第四話 白魔女と黒騎士の苦悩
「実は、その・・・・・・複数の女性から求婚をされていてだな」
アインハードは観念したように語り出す。
その口ぶりは重たく、疲弊を感じさせるようなものだ。
だが、複数の女性から求婚されているということを言われてもすんなり納得できる。
なぜなら彼は、美形だからだ。
「あら、そうだったんですか。さすが有名な黒騎士様ですね」
「俺としては何も嬉しくないぞ!」
だんだん口調が崩れてきている。
一人称が私だったのが、素の状態に戻っているようだ。
リラとしては恭しくされても慣れなくて変な気分になるので、気楽に話してもらえる方が良いのだが。
「相手が揃いも揃って貴族家の令嬢ばかりなんだ。断りたくても立場上断りづらい。今でこそ黒騎士と持て囃されていても、所詮俺も平民だからな」
ヴェルツェリア帝国騎士団の黒騎士アインハード。
戦場で数々の武功を上げ、騎士団長からも目をかけられている期待のエースであり、金色の瞳を持つ美しい黒髪の青年。
そんな年頃の乙女なら気になってしまう存在が、ずっと独身のままでいるのだ。
放っておかれるわけがないだろう。
華やかな帝都に住まう流行好きの乙女たちの標的にならない方がおかしい話だと言える。
「正直、貴族との繋がりなど俺には不要だ。社交界なんぞ毛ほども興味は無い。俺の仕事は貴族になることじゃなくて戦うことなんだぞ。団長の気持ちも分からんでもないが、俺は応えることはできない」
騎士団には良家の子息も多く所属している。
騎士団長も伯爵家の子息だそうで、今後アインハードが出世するにつれて、爵位があるとないのではかなり違うことになるだろう。
そういった点から騎士団長はアインハードに結婚を勧めているらしい。
団長のことを尊敬しているアインハードとしては、団長の気持ちを無下にすることは出来ないのだと。
が、やはりそんな結婚はしたくない。
そもそも、自分は出世がしたいというよりも自分の主に仕え、仕事をすることができればそれでよいので結婚する必要性はどこにもないはず。
そういう二つの感情に板挟み状態だというわけだ。
「そもそも、彼女たちは俺の肩書きを見ているだけにすぎないんだぞ。俺が騎士団を辞めてしまえば彼女たちにとって俺の価値は一つも無くなるんだ、結婚なんて有り得ない!」
「おやまあ、これは相当荒れてますねぇ」
なんだか、だんだん拗ねた子供のような表情になってきている。
美形な騎士があーだのこーだの口を尖らせてぐだぐた言っている姿が、どうにもアンバランスで面白くて、リラは笑ってしまいそうになる。
「断りたいけれど、口実がない。でも、私と結婚すれば一番簡単かつ強力な断り方ができるということですね」
どうりで簡単にリラとの結婚に頷いてくれたわけだ。
ここでリラと結婚してしまえば、全てを丸くおさめることのできる最強のカード、『実は既婚者なんです』が手に入る。
略奪愛を好むような輩では無い限り、それで全て解決できる。
「ああ。結婚しているとなれば彼女たちも諦めてくれる。団長も、俺に縁談を持ってくるようなことは無くなるだろう。団長が善意で結婚を勧めてくれているのは分かっているが、やはりどうにも受け入れ難い・・・・・・。だから、リラ殿から結婚の話を持ちかけられて奇跡だと思った」
そう言うとアインハードは、急に慌て出した。
「ああっ、すまない、リラ殿は命の危機にあるというのに俺の悩みなどと並べてしまうなど」
どうやらリラが自分の呪いとアインハードの縁談を同等に語られたと思っていないか気にしているようだった。
どこまでいい人なんだろうか。
リラはそんなこと一切思っていないというのに。
むしろ、この場合呑気にあと一年後かぁと考えているリラよりもアインハードの方が余程深刻そうに見える。
「いえ、いいんですよ。私より騎士様の方が深刻そうですし。私はいざとなればの相手も用意されていますから」
「ああ、煌国の龍と言っていたな・・・・・・龍と人は結婚できるものなのか?」
「できますよ。そもそも私は魔女ですから。それに、あの龍はちょっと特殊なので。それに私、本当はちょっと前に白鹿さんと結婚するつもりだったんですよ。でも角が大きすぎて家に入れなかったので諦めましたが」
「そ、そうなのか・・・・・・」
完全についていけないと遠い目をされた。
まあ確かに、鹿さんと結婚すると言ったところで幻獣を見た事がなければまったく想像がつかない話だろう。
瘴気に侵された魔獣の類は見慣れているだろうが、幻獣は滅多に人間の前に姿を現さない。
彼らは時として人間の言葉を操り、人の形をとることもある。
それだけのことを軽々と成し得るぐらい強い存在だからこそ、安易に俗世と関わろうとはしないのだ。
「そうだ騎士様。その、リラ殿という呼び方は変えていただけると嬉しいです」
「そうか、君と俺は夫婦であるからそれらしく振る舞えと」
ようやくそれっぽい役目が来たと、アインハードは何故か嬉しそうになる。
「いえ、単に慣れてないだけなので。もっと気軽に呼んでくださいな」
リラに平然とそう言われ、きょとんとした顔の後、考え込んだ。
「では・・・・・・リラさんと」
結局敬称のままだが、少しは気楽な呼び方になったのでよかった。
「はい。ありがとうございます」
リラが微笑むと、アインハードも微笑み返してくれた。
黙っていると少し怖そうにも見えるけれど、彼は笑顔が可愛い人だ。
「では後は騎士様の傷が治るのを待つだけですね」
「そうだな。確か、二月ほどで治るのだったか」
リラの手元にある透明な液体の入った瓶を見る。
傾けると少し紫がかって見えるそれは、先々代の最高傑作だと言う魔女の秘薬だ。
「ええ。毎日ひと匙だけ飲めばよいです。はい騎士様、お口開けてくださいな」
せっかくだから一口飲んでもらおうと、リラは薬液を匙で掬い、それをアインハードの口元へ近づけた。
アインハードはぱくりと口を開けてそれを飲み込んだ、が。
「・・・・・・っ!?〜〜っっ!?」
その瞬間、ものすごい涙目になった。
反射的にぱっと飛び退いて、口元を押さえながら震えている。
「なっ、なんだこれは!?」
「薬です」
「なんかとんでもない味をしているんだが!?」
「良薬口に苦し、と言うでしょう。子供じゃないんですから我慢してください」
「そういう、ものなのだろうか・・・・・・」
ものすごく辛そうな顔で、渋々頷いてもらった。
リラは子供の頃に一度だけ舐めたことがあるが、あの舌が痺れるような独特の感覚は二度と味わいたくはないものだ。
そんなものをアインハードに渡してしまって申し訳なさもあるが、そもそもできるだけ早く治せるものをと望んだのは他でもないアインハードなのだなら仕方ない。
「それと、騎士様に限ってそんなことはしないと思いますけれど、くれぐれも用法は守ってくださいね。過剰に摂取したって治りは早くなりませんし、むしろ身体に悪いので」
「分かった。一日一回、ひと匙分だな。というよりも、あれをたくさん飲もうなどと考えたりは決してないので安心してくれ」
魔女の秘薬であるのだから、普通の薬とはわけが違うのだ。
瘴気を払い清くするだけと言えばそれだけだが、そのために必要な素材は普通の人間が普段から口に入れるような代物ではない。
毎日何度も摂取すれば逆に身体が不調をきたすようになったり、拒否反応を示したりと良くないことになる。
「ああでもなんだか、少し楽になったような気がするぞ」
アインハードは嬉しそうに言っているが、この薬の効きはそれほど早くはない。
おそらく、薬を飲んだことでもう大丈夫だという安らぎの感情を得たことによるものだろう。
それでも、あと十分ほどすれば効果は現れる。
帝都に着く頃にはもう大丈夫だろう。
「では、リラさん。また明日会いに来よう」
「はい。それではまた」
来た時とは一転、輝かしい笑顔でアインハードは帰っていく。
また明日も来いとは言っていないのだが、彼が楽しそうなので、明日はここでアインハードが訪ねてくるのを茶を入れてゆっくり待つとしよう。