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第十六話 白魔女と『祝福』

客室では、宣言どおりリーヴェスが手ずから紅茶を入れてくれた。

重厚で洗練された雰囲気のある客室で、リーヴェスが優雅に過ごしている姿を見ているとここが伯爵邸のように感じられる。

普通に考えてこの時間なら彼も仕事中だろうが、わざわざ時間を取ってくれたということなのだろう。

せっかくなら、聞けることは全て聞き尽くさなければ。

と、意気込んだはいいものの。


「アインから聞く限りでは、君は普段あまり遠出はしないようだけれど、今日は何か用事があったのかな?」


「ええ、はい・・・・・・騎士様の、アインハード様のことで、聞きたいことがありまして」


「あれ?旦那様って呼ばなくていいの?」


「・・・・・・!」


その言葉を聞いて慌てて口を押えたがもう遅い。

リーヴェスはいたずらっぽい笑顔を浮かべていた。

アインハードと考えた『設定』のことをすっかり忘れていたのだが、その口ぶりからしてリーヴェスはリラとアインハードが噂に聞くような夫婦ではないと知っているようではないか。

まさか、契約結婚だと見抜かれてしまったのだろうか。


「騎士団長様、これは、その・・・・・・」


「ああ、別に責めているわけではないんだよ。君たちが普通の夫婦じゃないってことは最初から分かってたのに、弄ぶような真似をしてごめんね。一生懸命がんばって演じてる君が面白くて、つい」


リーヴェスはくすりと笑う。

最初から知られていたのなら、あんなに二人で計画を立てていたのを思い出すと恥ずかしくて仕方がなくなる。

おそらく、何も知らないふりをして事前に調べていたのだろう。

リラに会いに来た時には既に分かっていたのに、あえて口に出さなかったのはリラのことを見定める為だったのかもしれない。


「でも、今日のアインを見ていたらただの契約結婚じゃないってことぐらいすぐに分かるよ。他人に関心がそれほどないはずのあの子のあんな顔、久しぶりに見たなぁ」


リーヴェスは懐かしむようにそう言う。

アインハードは、他人と共に生活することが苦手だと語っていて騎士団の寮にも入っていなかった。

確かに、一部の人間以外には容易く心を開かないはずの彼が突然恋に落ちるなんて、疑われるのも当然だ。


「アインは将来絶対に恋愛しないと思ってたから私が探してあげないとって色々誤解したまま結婚相手を探した結果、それがアインと君との出会いに繋がるなんてね。もしかして私、ここ最近で一番良い仕事してるんじゃない?」


茶化すようにリーヴェスは言うが、リラには腑に落ちない。

先程からのアインハードの態度といい、リーヴェスのこの言い様といい。


「・・・・・・騎士様は、私に恋をしているのですか?」


ようやく口に出して、それから恥ずかしくなって俯いた。

こんなことを聞くなんて、自惚れているのかもしれない。

もしかしたらそちらの方が楽かもしれない。

どうかこれが嘘であって、勘違いであって欲しい。


「おや?」


リラの内心を察しているのかどうなのか、リーヴェスは微笑を浮かべたまま聞き返す。


「私と騎士様は、お互いの利益の為に結婚した関係です。ですが、騎士様のその利益が本来は必要のないものであったことが分かった今、騎士様にとって私は必要のない存在ではありませんか?」


恋とはリラにとって未知のものである。

師匠たち夫婦を見ていても、人が人に恋をするということを理解出来たとしても、それを自分に置き換えて考えるということはできなかった。

利益がないというのに、アインハードという美男が、リラという無愛想で怪しい薬を作る魔女に恋をするという事実がどうにもおかしい。


「騎士様が私に恋をする理由が、私には分かりません」


アインハードに恋愛感情が無いのは、酒の魔女ノーディカの襲来の際に確かめたことだ。

友情や親愛があれど、恋愛ではない。


「アインハードの気持ちを知りたいのなら、私に聞くよりも本人に問いただす方が早いだろうねぇ。それよりも、アインについて私に聞きたいことがあったんじゃなかったのかい?そちらの方が力になれる気がするよ」


すっかり頭から抜けていたと、慌てて顔を上げる。

今日の本題はそれなのだ。間違っても恋愛相談などではない。


「騎士様の・・・・・・過去について聞きたいのです」


「へぇ、あの子の過去ね。それもアインに直接聞いた方がいいと思うんだけどな」


たしかにその通りだが、あの夜の出来事が本人に自覚のない以上簡単に触れたくは無いのだ。

そのことも隠さず素直にリーヴェスに話してしまうべきかと悩んだが、彼はリラが答えを出す前に口を開いた。


「でもいいよ、教えてあげよう。何か事情があるみたいだからね、細かいことは聞かないさ。それで具体的に、どれくらいの年齢だとか、どういう出来事だとかはあるかい?」


「でしたら、騎士様が人生で一番精神的なダメージを受けたと思わしき出来事についてお願いします」


リラの予想が正しければ、アインハードの心理の根底にはかならず幼少期の出来事があるはずだ。

両親が突然亡くなり、伯爵家へ引き取られる。

悲劇に見舞われ、環境も一変したとなれば、大抵の人間は何かしら心に傷を負うものだ。

リラだって、人攫いにかどわかされた時の事を何度も夢に見て震えたのだから、心優しいアインハードなら尚更のことだろう。


「ああ、それなら私に聞いて正解だね。答えは一つ、アインのご両親が亡くなられた時のことだ」


やはり。

リラは息を飲んで話を聞く。


「馬車で帝都へ向かっていた際に季節外れの嵐に見舞われて、事故に巻き込まれてしまったんだ。その時はアインも一緒にいたんだけど、助かったのは彼一人でね」


悲惨な事故だったとリーヴェスは語る。

帝国北部から帝都へ繋がる街道で、暴風と豪雨で視界の悪い中の事故だったと。


「当時現場に駆けつけた人の証言だと、土やら血液やらで汚れた服装のアインが呆然と立ち尽くしていたそうでね。何度か声をかけると突然気を失ってしまい、目覚めた時には何も覚えていなかったんだ」


「・・・・・・え?」


「アインハードは、事故のショックで記憶喪失になったんだ。最初は自分がどこの誰だかも分からない状態で、酷く錯乱していた。だから、アインにはご両親が亡くなる以前の記憶は無いんだ。幸いにもアインは傷一つ負っていなかったから、私の家へ来てからは剣の鍛錬に打ち込むことで精神を落ち着かせていたんだよ」


リラは思わず言葉を失う。

アインハードに記憶がないなんて、そんな話、初めて聞いた。


「その話、本当なんですか・・・・・・」


「うん。残念なことにね。アインに幼少期のことを聞いても教えてもらえないんじゃなくて、本人も知らないんだ。そういうわけだから私を訪ねたのは正しかったね」


「ですが、騎士様のご両親が亡くなられているのに、一緒にいた騎士様が無傷だったというのはどういうことです・・・・・・?」


アインハードだけ無傷だなんて、いくら丈夫な体をしているとはいえはありえない。

アインハードは人外ではない、れっきとした人間なのだから。

リーヴェスはリラから問われ、少し迷ったように思案してから口を開いた。


「君は、魔女の祝福を知っているかい」


「───────!」


予想だにしていなかった言葉に思わず息を飲む。

魔女は神秘である。

人には扱うことのできない魔法を自由自在に操り、人智を超える力を持つ。

そのうちの一つが、『魔女の祝福』だ。

不治の病を治す、人間の能力を超えた才能を与えるといった、人の子の道を祝う為に魔女は祝福を授けることがある。

この力は長く生きいる強い魔女しか扱えないことがほとんどで、リラやノーディカのような若い魔女には使えない。

村の伝統としている魔女もいれば、決して誰にも祝福をさずけることの無い魔女もいる。

そして、気まぐれに与えてしまうような魔女も。


(なぜ、魔女が・・・・・・?)


リーヴェスはリラとアインハードとの関係を調べたと言っていたのだから、口に出してはいないものの、リラが白魔女だということも把握しているのだろう。

となれば、リラがこの単語に過剰に反応するのも分かって聞いているのだ。


「事故があった時、偶然通りすがりの魔女に助けられたらしい。その時には既にご両親は息絶えていたそうで、アインの傷を治した魔女はついでに孤独の身となってしまったアインのことを案じて祝福を授けてくれた」


単なる気まぐれか、本当にアインハードの将来を案じてかは分からないが、時としてその祝福は、災いにもなりえる。


「『何にも負けない強い身体を授けよう』・・・・・・まだ伯爵家に来たばかりのアインは、雨が降る夜はかならずこの言葉がどこからともなく聞こえてくると怯えていた」


瘴気に侵されても平然としていられる頑丈な体に、騎士団のエースとして活躍する身体能力。

そして、生身の人間でありながらリーンズワールの森に適応できる精神。

それら全てが、かつてどこかの魔女が幼い彼に与えた魔法による力だとしたら説明はつく。

騎士団で戦う上で頑丈な肉体であることに越したことは無いだろうが、度が過ぎてはなんの意味もない。

普通の少年であったアインハードには、耐えられないだろう。

身近に魔女や魔術師がいるわけでもなく、知識も乏しいのだから余計だ。

これは魔女によって体をおかしくされたと言うことで、アインハードにとっては魔女とは忌むべき存在である方が正しいだろう。

だがアインハードはリラが魔女であるということを承知の上で結婚し、他人が苦手と言う割には毎日顔を見に来て、さらに同居までしている。

下手をしたら彼の人生そのものを捻じ曲げてしまうような祝福を授けた『魔女』という存在と同じ種族であるリラを、誰よりも受け入れている。


(騎士様は、どうして・・・・・・)


「アインのことで話せるのはそれくらいかな。昔のことだし、アインももう気にしてないと思うけど、祝福のおかげで痛みに鈍い体になっちゃってね。君との出会いのきっかけになった時の怪我も、なんともない顔で致命傷を負ってくるものだからもう皆びっくりしちゃって」


リーヴェスはくすりと笑う。

あの時、どうして常人から気を失うよう瘴気に侵されていながら平気な顔でいられたのかがよく分かった。


「騎士団長様、ありがとうございます。私、騎士様とちゃんと向き合って話そうと思います」


「それがいいよ。また何か聞きたいことがあったらいつでもおいで。私はアインのあんな話やこんな話でも、なんだって知ってるからね」


いたずらっぽいウインクでリーヴェスさそう言った。

出会ってからもう数ヶ月が経ったが、お互いにまだ知らないことだらけだと改めて思わされた。

夜になって彼が帰ってくるまで、あの家で待っていよう。

リラはリーヴェスにもう一度感謝を述べると、足早に騎士団を後にした。



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