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第十話 白魔女と黒騎士のお引越し

「夜遅くにすまない、リラさん。大変申し訳ないのだが、同居を申請したい」


「なんですか、藪から棒に」


ノーディカの一件から数週間程経った頃。

夜になって突然リラの家へ来たアインハードは、開口一番そんなことを言って頭を下げてきた。

既に怪我から回復していて、今日は仕事があると言っていたから、てっきり来ないものだと思っていたので驚いた。

とりあえず、話の詳細を聞くために室内へ通す。

仕事から直帰してきたのか、それとも仕事の途中だったのかは知らないが、今日は私服ではなく騎士団の制服で黒のローブも羽織っていた。

騎士団の仕事で使う関係のものか知らないが、トランクケースも持っていた。

彼が黒騎士と呼ばれる所以はその衣装にある。

たしか、第一部隊の隊長を務めているのだっただろうか。

黒騎士という通り名に違わず、見目が良いだけでなく近寄り難い鋭い雰囲気も出ている。


「実は、また団長から縁談が来てリラさんとの結婚を口実に断らせてもらったのだが・・・・・・」


語り口がかなり重い。

何か良くないことがあったのだと、嫌でも感じさせる様子だ。


「何か不都合でもあったんです?あっ。まさか、離縁しろとか言われました?」


「いや、そうではないんだ。その、団長がリラさんに会いたいと仰っていて」


「あらそうなんですか。でも、それがどうして同居に繋がるんです?」


「それが、同僚たちの間で話が勝手に膨らみすぎていて、リラさんと俺はこの家で共に暮らしていてめちゃくちゃ仲良しの夫婦だということになっているんだ。団長もそれを信じてしまっている」


「・・・・・・なんでそんなことになってるんです?」


リラは頭を抱えたくなった。

めちゃくちゃ仲良しの夫婦とは。

一体どんな噂話をされているんだろうか。


「俺が聞きたいぐらいだ。まさかこんなに騒がれるとは。今までずっと独り身を貫いてきた俺が急に結婚したものだから、騎士団は一日中その話題でもちきりで、それはもう面白おかしく語られている」


生真面目で堅苦しい黒騎士アインハードが、突如としてどこかの少女と結婚したのだから確かにその反応にはうなずける。

当初の設定では、怪我の看病をしてもらったことをきっかけに恋に落ちて結婚したというそれっぽいものを二人で考えて用意したのだが、その設定もますます噂話に拍車をかけているらしい。


「奴らが噂するには、リラさんは料理上手な年上の美人で、俺がそんなリラさんにベタ惚れで、もうどうしようもないくらい骨抜きにされているらしい。どうしたら骨抜きにされているように見えるだろうか?」


ものすごく緊張感のある顔でそんなことを聞いてくるものだから脱力してしまう。


「やめてくださいよ。なんでそこを実践しようとするんですか。ベタ惚れ云々はともかく、私たちが仲良さそうに見えればいいんでしょう」


噂話に振り回されてはいけないと、リラと初めて会った時に十分学んだはずだろうに。

そもそも、リラが年上だという話の時点で破綻している。

姿形を変える魔法はあるものの、一度嘘をつけばそれをずっと続けなくてはいけなくなるのだ。

そんな面倒なことがあってたまるものか。


「そ、そうだな・・・・・・。すまない」


月光のような瞳が頼りなさげに揺れている。

高身長で体格も良いくせに、捨てられた子犬みたいな顔をされると抗えなくなるのでやめて欲しい。


「騎士団長様はいつ来るんです?」


肩書きからして偉い人なのだからこちらから出向くべきではないかと思ったのだが、騎士団長がアインハードの普段の暮らしぶりもみたいそうで、本人たっての希望なら断ることはできない。


「俺たちの都合が良ければ、一週間後がいいと」


「なるほど。でしたら、とりあえずお引っ越しから始めましょうか。部屋なら空き部屋がありますので、そこに用意しましょう」


この家の空き部屋は、先代である師匠の部屋とその夫の部屋、それから客室が一つ。

そして二人は旅行中なのでしばらく帰ってこない。

使っていない家財を退かし、どれかの部屋をアインハードの部屋に変えればいいだろう。


「騎士様は、騎士団の寮に住んでいるんですか?」


「いや、騎士団の寮には住んでいない。同じ団員とはいえ他の誰かと同居するのが苦痛だったから、帝都で小さな部屋を借りている」


しれっととんでもないことを言われた気がする。


「・・・・・・他人と同居するのが嫌なら、私と暮らすのも無理じゃありませんか?」


「いや、その・・・・・・リラさんとならきっと大丈夫だと思うんだ」


彼の中では何かしらの線引きがあるらしい。

自分の何がアインハードを許容範囲に入っているのかさっぱりだが、アインハードがそれでいいなら他に言うことはない。


「ではまずはそこから荷物を持ってきてください。今日はもう遅いのでまた明日ですね。お仕事の都合が悪ければ私が取りに行きましょうか?」


「いや、もう持ってきている」


「え!?」


ばーんと誇らしげにアインハードが差し出したのは、彼が持っていたトランクだ。

普通のサイズで、引っ越しに使うというよりも小旅行用にしか見えないこれに、必要な荷物を全て収めていると。


「本当にこれだけ、ですか・・・・・・?」


「自分の物はあまり持たない主義なんだ。帝都の部屋は、仕事で遅くなってここへ来れない時の為に残しておけばいい。家賃もそれほど高くはないしな」


平然とした顔でそう言うが、物で溢れたこの家に住んでいるリラにとっては中々信じ難い事実だ。


(自分の物は持たないって言ったって、限度がありますよね・・・・・・?)


魔女の秘薬のレシピ本に、数々の辞典。

お気に入りのおしゃれ着に、顔馴染みの魔女たちから貰ったアクセサリー類などなど。

リラが手放せないものなど数え切れないほどあると言うのに、アインハードは両手で事足りるなんて。

自分が余分に物を持ちすぎているのか、彼が物を持たなさすぎなのか分からなくなってしまいそうだ。


「えーっと、じゃあ、それで・・・・・・」


ものすごく動揺しているのが現れている。

この際さっさと受け入れてしまった方がいいだろうと、リラは考えることを諦めた。


「うーんと、じゃあ客室を騎士様のお部屋にしましょう」


客室は一階の端にあり、それなりの広さもある。

このところ客室は使っていなかったが、こまめに掃除はしていたので、今から使っても大丈夫だろう。

ベッドのシーツは新しいものに取り替えて、いくつかクッションを並べておいた。


「それはリラさんの手作りなのか?」


「はい。リビングにあるものと一緒ですよ。騎士様の荷物があまりにも無いものですから、殺風景になってしまったので何か置いておきたくて」


「そうなのか、ありがとう。リラさんは手先が器用なんだな。俺は縫い物は不得手だから凄いと思うぞ」


「いえいえ、それほどでも」


縫い物は先代から教えてもらったものだが、自分の手で何かを作れるのが嬉しくてあっという間に夢中になって上達した。

こうやって、アインハードの趣味ではなさそうなものでも敢えて置くことで、妻の手作りクッションを愛用しているという演出になってくれる。

このクッションも作りすぎて余っていたものだったが、こんな所で活躍できるとは嬉しい限りだ。


トランクの中身の大半は服だったので、クローゼットにアインハードの服を並べればあらかたの引っ越し作業は終わる。


(は、早い・・・・・・)


もう少し、なんというか、飾れないものか。

アインハードはすっかり満足しているようだが、リラが納得いかないのでここでやめる訳にはいかない。

物置にあった使っていない小さな本棚を持ってきたり、花瓶を飾ったりしてみる。

あれでもないこれでもないと繰り返すうちに、少しは生活感のありそうな部屋になった気がする。


「これぐらいで良いでしょう。あとは、数日生活するうちにそれらしくなるはずです・・・・・・何笑ってるんです?」


「リラさんが、楽しそうだから」


アインハードが、ははっと笑う。

自分がそんな緩んだ顔をしていたとは気がつかなかった。

アインハードに懐かれていると思っていたのだが、それはこちらも同じだったらしい。


(なんか、恥ずかしいですね・・・・・・)


首を降って、恥ずかしさを振り払っておく。

こんな思考、自分らしくない。


「そうだ、団長が来る時はその『騎士様』という呼び方は変えた方がいいと思うのだが」


「そうですね、結婚相手に騎士様呼びは不自然でしょう」


そこは盲点だったと、アインハードに指摘されて初めて気づいた。

騎士団長が来るのは一週間後だ、呼び方を変えるなら早いうちに慣れた方がいい。


「もしリラさんが良ければ名前で呼んでくれると・・・・・・」


「旦那様で」


「そう来たか」


「旦那様、と呼ばせていただきますね」


騎士という役職名が駄目なら、旦那という役職名に変更すればいいだけのことだ。

これで準備は完璧だろう。


(あとは、騎士様もとい旦那様の生活にどれだけ合わせられるかですね)


彼は、他人と同居するのが苦痛だと言っていた。

アインハードが何日もここへ通っていた時に、いっその事住んでみればいいのではと提案してみたが、やんわり言葉を濁して断られたのはそれが理由なのだろう。

自分の生活圏は他者に入り込まれたくない。

確かに、そう考える人もいる。

できればこれからの生活で、彼に苦痛ではなく安寧を与えられるようになりたい。

ならば、彼の生活に合わせておくほうが一番良いはずだ。

しかし、普段彼がどのように暮らしているのかは詳しく知らない。

なにせ彼の住所も把握してなかったぐらいなのだ。


(思っていたよりも、私は旦那様のことを何も知らないんですねぇ)


お人好しで仕事中毒者な騎士だとばかり思っていたが、どうやらまだまだ、リラの知らない一面があるらしい。



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