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10話:アトリルームへようこそ

ケンがもがきながらも親衛隊のメイドたちはずんずん歩き進んでいく。

行き着く先は…生徒会室。

いや、実際は生徒会室というより、「生徒会長アトリルーム」となっている。


鈴真が扉を開くと、驚きの光景が広がった。


まず、同じ学園とは思えない室内だった。全体的にゴージャスな飾り付けをされており、床には赤と金の刺繍の入ったカーペットが。

高そうなテーブルに、高そうな椅子。フカフカのこれまた高そうなソファが備えられている。


全て神咲薔薇家の私物であるが、なぜ持ち込みが許されているのかというと、教帝(きょうてい)学園理事長お得意の「いいよ~」という緩すぎる許可が出たからだった。


鈴真、アトリ、メイド4人+ケンが入室すると、鈴真がそっとドアを閉めた。


すると、アトリがソファに腰掛け脚を組む。


「あなたたちも楽にしてちょうだい」


「はいっ」


メイドの女子生徒4人たちが答えた。


「へいへーい」


鈴真も答え、同じくソファに腰掛けた。


ケンは適当な床に降ろされ、辺りをキョロキョロしていた。

そこでアトリがポンポンとソファを叩き、こちらに来るように促す。


ケンは「ぷいっ」と顔を背け、反抗しようとするが……


「はあ~よくねえなーそういうの。素直に従えって…の…!」


鈴真がソファから立ち上がり、ケンを担いでソファに投げ飛ばす。

ソファが柔らかいので怪我は無かったが、あまりの出来事でケンは驚きと苛立ちでいっぱいだ。


「鈴真、少し乱暴すぎるわよ」


アトリが注意すると、鈴真は頭をかいた。


「わりーな。こいつ反抗しそうだったからさ。」


ケンは身を起こすと、すぐ隣にアトリがいた。腕をガッチリ引っ張られ、絡ませてくる。


「おい…こんなとこ連れてきてどうするつもりだ!ヒサオミに酷いことしてないだろうな!?」


ケンが睨むと、アトリは微笑む。


「あの子なら置いてきたわよ。まあ、このままだと『魔力切れ』を起こしてしまうかもしれないけれどね」


アトリがさらりとそう言うと、ケンは驚いた。


「なんでお前がその事を…!?」


「さぁ、なぜかしらね」


アトリが目配せすると、メイドの女子生徒4人がどこからか食事を運んでくる。

アトリ、ケン、鈴真はソファに腰掛けたままで、メイド4人組が次々と食事をテーブルに並べていく。

そこには、単なる「ランチ」とは言えないようなものが並んでいた。


特選和牛のステーキ、高級玉ねぎのスープ、新鮮野菜のサラダ。他にも、一般人がなかなか食べられないようなメニューが並んでいた。


「パンかライスか選べるわよ」


「な…んだこれ…」


カチャカチャと、ナイフとフォークも並べられる。不慣れな者のために、お箸も用意されていた。


鈴真は迷わず箸を手に取り、早速肉を食べ始める。


「鈴真。お行儀が悪くてよ」


鈴真は口に肉を頬張りながら「ほへん(ごめん)」と返事をする。


「いやー、よくねえなー今のは。悪かった。腹減ってたんだよ。ちゃんと言うぜ『いただきます』」


鈴真が手を合わせると、再び肉にかぶりつく。アトリはケンの肩をトンと叩き、促す。こんなもの、食べるものか!と歯向かいたい気持ちになったが、身体は正直。昼時ということもあり、且つ、こんなフルコースメニューを広げられては空腹は耐えられないわけで…。


ケンはしぶしぶといった様子で、両手を合わせた。


「…いただきます」


「いただきます。」


アトリも手を合わせ、それからナイフとフォークを手に取る。扱いはとても慣れており、肉をするすると綺麗に切り分けていく。


ケンはそれを横目で見つつ、「こいつは本当にお嬢様なんだなあ」と思うのだった。

ケンはそこまで得意ではないナイフとフォークを使い、肉を切り分け、箸を持つ。



「お味はいかが?」


アトリが問いかけ、覗き込んでくる。ケンは1口サイズに切り分けた肉を口に運ぶ。正直、期待はしていなかった。しかし、今まで食べたことの無いような食感、じゅわっとした肉汁が口の中に広がり、あっという間に胃の中へ肉が消えていった。


「なんだこれ……うっま……!?うっま!?ええっ!?なん……はあ!?」


「うふふ。気にいってもらえて嬉しいですわ」


ケンはライスを選び、肉、ライス、肉ライスと交互に食べ進めてしまう。


「野菜も食えよおチビちゃん」


鈴真に注意されるが、チビ呼ばわりにケンはカチンときた。


「…チビなのは事実だけど。その言い方ないだろ。えっと…」


ケンは少しだけ睨む。ケンの身長は165cmで、男子の平均に届かない。それほどコンプレックスに思っていなかったが、こうピンポイントに指摘されるとムッとする。

そして、何か言い返そうとしたのだが、ケンは鈴真の名前を知らなかったのだ。


「鈴真、自己紹介なさい」


アトリがそう言うと、スープをひとくち飲む。アトリに促されたので、鈴真は食器をテーブルに置いてからケンに向けて自己紹介する。


「俺は西島鈴真(にしじま すずま)。アトリと同じ3年だ。一応生徒会副会長なんだが、知らなかったか?アトリとは幼なじみって感じだな。アトリとは腐れ縁で、今は用心棒やってるって感じだ。」


「ふうん、西島、か。なーんか見たことあるかも」


「おい、俺は先輩だぞ………なんて、よくねえな!全然タメ口でいいぞ、ケン」


鈴真はケンに近寄り、頭をわしゃわしゃと撫でる。


「やーめーろ!そういうの、いらない!」


「なんだよ、嫌か?俺、最近男もアリかなって思ってんだよ。お前かわいいし全然『アリ』だ。どうだ?俺とセッ」


「鈴真。食事中よ。自重しなさい」


アトリが一喝した。

確かに今のはよくねえな…と鈴真は自分のいた場所に戻り、食事を再開する。


今なんだか怖いことを言われそうになった気がしたケンだが、気にせず食事を進めることにする。ふと前を見ると、メイドの4人もこちらに向かい合うように、別のテーブルで食事を摂っていた。


「なあ、あの人たちって」


ケンが何気なく質問をすると、アトリがナプキンで口元を拭いてから答える。


「あの者たちは『ラバーズ』よ。わかりやすく言えば『メイド隊』ね。教帝(きょうてい)学園に通いながら、私の身の回りの世話を焼いてくれる子達だわ。普通、このような食事の場にいてはいけないのだけど、差別は良くないでしょう?だから、わたくしとの食事では同じ部屋で食べることを許可しているの。そうよね?」


アトリがそう言うと、メイドの女子生徒たちは皆一斉にコクリと頷いて見せた。


「ちなみに、彼女たちもきちんと授業を受けているから、私が独占しているわけじゃないわ。まあ、卒業したら神咲薔薇(かんざきばら)家に即就職だけれどね。おっほっほ!」


「「「「はい、アトリ様!」」」」


メイドの女子生徒たちは、目を輝かせてイキイキと返事をした。


(なんだ…このメイドも鈴真も、無理矢理従わせてるわけじゃないんだな…)


少しだけアトリへの見方が変わったケンだった。それはそうと、いつの間にか、テーブルの上の料理が消えていた。ケンは夢中で食べきってしまったのだ。


「ごちそうさま。…ラバーズ、あなたたちの休憩が終わり次第片付けなさい。いえ、今すぐじゃなくてもよくってよ。昼休みなのだから楽になさい。え?わたくしのために早く片付けたい?……仕方ないわね。ならば、早々に頼みますわよ」


メイドたち(ラバーズ)は自ら動いて、自分たちが食べた食器とケンたちが食べた食器を片付け始めた。


またアトリ、ケン、鈴真が部屋に残される。鈴真がダラっとソファにもたれ、脚を組む。

アトリも脚を組み、メイドのひとりが持ってきた食後のアイスティーを口に含む。


ケンは今すぐにでも逃げ出したかったが……これだけは言わねばならないと思っていた。


「ご、ごちそうさまでした。美味かったよ、めちゃくちゃ」


「当然でしょう。明日は違うメニューだからお楽しみにね」


アトリが当然のようにそう言うと、ケンはギョッとした。


「俺、明日もここに来なきゃなんねえの?」


「そうよ。だって、あなたわたくしの彼氏じゃない」


「いや、違う」


「じゃあ鈴真の彼氏?」


「そっちはもっと嫌だ!」


ケンがあーだこーだ拒否し続けると、鈴真が「よくねえなー」とケンを小突く。


「多様性の時代だぜ。同性だから嫌だ!って先入観はよくねえなー。ほら、俺なかなかイケメンだし、身体は鍛えてるし、悪くないと思うんだけど。今まで女抱いてきたからテクはあるぜ。どうよ?」


あ、アトリのことは抱いてないぜ、と付け加える鈴真。相当の「プレイボーイ」のようだ。

アトリはまた食前のようにグイグイと腕を絡めて来る。


「そうね。本当は私のモノになるのがいちばん良いのだけれど…鈴真のモノになっても問題はありませんわね。それに、『経験』は大事ですものね」


アトリがクスクスと笑いかけ、ケンはドン引きしてしまう。


「ねえよ!俺は誰のものにもならないっ!もーやめてくれ!」


「落ち着きなさいよワンちゃん。何か飲みたいものは?」


「…コーラとか」


アトリが指を鳴らすと、メイドの1人が冷えたコーラを注いだグラスを持ってきた。


「あ、あるのかよ…」


「当然でしょう。さ、お飲みになって」


なんとなく言ってみたコーラが一瞬で提供され驚くケン。目の前に好物があるとそれはもう飲みたくなるわけで……まんまと飲んでしまう。


「うま…」


「ふふ。ランクの高いコーラよ。それはそうとワンちゃん。あなた、一人暮らしだそうね。」


アトリがいつもの勝気な笑みではなく、少し真面目な態度を取り、質問を投げかける。


「そうだな。一人暮らし…だな。今はヒサオミもいるけど」


「まだご両親たちの『事故』を引き摺っているのかしら?」


「なんでそれを」


「生徒会長だもの。生徒の事情は耳に届くわよ。それで、二階建ての一般住宅で一人暮らししているらしいわね。部屋を持て余しているのではなくって?」


アトリが次々と質問を投げつつ、ケンについて探りを入れていく。

その間に、鈴真はスポーツドリンクをメイドに持ってきてもらい、飲み進めていた。


ケンもひとくちコーラを飲むと、質問に答えていく。


「それは俺も思ってる。全然掃除出来てないよ。2階とか行かなすぎてホコリ被ってんじゃないかな」


「ふうん。それで、毎月のやりくりはどうしているのかしら。アルバイト?保険金?」


「……バイトはしてねえ。群馬の叔父さんからの仕送りがほとんどだ。保険金は…使ってないよ」


ケンはついつい答えてしまったが、アトリはそれに関して笑うことなく真剣に聞いていた。


「あなたも随分と苦労されているのね…!わたくし、同情しちゃう…」


ほろり、と嘘泣きをするアトリ。メイドが綺麗なハンカチを差し出し、それを受け取って拭うフリまでする。


ケンは嘘泣きを見抜き、はぁ、とため息を漏らす。


「すげー遡るけど。お前、なんで俺なんかを彼氏にするとか言い出したんだ。理解不能なんだけど」


ケンがそう言うと、アトリはハンカチをメイドに返却する。


「だって、面白いんですもの」


アトリはまた口元を弧を描くように笑った。


「この学園のトップは生徒会長であるわたくし…神咲薔薇(かんざきばら)アトリ。男性も、女性も、その他の方も、わたくしを愛することは『必然』………なのに、あなたはわたくしを求めていないんだもの。そんな男、あなたしかいないわよ。わたくしに手に入らないものはない。だから、手に入れようとしているわけ、ですわ」



アトリが一通り言い切ると、いつも以上にドヤ顔を決めた。


「ま、おっぱいは全然無いけどな」


横から鈴真が茶々を入れる。「え?」と思わず反応してしまうケンは、ついアトリの胸元に目が行く。


アトリの胸は真っ平ら……とまでは行かなくても、平坦に近かった。ヒサオミは「なだらかな丘」ぐらいであるが、アトリは「気持ち程度に盛り上がっている」ぐらいだ。ブラジャー込みでこの膨らみだと、ヒサオミより小ぶりだろう。


(ヒサオミのおっぱい……気持ち良かったな……)


ケンは思わず先日のことを思い出してしまい、一瞬顔を赤くする。

その赤面を勘違いしたのか、アトリが反応した。



「あら。わたくしの胸で緊張しますの?おほほ!ま、当然ですわ。なんたって、わたくしの胸は『A級』ですからね」


ドヤ、と胸をそらすアトリに、「ふへっ」と笑う鈴真。


「珍しいもの見たから驚いたんじゃねえの?ほら、ケンの近くにいるサイドテールの娘デカ乳だしよ。あの子やべーよ、ボインボイン!!」


鈴真は自分の両手を胸の下に置き、胸が上下に跳ねるような動作をした。ここまででわかったが、どうやら西島鈴真という男は結構スケベで下品らしい。ちなみに、「サイドテールのデカ乳」とは、華蓮のことだ。


ケンは目を伏せて「はぁ」とため息をつく。


「今おっぱいの話関係ねーよ。はあ、なんか疲れた。ヒサオミもそろそろやばそーだし帰らせてほしいんだけど」


ケンはアトリと鈴真の世界について行くことはせず、退却を選んだ。

すると、アトリはアイスティーのカップをテーブルに置く。


「そうですわね。そろそろ昼休みも終わりますし、おっしゃる通り光田ヒサオミの魔力も大変そうね。わたくし、人殺しにはなりたくなくってよ。あちらのドアから退室なさい」


「お、おう」


意外とケンを解放してくれるアトリ。

ケンはメイドたちに出口まで案内され、生徒会室を小走りで去って行った。


その後、メイドがまた後片付けをしたり、アトリのために午後授業の準備をしたりと動いていた。


アトリと鈴真は、ソファに腰掛けたまま話を続ける。


「それにしても、まさか勇者がこっちの世界に来てこの学園に通うとはなあ」


鈴真がそう言うと、アトリもふふ、と口を綻ばせる。


「運命、でしょうね。ふふ。わたくしの『たいせつなもの』を奪われたんですもの……ならばこちらからも奪わせていただきますわ」


「でも殺しはしない、ってか」


「復讐からは何も生まれないと言うでしょう。ですから、別の形で……ね。」


メイドたちの後片付けが完了し、アトリ、鈴真、メイドたちは午後の授業へ向かった。



10話:アトリルームへようこそ


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