4話 茉莉と和田ー01
怖かった。
こんな風な言い方は、かなりの誤解を含みそうだが、僕は何となく、栞が怖かった。
否、やはり怖いという言葉は、適切な表現ではない。
栞が自分を守るために、もう一人の自分を作っている事は知っていたが、あんなににこやかな栞は、なんだろう、気持ち悪い?
そうだ、気持ち悪いという表現が好ましいかもしれない。
さっきの自己紹介では、危うく声を出してしまう所だった。僕より先に湊渡さんが反応してくれたから、危うい所で声を出すのは踏み止まる事が出来た。表情は―――どうだろう、上手く隠せているといいのだけれど。
それにしても、栞はあんなににこやかに笑うことが出来たのか。
普段の栞は、ほとんど笑う事がない。というか、栞の笑顔を見たのは今日が始めてだったかもしれない。
例え作り物だとしても、あれは可愛かった。
「クラスで生活するに当たって、一番大事なのはとにかく目立たない事だよ、そこらへん君も徹底してくれ」と言っていたのはどの口だよ。転校初日から。実は栞は馬鹿なんじゃないのか?
目立つかどうかはこの際別にしても、先ほどから後ろの方で、さかんに栞に話しかけている男がいる。
その男に対して、栞が笑顔で受け答えをしているのを見ていると、何だかやはり怖かった。
あんなに人とは、変われるものなのだろうか。
一度、湊渡さんと目が合った時も、湊渡さんはいかにも何かを聞きたそうな目だったが、僕も何も分からないので、取り合えず首をかすかに横にふっておいた。
だからだろうか。
別の事に完全に意識がいっていた僕は、隣りの―――確か、えーと、名前が出てこないなさすがに、うーん、和田だったかなぁ?―――男が僕の事を観察するように、見ていた事に暫らく気付く事が出来なかった。