第三話 白魔女と黒騎士の契約
かくして、リラの壮大な旦那探しが始まることになった。
「というわけなので、どなたか良い人を探しているのです」
「うーん、リラちゃんと結婚ねぇ・・・・・・リラちゃんってまだ十代なんでしょう、ちょっと早すぎやしないかい?」
森の近くにある小さな町の人々に若くて未婚で、もし良ければ結婚してくれる人がいないかどうかを聞いて回ったが、主にリラの年齢を気にされてしまった。
実年齢は十七で、来年成人するというのに村の人々からしたら幼く見えるらしい。
それに、『魔女と一生を添い遂げる』と聞くとどうにも恐れるように渋ってしまう。
───────この大陸では、魔女は神秘の存在だ。
人の身でありながら人の身ではない。幻獣や精霊と同じくして、古き掟に守られし神秘とされている。
長い歴史の中では、人に手を貸してきた魔女もいれば人と関わることを拒む魔女もいて、人に利用され苦しんだ魔女も様々いる。
リラの師匠である先代は、町の人々とは関わりが多かったようだが、それでも人にとって『魔女』とは神秘の存在であることには変わりない。
そもそも、田舎では長男は結婚して跡継ぎを残し、次男三男は他所へ婿入りするか帝都へ出ているかがほとんどだ。
それにリラも、選り好みしたいわけではないがやはり気の合わない相手や苦手な相手とは結婚したいとは思えない。
そこでリラは対象を変更し、森の住民たちを頼ることにした。
魔女の結婚相手は、男だろうが女だろうが動物だろうがなんでも良い。
だからこそ、大龍のシェンユゥが真っ先に候補に上がってきたのだ。
できるだけ小さめのサイズで、普通の動物ではない幻獣の類なら良いと思い訪ねて回ってみる。
幻獣は、普通の動物とは違う生態系を持っていて時には魔力を持っていたりする動物たちのこと。
幻獣の中でももっと格の高いものでは、人の言葉を解し人の姿になったりすることもできる存在もいる。
シェンユゥは彼の国では違う言葉で表すそうだが幻獣の部類に入る。
さて、色々訪ねてみて唯一快諾してくれたのが若い白鹿で、白魔女と白鹿同士良いではないかと言ってくれたのだが、角が大きすぎてリラの家のドアを潜れなかったので泣く泣く断念させてもらった。
無理矢理入ったとしても確実に生活に支障が出る。
さすがに家を作り直すのは最終手段だ。
町の人々にも良い人がいたら声をかけてくれと頼んではあるので、そうも急くことはない。
そういうわけで、リラの壮大な旦那探しはここで一旦小休止となる。
あと半年程までに見つけなければならないが、だからといって焦りすぎてもロクなことにはならない。
「結婚相手を探すのってとっても難しいことだ・・・・・・」
いっその事オリアーヌの言う通りにシェンユゥと結婚してしまえば楽なのだろう。
けれどもそれでは、リラの望む未来にはならない。
あと半年後だ。
諦めてなるものか。
そう意気込んだリラの元に、かの名高い黒騎士が訪ねて来るのはすぐのことであった。
艶やかな黒髪と、髪色と同じ漆黒の衣装。
切れ長の目で貴公子然とした端正な顔立ちだが、それに似合わない程の剣の腕と圧倒的な力を持つ。
彼が黒騎士と呼ばれる所以は、その麗しくも近寄り難い風貌から来ている。
噂では、帝国を騒がせていた盗賊団を一人で壊滅させたり、瘴気に取り憑かれ猛り狂った魔獣をいとも簡単に倒したりなどその武功は並べるとキリがないらしい。
所詮は噂なのでどれが本当なのかはリラも知らないが。
そんな騎士様だが、いざ対面してみれば噂に聞くような冷酷で恐ろしい人などではなく、礼儀正しく表情豊かで、かなりのお人好しであった。
リラが厄介な客払いの為に適当に流した虚言もすっかり信じ込んでいたあたり、黒騎士の名に似合わず純真で素直だというのもうかがえる。
(もしかしたらこの人に頼めば・・・・・・)
一瞬、リラの心に邪念が浮かぶ。
事情を話して求婚すればお人好しな彼なら応えてくれるかもしれない。
断られても、帝都から誰が良さそうな相手を見繕って連れてきてくれるかもしれない。
(いや、いやいや・・・・・・)
お客様に求婚するなど駄目だろう。
それも、同情心を利用するような真似なんて。
リラの心が正義と悪との間で葛藤する。
迷った末に、リラは口を開いた。
「───────あのう、失礼ですが、騎士様は未婚でしょうか?」
聞いてみるだけ。
聞いてみる、ただそれだけだ。
そう、自分に言い聞かせたが。
「ああ。そうだが、それがどうかしたか?」
思わず目を見開いてしまう。
いやいやそんな都合のいいことがあるわけが無いと質問を重ねてみる。
「恋人は?」
「いないぞ」
「想い人は?」
「それもいないな。あえて言うなら、今のところ仕事が恋人だ」
なんということだろうか。
リラは思わず天を仰ぎたくなる。
ここまで聞いて、もはやこの千載一遇のチャンスを手放す理由などリラには無かった。
「でしたら騎士様───────お代は結構ですので、私と結婚しませんか?」
そう言われた時の騎士様の唖然とした顔は、これ以上ないくらいに面白いものだった。
──────────────
「そうか、なるほど。それでリラ殿は結婚をしたいと・・・・・・」
事情を全てありのままに話した後、騎士様は深いため息をついた。
結婚しないと呪われる、なんて突飛な話を信じてもらえるか不安だったが彼は素直に聞いてくれた。
魔女や人外でない者たちからは呪いなんてあるわけが無いと笑われたこともあったが、それが普通の反応なので、こうも簡単に信じてくれるとやっぱり彼はお人好しなんだと強く実感させられる。
「よく分かった。そのような深い事情があったのなら、いくらでも手を貸そう」
「良いのですか?」
「ああ。もちろんだとも」
そう言うと彼はリラの手を取る。
「我が名はアインハード。騎士の誇りにかけて、貴女の為に立派な旦那を努めあげてみせよう」
恭しく跪いて、彼は高らかに宣言した。
「アイン、ハード・・・・・・」
初めて聞いた、黒騎士様の名前を繰り返す。
まるで姫君に誓うかのような彼の宣誓に、思わず心が奪われてしまいそうだった。
「それでは、ふつつか者ですがよろしくお願いしますね。騎士様」
暗闇に輝く月のような瞳が、リラを射抜く。
美しい笑みで、彼はぐっと頷いた。
(まさか、騎士様に助けていただけるなんて、不思議な縁もあるものです・・・・・・)
自分から求婚しておきながら、こんなにあっさり決まってしまうなんて思わなかった。
自分が望むような展開が叶ったが、あまりにも上手く行きすぎて本当にこれで良かったのか不安になりそうだ。
そうして、ペルスネージュ特製の契約書に二人で名前を書いていく。
もしも旦那探しが上手くいった場合の為にペルスネージュから貰っていたのだ。
「これでいいんだな?」
リラはまだ成人していないので国の法律では結婚できないが、魔女の作った契約書に法律は関係ない。
リラが未成年だと聞いたアインハードはすぐさま断ろうとしたが、魔女だから普通の人間とは違うことを丁寧に説き、最終的にはリラの呪いを解くためにならと承諾してくれた。
普通の少女と同じように扱われるのは好きではない。
先代から白魔女の名を受け継いだからには、大人と等しく扱ってもらわねばリラとしては不服なのだ。
アインハードの周辺や届け出などには、リラの年齢を二つほど偽っておくことで問題は無い。
契約書は、最後に血判を押せば完成だ。
「はい。これで契約成立ですよ。これで、私とあなたは夫婦です」
あとは、呪いが消えるのを待つだけ。
リーンズワールの白魔女たちには、先代から跡を継ぐ儀式を終えた後、身体のどこかに呪いの刻印が現れる。
リラにもその刻印は印されており、場所は太腿だ。
服で隠れる位置なので他人に見られる心配はないが、鏡を見る度にその存在感に顔を顰めそうになる。
場所が場所なだけに今確認することはできない上、刻印は徐々に消えていくそうなのでまた後に確認するとしよう。
(これで、呪いは終わり。私もリーンズワールを出ていかずにすむ)
だが、本当にこれで良かったのかという気持ちは消えない。
勢いでリラと結婚なんてして、きっとアインハードは後悔をするのではなかろうか。
彼は美形で、周囲からは黒騎士と持て囃されている。
リラのような帝都の外れの森にひっそりと住む魔女とは、本来なら関わることなどないような人だ。
きっと、良家のご令嬢から縁談があったりするはずだろう。
「そうだ、騎士様。言い忘れていましたが、もしも他に誰か好きな人が出来たらすぐに伝えてくださいね。魔女は一夫多妻も一妻多夫も認めていますから、全力で応援しますよ」
「そ、そうなのか・・・・・・。多分それは大丈夫だと思うぞ」
やはり人間と魔女では価値観の相違が大きいようだ。
リラとしては彼を気遣うつもりで言ったのだが、アインハードからはなんとも言えないような顔で視線を逸らされた。
婚姻を結んで早々に他の妻についての話題は常識的にまずかったらしい。
「それで、リラ殿。旦那とは何をすれば良いんだ?」
話題を変えるようにアインハードがリラに問う。
宣言通り、リラにとっての良き旦那を努めてくれる気満々のようだ。
しかし、リラからしたらこの結婚は生存の為に必要なことでしかなく、夫婦らしい結婚生活などは一切求めていない。
「うーん・・・・・・とりあえず今のところは、次のワルプルギスの夜に私と一緒に出席してもらえれば良いです」
「それだけでいいのか?他に、家事をしたりだとか・・・・・・」
「いえいえ結構ですよ。騎士様に料理や洗濯などさせられません。それに、私たちは一緒に住んだりはしないでしょう?」
なんの気なしに言った言葉だったが、なぜだかアインハードはハッとしたように目を見開いて固まってしまった。
「そう、か。そうだったな・・・・・・」
「騎士様?」
一体どうしたのだろうか、困ったように視線をさ迷わせている。
何か気に触るようなことを言ってしまっただろうと思ったが、心当たりはない。
もしやアインハードは、リラとここで同居して本当の夫婦として暮らすと思っていたのだろうか。
いやいやまさかそんな、そう思った矢先。
「その・・・・・・もし、君が良ければなんだが、共に暮らしたりして夫婦らしく振る舞ってみないか?」
「・・・・・・え?」
その表情は、決してリラに好意があるというものではなく、何か焦っているかのようなものすら感じられる。
はっはーん。これはピンと来たぞ。
リラは心の中でそんなことを思った。
「もしや、騎士様も何か事情をお持ちで?」
アインハードは苦々しい顔で頷いた。