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第十三話 白魔女の決意

あれから数週間経ったが、何事も無かったかのように元の暮らしを続けている。

心配じゃないわけじゃない。

けれど、踏み込んでいいのかどうか迷っている。


「私はどうしたら良いのでしょうね・・・・・・」


仕事へ出かけたアインハードを見送った後、庭の手入れをしながらそうぼやいた。

そろそろハーブが摘みごろだったのだ。

頼れる師匠はここにおらず、かと言って他の誰かに相談することもできない。

ノーディカをはじめ、ペルスネージュやらオリアーヌ等の魔女たちはリラたち契約夫婦をラブラブだと信じている。

それに、魔女の価値観と人間の価値観を一緒くたにすると面倒なことになるのは目に見えている。

魔女たちに相談したところで魔法で何とかすればいいという結論にしかならないだろう。

同じ魔女だからこそ分かることだ。


じゃあ人間に、アインハードに一番近い存在のリーヴェスに相談するかとなると、これまた同様に契約結婚だということがバレる可能性を考えると気が進まない。

そもそもリーヴェスはリラが魔女だとは知らないのだ。

ただの薬師の娘が、魔力のことを詳しく知っているわけがないだろう。

下手に口出しをしてしまえば、疑われるかもしれない。


こんなに悩むなんて自分らしくない、とリラはため息をこぼしそうになる。

考えてばかりでは手も進まないものだから、いっその事今日は庭仕事も程々にして休んでしまおうか、なんて考えていたその時。


「あら、珍しいお客様です」


パタパタと上空から舞い降りてきたのは、一羽の鳩だ。

いわゆる伝書鳩で、小さな手紙を運んで来てくれたよう。

そしてこういった手法を取ってリラに連絡を寄越すのは大抵年寄りの魔女だと決まっている。


「これはペルスネージュからですね。どれどれ・・・・・・」


手紙を受け取ると、役目を終えた鳩は止まることなく一直線に帰っていってしまった。

おそらくノーディカの報告に関してのことなのだろうと薄々感じつつ、紙を開いて見る。


「わっ」


ぎっしり詰まった文字列が宙に浮かび上がり、ぐるぐると溶け合いながら舞い集まると幻影を作り出す。

一瞬にして目の前にペルスネージュの幻影が映し出された。

ペルスネージュは言葉の魔女だ。

国や時代を問わず、様々な言の葉を操り、時には言葉自体を物として操りこうして幻影を作り出したりもできる。

この家にある遥か昔の亡国の童話も、ペルスネージュからの譲り物だ。


『久しいの、リラよ。息災であったか』


幻影のペルスネージュが、幼女姿のまま凛々しい声で喋りかけてくる。

ペルスネージュは隣国に住んでいて、集会以外で会うことはあまりないので、連絡を取る時と言ったらもっぱらこの魔法なのだ。


「お久しぶりです。まあこっちの声は届かないんですけどね」


これは映像を流しているだけにすぎないので、こちらが何を話そうがペルスネージュに届くことは一切ない。

けれど、やはり挨拶を返すことは大切なので律儀に頭を下げてしまうのだ。


『さて、此度お前に文を送った理由は言わずとも分かっているだろうな。そう、お前の結婚についてじゃ』


やはりその話題についてだった。

ペルスネージュの声のトーンが一段と低い。

これは覚悟せねば。


『一体どんな輩と契りを交わしたのか、儂らにも教えて欲しいと思ってのう。ノーディカに探らせに行ったら、なんじゃ、お前たちはずいぶんと仲睦まじいそうではないか』


ノーディカの報告は予想通りの内容だった。

だがペルスネージュの表情を見る限り、それを心から信じているとはとても思えないくらいに険しかった。


『アインハードという名の男、騎士だと聞いたが、よりにもよってお前が騎士を選ぶとは思わなかったぞ』


騎士の何かがいけなかったのだろうか。

ペルスネージュはアインハードの話をする時だけ忌々しそうに顔を歪めた。

騎士団と確執でもあるのだろうか。

よりにもよって、だなんて言われるとは思わなかった。

長く生きているのだから、隣国の魔女とはいえ過去に騎士団と何かあってもおかしくは無いだろう。


『じゃがの、儂はお前たちが仲睦まじい夫婦であるという話がどうにも信じられん。大方夫役として雇ったとかそういうのじゃろう』


ペルスネージュには何もかもお見通しだったようだ。

これはお説教に突入かと焦ったが、どうやらそうではない様子。

ペルスネージュは深いため息をついた後、ふっと笑った。


『正直に白状しろとは言わん。契約でも後に恋情が芽生えることもあるからな。歴代の白魔女の中にも、お前と似たようなことをして呪いを解いた者もいた。お前たちリーンズワールの白魔女の役目は、亡き魔女の無念を晴らすことであって何も恋愛をしろと言うわけでは無い。それで呪いが解けるのなら認めよう。・・・・・・しかし』


それから、真っ直ぐ前を向いてリラを見つめる。

幻影だから目は合わないはずなのに、本物のペルスネージュでは無いはずなのに。

その強い眼差しに見られていると感じた。


『あの幼かったリラが結婚とはな。歳月が気にならなくなるほど長く魔女をやっているとはいえ、やはり月日が経つのは早いものだな』


思い出を懐かしむように、しみじみと語っている。


『お前が初めて集会へ来た時のことはよく覚えておるぞ。最初は先代にくっついてばかりで、恥ずかしがって儂らに顔を見せてくれんかったなぁ』


懐かしいと、ペルスネージュが笑った。

リラも初めて魔女たちの集会へ連れてもらった時のことは覚えている。

綺麗な大人の女性たちに囲まれて、かわいい子ねぇと撫でられお菓子を与えられ、人見知りだったリラはとてつもなく緊張していた。


それだけでない。

先代魔女と出会った日のことだって今でもよく覚えている。


必死であぜ道を駆け抜けて、たどり着いた先の森で出会った美しい一人の魔女。

彼女はぼろ切れのようだったリラに手を差し伸べ、暖かい家庭を与えてくれた。

リラに魔法と薬の知識を教え、生きる術を授けてくれた大切な師匠だ。

過去の記憶に苛まれるリラを癒し、立派な魔女になれるように育て上げてくれた。


師匠がいるから今の生活がある。

彼女の存在は、リラの人生の中で一番大きい。


───────大丈夫、リラには私がいるからね。


夜中、人攫いに捕まった時のことを思い出し恐怖で目が覚めて大声をあげて泣くリラに、そう優しく微笑んで頭を撫でてくれたことはいつだって鮮明に思い出せるのだ。


(小さい頃はよく甘えさせてもらっていたな・・・・・・)


懐かしい思い出に、心が暖かくなっていく。

お茶目で自由気ままな魔女だけれど、優しくてかっこよくて、永遠の憧れ。

折れかけたリラの心を癒してくれたのは、他でもない師匠だ。

だから、自分も師匠のような魔女になりたいと、強く願っていたはずだった。


『どんな結婚生活になるか、不安もあろうが大丈夫だろう。お前の師のように、きっと心を癒す素晴らしき魔女になれるはずだ』


治癒の魔女。

先代から受け継いだその名にはまだ程遠いけれど、リラは確かにリーンズワールの白魔女だ。

表面的なことではなく心から誰かを癒せるような魔女になりたいと、そう憧れを抱いてきたのを、今はっきりと思い出せた。


『ではの。ワルプルギスの夜を楽しみにしておるぞ』


ペルスネージュの幻影は元に戻り、リラの手元に残ったのはびっしりと埋め尽くされた便箋だけ。

どうやら自分は、白魔女の義務に気を取られているうちにいつの間にか目が曇りかけていたようだ。

ペルスネージュの話を聞いて、今一度自分を振り返ることができた。

自分はリーンズワールの白魔女だ。

アインハードの心を癒すのもまた、白魔女のすべきことだ。

契約結婚だからだなんて関係ない。

かつて師匠がしてくれたように、アインハードのことを暖かく包み込んであげたい。


(心を癒す・・・・・・)


できるだろうか。

師匠が自分を癒してくれたように、今度は自分がアインハードの心を癒すなど、大それたことが。

迷いはまだ晴れないけれど、立ち止まってはいられない。


「いいえ。私は白魔女、治癒の魔女!理由がなんであれ、癒すのみ!」


ぐっと便箋を握りしめて、空に向かって決意を叫ぶ。

ここ最近ずっと迷ってきたことがようやく進み始めた。

それならばもう、立ち止まることなく進み続けるべきだ。


「まずは知ることからです。騎士団へ行って、騎士団長様に騎士様のことを教えてもらいましょう」


アインハードの過去に何があったのか、彼は一体何を抱えているのか。

きっと本人は詮索されたくないかもしれない。

確かアインハードは、今日は見廻りに出ると言っていた。

無事に騎士団へたどり着いたところでアインハードに出くわしては意味が無いし、リーヴェスに会えなかったらもっと意味が無い。

けれど、もう思い立った以上立ち止まることはできないのだ。

もし会えなかったとしても、約束を取り付けることぐらいやれなくはないだろう。


部屋へ引き返し、急いで着替える。

庭仕事用の適当な服装から、よそ行きの綺麗なワンピースへ。

髪を梳かし治して、お気に入りのリボンを付ける。

白い髪は目立つだろうから、ローブのフードは深く被っておいた。

これであらかた準備は出来ただろう。


いざ、帝国騎士団へ。



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