第十一話 白魔女と騎士団長
一週間後、約束の時間に騎士団長は訪ねてきた。
リーヴェス・エンデンガルト。
エンデンガルト伯爵家の子息であり、若くしてヴェルツェリア帝国騎士団の騎士団長を勤める人物である。
一体どのような人が来るのかとドキドキしていたが、現れたのは二十代後半ほどの見た目男性で話に聞くよりも柔らかい雰囲気のある人だ。
てっきり屈強で武の象徴のような人が来るのではないかと思っていたりしたが、リーヴェスは騎士団長というよりはどこか中性的な美男であった。
「ようこそお越しくださいました、騎士団長様。妻のリラと申します」
できるだけ大人っぽく見えるようにしたかったのだが、急に取り繕っても無駄だと思い敢えていつも通りの装いにした。
それでも、この日のためにやれることは手を尽くしたと思う。
「どうも。いやしかし、これはずいぶんと可愛らしい奥方だね。珍しい髪色だ、美しいよ」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
先程から妙に落ち着きのないアインハードと違い、なんとも爽やかな笑顔である。
髪色に関しては染めたところで今後会う時も染め続けなければならなくなるので、いっその事そのままにしてしまおうと決めた。
こんな白と紫の色では目立つものだから何か言われるかと思ったが、美しいと言ってもらおるとは思っていなかった。
リラのことを昔から知っている町の人々や、特に気にしていないであろうアインハードといるとうっかりリラですら気にならなくなるのだ。
室内へ通すと、リーヴェスは「素敵な家だ」と言い、あちこちを興味深そうに眺めていた。
ブルーマから貰った花束はまだ綺麗に飾られている。
掃除もいつもより念入りにしておいたので問題は無いはずだ。
「アインとの出会いは数ヶ月前の怪我がきっかけだと聞いているよ。アインの看病をしてくれてたんだってね。私に医学の心得はないから尊敬するよ。君のおかげでアインがまた戦えるようになって、本当に感謝している」
「いえ、それほどでも・・・・・・。母に比べたら、私まだ修行中の身ですから」
リラの正体は白魔女ですなんて正直に言えるわけがないので、『薬師の娘』という設定を用意した。
先代を母として、二人はつい最近旅行に出かけたばかりだと言っておく。
普段の白魔女業も薬師とそう大して変わらないのだ、嘘にはならない。
「それにしても、まさかアインが急に結婚するなんてね。それも、私に黙ってなんて」
「それは、大変申し訳なく・・・・・・」
今まで隣で黙っているだけだったアインハードがそう謝った。
緊張しているのか、今日はやけに口数が少ない。
「いや、いいんだ。君が誰かのことを好きになって、それが、私よりも優先したいと思える相手だというのが嬉しいんだよ」
リーヴェスはまるで、父親のような顔で語る。
そう対して歳は離れていないので、兄と言った方がいいのだろうか。
アインハードのことを心から慈しんでいるように見受けられる。
「君は昔から自分のことは顧みない性格だったから、心配していたんだよ。この間の怪我だって、皆を庇って捨て身で戦うようなことをしたからああなったんだから」
「団長、その話はもう分かっていますので・・・・・・」
何度も怒られたのだろう。
しゅんと落ち込み気味になって、苦い顔になった。
普段の洗練された身のこなしを考えると、あの怪我はよっぽど手強い相手だったのかと思っていたのだが、どうやら仲間を庇ってのことだったらしい。
確かに、リーヴェスの言うようにアインハードは自分のことよりも他人を優先しがちなところがある。
この間掃除をしていた時も、リラの頭の上に落ちてきた本から庇ってくれたばかりだ。
(騎士様は普段騎士団でのことをあまり語ってくださらないので、こういう話はもっと聞きたいですね)
リーヴェスは、他にもあの時のあれがこうだとか言いたいことは山ほどあるようで、隣で聞いているだけでも面白い。
「でも、これからは彼女がいるからそんなことは無くなるだろうからね。私も少しは安心できるかな」
「だ、旦那様のことは、誠心誠意見守らせていただきます!」
「あはは、これは頼もしいなぁ」
しゅんとしているアインハードがかわいくて眺めていたら、急にこちらを振り向かれてちょっと驚く。
勢いよく返事をしたは言いものの、我々の関係性は契約結婚なのでリーヴェスの期待したようにはならないのだろうから少し申し訳ない。
「それにしても、騎士団長様は旦那様のことをずいぶん気にかけてくださるんですね」
「それはまあ、子供の頃からの付き合いだからね」
「それほど前からだったんですか?」
「おや、アインはまだ話していなかったのかい」
「いや、それは、話す機会がなかっただけですよ。言わなくていいですから」
結婚までしているのに、お互いのことをあまり知らないなんて奇妙な夫婦かもしれないが仕方ない。
そもそも、アインハードは過去のことを自分からは語ろうとしないのでリラは何も知らないのだ。
無関心、と言われたらそれまでだが、リラとしてはただの契約結婚相手の自分がどこまで踏み込んでいいのかをいまだに測りかねているので、どうにも聞きづらい。
「アインは、元は私の家の使用人だったんだ。私の父とアインのご両親に縁があってね、アインのご両親が事故で亡くなられてから我が家で引き取らせてもらうことになったんだよ。まあ、私とアインは一緒に育った兄弟のようなものさ」
リーヴェスは言わなくていいと言われたそばから暴露している。
(そう言えば、親を早くに亡くしていると言ってましたね・・・・・・)
師匠のことをアインハードに紹介した時のことを思い出した。
勘違いがきっかけで探るつもりは無かったのだが、どうやら騎士団長がこれほどアインハードのことを大切にしているのはそれが理由だったようだ。
「もうアインもいい歳だから、あまり口出しばかりするのは良くないかと思ってたんだけど、やっぱり心配なんだよねぇ」
義兄弟のような存在なら、大切だろうし、結婚相手だって慎重に選びたい。
勝手に結婚してしまったのを怒られなかったのも、アインハードに対して理解があるからで、彼の選んだ選択肢なら肯定したいということなのだろう。
「俺もいい歳なんですから、団長の手を煩わせることは余程のことがない限りありませんよ」
ついこの間に簡単には治らないような大怪我を負っていた人間が何を言う。
毅然とした態度で答えるアインハードを横目に、リラはそんなことを思った。
「まあ確かに、今の君に心配はいらないかもね。でも昔は今より人見知りで堅苦しい性格だったんだから、その時の癖が抜けなくて。あの頃は何をしたって笑ってくれないし、仕事のことばっかりでちっとも相手にしてくれないし。私が良き結婚相手を一生懸命探しているというのに、君は黙って結婚してしまうし」
やっぱりそこは気にしているのか、ちょっと揶揄うようないたずらっぽい顔でリーヴェスはそう言った。
堅苦しいのは今も残っているのだろうが、人見知りで笑わないアインハードとはちょっと想像がつかない。
「そもそも、団長はなぜ貴族のご令嬢ばかり俺に紹介したんです?絶対俺が断るって分かってるでしょうに」
「おや?『伯爵家に相応しい、地位と名誉のある良家の令嬢』が良いと最初に言い出したのは君の方からだろう?」
「いや、言ってませんけど・・・・・・?」
二人揃ってぽかんとして、首を傾げている。
(おやおや、何かすれ違っているようですね)
明らかに二人の会話が噛み合っていない。
お互いがおかしいなぁという顔で不思議がっている。
「大体それ、いつの話なんです?俺の記憶には全くありませんが」
「ほら、私がアインに理想の結婚相手について聞いた時のことだよ」
「・・・・・・?」
全くもって記憶にないという顔だ。
アインハードの理想の結婚相手とやらについて、何か二人の間で行き違っている。
「旦那様?」
固まって考え込んでしまったアインハードを、つんつんと突いてみる。
アインハードは、しばらくの間うんうんと考え込んでいたが、何かを思い出せたようでおもむろにハッと顔を上げた。
「・・・・・・もしかしてそれ、団長の結婚相手についての答えを、俺の理想の結婚相手についてだと勘違いしていません?あの時、『結婚するならどんな人が良いか』って聞いてきたじゃないですか」
どうやらそれで正解だったようだ。
アインハードはその質問が、リーヴェスが結婚するならの場合のことを聞かれたと思い込んでいて、リーヴェスはその逆であったと。
なんともややこしい話だ。
「ああ、なるほどそうだったのか。いやいや、てっきり私はアインがようやく出世してくれる気になったのかと」
「それは絶対にありえませんよ。仕える主がいてこそなのに、俺が出世してどうするんです!」
「そうだよねぇ。やっぱり君はそういう子だったや」
伯爵家のリーヴェスが結婚するなら、相手が良家のご令嬢になるのは至極当然のことだ。
アインハードとしては普通の回答をしたつもりだったし、リーヴェスからしてみたらアインハードが急に地位を磐石にしようとし始めたと捉えられる。
リーヴェスはアインハードの出世を望んでいたので、尚更のことだろう。
あははと二人は仲が良さそうに呑気に笑っているが、アインハードはそんな些細なすれ違いからリラと結婚するに至ったということになる。
(ちょっとこれはまずくないですかね・・・・・・?)
二人の間での誤解が解消された今、リラと違ってアインハードは結婚をした理由が無くなった。
ということは、アインハードは今すぐ離縁してもなんの問題もないことになる。
呪いを解く条件は、『生涯の伴侶』を見つけること。
じゃあ離縁したら、どうなるのか。
それはもちろん、呪いが再発する可能性が出てくることになる。
(いや、でもこんなお人好し騎士様がそんな薄情なことしないですよね)
たとえその時が来るとしても、今は騎士団長の前でアインハードの妻として振る舞うことに集中した方がいい。
頭によぎった嫌な考えは、振り払ってしまおう。
隣で呑気な顔で笑っているアインハードをちらりと見て、リラはその内面の揺れ動きなど無かったかのように談笑に加わった。