第七話 白魔女と魔法の酒
というわけで、ノーディカがキッチンにこもっている間二人で待つことに。
キッチンの方からはノーディカの楽しそうな歌声が聞こえてくる。
酒を作る材料なんて用意していなかったのだが、材料はリラの家にあるものを基本的に使うそう。
「それにしても、魔法、か・・・・・・」
「ふふ、気になりますか?」
そう聞いてみたが、アインハードの顔がまさに興味津々といった様子なので聞かずとも分かる事だ。
「まあ、そうだな。以前、リラさんが魔法を使うところを見せてもらったが、彼女も同じようにするのだろうか?」
「人により、ですね。私やノーディカみたいな若い魔女は同じような方法で魔法を使いますけど、ペルスネージュ・・・・・・長生きしている魔女たちにはまた違うやり方があったりします」
以前、というのもほんのつい数日前の話だ。
町の子供たちの往診のついでに頼まれて面倒を見ていた際、転んで怪我をしてしまった子がいたので少しだけ魔法を使った。
子供を落ち着かせる為に子守唄のようなものを魔力に乗せて歌っただけのこと。
人体に直接魔法で干渉するのは、特に治癒をする際は慎重にならなければならない。
けれど、子守歌であれば心理的な癒しの効果を増幅させるだけで魔女なら誰でも使うものだ。
リラ自身も、幼い頃によく歌ってもらっていた。
「そうなのだな。しかし、リラさんの使う魔法は素晴らしいものだったぞ。帝国魔術師団とは明らかに違っていて、あれが古より伝わる神秘なのだと身をもって学ばせてもらった」
「買い被りすぎですよ。私よりも凄い魔女はたくさんいますから」
と、謙遜しつつも声に喜びが滲み出てしまっている。
リラがしたのはほんの些細なことだが、その些細なことでも褒められると嬉しい。
ちなみに、アインハードが口に出した『帝国魔術師団』とは騎士団に並ぶ組織で、魔女や魔法使いではないが擬似的な魔法を開発し扱う組織で治安維持や瘴気の浄化に貢献している。
そういう、アインハードのいる帝国騎士団と並ぶ組織と比較しても遜色ないと言ってもらえるのもまた、うれしいことだった。
しばらく経ってからノーディカが出てきた。
彼女の手にあるトレイには、二つグラスが乗っている。
「はい、お待ちどおさま!リラにはこっちね、アルコール入ってないから」
それぞれリラとアインハードにグラスを渡す。
グラスの中には紫から紺色の綺麗なグラデーションの液体が入っている。
夜空のような色だ。
少し傾けると氷がカラリといい音を立てた。
「いい色ですね。美しいです」
見た目は寒色だが、ほのかにレモンの香りがする。
「うん。星を掴んで散らしたの」
「星を、散らす・・・・・・?」
「比喩表現のようなものです。お気になさらず」
ノーディカは酒のこととなるとそういう詩的な比喩表現をよく使うのだが、時々比喩ではなく本当に『星』が入っていたりする時があるので深く突っ込まないほうがいい。
しかし、本当に星が散らされたかのように美しく輝いていて、夜空をそのまま閉じ込めたかのようなドリンクだ。
なんだか飲んでしまうのももったいなく、このまま飾っておきたいぐらいだが、氷が溶けてしまう前に味わいたい。
「いただきます」
ごくり。
一口飲んだ瞬間、爽やかな香りが広がる。
「美味しいです!」
「ん、これは美味いな!」
すっとした喉越しに、ほのかな酸味と甘みが綯い交ぜになってとても美味だ。
ソフトドリンクでも十分美味しいのだが、アルコールが入っているとまた一味違うのだろうか、とちらりとアインハードを見てそう思う。
どんな仕掛けがなされているのか、グラスの中ではくるくると色が混ざってだんだん紺色から明るくなっている。
「えへへ〜、でしょでしょ〜?喜んでもらえてよかったわ!」
「魔女の作る酒とは凄いものだ、いつかぜひ騎士団の皆にも飲んでもらいたいな」
「あたしの酒が飲みたいなら、山の麓の街においでよ。そこで酒場をやってるから、友達連れて遊びにいらっしゃいよ」
きっとアインハードの同僚たちも気に入ってくれるだろう。
そうして、談笑をしているうちに、グラスの中のもう残り僅になったドリンクは、薄いピンクとオレンジの色になっていた。
濃紺から、朝焼けに。
この酒は真夜中から夜明けまでの時間を表していて、飲んだ量に合わせて時間が進んでいくという仕掛けらしい。
(さすが、ノーディカ。うちにある材料に珍しいものはなかったはずなのに、こんなものを作れちゃうなんてね)
そう思いながら、最後のひと口を飲んだ時。
「あ、これ聞くの忘れてた。兄ちゃんってさ、リラのどこが好きなの?」
唐突に、なんの脈絡もない質問が飛んできて一瞬脳の処理が追いつかなくなる。
「へ?なんでいきなりそんな質問・・・・・・」
「リラさんの好きなところ、か・・・・・・。そうだな」
「騎士様!?答えないでくださいよ!?」
なぜそこで答えようとしてしまうのか。
そもそも契約結婚なのだから、好きも何もないだろうに。
もしやこの騎士、酔っているのだろうか・・・・・・?
と、リラはそう思ったが。
「実はその酒には、普段よりちょ〜っとだけ素直になれる魔法がかかってるんだ」
「え」
その時ばかりは、ノーディカの顔が恐ろしく見えた。
彼女の言葉を聞いて、リラの頭にはすぐに真相が浮かび上がってきた。
できれば現実であって欲しくないが、ものすごく嫌な予感がする。
「あはっ。あんた、このあたしがただ薬貰いに遊びに来たなんてそんなわけないじゃん」
「ま、まさか」
「そのまさかだよ。あたしはペルスネージュの婆さんに、『近頃リラの周りをうろついているらしい男の素性を探ってこい』っていう重大な任務を命じられてるんだ!」
ああ、やっぱり。
リラはがっくりと項垂れる。
ノーディカが理由もなしに騙すようなことをするわけが無い。
であれば、他の誰かが指示を出したとしか考えられない。
それも、リラやノーディカたちよりも上の立場にある魔女だ。
ノーディカは自由奔放で、従う相手なんてペルスネージュぐらいの年長者に限られている。
しかし、一体どこで知ったのやら、まさかペルスネージュにアインハードのことを疑われるとは。
「で、どうなんだい?この男、あんたのこと本当に好きで愛し合ってるんだろうね?まさか、呪いを解くために雇った結婚相手とかじゃないんだろうね?」
そのまさかだ、と言いたい気持ちはしまっておいてなんとかこの場を乗り切れる嘘を用意しようとする。
「ああ、もちろんだとも」
「騎士様!?」
「本当に?ただの人間がそう易々とあたしの魔法を誤魔化せるわけないんだからね、正直に答えた方が身のためだよ」
「嘘なわけがあるか。俺は、リラさんのことが好きだ」
「騎士様!?」
一体どういうことなのか、アインハードは堂々と胸を張ってそう答えている。
契約結婚相手のアインハードが自分のことが好きなわけが無い。
まさかノーディカが魔法を間違えたんじゃないだろうか。
いやしかし、ノーディカに限ってそんな失敗をするはずがない。
「ではノーディカ殿に、リラさんの素晴らしいところを語って聞かせようではないか」
様子がおかしいどころではない。
もうダメだ。
リラは諦めてアインハードの語りを聞くことにした。
ノーディカは待ってましたと言わんばかりに前のめりになって目を輝かせている。
「俺とリラさんの出会いはほんの少し前のこと。だが、俺がこの愛らしき妖精のごときリラさんをはっきりと好きになったのは、あの日のことだ───────」