10話 電話ー01
「それで?どうだったんだ?」
電話の向こうから、僕の友達ーーー否、親友と言ってもいいかもしれないーーーがそう言った。でも親友だと思っているのは僕だけで、結局彼も、僕の事を知り合い程度の関係だと思っていたりするのだろうか。他人の考えている事なんて、分かる筈もないのだから。そういう風に考えていくと、もう誰も信じられなくなりそうで、僕はなんだか虚しい気持ちになりつつ答えた。
「どうって?それは何についての「どう」なんだよ、英知」
英知は、栞と同じ場所で出会った、僕の「親友」だ。僕にとって気の置けない、数少ない人間の一人だ。最も、僕はあの場所以前の記憶がいまいち曖昧なままだから、僕にとっては友達どころか知り合いも少ない人数しかいなかったのだ。これまでは。それが今日一日で一度に増え、急激な環境の変化に、僕は今少なからず困惑しているのだろう。
「いや、この場合は一つだろ、お前がわざわざ本道をそれてまで気にした事だよ。栞は何を歌ったんだ?俺だってそれは気になるよ。お前の話を聞いても、あの栞がにこやかに笑ったなんて、これっぽっちも信じられないんだからな。実際に見るまでは」
英知とは、今でも定期的に連絡をとっている。あの場所を出た後、直接話したのは今の所英知だけだが、三人ともそれなりに元気にやっているらしい。生活資金や住んでいる場所など、個人的な情報を聞くと言葉を濁すのが少し気になる。悪いことをやってなければいいのだけれど。
「それなら直接会って確かめればいいじゃないか」
「まぁ気が向いたらな。それより話を逸らそうとするなよ。栞はどういう歌を歌ったんだ」
いつもこうである。会うという話や、他の人間に電話を変わって欲しいという話になると、ふと話を変えてしまう。何か会えない理由があるのだろうか。フォリス(ふぉりす)は今は仕方ないとしても、頴娃君にも変わってくれないというのは、どういう事なのだろうか。
でも僕は臆病だから、その理由を聞かないでいる。聞くと何か悪い事が起こってしまいそうな気がして、聞けないのだ。
「歌わなかった」
「え?」
「だから歌わなかった」
「何でだよ。その水木とかいう奴がマイク薦めたんじゃねーの?」
「いや、まあ薦めてたけど、何か栞が頑なに拒んでた」
「はあ、何で」
「知らないよそんなの。よっぽど歌いたくなかったんじゃないの?僕もさりげなく進めてみたけど、もの凄い笑顔でもの凄く睨まれたよ」
「何だよもの凄い笑顔って。もしかしたら栞って、とんでもない音痴なのかもしれないな。それもまたおもしろそうだ。………それでお前は何を歌ったんだ?俺はむしろそっちの方が気になるかもしれない」
「………た」
「え?聞こえないぞ?」
「………歌わなかった」
「何で?」
「僕は音痴なんだよ!!悪かったな!!」
「………いや、別に、悪くはないけど。あはは。そうか茉莉おまえ。そうかそうか。くく。これはいい。音痴コンビか」
「栞が音痴とは限らないだろ!!」
「あはは。怒るな怒るな。人には欠点の一つや二つや三つや四つ、あるもんだぜ?」
「欠点とかどうでもいいんだよ!!栞が歌わないもんだから、その分の矛先が全部僕に回ってきて、断るの大変だったんだからな!!」
「………それはお前。それこそ栞に直接文句言えよ。俺に愚痴をぶつけられてもなあ」
「………栞には、言えない」
「何で?………………ああそうか」
僕は何も言ってないのに、英知は何かを納得した。
「何を納得したのかは分からないけど、最近栞と変な感じなんだ」
「ふぅん。喧嘩でもしたか?それはお前が謝っておけ。お前が悪くなくてもだ、茉莉」
「喧嘩、って感じではないんだよ」
「じゃあどういう感じなんだよ。もうちょっと情報をくれないと何もわかんねーよ」
「僕の事は「知り合い」としか思ってないって言われた」
「………………。………それは、どういう会話の中で言われたんだ?」
それは、と、僕が説明しようとすると、電話の向こうが急にばたばたし始めた。と、焦ったような英知の声が響く。
「わりい。ちょっと切る。またかけ直すよ。続きはまた今度話してくれ」
別れの言葉をかける間もなく、電話は切れてしまった。
僕は何だかもやもやしたまま、しばらく立ち尽くし、やがてベッドにぼふと倒れこんだ。