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第五話 白魔女の結婚生活

そうして始まった結婚生活───────正確に言えば、契約結婚生活だが。

アインハードがリラのことが嫌になって、すぐに破綻したらどうしようかと心配したりもしていたのだが、その必要は無さそうだった。


あれからほとんど毎日、アインハードはリラの家を訪ねてくる。

仕事はどうしているのかと聞けば、怪我が治るまで安静にしていろと言われて強制的に休まされているそう。

どうやらアインハードは見かけによらず相当な仕事中毒者のようで、今までロクに仕事を休んでいなかったのだと。

休日という概念のない騎士とは一体。


「リラさん!次は何を手伝えばいいんだ?」


「えーっと、じゃあこの本たちを運ぶのを手伝ってください」


「分かった」


読み込んでいて机の上に放置してしまっていた積み上がった本たち。

そろそろ片付けないと崩れてきそうだと思い頼んだのだが、リラが運ぼうと思って分けておいた分もさらっと持っていってしまった。


アインハードは何か仕事がないと落ち着かないといって、リラに手伝いを求めてくるのだ。

しかし、これといって人手が必要なわけではないので、こうして片付けなどの家事を頼むことしか出来ない。

怪我の方も調子は良いようで、日に日に纏っている瘴気が薄れていっている。

庭の手入れはだいたい終わったし、薬を商人に出荷するための箱詰めも手伝ってもらった。

荷物運び程度なら任せてもいいだろうと判断したが、もっと別のことを任せても大丈夫かもしれない。


「その部屋の棚です。そこの、空いているところでお願いします」


二階のリラの部屋の隣にある、本棚に囲まれた部屋。

一種の小さな図書室のようなそこには、代々の白魔女たちが溜め込んできた本が所狭しと並べられている。


「さすがだな、これほどの蔵書があるのならリラさんが賢いのにも頷ける」


「そうですかね?中身は変な本ばっかりですよ。海底都市での生活記録だとかデルパルネーデ語の童話とか」


「海底都市とやらも気になるが、そのデルなんとかはどこの国の言葉だ?」


「もう滅亡した国の言語です。案外面白いですよ」


「読めるのか!?」


「辞書片手に気合いで読みました」


とまあそんな具合に雑談をしつつ、一緒に本を書架に並べていると、ふとアインハードが手を止めた。


「これは・・・・・・」


アインハードの視線の先は、木製のチェストの上にある小さな肖像画だ。

少し古いその絵は、特徴的な長い髪の女性とその傍らで微笑んでいる優しそうな男性が描かれている。

写真立ての隣には、色とりどりの季節の花で飾られた花瓶を置いてあった。


「それは先代の白魔女です。隣は先代の旦那様ですよ」


この女性は、先代のリーンズワールの白魔女だ。

彼女も例に漏れず伴侶を持ち、この小さな家で魔女として薬を作ってきた。


「私は孤児でして、この方々に拾っていただいたのです。私にとっては師匠であり、両親のような人でした」


リラの出身は帝都から遠く離れた小さな田舎の村だ。

あの頃の暮らしはよく覚えていないが、あまりいい思い出はない。

路地裏を歩いていた時、人攫いにあったのだ。

どこかに移動する途中だったようで、リラに目をつけたのはただの偶然で、他の荷物と共に荷馬車の中へ無造作に詰め込まれてしまった。

行き先は分からないが、行くも戻るも地獄なのは間違いない。

このままでは絶対に殺されると思い、見張りの目を盗んで必死に馬車から逃げ出した。

そうして逃げ込んだ先がリーンズワールの森で、あちこち迷った末に先代に助けてもらったのだ。

彼女はこの森に拒まれることなくすんなり入り込めたリラのことを特異な存在であると思い、弟子にして跡を継がせようと思ったのだと。


「そうだったのか・・・・・・。ではリラさんも母を早くに亡くしたのだな」


「あ、一応言っときますと今は白魔女業を私に譲って自由気ままな世界一周旅行中です」


「紛らわしいな!いや、ご健勝であらせられるのならなによりだが」


「よくお客様にも勘違いされるんですよ。やっぱり花を添えるのがいけないんですかねぇ」


そう言いつつ、絶対にそれが原因なのはわかっているが、元々花瓶を飾っていた横に写真を置いていったのは先代自身だ。

どう見ても遺影と供花のように思えるし、度々ここを訪れた友人の魔女たちからも言われたことはある。

リラとしてももはやそこが定位置として馴染んでいるので完全に遺影のようになっても変える気はさらさらない。

快活で騒がしくて、誰にも止められない自由人。

リラの師は、そういう人だ。

きっとあの人が死ぬ時なんてそうそう来ないだろうし、本当に遺影を飾ることになったらうんと華やかで目立つようにすることになるだろう。


(それより、今この人『リラさんも』って言ったけど・・・・・・)


その言葉をそのまま読み取れば、アインハードは母を早くに亡くしているということになる。

彼の勘違いから偶然知ってしまったことだが、その少し翳りのある表情からして簡単に触れていいような話題では無いことは分かる。

今は気づいていないことにしてあげよう。

と、そんな考え事をしていたのがいけなかったのか。


「・・・・・・っ!」


本棚の上部から、本が崩れてリラの頭めがけて落ちてきた。

思わず反射的に腕で頭をおおったが、直撃は避けられない。

次にくるであろう痛みにそなえてぎゅっと目をつぶった、が。


(・・・・・・あれ?)


「怪我は無いか?」


向かいの本棚を弄っていたはずのアインハードが、すぐ背後でリラのことを庇ってくれていた。

その上、なんと器用なことか、落ちてくるはずだった本は全て軽々と受け止めている。

驚きで一瞬、言葉を忘れたように何も言えなくなってしまった。


「だ、大丈夫です!騎士様こそ、まだ療養中なのですから無茶をなさらないでくださいな。私は治癒魔法があるので大丈夫ですから」


「そうは言っても、俺は騎士だぞ。リラさんが危ない目にあっているのなら、必ず守る」


くらりとしそうなことを平然とした顔で囁かれた。

多分、アインハードには自分が世の乙女が赤面して歓喜しそうな台詞を言っている自覚が、まったくないんだろう。


「・・・・・・ありがとうございます」


なんだか気恥ずかしくなって、場の空気を変えようとする。


「そうだ、掃除も終わったことですし、そろそろ休憩にしましょう。昨日、クッキーを焼いておいたんですよ」


「そうなのか!リラさんのお菓子はとても美味しいから楽しみだな」


アインハードの顔が一気に明るくなった。

最初は甘いものは好まないかもと思っていたのだが、どうやらアインハードはスイーツが好きなようで、こうしてお菓子を出すと喜んでくれる。

昨日出したタルトも好評だったので、クッキーが無くなったらオレンジのタルトをもう一度焼いてもいいかもしれない。

元々お菓子作りが好きだったので、こうして食べてくれる人が近くにいてくれるだけで嬉しいのだ。


二人でダイニングに戻り、紅茶とクッキーを用意する。

茶葉の良い香りがふわりと漂って、思わずリラの口元までゆるむ。


「それで、体の調子はどうなんです?」


お気に入りの青と白のティーカップは特別な時にしか使っていなかったが、最近はアインハードが来ることでよく使うようになった。

彼がここへ通うようになってから、変わらないリラの日常も少しづつ変わり始めている。


「ああ、だいぶ良くなったみたいで傷も塞がってきた。そろそろ包帯を取っても大丈夫なんじゃないか?」


「そうですね。順調に治っているのなら良かったです。しかし、やはり騎士様は異常に治りが早いですね。騎士ってみんなこんなに頑丈なんでしょうか」


「多分俺だけだと思うぞ。子供の頃からやたら健康なんだ。風邪ももう何年も引いてないくらいだぞ。仕事上、体が丈夫なのに越したことはないがな」


これまでも何度も指摘されて来たことなのだろう。

アインハードは苦笑いだ。


「そういえば、騎士団の皆さんには私のことは話したんですか?」


「いや、仕事に戻れるようになったら話そうと思う。団長からは休めとばかり言われたが、ここ最近、剣を使っていないから腕がなまりそうだからな。早く帝都に戻って働かないといけない」


さすが仕事中毒者だ。

一体騎士団の何が彼をこうさせるのだろうか。

リラとしてはいくら丈夫とはいえ、もう少し健康に気を使って欲しいものだが。


「まあでも、君とこうして過ごす時間も良いものだな」


いつもより一段と優しい表情に、リラは目をぱちくりとさせる。

心なしか声も甘くて、こうしていると、まるで恋人同士のようじゃないか。


なんだか恥ずかしくなって、リラは視線を逸らす。

この場にアインハード以外誰もいなくてよかった。

こんな乙女のような姿、見られてはたまらない。


と、リラがそう思ったまさにその時。


「あ」


赤毛の女性が、窓の向こうで唖然とこちらを見ているのに気づいた。


「───────・・・・・・な・・・・・・っ!?っ!?」


ばっちり目が合ったが、向こうはあんぐりと口を開けて目を見開いていた。

あまり聞こえないが何か言っているようで、

とりあえずものすごく驚いているのは分かる。

リラは思わず頭を抱えた。


「リラさん?」


まだ彼女の存在に気づいていないアインハードに、指をさして教えてあげる。


(まさか、こんなに早く魔女が来るなんて・・・・・・!)



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