第六話 白魔女と酒の魔女
「いやいやいや!本当にビックリしたわよ!」
そう叫んでいる赤毛の女性は、リラと同じ魔女のノーディカだ。
同じこのヴェルツェリア帝国に住む魔女だが、彼女の住処はもっと遠く山脈の辺りにあり、そこでは酒場を開いている。
魔女であるという素性は隠して店をやっているそうだが、旅人などに人気で繁盛しているそう。
心配性のオリアーヌなどはリラに頻繁に会いに来るが、オリアーヌではなくノーディカが来るとは思わなかった。
何せ彼女も、リラの師匠と同様に、自由奔放で気分次第で生きているような魔女だからだ。
その様子を見るに、リラの呪いの件を心配して様子を見に来たなどでは無いだろう。
「なんか町の人からここ最近あんたのとこにすごいイケメンが通い詰めてるって聞いて、なんの間違いかと思ったけどまさか本当にイケメンがいたとはね・・・・・・」
はああぁ〜、とウィスキーの瓶を片手にため息をつくノーディカ。
ウィスキーはノーディカにとっての生活必需品で、水のようなものなのでいつも持っている。
要するに、飲んだくれだ。
「あんた、このかっこいい兄ちゃんどこで捕まえたのよ」
完全に目で疑っている。
確かに、今まで恋人などいなかったはずのリラの家に謎の美男が入り浸っているのでおかしいと思われるのは仕方がない。
だがアインハードは、正真正銘リラの結婚相手だ。
「捕まえてませんよ。私の旦那さんです」
「どうも、旦那です」
酔っ払い相手に、ぺこりと頭を下げるアインハード。
「えぇ〜絶対うそだぁ・・・・・・」
どうにも気の抜けるやり取りだ。
ノーディカは椅子に腰掛けるとぐびぐびウィスキーを飲み出す。
「ホントのところはどうなのよ〜?」
「だから、本当なんですよ。私、この人と結婚したのでシェンユゥ様とは結婚しませんし、これからもリーンズワールの森で白魔女をやっていけるんですよ」
「・・・・・・うそ、あんた本当に旦那見つけたってわけ」
今度こそ本当に信じてくれたようだ。
ウィスキーの瓶を置いて呆気にとられているノーディカを見て、ふふんとリラは自慢げに胸を張る。
「なんてことだい、こりゃ明日は槍が降るよ」
「槍でも何でも降ればいいです。既婚者の私に恐れるものなど何も無いですから」
「じゃあ呪いの刻印は消えたのかい?」
「はい。だんだん薄まってきていて、もう少しすれば何も残りませんでしょうね。最高の気分ですよ」
太腿にある花のような形をした呪いの刻印は、もはやほとんど消えているも同然のようになっている。
鏡を見る度にそれが存在を主張するかのように太腿を陣取っているのがどうも気に食わなかったが、これからはそんな気持ちになることも一切ないだろう。
「じゃああんたたちどこで知り合ったの?あたし、あんた達の馴れ初めを聞きたいわ」
やはり気になるのはそこだろう。
この質問にはアインハードが答えた。
「リラさんとはここで出会いました。私は帝国騎士団に勤めているのですが、任務の際に怪我をしてしまい、偉大なる白魔女殿のお力をお借りすべく」
「堅いなぁ。もっと気楽に喋ってよ。アルコール足りてないんじゃない?」
「・・・・・・」
せっかく真面目に礼儀正しく振る舞っているのに、話を遮られたどころかアルコールを勧められてしまっている。
自由奔放なノーディカ相手に騎士として振る舞うのは少々無理があったかもしれない。
ちょっと落ち込んでいる様子のアインハードに変わり、リラが事の成り行きを説明することにした。
「騎士様はこの店のお客様だったんです。ひどい怪我をしていたものですから、どうしても心配になってしまって。それで何度もここで治療をするうちに、騎士様とすっかり意気投合して結婚することにしまして」
嘘をつくときに大切なことは、真実を混ぜることだ。
アインハードがひどい怪我を負っていたのも事実で、意気投合したのも事実だ。
ただ、意気投合の内容が契約結婚ということを言っていないだけ。
「ちょうど私は結婚相手を探している最中のことでしたし。結婚するならどこかの大きい龍よりも、騎士様のような優しくて素晴らしい人の方がいいでしょう。それにほら、騎士様って綺麗なお顔をしているじゃありませんか。こんなの絶対惚れますよね?惚れないわけないですよね?」
「そんなことはないと思うが・・・・・・」
嘘は言っていないものの、だんだん説明が投げやりになってきた。
とにかく最低限の説明はしたのだから、このうちに押し切ってしまいたい。
「なるほどねぇ・・・・・・。それにしてもあのリラが男に惚れて、あたしたちになんの相談もなく結婚しちゃうだなんて。やっぱり信じられないよ」
はぁー、とノーディカは天を仰ぐ。
未だ半信半疑のようだが、この辺りで話を切り上げた方がいいだろう。
それに、こちらも何故急に訪ねてきたのかの理由を聞かせて貰わなければならない。
ここに来てからノーディカはずっとリラとアインハードのことを聞いてばかりで、肝心の彼女の用事が何も分からないままなのだ。
「それでノーディカ、一体今日はなんの用だったんです」
「二日酔いの薬ちょうだいよ。前に貰ったのもう無くなっちゃって」
「もう無くなったんですか。二日酔いと言ったって、飲んでばっかりなのがいけないんじゃないんですかね」
リラがそう言うとノーディカは急に元気になったかのように、ウィスキーを掲げて陽気な声ではしゃぐ。
「ふふん。そりゃなんてったってあたしは酒の魔女だからね。じゃんじゃん飲まなきゃでしょ!」
「酒の魔女?それは、どのようなものなのだろうか」
アインハードは魔女たちについて詳しくはない。
リラはリーンズワールの白魔女というそれらしい肩書きがあるが、酒の魔女と言われてもイメージはつかないだろう。
いつかの時に作っておいたノーディカ専用の薬があったはず、とリラは棚を探りながら説明する。
「お酒作りが得意なんですよ。私が薬を作ったり治癒魔法を使ったりするのと同じで、ノーディカもお酒を魔法で作るんです」
「魔法で酒を?」
「そうそう。あたしの酒は一味違うからね、今度持ってきてあげるよ。舌の上で弾ける酒に、時間帯によって味の変わる酒・・・・・・どんな酒でも作れちまう。それが酒の魔女だからね。兄ちゃんが今まで飲んだ中で一番美味い酒を出してやれる自信はあるよ」
ノーディカは歌うように生き生きと語り出す。
リラは酒はまだ飲めないが、ノーディカの作るお酒はいつも見ているだけでも美味しそうだと思わされる。
宴会になると欠かせない存在で、どこの魔女もノーディカのお酒を飲みたがって仕方がなくなるくらい。
それ程、ノーディカはお酒を愛しお酒に愛されている存在なのだ。
「それはとても興味深いな・・・・・・!是非ともお願いしたい」
「確かに、魔法で作ったお酒なんて中々味わえないですからね。騎士様もいつか飲んでみるものいいかもしれません。飲み過ぎには要注意、ですが」
ようやくノーディカ専用の調合で作った薬が見つかった。
小さな錠剤が詰まった小瓶をノーディカに渡す。
「ありがとうリラ!毎度ごめんねぇ、あんたは酒が飲めないのに酒飲みのための薬なんか作らせちゃって」
「いいんですよ、仕事ですから。それに、ノーディカがいると宴が楽しくなるので、たとえお酒が飲めなくても私は好きです」
帝国は十八歳から飲酒が許されているので、リラはまだ酒が飲めない。
皆からは律儀に法律を守る魔女がどこにいるんだ、と言われてしまったが、法律云々だけではなく健康が気になるのと、昔から見てきた酒に酔った魔女たちの醜態ので自分だけでもああなりたくはないという気持ちから手が遠のいてしまうのだ。
要するに、単に酒が好みではないだけなのだ。
だから宴会では少し疎外感を感じてしまうのだが、ノーディカはそんなリラでも楽しめるように気を使ってくれる。
基本的に酒を飲んであれこれと会話を延々続ける魔女たちが多い中、リラでも飲めるノンアルコールのドリンクを用意してくれたり、ポーカーで遊んでくれたりする。
大雑把に見えて、周りのことをちゃんと見てくれている人なのだ。
「・・・・・・なに。なにあんた、もしかしてあたしのこと大好きだったりする?」
「さあ、どうでしょう。それより、薬のお代はどうするんです?今日もお財布は持ってないんですよね」
リラは適当にはぐらかしたが、お代については忘れてはならないことだ。
ノーディカはいつも財布を持ってこない。
その代わり、リラが喜ぶような他の何かを代価として支払ってくれる。
時には薬代よりも遥かに高いものを持ってきたりして対応に困ったこともあったが、基本的に食品であったり新しい靴だったり、普段帝都に出かけないリラにとってはありがたいものが多い。
しかし、今日のノーディカはウィスキー以外特に何も持っていない様子だ。
「や、悪いんだけどさ、今日は代価を持ってくるの忘れちゃったわ。ごめん。出かけた時には持ってたはずなんだけど・・・・・・」
何かあったのだろうか、ノーディカにしては歯切れが悪い。
リラが首を傾げていると、何か思いついたようでノーディカがぱんっと手を叩いた。
「そうだ!あたしが今ここで酒を作ってやるよ!リラには申し訳ないけど、そこの兄ちゃんに今度酒持ってくるって約束したじゃんか。それ今でもいいよね?」
「もちろん構いませんよ。騎士様も、お酒をお飲みになられますよね」
「ああ。だが、その酒は今すぐ作れるものなのか?」
アインハードのその問いに、ノーディカは輝かしい笑顔で答えた。
「当たり前さ!なんてったって、魔女の酒なんだからね!」