来たが、ヒサオミは…
「………………」
キョロキョロしつつも案の定無言だった。
異世界人であるヒサオミからしても遊園地の雰囲気は珍しいとは思うのだが……きゃっきゃとはしゃぐことはなかった。
「なあヒサオミ、何乗る?あ、シアター系のアトラクションもあるぜ」
ケンが入口で受け取ったエリアマップを広げ、ヒサオミに見せる。
ヒサオミは振り向くことなくテクテク歩き、「何でもいいです」と、ひとこと。
ケンはエリアマップを適当に畳んで、ポケットにしまう。
「おい、先行くなよ。はぐれたら大変だろ」
ケンは早歩きになり、ヒサオミに追いつく。
場内では羽目を外して露出が多い女性が歩いていたり、制服で遊ぶ学生がいたり、キャラクターの被り物やカチューシャをして楽しんでいる者など、その他大勢が歩き回っているのだ。
美しい赤髪を持つヒサオミでも、これだけの人に紛れれば見失う可能性がある。
ケンは左手を差し出し、手を繋ぐように促したが…
「……」
ヒサオミは手を1秒見るとすぐ正面を向き、黙って歩き出す。
「おいおい……こんな状態でデートとか…はあ」
どうしようもないケンは、ヒサオミに近付きすぎず離れすぎずを保って数々のアトラクションへ。
*
爆速で有名の大型ジェットコースター。
3D映像と椅子の動きが連動したシアターアトラクション。
暗闇の中を動く乗り物で進み、映像や振動で楽しむアトラクション。
船旅中、水面からサメが襲ってくる…という設定のアトラクション。
どこも混んでいたが、華蓮が予約したチケットは優先チケットだったのでほぼ並ばずに遊べた。
…のだが。
「………」
どこへ連れて行ってもヒサオミはノーリアクションだった。
普段、あんなに驚くリアクションをくれる彼女が、ほとんど何も話さない。
適当なベンチでクレープを食べることにしたケンは、いちごクレープをヒサオミに差し出す。
「食べろよ。お腹、空くだろ」
ヒサオミは最初目を逸らしたが、やはり昼時ということもあり空腹を感じたようで、ようやく手に取り、頬張る。
ちなみにケンはチョコバナナクレープだ。
遊園地内のレストランはどこも満席なので、ベンチでデザート兼昼食、ということになった。
2人とも食べ終わると、何も話さずぼーっと座っている。
すると、ケンのスマホに通知が来た。
確認してみると…
『部長の練習試合応援しに来たよ!部長やばいっ!相手に1ポイントも取らせずに勝っちゃった!やっぱり私の部長は世界で一番かっこいい♡』
華蓮からのノロケメッセージだった。
テニス部の練習試合に見に行っているらしい。
サーブを打とうとする部長の写真が添付されており、少しだけケンの胸がズキリと痛む。
ケンはすぐ既読にしてしまったため、返信を打つことにした。
『部長はやっぱりすげえな。このままだと日本代表選抜選ばれるんじゃね?』
すると、すぐさま華蓮から返事が来る。
『だよねっ!だよねーっ!ところで、そっちはどう?デート楽しんでる?』
かわいい猫が「?」を浮かべたスタンプが送られた。
『楽しいとかの問題じゃない。お前も知ってるだろ?ヒサオミの反応がずっと悪いんだよ。はい、とか、いいえ、とか、本当に最低限の事しか言わねえの!』
お前はRPGの主人公かよ!と入力しそうになったが、なんとなく消した。
ケンは、今のヒサオミを悪く捉えたくない。もちろん、様子がおかしいのは本当の事だし、怖さもある。本当はもっとコミュニケーションも取りたいと思っている。
するとまた、華蓮から返事が来た。
『ちゃんとお互い話し合ったの?2人きりにならなきゃね』
「2人きり…」
ケンは華蓮とのやり取りをやめると、スマホをカバンにしまう。
手洗い休憩を済ませ、そろそろ行くか、と準備をしたところで。
ケンはヒサオミの右手を強く掴んだ。
*
この遊園地名物、『0.5時間観覧車』。
なんと、乗車してから1周するまで30分かかるという、かなりスローな観覧車だ。
最初は楽しい景色にも、10分頃にもう飽きてしまうことで有名だった。
室内はもちろん通気孔もあり、酸素が足りなくなることは絶対に無い。
ケンはヒサオミの手を引いて、無理やりここにやってきた。
「ふたり!」
ケンはスマホの優先チケットをスタッフに見せると、ヒサオミを引き連れてずかずかと観覧車に乗り込んだ。
ここから30分は、どう足掻いても逃れられない。
ケンとヒサオミが対面で座り、じっくり話す時間がやってきた。
12話:ギスギス遊園地
完




