序
悲惨な光景だった。
目を背けようとした僕に、栞の叱咤の声が聞こえる。
「これは君が招いた事だろう。目を逸らすな。だから私は関わるなと言ったんだ。それを無視した結果だよ。君は責任を持って見届ける義務がある。ある意味君が起こしたともいえるこの事態をね。」
改めて僕は辺りを見回した。
複数の人間が、呻き声をあげながら横たわっている。血を流している者もいるようだ。
僕は彼らの名前も知らない。否、本当は知っている筈だ。
だけど思い出せないのだ。覚えようとしなかったから。
視線を正面の壁に移して、この状況を作り出した張本人を見る。
彼は怯えていた。頭を抱えて震えていた。
「違う。僕はこんな事をしたかった訳じゃない。僕はただ。僕は………」
「僕は?自分の気持ちに嘘をついてはいけないよ。君は心の底ではこうなる事を望んでいたんだろう?ずっとこうしたかったんだろう?」
栞が話しかける。いつもの口調に戻っていた。
「五月蠅い!!黙れ!!お前に何が分かる!!」
「分かる訳がないだろう?そうやって怒鳴っていれば誰かが助けてくれるとでも思っているのかい?」
そんなに近寄ったら危ないんじゃないか?栞があまりにも突っかかって行くので、僕は心配になった。
彼の【能力】が何かも、よく分かっていないのに。
不用意に近付けば、栞も傷付けられてしまうかもしれない。床で呻いている人たちのように。
僕の心配を知ってか知らずか、しかし栞は何かの宣告のようにさらに男に続けた。
「君は選ばなければならないよ。このままここでじっと震えているのか。それとも………逃げるか」
「……………逃げる?」
「そうだよ。当たり前じゃないか。このままじっとしていても君は必ず捕まるよ、【特殊警察】にね。君の【能力】なんてちっぽけなものなんだから」
「ちっぽけだと!?」
ぎろりと栞を睨みつける男。
「ああちっぽけさ。試してみるかい?」
栞は不敵にもそう答えた。