第二十二話 白魔女と真相
「お前、俺の妻に手を出したな。その薄汚い手でリラさんに触れるなどと、恥を知れ」
「貴様っ、なぜここに・・・・・・!?」
どうやらリラの推測通りに、無事にビアンカはアインハードを呼んでくることに成功したようだ。
間に合ってよかった。
ハインツもアインハードが魔女から貰った祝福のことは知らなかったのだろう。
魔術師でもないのに堂々とリーンズワールの土を踏みしめるアインハードに、驚愕の表情を浮かべている。
ハインツはリラの頭から手を離し、往生際の悪いことに逃げようとする。
しかし、それよりも先にアインハードが素早く剣を抜き、その刃をハインツに向けた。
「さあ、罪を償ってもらおうか」
まるで、悪魔のような恐ろしい形相で、彼はハインツを追い詰める。
突如として現れた黒騎士に、ハインツは対抗する術を持っていない。
既にほとんどの魔力を使い果たした魔術師が、歴戦の騎士と互角に戦えるわけなどないのだ。
「ふざけるなっ・・・・・・!」
それでもハインツは、諦めが悪いことに、残りわずかな魔力で反撃をしようとする。
が、それも叶わず、魔法陣すら出せないままにアインハードに斬りつけられた。
「ぐあっ・・・・・・!」
鮮やかな血がぱっと溢れる。
「本当は殺してやりたいところだが、このぐらいにしておいてやる」
ハインツは肩から胸にかけて切られたようだが、その傷は浅かった。
アインハードの実力からすれば、ハインツなど即座に斬り捨てられるだろうに、殺してしまわないためにわざとそうしているのだろう。
むしろ、致命傷でないだけ、痛みをハッキリと味わうことになるのでアインハードも意地の悪いことをするものだ。
「リラさん!」
ハインツを処理したアインハードは、へたりと力なく座り込んでいたリラの元へ駆け寄ってくる。
「大丈夫か、どこか痛いところは・・・・・・!」
あたふたと心配して慌てているアインハードの言葉を遮るように、リラはぎゅっと彼に抱きついた。
「・・・・・・騎士様、会いたかったです」
リラの言葉にアインハードは余計に慌ててしまった。
え、とか、あ、とか言葉を忘れてしまったかのようになって、リラが抱きついたことへの動揺を隠しきれていない。
ひどく赤面して、視線はあっちこっちに向かって定まらない。
リラを抱きしめ返していいのか迷っているらしい両手は、行き場をなくして固まってしまっていた。
「助けに来てくれてありがとうございます。やっぱり私の騎士様はかっこいいですね」
アインハードの驚きっぷりにくすりと笑いつつ、リラは彼への感謝を精一杯伝えた。
「リラさん・・・・・・」
彼にも色々言いたいことはあるのだろうが、アインハードはそれをぐっと呑み込んでリラをようやく抱きしめ返した。
彼の暖かな体温に、今までの緊張感が抜けていく。
リラはそっと、彼の腕の中で意識を手放した。
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目が覚めた時、知らない天井が飛び込んできた。
ここはどこだろうか。
綺麗な部屋で、客室のように整った、リラの家とは明らかに違う場所だ。
服もいつもの衣装ではなく、清潔な新品の寝間着になっている。
あの時、アインハードが現れて、ハインツを倒してくれた事は覚えている。
そこから先の、彼に抱きしめられてからの記憶が無い。
まさかあの状況でリラは眠ったのだろうか。いや、眠ったというよりも気絶したと考えるべきだろう。
しかし、以前リラの元を訪ねてきた無礼な魔術師の正体がハインツだったとは思いもよらなかった。
騎士団で会ったときは明るい好青年のようだったのに、あの豹変ぶり。
本性を隠すのが上手なことで。
まさに、人は見た目によらないという言葉を体現したような人物だ。
ぐっと伸びをして、ベッドから降りる。
ひとまずあれから何があったのか、ここがどこなのかを確認したい。
と、その時。
ドアが開いて入ってきたのは、アインハードだった。
「あら、騎士様」
「リ、リラさん!目が覚めたのか、良かった・・・・・・じゃなくて、まだ安静にしていてくれ」
アインハードは部屋の中をうろうろしていたリラに驚いている。
まだ眠っていると思っていたのだろう。
リラはしぶしぶ、ベッドに腰掛ける。
「騎士様、ここはどこなんです・・・・・・?」
「ああ、ここは騎士団だ。ひとまず、騎士団に常駐している医者に容態を見てもらったんだ。それに、ここなら絶対に安全だからな」
確かに、アインハードだけでなく数多くの騎士たちが集う場所なら、魔術師も手出しはできないだろう。
「ありがとうございます、おかげさまですっかり元気になりましたよ」
とりあえず、もう十分に寝たのであの後何があったかの確認がしたい。
そう言ってもアインハードはなかなか引き下がらず、そっとリラの頬に手を当てた。
「うん、ちゃんと暖かいな。だが、無理をしてはいけない。もっと寝ていなければ・・・・・・!」
「いやもう本当に大丈夫ですって」
アインハードはよほどリラの事が心配らしい。
確かに心配をかけたのはこっちだが、幼子でもあるまいし、いつまでもベッドの上でごろごろしているわけにはいかない。
大丈夫です、いやまだダメだと何度も同じやり取りを繰り返していると、コンコンとノックの音が聞こえた。
二人して阿呆みたいな喧嘩から我に返り、押し黙る。
それから、リラは外に向かってどうぞと声をかけた。
「・・・・・・失礼する。もう回復したのか」
「あっ、あなた!」
入ってきた男性の顔を見て、リラはあっと声を上げた。
何を隠そう、その人物が魔術師団のヴェルナーだったからだ。
「ちょっと、どういうことなんです!?ハインツさんはあなたの部下なんですよね!?」
逃してなるものかと詰め寄ると、ヴェルナーはやれやれと肩を竦めた。
「言っておくが、俺はあいつの仲間じゃないぞ。むしろ、監視役だな」
思わぬ言葉にリラは勢いをなくし、首を傾げる。
「監視役、ですか?」
「このところ、ハインツが魔術師たちを集めて不穏な動きをしていると言うことは分かっていた。監視の役目もあって、俺はハインツとの行動を義務付けられ、その動向を報告することになっていたんだが、まさか別件で離れている時を狙われるとはな」
なるほど、表向きは上司と部下の関係だったが、それは偽装で実際はハインツのことを疑っていたということか。
「何人か俺の部下に尾行させていたが、流石にあの森の中には入れないからな。報告を受けて直ぐに駆けつけたところ、君たちがいたということだ」
咄嗟にリーンズワールの森に逃げ込んだのはリラだ。
あのまま大人しくか弱いフリでもしていれば助けが入ったのだろうか。
そう考えると無駄足を踏んだ気がしなくもないが、あの状況で身を守るための行動としてはリラなりの最善を尽くせた方だろう。
「ハインツを斬ってしまったし、どうしようかと困っていた時にヴェルナー殿が助けてくれたんだ。すぐに医者の手配もしてくれたし、リラさんの魔力についても診てくれた。俺は魔術の心得がないから、本当に感謝してもしきれない」
「何も感謝されるようなことはしてないさ。それに、この件は身内の不始末だしな」
後のことは全てヴェルナーが片付けてくれたのだった。
アインハードも眠ってしまったリラを抱えたままでは困っただろうし、その上リラは何人もの魔術師を倒したまま放置していた。
「君には迷惑をかけた。本当にすまない。後日、魔術師団から正式に謝罪させてもらう」
由緒正しき魔術師団の魔術師として、今回の件は弁解の余地がないと、ヴェルナーはリラに頭を下げる。
「いいんですよ、あなたは悪くありませんから」
「さすが、白魔女殿は優しいな。魔女の鉄槌を下すぐらい、すべきだろうに」
「いえ、争いごとは嫌いですから。それに私、治癒の魔女なので癒す以外に大したことはできませんし」
魔女や魔法使いは怒らせると面倒だ。
彼らは人間を慈しみ愛おしむ反面、人間のことを躊躇いなく、容易く、断罪してしまえる。
今回の件は白魔女に対して無礼どころか危害まで加えたのだから、何人か呪われても不思議じゃない話だ。
だがリラは、そういったことは好まない。
癒しの魔女として生きているのだから、人間を呪うなんて性質に合わない。
罪を償うのなら、他に方法はいくらでもある。
例えば、高価で手に入りにくい貴重な薬の材料をお願いするとか。
厄介な存在であった魔術師団が今後魔女たちに逆らうことが無くなるのなら、それでいい。
「それで、白魔女の私に聞きたいこととかないんですか?あなた、私のこと探してたんでしょう」
ふと思ってそう聞いてみたところ、ヴェルナーの反応は意外にも冷めたものだった。
「魔術師団にもいくつか派閥があるんだ。ハインツは敵対している連中をどうにかして片付けて、成り上がりたかったんだろう。俺は派閥にはどこにも属していないが、魔術師団長直属の部下として、陰で情報収集を行っている。君のことも調査の一環であって、ハインツの前で魔女の話題を出して反応を伺っていただけだ。だからまあ、要するに、俺自身としては魔女に興味はない」
ヴェルナーはきっぱりと言うと、さっと部屋を去っていった。
ハインツよりもヴェルナーの方が魔女に興味を示していたはずなのに、実際はハインツの方が魔女の元へ来たのは不思議に思っていた。
ヴェルナーがリラの正体を探り、押しかけてきた方が自然な流れだと思ったからだ。
あの時ハインツが特に魔女に関して何も言わなかったのは、既にリラが白魔女だと知っていたからだったのだろうか。
それとも、少しでも疑惑の目を逸らすためだろうか。
どちらにせよ、これでもう全ては終わったのだ。
後のことは魔術師団と騎士団に任せて、リラは自分の務めに戻りたい。
「騎士様、家に帰りましょう」
「だが、もう少し休まなければ・・・・・・」
もう元気なのに、なかなか折れてくれない。
ずいぶん過保護な気質が増してしまったようだ。
リラはふふっと笑うと、アインハードの手を取る。
「私たちの家に、あなたと帰りたいです」
「・・・・・・」
アインハードはあっと驚いた顔をして、何か言いたそうだったが、ただ黙ってリラの手を握り返した。
穏やかな静寂だけが、二人の間にはあった。




