8話 異様な訪問者ー02
「湊渡ゆかり<みなとゆかり>です~」
女の子―――湊渡さん―――はそう自己紹介をした。尻すぼみの、やはり聞こえにくい声で。
「…………片瀬栞<かたせしおり>だ」
礼儀として、栞も自己紹介を返した。但し偽名で、だ。片瀬というのは本当の名字はない。らしい。本当の所は教えてくれないから分からないのだけど。これから活動していくに際し、名字が無いというのはあまりにも不便だから、適当にその時読んでいた本の主人公から拝借した名字である。
「同じく、片瀬茉莉<かたせまつり>です」
栞に続き、僕も自己紹介をする。自分から教えたがらない栞に対し、僕は名字を覚えていない。あの時記憶を思い出したけれども、その中に名字の情報は入っていなかった。そんな大事なものを忘れるわけがないとも思う。でも僕にとって、名字はそれほど大事なものではなかったのかもしれない。それどころか、憎むべき対象であったのかも。………止めよう。このまま続けていてもあまりいい方向に想像が進んでいく気がしない。それよりも今は、この目の前の湊渡という女の子の危険性について、だ。
「えぇ~?二人は兄妹なんですかぁ~?」
湊渡さんは、声だけは驚いたように言う。声だけは、と表現したくなったのは、その言葉を言う前と後に外見上の変化が一切見受けられなかったからだ。指を肩口まである黒髪に絡めて、くりんとする作業?を繰り返している。
………その容姿は、やはりかわいい部類に入るだろう。先ほどは光量が足りずによく観察出来なかったが、柔らかい蛍光灯の下で見る彼女の顔は、漆黒の髪と比例してその白さを際立たせていた。白すぎる気がしないでもない。それはもう病的とも言える程に。太陽の光を浴びる事を忘れてしまったかのように。
「……そうだが。何か不満でも?」
「いえ~。不満なんてありませんよぉ~。あまり似てないなぁ~って思ったんです~」
「そういう事は、思っても言わないようにするものだと思うけどね」
「茉莉さん~。栞さん今日機嫌悪いんですかぁ~?何だかずっと言葉で責められてる気がするんですけどぉ~」
湊渡さんが僕に対して質問する。頼むから僕に話を振らないでくれ。……まぁそういう訳にもいかないか。話に入り込むタイミングを与えてくれたと考えておこう。
「……いや、大体いつもそんなものだよ」
「そうなんですか~。大変ですね~」
「慣れれば大丈夫だよ」
「……それに弟はMの気があるみたいだからね。私のこの口調を仕込んだのも実は弟なんだよ」
「そうなんですか~」
「無いよ!!別に!!仕込んでもいないし!!」
初対面の人間に変な情報を吹き込むな。信じそうになっているじゃないか。
それに僕が弟かよ!!
その後も数分に渡って、いつものようなやり取りが続いた。僕は思わず、湊渡さんがそこに居る事を忘れそうになってしまった。
僕と栞のやり取りを、かんらかんらと湊渡さんは笑って見ていた。
栞はそんな湊渡さんを、あくまで冷静に観察していた。
この人間は敵なのか、味方なのか、を見極める為に。