第二十一話 白魔女と招かれざる客
「どちら様でしょうか」
動揺を隠して、扉をゆっくりと開く。
外で待ち構えていたのは予想通り、黒いローブを羽織り素顔を隠した人々であった。
「我々は魔術師団だ。リーンズワールの白魔女殿に、要件があってこちらへ参った」
「・・・・・・またですか」
素顔は隠しているが、その衣装には魔術師団の紋章がある。
何故国家組織である彼らがこんな所へ来ているのか、それは魔女の薬が理由だ。
彼らがここへ最初に来たのは、アインハードが初めてこの家を訪れる少し前の出来事だ。
魔術師団を名乗る複数人が、リラの所へ押しかけてきて魔女の秘薬の製法を教えろと迫ってきた。
わざわざ素顔を隠しているということは、彼らのやっていることは、魔術師団の一部の人間が集まり独断で行っていると考えるのが妥当だろう。
魔術師団長の公式な司令であるのなら隠す理由はないからだ。
以前騎士団本部でヴェルナーに出会った時、彼はリラが白魔女ではないかと疑っていたが、同じ魔術師団所属であるはずのハインツはまるでそんな素振りを見せなかった。
本当に公式な司令であるのなら、ハインツも同様に疑ってしかるべきだ。
それに、彼らが魔術師団の名を騙っているだけの偽物だということも十分考えられる。
「魔女の秘薬の製法を、教えてくれる気になっただろうか」
代表するかのように前に進み出てそう言った人の顔は分からないが、前回来た時と同じ人物のようだ。
若い男の声で、淡々と話を続けてくる。
「我々も忙しいんだ、これ以上待つことはできない」
「その話ならもう終わったと思いますが。そんなに薬のレシピを知りたいのなら、どこかの魔女に弟子入りすべきでしょうね」
「それが出来ないから君に頼んでいるんだ。報酬はかなりの額を約束すると言っただろう。必要であれば金以外にも宝石やドレスを用意する」
馬鹿にしているのか。
明らかにこちらを舐めてかかっているその態度に、リラは怒りが抑えられそうにない。
確かに、綺麗な宝石や流行りのドレスはいかにも若い令嬢たちが喜びそうな品物だろう。
リラだって、そういうものを師匠やノーディカたちからプレゼントしてもらった時はすごく嬉しかった。
だが今は、金品も流行りの物もどうでもいい。
魔女のレシピをその程度の物で渡してしまえるほど安いものではないのだ。
彼らは治癒の為の薬を欲している訳では無い。
白魔女の薬のレシピは多岐にわたり、何代もの魔女たちが受け継いできたものだ。
中には通常のものとは異なるものだってある。
魔力を急激に増幅させる薬、身体を強化させる薬。
記憶の操作、洗脳。
そして、毒。
彼らはその一部の危険な薬に目をつけて、それを悪用するつもりで白魔女のレシピを欲しがっているのだ。
もしも彼らの手に渡ってしまえば、一体どれだけの首が転がることになるのやら。
魔女たちは謀略の為に薬を作り続けてきたのではない。
彼らに薬を渡してしまえば、先代魔女たちの意志に背くことにもなる。
「前にも言ったと思いますが、私があなた方に協力することは絶対にありえません。お引き取り願います」
「まあそう言わずに。少しぐらい我々の話を聞いてくれないだろうか。君たち白魔女の薬があれば、この国の役に立つだけでなく」
「人殺しの役にも立つんでしょう?あなた方のしようとしていることなんて、言わなくても分かりますよ」
ハッキリそう言ったが、彼ははぐらかそうとするばかりだった。
「まさか、君は我々魔術師団を何だと思っているのか。そのような真似をするはずがないだろう。薬の製法は、魔術師団の研究の役にも立つんだ。君から頂いた製法は、魔術師団でしっかり保存しておく予定になっている」
「でしたらどうして、そんな顔を隠して押しかけてくるんです。わざわざこんな時間じゃなくても、外が明るいうちに魔術師団長てまも連れてきて堂々と尋ねて来ればいいじゃないですか」
「魔術師団長は多忙である故に我々がこうして出向いていることは説明したはずだ。これも我々の正装であり、君が思っているような素性を隠すためのものではない」
何を言ってものらりくらりとかわされる。
けれども、絶対に引きさがろうとしないリラに対して、だんだん苛立ってきているのは分かった。
「・・・・・・もう一度言おうか。これは魔術師団からの正式な要請だ。君はまだ結婚したばかりなのだから、夫を失いたくはないだろう。今ここで大人しく従えば、悪いようにはしないと言っているんだ」
「取引に応じないと分かれば今度は脅しですか。呆れたものですね、それが本当に魔術師のあるべき姿なのでしょうか」
「いい加減にしろ。何故分からない?どうしても応じないと言うのなら、今ここで君を処分して、この家から製法を探し出すことだってしてもいいんだぞ」
「そちらこそ、あなた方が私よりも弱いということが何故分かりませんか?」
実際、この家には魔法がかけられているので彼らは踏み入ることすらできない。
己の力を過信しすぎだろう。
「ふざけるな、お前のような娘に何が出来るという!魔女であるからその不遜な態度も見過ごしてやっていたが、自ら我々の慈悲を捨てるとはな!」
これ以上不毛な会話を続けても意味は無いだろう。
ため息が出そうだった。
「申し訳ありませんが、あなた方の顔をこれ以上見たくないので出ていって貰えますか」
リラは片手に持っていた杖を高らかに掲げる。
「いいえ、出ていきなさい。リーンズワールの名において、あなた方がこの地へ足を踏み入れることを今後一切禁じます!」
周囲に激しい風が吹きすさび、ぱあっと白い光に包まれていく。
魔術師たちが警戒するように、一斉に魔法を発動しようとする。
しかし、彼らの魔術が発動されることはなく、端の方からバタバタと気を失ったように倒れていくだけだった。
一人だけ、まだ立っているのはリラとやり取りしていた男だけ。
「・・・・・・クソっ、雑魚は盾にすらならないか」
「お仲間にそのようなことを言っていいんですか」
「仲間じゃない。こんな連中と一緒にするな」
これが由緒正しい魔術師団の態度だなんて、聞いて呆れる。
本当に盾としてしか見ていなかったようで、彼は他の仲間に見向きもせずにリラに向けて魔術を発動しようとする。
「痛い目を見ないと分からないようですね」
もうやるしかない。
治癒の魔女として人に危害を加えるのはあまり好ましくないのだろうが、相手がその気ならこちらも身を守るために戦わなければ。
「・・・・・・でも、玄関先で争うのも何ですし、こっちへ来てくださいな。ただし、来られるのなら、ですけれど」
リラが杖を一振りした瞬間、リラの姿がそこから消える。
リラは瞬間移動で、リーンズワールの森の入口にいた。
わざと焚きつけるようなことをして、常人には入れない森の中へ誘うことにしたのだ。
卑怯かもしれないが、そんなこと言っている場合ではない。
「・・・・・・っ、さすがは魔女だな。だが、こんな小娘、今すぐにでも捻り潰してやる」
やはりこれまでの流れからして、彼は気が短く、そして己を過信しているようだった。
リラの煽りを受けて、考えるまでもなくこちらへ突っ込んでくる。
「来い!ヴィエルデ・アル・スフィアス───────!」
彼の足元に出現した魔法陣から、大きな魔獣の形をした幻影が現れる。
氷のように透き通っていながらも、硬く重そうだ。
だがリラはその恐ろしい魔獣にも怯むことなく、手を伸ばして魔法をぶつける。
「いい幻影ですね。作りも精巧で、よく出来ています。ですが・・・・・・脆いですね」
リラに飛びかかってきた魔獣は、リラを切り裂く寸前で木っ端微塵に破裂した。
「うるさい小娘だな・・・・・・!」
上空に魔法陣が発動される気配がして、慌てて顔を上げる。
「わっ」
今度は何本もの鋭い氷柱が、リラの脳天目掛けて空から降ってきた。
リラはすかさず回避をするが、ご丁寧にもリラの動きを追尾してきて、服が汚れるのも構わず滑り込みで避ける。
「危ないじゃないですか!殺す気ですか!」
「その通りだよ」
冷たい声でそう言いつつも、森の魔力の影響で彼もそろそろ限界そうだった。
口の端からたらりと赤い血が一筋垂れている。
この環境の中、何度も魔術を使っただけでも大したものだと言うのに、彼はまだ諦める様子はない。
しばらくそうして、互いに攻撃し合いながら攻防戦を繰り広げていると、だんだん彼の方に疲れが見え始めてくる。
「そろそろ魔力も切れる頃じゃありませんか?」
「くそっ・・・・・・!」
ついに膝をついてしまった。
いくらなんでも無茶をしすぎたのだろう。
呼吸は荒く、手は震えている。
いくら強い魔術師とはいえど、彼は人間なのだ。
こうしたのは自分だが、流石に死んでしまわないかと心配になってきた。
「もういいじゃないですか、このままだとあなたの体が壊れますよ。諦めてお仲間と一緒に帰った方がいいですよ」
抵抗すらできなさそうな彼に近づき、ローブのフードを取り払う。
少しだけ治療してやって、魔術師団に魔法で送り返してやろうと思っての事だったが、顕になった素顔を見て、リラは唖然としてしまった。
「まさかあなた・・・・・・っ!」
フードの下から現れた輝かしい金髪に目を見張る。
彼は、以前騎士団で出会った魔術師の青年、ハインツだった。
彼はリラが驚いている隙を狙って、リラの頭を乱暴に鷲掴みにすると魔術を使う。
「お人好しにも程があるだろう!」
「くっ・・・・・・!」
まさか、さっきまで苦しんでいたのはリラを油断させる為の演技だったというのか。
ハインツの魔力は氷のように冷ややかで、リラの頭をきりきりと締め付けるようだ。
頭が割れるように痛く、意識が朦朧とし始める。
痛み以外何も考えられなくなってきた。
「苦しいか。魔女の秘薬について洗いざらい話すのなら止めてやる。言え」
「だ、めっ・・・・・・!」
「言え!さあ早く!」
目の前が霞んでいく。
それでもリラは必死に口を閉ざすと、歪む視界の中、ハインツを必死に睨みつける。
その時だった。
「───────その手を離せ。愚か者が」
空気を切り裂くような声が聞こえた。
それが聞けただけで、リラの頭を支配する痛みがすうっと消えるようだった。
ずっと待っていた、会いたかった。
「っ、騎士様・・・・・・!」




