第八話 黒騎士の回想
その日、リラとアインハードは町へ出かけていた。
買い物をするのなら帝都の方がなにかと揃っているのだろうが、帝都まで行くよりもいつも世話になっている顔馴染みの店の方が良い。
「あらリラちゃん、隣の素敵なお兄さんはどなたなの?」
いきつけの花屋に立ち寄ると、店主の奥さんからはやっぱりアインハードのことを聞かれた。
決まった人を連れ立って歩くことのないリラが、見知らぬ男性とともに町を歩いているのだから。会う人からはそろってどうしたのかと聞かれるのだ。
「こんにちは、ブルーマさん。こちらは私の旦那様のアインハードさんです」
どうも、とアインハードは丁寧に頭を下げる。
相変わらず雑な説明だが、ブルーマはリラが旦那探しをしている際に声をかけた相手の一人なので察してくれた。
「あらまあ!リラちゃん結婚相手見つかったのね!それならそうと早く言ってちょうだいよ」
ブルーマはリラが買った花を大急ぎて包むと、店の中へ戻っていく。
「あなた!大変よ、リラちゃんが結婚したんですって!」
「なんだって!?あの子はまだ十歳じゃなかったか!?」
店の奥からはそんなやり取りが聞こえてきた。
「十六ですよ」
どうやら店主の中でのリラは、幼子のまま止まっているらしい。
小さい頃は師匠に連れられて町へ出かけていくと、町の人々からずいぶん可愛がってもらっていたのだ。
他の店でも似たようなことは既に言われている。
ぼそりと訂正を入れておいたが、店主の耳には届かないだろう。
まだ花のお代を渡していないので、ブルーマが戻ってくるのを店先で待つ。
「やはり、俺がいると驚かれるな」
「まあそうですね。仕方ないですよ。騎士様は顔が良いですから目立ちますし、魔女の私が連れて歩いているのも余計目立たせてますから」
花屋に来る前に訪れた雑貨店でも、ものすごく凝視されたばかりだ。
やはり、リーンズワールの白魔女として知られているリラが見知らぬ男と歩いているとなると皆が何事かと声をかけてくる。
「まあ、気にしなくていいですよ。ここの人たちは騎士様の身分なんて気にしないでしょうし」
帝都からほど近いこの町は、穏やかでのんびりとした雰囲気の暖かい町だ。
多少周囲と違うところのある住人がいても、それを気にするような人は少なく、良き隣人として接することを方針としている。
だからこそ、リラたち白魔女も当たり前のように受け入れてもらえているのだ。
帝国騎士団の騎士だと言われても、へぇすごい、ぐらいの感覚だろう。
「ねぇねぇ、魔女おねーちゃんさぁ、けっこんしたの?」
そうして話していると、店の子供たちがリラに会いに来た。
ブルーマたちが騒いでいたのを聞いたのだろう。
つんつん、とスカートの裾を引っ張ってつぶらな瞳を向けてくる。
「はい、しましたよ」
「けっこ!?なにそれ、お菓子?」
横からもう一人の子供が口を挟んできた。
だだだっと駆けてきてリラの足に突撃してくる。
今日も元気いっぱいだ。
「お菓子ではありません。結婚ですよ」
絶対にわかっていないであろう子供は、ふーん、と言ってリラから離れていく。
「あ、そうだ。あっちでみんなでかくれんぼするんだけど、おねーちゃんも一緒に遊ぶ?」
「はい、いいですよ。あ、でもブルーマさんを待っていなくちゃいけないので・・・・・・そうですね、ここは騎士様のお力をお借りしましょう」
「え、俺か?」
こくこくと首を縦に降れば、子供たちも真似をする。
「よし分かった。他ならぬリラさんの頼みであるのなら、必ずやり遂げて見せようとも」
子供の面倒を見るのは得意ではなかっただろうかと不安になったが、そうではないらしい。
鬼ごっこに何を見出しているのやら、何故か闘志を燃やしている。
早く早くと子供たちに引っ張られていった。
「じゃー、キシサマーが鬼ね!」
「待て、俺はそんな名前じゃない!俺はアインハードだ!」
突っ込むところは本当にそこでいいのか。
賑やかな笑い声を見送ると、入れ違いになるようにブルーマが戻ってきた。
「ごめんごめん!お待たせリラちゃん。あら、あの人は?」
「今はあっちでかくれんぼをしていますよ」
向いの広場を指させば、きゃあきゃあと楽しそうな声が子供たちの聞こえてくる。
「あらまあホントだわ。いつもうちの子たちがごめんねぇ」
「いえいえ、いいんですよ。私も子供たちのことが好きですし、騎士様も楽しそうですし」
「それで、はいこれ。受け取ってちょうだいな。急ぎで作ったもので申し訳ないけど、せっかくなんだからお祝いしなきゃでしょう」
ブルーマから渡されたのは、色とりどりの季節の花が集められた花束だった。
これを用意してくれていたのだろう。
「わっ、ありがとうございます!」
あえて選んでくれたのだろう、リラの髪色と同じ白と紫の花が多い。
とても綺麗で、二人が祝福してくれている気持ちが伝わってくる。
家に帰ったら大切に飾ろう。
「式は挙げるのかしら?もしそうなら、花束をもっとたくさん用意してあげられるんだけど・・・・・・」
そう言われて、あっと声が出そうになりリラは思わず手で口を覆いかけた。
しまった。完全に挙式のことを忘れていた。
挙式をするかどうかは個々の自由だが、この町の住人は町にある教会で式を挙げることが多い。
リラも子供の頃に、師匠の知り合いの結婚式に同席してあの教会を訪れたことがある。
「今は騎士様・・・・・・えと、アインハードさんのお仕事が忙しいのでもう少ししたら考える予定です」
「あらそうなの。じゃあ、決まったらまた教えてちょうだいね。ブーケを用意してあげるわ」
「ありがとうございます」
騎士様、というのが少し引っかかったのかブルーマは首を傾げつつ、とくに問いただしてくることはなかった。
さて、代金も払ったことだしあとはアインハードが子供たちとのかくれんぼを終えるのを待つだけだ。
広場に向えば、建物の影や積んであった木箱の後ろに隠れたりしている子供たちが見える。
「騎士様は・・・・・・意外と楽しんでるんですかね?」
アインハードはどこにいるのかと見回したら、植え込みの中から出てきた。
やると決めたら手は抜かないタイプなのか、大真面目に遊んでる様子だ。
どうやらすぐには終わらないようなので、その辺に腰掛けて待っていようと思ったら。
「あ、魔女のおねえちゃん!」
リラに気づいた子供が、嬉しそうにはしゃぎ出した。
リラによく懐いているパン屋の子で、かくれんぼのこともすっかり忘れたように駆け出してくる。
「急に走ったら危ないで・・・・・・あらあら」
リラが危ないと言いきるまえに躓いて、ドテッ、と派手に転んでしまった。
「う、うぅ、うぁぁぁん!」
派手に転んだので大声で泣き出してしまう。
子供たちもなんだなんだと隠れていた場所から出てきた。
一人、屋根の上から降りてきた子がいてちょっとびっくりした。
「もう大丈夫ですよ、私がここにいますからね」
花束をアインハードに渡すと、手を貸して子供を立ち上がらせる。
「騎士様、ブルーマさんから濡れた布と水を貰ってきてください」
「分かった!」
子供の状態を確認すると、膝が擦りむいているのと顔と腕に土汚れがあるのが分かった。
大した怪我ではなかったので良かったが、なかなか泣き止まない。
「ちょっと擦りむいてますね、もう泣かなくて大丈夫ですよ」
「うぅ、痛いよぉ・・・・・・」
ぐすんと鼻を鳴らしてリラにしがみついてきた。
よしよしと背中を撫でてやる。
子供は元気が一番だ。
たくさん遊んでたくさん泣いて育てばいい。
アインハードが貰ってきてくれた布で子供の顔や腕を拭いてやる。
傷口は水で洗い流した後にガーゼを貼って、しばらく安静にしていれば大丈夫だろう。
「治癒の魔法は使わないのか?」
ふと、気がついたようにアインハードからそう言われた。
リラは魔法を使えるのに、一切それに頼る素振りがないのをただ単に疑問に思っただけだろう。
「使いませんよ。魔法は便利な道具ではありませんから」
それに、何でも魔法に頼って解決していては人の為にはならない。
人の体を魔法で弄ることは簡単だが、それに慣れてしまった体を戻す魔法はない。
魔女や人外ではない普通の人間には、秘伝の魔法薬ぐらいでちょうど良いのだ。
「お姉ちゃん!ぎゅってしてよぉ」
もう手当はすんだのに、子供はまだ泣いている。
まだ五歳ほどで甘えたがりなのもあるのだろう。
「はい。ぎゅってしますよ」
リラは子供をそっと抱きかかえると、近くにあった広場のベンチに座る。
それから、おもむろに口を開いた。
「───────ラン・グーシェン・トゥ・ファンランドゥ・・・・・・」
その場にいた皆があっと息を飲む。
それは、子守歌だった。
この国の者なら誰でも知っているような歌だが、リラの場合はひと味違う。
魔法を使っているのだ。
「ウェン・ディ・ヴィンデ・・・・・・」
旋律にのせて、紡がれる魔法は目には見えない。
けれど、不思議と心にすっと溶け込み緊張や疲れを和らげてくれる。
リラは魔法を極力人に直接与えないようにしているが、これは人体に直接的な影響があるわけでもなく、いうなればおまじないのようなものだ。
溢れ出たリラの魔力が、きらきらと光になって舞い散る。
なんとも神秘的な光景だった。
誰も口を挟むことなく、リラの歌に耳を傾けている。
いつしか腕の中の子供は泣き止んで、穏やかな寝息を立てていた。