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第十四話 白魔女と帝都

そうして、リラは一人帝都にやって来たのだが、大通りには店々が立ち並び、様々な政府機関や荘厳な教会も点在する帝都は、やはり華やかで賑わっている。

行き交う人々はどこか忙しなくも活気があって、リラはその人々の合間を縫って綺麗に舗装された道を歩いていく。


「帝都、久々ですね」


誰に話しかけるでもなく、そう独り言を呟いた。


ここしばらく、半年以上だろうか、帝都には用がなかったので来ていなかった。

生活必需品は近くの町で揃うからわざわざ帝都まで買いに来る必要が無いのと、やはり以前、リラのところを訪れた柄の悪い客のことが気がかりだったのだ。

帝都から来たと言っていたので、無意識的に避けていたのかもしれない。

リラの家の近くの町は、帝都の周辺の都市の中でも一番小規模なところだから、帝都からほど近いはずなのにどこか田舎のような雰囲気もある。

華やかな帝都も素敵だが、やはりリラは静かな町の方が好きだった。


(騎士団はあっちでしたかね・・・・・・)


以前に来た時、騎士団本部の建物を見かけたことは覚えている。

立派な造りで、周囲からも際立って見えていた。

方向はこの辺りだったと記憶しているのだが、迷ったら最悪、誰かに道を尋ねるか。

と、そんな具合に歩いていると通りの店の店主から声をかけられた。


「おや、そこのお嬢さん!どちらへ行かれるのかな?よかったらうちの店も見てってくれよ」


「こんにちは。騎士団へ行く予定ですよ。お菓子屋さんですか、素敵ですね」


奥でケーキでも焼いているのか、生地の焼けるいい匂いが漂ってくる。

リーヴェスに会えたら、帰りに寄って行くのもいいかもしれない。

アインハードはああ見えて甘いものが好きなのだ。


「おや、お嬢さん!素敵な髪色をしているねえ。この白さはうちの看板商品のクッキーと同じくらいだよ!」


ショーケースの中にラッピングされて並べられているのは、雪玉に見立てて作られたころころと丸い形のクッキーだ。


「あはは、ありがとうございます」


リラのことも褒めつつ商品を勧めたという訳だ。

用が終わったらまた来ますね、と言ってやんわりと断ると軒先から離れていく。

騎士団本部を目指さなければと再び足を進めるが、なかなかたどり着かない。


「おかしいですね。この辺りだと思ったのですが・・・・・・」


気づけば人々が集まる広場に着いてしまった。

出店に並ぶ人や、花を売る人。友人同士で集まって井戸端会議。

帝都の中でも人々の居住区に近いところに来てしまったようだ。

これはしまったと頭を抱えつつ、近くのベンチに座る。

一旦小休憩だ。頭を冷やそう。


「あら、珍しい髪色をしているわね。あなた」


リラが座ったのを見てか、花を売っていた女性がリラの隣に腰掛けてきた。


「いえ、それほどでも」


また髪色について言われてしまった。

顔を覗き込まれてしまえば、ローブはそれほど効果が無かったかもしれない。


「あら、ごめんなさい、もううんざりって顔ね。そんなつもりは無かったのよ」


「ああいえ、そういう訳ではないんです。あの、私、騎士団へ向かっているのですが騎士団本部はどこにあるのでしょうか?先程から全くたどり着けなくて」


疲れていたせいか、機嫌が悪く見えてしまっていたらしい。

この際彼女に正しい道を教えてもらおうと、道に迷っているかもしれないと話してみた。


「あら、そうだったの。でも残念だったわね、騎士団ならあっちよ。あなたの目指している方向と真逆ね」


「そ、そんな・・・・・・!」


がっくり。

リラは盛大に崩れ落ちた。

彼女が指さしている方向は、言葉通り真逆の向きだった。

なんということだろうか。

リラの今までの労力はなんの成果も得られなかったことになる。

なぜ途中でおかしいなと気づいて引き返さなかったのかを悔やむしかない。


「まあそんな時もあるわよ。気にしない気にしない。そこまで遠いわけじゃないし、焦らずゆっくり歩いていけば大丈夫よ」


「そうですね。ありがとうございます」


花売りの彼女に礼を言うと立ち上がる。

落ち込んでいる暇はない。

彼女の言う通り、ゆっくり着実に歩いていけばきっと大丈夫だ。

そう意気込んで歩いていこうとしたが。


ふと、後方から誰かが叫ぶような声が聞こえてきて立ち止まった。

何を言っているのかはよく聞き取れないが、なにか切羽詰まっている状況のように察せられる。


「なんだいあれ?ずいぶん騒がしいね」


花売りも立ち上がって様子をうかがいだした。

どうやら路地の方からなにか争っているようで、怒鳴り声のようなものも聞こえてくる。

喧嘩でもしているのかと周囲の人々も首を傾げていると、だんだん声はこちらへ近づいてきた。


「なにかあったのでしょうか・・・・・・っ!?」


広場に現れたのは、刃物を持って逃げている男と、それを必死に追いかけているご婦人だった。


「泥棒よ!誰か捕まえてちょうだい!」


「なんだって!?」


周囲の人々は捕らえようと飛びかかってくるか、ナイフに恐れおののき逃げ惑っている。

皆がざわめいて、女性の甲高い悲鳴なども聞こえてきて騒然としている。

逃走していた男は、頬の痩けた形相の悪い男だ。

血走った目で刃物を人々に向けている。

泥棒だとご婦人は叫んでいたが、その手には小さな箱が握られている。


(あれが盗んだものでしょう。きっと中には高価な物があるはず)


おそらくご婦人はあれの持ち主もしくは販売していた店の店員だろう。

周囲が混乱しているうちにこっそり魔法で男を眠らせるなり攻撃するなりでなんとかしようとするが。


「あら?」


「おい!この子供は人質だ!一歩でも動いてみろ、こいつを殺してやるぞ!」


なんという不運か、男は周りよりも幼いリラに目をつけてナイフを突きつけてきた。

男にはリラが小柄で非力な少女に見えているのだろう。

たしかに、人質にするにはうってつけだ。

狙われるのも納得できる。


男はリラをぐっと引き寄せると、周囲に向かって動くなと叫ぶ。

追いかけてきたご婦人も、近くにいた花売りの女性も顔を青くして固まってしまった。

それだけでなく、引っ張られた衝撃でフードも外れてしまい白い髪が顕になってしまう。


(これは困りました。こんな男、魔法で撃退できますけど、それをしたら魔女だとバレてしまうじゃないですか)


久々に出かけたら、道には迷い、暴漢の人質にされた上に公衆の面前に髪を晒されるなんてついていない。

ため息がでそうだった。


「お、おいあんた!こんな子に乱暴するなんてやめてくれよ!人質ならあたしが代わってやるから!」


完全に気力を失ったリラのことを、人質にされたことで絶望していると思ったらしい花売りの彼女が、恐る恐る前に歩みでてきてそう言った。

だが、盗んだ上に昼間からナイフを振り回し少女を人質にするような男がその要求を飲むはずがない。


「ダメです。危険ですから下がっていて」


「何言ってんだい、子供のあんたこそ危ないだろう!」


せめてもう少し、人々の目線が逸れるような時があればなんとかできるのに。

もどかしくて仕方がない。

この国の人間が、町の人々のように魔女に対して好意的でいてくれる人ばかりだなんてリラは思っていない。

そもそも、以前に帝都から来た横暴な客からも魔女を恐ろしい化け物のように言われて嫌な思いをしたばかりなのだ。

ここで魔法を使って男を打ちのめしてしまえば、余計な混乱を招きかねない。


「ところであなた、一体何を盗んだんです」


魔法でどうにかできないのなら、男を説得してどうにかしようと試みる。


「は、はぁ!?なんでそんなこと聞くんだよ!?状況分かってんのか!」


「わかってます。痛いぐらいには」


ぐっと腕を掴まれているのでかなり痛い。

その上喉元にはナイフが突きつけられている。

こんな状況で冷静なリラの方に、逆に男の方が気味悪がりだした。


「な、なんなんだよコイツ・・・・・・!」


「今ならまだ引き返せますよ。この辺でやめにしましょう。あのご婦人にその品を返して謝った方がいいですよ」


「何言ってやがる!ふざけてんのかこのガキ!」


男の怒鳴り声を聞いて、とうとうご婦人が倒れてしまった。

リラとしては本心から勧めたのだが、男にはリラがとち狂ったようにしか見えないらしい。


「クソッ!なんなんだコイツ!とにかく俺は逃げなきゃならないんだよ・・・・・・!」


そう吐き捨てた男は、リラを連れて広場から逃げていこうとする。

周囲で固唾を飲んで見ていた人々も、リラにナイフが突き立てられたままでは手出しのしようもない。


「あわわ、あまり強く引っ張りすぎないでくださいよ」


「うるせぇ!」


このまま路地へ入ってしまえば、人目は無くなる。

だったらもうそこでぶちのめしてしまおう。

これ以上こんなのに付き合ってはいられない。

ともかくリラは、一刻も早く騎士団へ向かいたいのだ。


路地入ったあたりで、リラはおもむろに男の背後へ迷いなく手を伸ばした。


「ちょっと失礼しますね」


確かこの辺りがよく効くのだったか。

この魔法は久々に使うので上手くいってくれるといいのだが、と思いつつ指先に魔力を込める。


「あ?何言って・・・・・・っっ!?いてぇ!?」


その瞬間、カシャン、と音を立てて男の手からナイフが滑り落ちた。

男の腕が激しく震えて、リラのことを掴んでいられなくなる。

狙い通りにできたらしい。

後は人を呼んできて拘束してもらうだけだと、リラが男から距離を取った瞬間。


「──────────────動くな」


「・・・・・・え?」


聞きなれた声にリラが振り返ったその時。

強烈な蹴りが飛んできて、華麗な足さばきが男の顔面にめり込み、そのまま男の体ははるか後方へ吹っ飛んでいく。

男さ声を上げる間もなく倒れ込み、のたうち回る。

突風が吹いたかのような衝撃に一体何がと目を見張るリラの視界に入ったのは、蹴りの姿勢のままのアインハードだった。

騎士団の制服に、黒のローブ。

月の色の瞳は険しく、今にも人を眼光だけで射殺せそうなぐらい。


「騎士様・・・・・・!?どうしてここに!」


「それはこちらの台詞だ!」


アインハードに会えると思っていなかったので驚いていたリラだったが、彼に叱責されてもっと驚いた。

まさか仕事中の彼に助けられるなんて。

その上滅多な事では怒らない彼が、こんなにも声を荒らげるなんて。


「騎士様・・・・・・?怒っていらっしゃるのですか」


「当たり前だ!大切なリラさんがこんな下衆野郎の人質にされているだなんて誰が思う!?どれほど焦ったとも思っているんだ!」


彼の表情を見て、リラは返す言葉に詰まる。


「俺は、リラさんの身に何かあったらと気が気でなかったというのに、どうしてそんな平然とした顔をしていられるんだ・・・・・・!」


そう言うと、もはや言葉にすらなっていないうめき声だけを上げて震える男に、アインハードは剣の切っ先を向けた。

今にも首を斬り落としてしまいそうなぐらいの鬼迫だった。


「わっ!わー!落ち着いてください騎士様、斬らなくてもいいですって!」


その恐ろしさに、リラは彼が黒騎士と呼ばれていたことを思い出した。

普段は温厚でお人好しな彼が、なぜその称号で称えられているのか、はっきりわかった気がする。

しかし、目の前の男が悪人とはいえ、問答無用で斬り殺してしまうなんて非道いことはアインハードにさせられないし、そんな彼は見たくない。

なんとかアインハードをなだめて剣を納めてもらおうとする。


「私が魔法で動けなくしたので、ここで斬ったりしなくてもいいんですよ」


リラとて身を守る術ぐらいは持っているのだ。

リラが男にかけた魔法は、痺れさせるだけの単純なものだが、全身隈無く痺れるので立っているのも辛くなる。

だから男は、今だに地に伏して苦しがっているのだ。

しかし、それよりもアインハードの凄まじい攻撃の方が男にはこたえただろう。


「・・・・・・とにかく、何があったか聞かせていただこうか」


アインハードにそう凄まれて、リラは頷くことしかできなかった。



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