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第十二話 白魔女の不安

その後は、リーヴェスと和やかに会話をし無事に本日の任務を完了することができた。

優雅な足取りで帝都へ帰っていく彼の後ろ姿を見て、アインハードと二人でホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。

突然の同居開始に面談もどきに、短期間で色々なことが起きた。

しばらくは騒がしいことも無いだろうし、これでアインハードも仕事に集中できるだろう。


「おやすみなさい、騎士様」


「ああ。おやすみ、リラさん」


おやすみの挨拶をしてから、部屋に戻ってベッドに潜り込む。

リラもこれで今夜はゆっくり眠れるだろうと思ったのだが、夜更けになって急に天気が荒れてきた。


「・・・・・・んん、なんですかさわがしいですねぇ・・・・・・」


激しい雨が窓を叩く音と、遠くから聞こえてくる雷鳴で目が覚めてしまった。

ふわぁっと欠伸をしたら、外が青白くピカっと光って反射的に目を瞑る。


「こんな時期に嵐ですか・・・・・・」


風がびゅうびゅうと吹いている。

薬草園もとい庭と家全体には魔法で防御を貼っているのでその点の心配はいらない。

先々代の建てたこの古い家が今までその形を保っていられたのもその魔法のおかげだ。

あまりうるさいようであれば、クッションを枕元に集めて音を遮断するか。

それとも、いっその事開き直って起きているか。

まだ眠たくてぐんと伸びをすると、コンコンという控えめなノックの音が聞こえてきた。

一瞬、一人暮らしのはずなのに何故と驚いたが、そういえばもうこの家にはアインハードがいるのを思い出した。

まだ寝惚けているらしい。


「騎士様?どうされました」


声をかけると、アインハードはドアを開けることなく向こうから話しかけてくる。

夜半に女性の部屋へ、無闇に立ち入らないよう気を使ってくれているのだろう。

だがリラにはそんな気遣いは不要である。


「すまない、起こしただろうか。なんだか眠れなくてな。こういう時に効く薬はないのだろうか?」


「なんでも薬に頼っちゃダメですよ。でも、それはそれとして安眠用のものならいくつかありますね。あまり辛いようでしたら、何か温かい飲み物でもご用意しましょうか」


「助かる。季節外れの雨で、少し目が覚めてしまったようで」


困ったような声色だ。

精神を落ち着かせたり、眠気を誘発する成分などを使った薬はある。

睡眠薬とまではいかなくても、眠れなくて辛い夜にはうってつけのものだろう。

とにかく、一旦様子を見せてもらおうとドアを開けた。


「酷い雨音ですものね。秋の嵐は中々珍しいですよ。何年か前にあったきりのはずで───────ひゃぁっ!」


ぐるり。

一段と大きな雷鳴が聞こえたと思った直後、世界が急に反転した。

何が起きたのか分からなくて、頭が真っ白になる。


「き、騎士様!?何するんですか!」


アインハードに突然押し倒されたのだ。

逃れようとじたばた手足を動かそうとするが、流石、鍛えているだけあって全く動かない。

彼の腕が支えてくれているので背中を打つことは無かったが、驚きで心臓がどくどくと脈打っている。

互いの体温が直接伝わるような至近距離で、薄い寝間着一枚では暴れだした心臓の鼓動が伝わっていることだろう。


「騎士様・・・・・・?」


青白い雷光が彼の顔を照らした。

その顔を見て、リラは思わず息を飲んだ。

目が虚ろだ。

溶けた月の色をしたアインハードの瞳が、リラのことを見ているようでまるで見ていない。


「騎士様、どうなされたんですか。私を見てください」


なんだか変だ。

怖さはない。けれど、確かな違和感と困惑だけがそこにある。

ゆっくりそう声をかけると、小さな返事が聞こえた。


「───────どこにもいかないでくれ」


何を、言っているのだろうか。

耳元で囁かれた言葉の意図が分からない。


「俺を置いて行くな」


アインハードは苦しそうにリラをぎゅっと固く抱き閉める。

声は今にも消え入りそうで、手も微かに震えている。

さっぱりわけがわからない。

置いていくもなにも、こんなに強く抱き締められていては動くことすらかなわないというのに。


(錯乱している・・・・・・?ついさっきまでは対話が可能な状態だったのに)


夢遊病かと思ったが、直前までは普通だったのでそれはないだろう。

平生の様子を考えても、何か精神に異常をきたすようなことはなかったはず。

今日だって、騎士団長と和やかに会話をしていたし、晩にはリラのお手製の夕食が美味しいと上機嫌で食事をしていた。

可能性としては、リラの部屋に来た時に眠れないと言っていたので、夜が更けて雨が激しく降り出してからだろう。

では一体何が彼をおかしくしたのか。

考えられるとしたらそれは一つだ。


(雷だ・・・・・・)


強い雷鳴が響いた瞬間の、過剰な反応。

押し倒された時はどういうことかと混乱したが、よくよく考えればアインハードはまるでリラを守るかのように抱き締めている。


過去の雷や嵐に関する出来事で、強いトラウマを抱えていると考えるのが妥当だ。

そして彼の幼少期は、リーヴェスから聞いた話では両親を事故で亡くしていると。

そこから導き出されるのは・・・・・・。

リラはそこで考えるのをやめた。

この仮説が正しくてもそうでなくても、今は

一旦アインハードをどうにかするのが先だ。


「よ、よいしょっ・・・・・・!」


ぐっと身体を起こそうとするが、貧弱な少女のリラでは、鍛え上げた肉体を持つ騎士には到底勝てない。

治療の際に包帯を取り替えたりしたので裸体は見ているが、こんなに長いこと(強制的に)触れ合っていると嫌でも体格差を実感させられる。


「え!?え、ちょっと騎士様!?」


「・・・・・・」


なんとアインハードは、気絶したかのようにすっと眠ってしまっていたのだ。

よりによって人の上で眠るとは。

いきなり押し倒されたり、覆いかぶさったまま眠られたり。

もうやりたい放題じゃないか。


「どいて・・・・・・!どいてください重たいです!」


なんとか転がるようにして脱出すると、アインハードをベッドに運ぼうとする。

引きずって動かし、ベッドに押し込むように寝かせる。

その間のアインハードは全く動くことはなく、どこかあどけない寝顔をリラに晒していた。

問い詰めるのは明日の朝でいいだろう。

いまだに雨音は止まず、窓の外からは遠くの稲光が見える。

隣に潜り込めるほど広いベッドでは無いので、リラは大人しく毛布を引っ張りながらリビングのソファで眠ることにした。



──────────────


翌朝、天気は昨日の嵐が嘘のように快晴だった。

庭の薬草たちの様子も変わりなく、雨上がり特有の湿っぽい匂いがしていた。

町の方では騒ぎになっているだろう、昼頃様子を見に行くとするか。

ぐっと伸びをしてから部屋に戻り、朝食の用意をする。

と、その時、だだだっと階段を駆け下りてくる足音が聞こえてきた。

アインハードが目覚めたのだ。

リラが起きた時にはまだぐっすり眠っていたので寝かせていた。


「お、俺は一体何をしてしまったんだ・・・・・・!?」


「おはようございます、騎士様」


アインハードの頭についていた寝癖がぴょこんと跳ねた。

相当慌てているらしい。


「なんで俺はリラさんの部屋で寝ていたんだ!?」


「あなたが昨日の夜、私の部屋に来てそのまま寝ちゃたからですよ。もしかして、覚えていないんですか?」


アインハードは愕然としつつ、考え込んだ。


「分からない・・・・・・昨日の夜、なんだか頭が痛くてあまり気分も優れなかったことは覚えているんだ。けれど、その先の記憶が無くて・・・・・・」


やはり記憶は消えていたようだ。

眉間に皺を寄せて、必死に思い出そうと頑張っている。

覚えていないことは予測していたので、今はそれよりも次に同じことが起きた時のために対策を取らなければならない。


「騎士様はきっと疲れてるんですよ」


リラはアインハードに薬包紙を差し出した。


「栄養剤ですが気休めにはなるでしょう。もとより今日は休日ですし、大人しくしていてください」


中身は栄養剤だ。

もしかすると必要になるかも、と思い用意していた。

アインハードが突然おかしくなったのは、雷雨が原因なのは間違いないはずだ。

ただ、雷がなる度にこれまでも同じことが起きていたのなら少なからず自覚はあるはず。

特に彼はリーヴェスに面倒を見てもらっていたので、リラよりもずっと長いこと近くにいたリーヴェスが何も気づかないはずがない。


(この森の影響を受けているのか、それとももっと別なのか・・・・・・)


リーンズワールの森は、平たく言えば人間には不向きな森だ。

この森は、古から受け継がれてきた魔力に満ち溢れている。

植物も、流れる水も、そこに住む動物も、魔力の影響を受けて通常のものとは異なる生態系を築いている。

森にいるのは力ある幻獣がほとんどだ。

空気ですら、大気に溢れる瘴気を断絶するかの如くに澄んでいる。


ある種の別世界のようなものだ。

美しく清らかな神秘の森。

けれどその魔力は、人外には心地よく、凡人には耐え難い。

拒まれて中に入ることは出来ずとも、近くで暮らしていれば敏感な人は反応することがある。

出会った時の、強い瘴気を浴びても平然と生きていられた様子を考えると敏感ということは無さそうだが、感覚が鋭すぎる故に麻痺しているとも考えられる。

事実、アインハードはリーンズワールの森に拒まれることなくすんなり入り込めていた。


(もしそうなら離婚かなぁ)


薬が苦いと子供のように顔を顰めているアインハードを見て、リラはそんなことを考える。

まさかリラが今まさに離婚を考えているなんて、アインハードは思いもしないだろう。


「リラさん?」


「なんでもないです。朝ごはんにしましょうか」


今までのリラであれば、この瞬間に薬を渡して離婚について切り出すだろうが、そうすることはしなかった。

どうしてだか、アインハードがこの家からいなくなるのはとても惜しい気がした。



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