第九話 白魔女と『好き』
「その時俺は、魔女の魔法とはなんとも美しいものだと感銘を受けた。そして、聖女のように麗しく優しいリラさんにも」
「へ、へぇ・・・・・・」
アインハードの目には、あの日の出来事がそんなように映っていたらしい。
彼の中で多少美化されているのだろうが、何を話されるのかと身構えていたリラにとっては少し拍子抜けするようだった。
「初めてちゃんとリラさんの人柄を知って、とても良い人だと思わされたんだ」
アインハードは楽しそうに語っているが、なんとなく、気づいた。
(ああそうか。そういうことだったのか・・・・・・)
アインハードの言う『好き』は、おそらくどう考えても恋愛的な意味ではない。
その『好き』は、好感という意味なのだろう。
要するに、リラに対して恋情を持ったのではなくただ単に好感を持ったということだ。
途端に脱力してしまう。
(びっくりした・・・・・・。騎士様、無自覚とはいえどきどきさせないで下さいよね)
考えてみれば、そもそも最初から、アインハードはリラに対して恋愛感情を持ったとは一言も言っていない。
ノーディカの魔法で嘘はつけなくなっているが、言葉の意味が違うだけで嘘偽りは一切ないのだ。
あの日の出来事のどこに恋愛があるのかと不思議だったが、そういうことなら辻褄は合う。
その好きが好意的な意味での好きだということならば。
問題は、ノーディカがこれで満足してくれるかどうかだが。
「なによぉ、あんたたち超仲良しじゃんよぉ!」
ものすごく悔しそうに叫んでいた。
その様子から見るに、ノーディカはアインハードの言う『好き』がノーディカの聞きたかった『好き』とは違うことに気づいていないようだった。
持参していたウィスキーをぐいっとあおると、はぁぁぁっ、と深いため息をはく。
「リラ、疑ってごめん。このことはばっちりペルスネージュに報告しておくわ。今度みんなでお祝いするからね」
「いいんですよ。黙ってた私も悪かったですし」
「騎士の兄ちゃんも、試すような真似してごめんな。あんたの愛、ちゃんとあたしに伝わったから」
ドンと胸を叩いてそう言っているが、それは勘違いだ。
大丈夫かこの魔女は。
そろそろノーディカはアルコールを抜いた方がいい気がしなくもないが、これで丸く納まってくれるならいいだろう。
ペルスネージュにどう脚色されて報告されるかが心配だが、今回は先手を打たなかったリラが悪かった。
後のことは後で考えるとして、ともかく、契約結婚だということを隠せたのならそれでいい。
「うん。それじゃあそろそろ帰るわ」
ノーディカはもうすっかり満足そうだ。
「見送りますよ。あ、騎士様はお酒が抜けるまでそこにいてください」
これ以上何か変なことを口走られても困る。
アインハードは大人しくリラの言いつけを守って待っていてくれるようだ。
玄関先にはいつの間に置いていたのか、ノーディカの箒が立てかけてあった。
リラたち魔女は、空を飛ぶときは箒を使う。
別に箒でなくとも飛べるのだが、魔女は伝統を重んじるので古くからの掟にならい箒を使うのだ。
「今日はなんかごめんな。薬代の品も持って来れなかったし、あんたの旦那のこと疑っちゃったし。本当はさ、可愛い靴を用意してたんだよ。もう一個買っときゃよかった」
「また今度でいいですよ。楽しみに待ってますから」
「ありがとよ、リラ。・・・・・・でもさ、やっぱり結婚したならあたしたちにちゃんと言って欲しかったよ。水臭いじゃん」
どこか寂しげな顔のノーディカを見て、リラははっきりと後悔した。
ノーディカにそんな顔をさせたくて黙っていたわけではないのだ。
契約結婚というのを隠したくて極力言わないようにしたかっただけだが、ノーディカたちからしたらあれほどリラのことを心配してあげたのに、いざ結婚するとなったらこちらには黙っていたなんて不本意なことだろう。
「それは本当にすみません。今後騎士様と離縁する可能性もありますし、ワルプルギスの夜に報告すれば良いかと思っていまして」
「なぁに言ってんのさ!あの兄ちゃんを見てりゃ、あんたたちがアツく愛し合ってることぐらい分かってるから。ホント、リラって素直じゃないんだからぁ」
照れ隠しで黙ってだけだと結論付けられた。
別にアツくはないのだが。
「それじゃ、今度お詫びに美味い酒いっぱい持ってくるから。またね」
ノーディカは箒に跨り、赤い髪をはためかせながら華麗に飛び去っていく。
だんだん小さくなっていくその後ろ姿を見えなくなるまでずっと見ていた。
(これは、ペルスネージュとオリアーヌに手紙を書くべきですね。それから、師匠にも)
ノーディカに脚色されて伝わってしまう前に、こちらから伝えた方がいいだろう。
ペルスネージュやオリアーヌはともかく、師匠に知られたらどんな風にからかわれるのか分からない。
彼女はリラを構うことがとにかく好きなので、面倒なことになるのは間違いなしだ。
手紙の内容に頭を悩ませつつ家に戻ろうとすると、ふと、後ろに誰かがいることに気づいた。
「あら、お客様ですか?」
リラと同い年ぐらいの少女だ。
どうやら急いで走ってきたばかりのようで、息が荒い。
手元には綺麗にラッピングされた箱を持っていた。
「あのっ!こちらに白魔女さんのご友人の、赤髪の魔女さんがいらっしゃると聞いたのですが!」
「ノーディカのことでしょうか。すみません、彼女は今しがた帰ってしまったところでして。何か御用があったのなら、伝えておきますが・・・・・・」
ノーディカの知り合いだろうか。
だとしたらタイミングが悪かった。
ノーディカの姿はもう既に遠くにいってしまい、すっかり見えなくなっている。
あともう少し早く来ていればノーディカに会えたのに。
「この靴のお礼をしたかったんです。私の履いていた靴が壊れてしまって困っていた時に、あの魔女さんがこれをくださって」
少女は持っていた靴箱をリラに差し出した。
中に入っていたのは真新しいパンプスだ。
ラベンダーカラーでリボンと花の飾りが付いていて可愛らしい。
これがノーディカとなんの関係があるのかと聞けば、靴が壊れてしまい歩けず道でうずくまっていた際に、通りがかったノーディカがこれを渡してくれたのだと。
それを履いて無事に家まで帰れたのだが、改めて見て高価なものではないかと気づき、慌ててノーディカのことを探してここまでたどり着いたらしい。
「これ、きっととても高価なものなんですよね。私には分不相応ですよ、お返ししなければ」
「・・・・・・いいえ、それはあなたが履くべきものです。きっと似合いますよ」
リラは差し出された靴箱を、そっと少女の手元に返した。
急いでいたので、母親の靴でも借りてきたのだろう。
彼女が今履いているサイズのあっていないぶかぶかの靴よりも、このパンプスの方が似合う。
「魔女からの贈り物なんですから、受け取らない方が失礼にあたりますよ。ノーディカも、あなたがこれを履いてくれることを望んでいます」
おそらくノーディカは、リラへ持ってくるはずだった靴を彼女に渡したのだ。
だから、もう一個買っておけばよかったと。
言動は能天気なようでも、ノーディカは心優しい魔女だ。
困っていた彼女を見過ごせなかったのだろう。
「素直じゃないのは、どっちなんでしょうね」
ふふっと笑みがこぼれる。
相変わらず、ノーディカは面白い魔女だ。
その後、家に戻ったらやけにほうけた顔のアインハードが「何か俺は言ってはいけないことを言った気がするのだが」と妙に首を傾げているものだから、これまた笑ってしまった。