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88 シドの娘

 ナディアはいつものように起床する。昨日はゼウスの安否を確認できただけで安心し、西部へ向かうレインと別れてオリオンの家に戻った。一人になって落ち着いてから、もう一度色々なことを考えて、やはりゼウスの所へ行こうと思った。だから仕事は辞める。


(昨日はシャルロット様がやって来て言えなかったけど、今日こそはリンドさんにちゃんと言おう)


 簡単に朝食の支度をして、配達された朝刊に目を通す。新聞は人間社会のことを知るために購読していた。紙面をめくっていくと南西列島の襲撃についての記事が載っていて、銃騎士隊南西支隊は怪我人こそ出たが誰も死ななかったことを再確認する。

 レインには聞いていたが、怪我をしたのはゼウスではないという話だった。


 新聞の見出しには西部の被害状況が書かれていて、レインが言っていたように南西列島よりもかなり深刻であると思った。やったのは父だ。何とも言えない気持ちが胸を支配する。


 里にいた頃、父たちが「狩り」をすることに対しては、人間たちだってこちらを攻撃したり獣人を攫って殺したりすることもあるのだから、自分たちが対抗するのは仕方のないことだと思っていた。

 人間を襲い食料や金品や資源を奪ってくることは、自分たち獣人が生きていくのに必要だという論をナディアも信じていた。


「狩り」をすることはナディアが里に生まれてから当たり前に存在している行為であり、そのことに対して深く熟考することもあまりなかった。強いものが正しいという里の価値基準にナディア自身もどっぷり染まっていた。


 今思えば、「狩り」に同行することもなく魔の森から外へ出たこともなくて、どこかしら対岸の火事のように感じていたのだと思う。新聞なんてなかったし、こんな風に人間たちの被害をつぶさに知ることもなかった。


「狩り」に疑問を持てるようになったのは、皮肉なことに里から無理矢理連れ出して、もう二度とあそこに戻るなという『死の呪い』をかけてきたオリオンのおかげだ。里から出たことで「狩り」がどういうものだったのかがはっきりと見えてきた。


 オリオンがそこまで考えて行動したのかはわからないけど、気付かせてくれたことには感謝している。


 きっと自分はシド()や里の者たちを(いさ)めなければならなかった。


(あの人が私の言うことなんて聞くわけないけど、人間を殺さずにすむ何某かの方法を模索しなければいけなかったと思う)






 だって私は、あの人の身内だったのだから……




 シドの娘だったのだから…………











 リンドに話をするために、ナディアはいつもより少し早く出勤しようと思っていたが、普段は流し読みする新聞を熟読してしまったこともあって、結局いつも通りの時間に家を出た。


 歩く道の先に古書店が見えてくる。しかし、この時間ならば既にリンドが店を開けているはずなのに、正面のカーテンは閉められたままだ。少し違和感を感じつつも、ナディアは裏手の従業員用通用口に向かった。


「……あれ?」


 鍵が閉まっている。いつもは出勤するナディアの為に、リンドが鍵を開けておいてくれるのにおかしいなと思いつつ、ナディアは渡されている合鍵を使って中に入った。


「おはようございます………… リンドさん?」


 返事はなく、一階の店舗部分にリンドはいなかった。どうしたのだろうと思いながら、ナディアはリンドの住居部分がある二階へと向かう。


「リンドさん、すいません。メリッサですけど」


 ナディアは嗅覚でリンドがいるのは彼の寝室であると気付く。リンドにしては珍しく寝坊だろうかと思いながら扉を叩いてみるが、返事はない。


「リンドさん、具合でも悪いんですか? 失礼しますよ……」


 了承もなく部屋に入るのは悪いだろうかと思いつつ、嗅覚からわかるリンドの様子がぐったりしているようだったので、ナディアは声をかけてから扉を開けた。


 リンドの部屋の中はわりと整理整頓されていて、こざっぱりとしている。壁際にある寝台で眠るリンドの呼吸は少し荒く、顔もいつもよりは赤い。


「やだ! すごい熱!」


 リンドの額を触ってみるとかなり発熱していることに気付く。ナディアが驚いた声を上げると、その声で起きたのかリンドがゆっくりと瞼を開けた。しかしその表情はどこか迷惑そうだった。


「うるさい…… 頭に響く……」


 言いながら、リンドは何度かゴホッゴホッと咳をした。


「完全に風邪じゃないですか」


「ああ…… 昨日久しぶりに怒鳴ったせいかはわからんが、あの貴族女を追っ払った後くらいから喉の調子がおかしくてな…… 寝る前くらいから頭痛と悪寒はしていた」


「薬とかはありますか? ないならお医者さんに行きましょう」


 すると、リンドがジト目でナディアを睨んだ。


「そんなもん行くわけないだろ。俺は医者は嫌いだ」


「子供みたいなこと言わないでください。行きますよ」


 しかしリンドはゴホゴホと咳をしながらナディアに背を向けるように寝返りを打つ。


「こんなもん寝てりゃ治る。悪いが店は臨時休業だ。俺のそばにいると風邪が伝染る。お前はさっさと家に帰れ」


「わかりました、お店は休みにします。じゃあ私、朝ご飯作ってきますね」


「……お前は人の話を聞いていたか?」


「聞いてましたけど、大丈夫です。私、身体だけは丈夫なんで、風邪とかあまりひきませんから。朝ご飯まだですよね? 寝るにしたってしっかり食べて体力つけてからの方がいいですよ」


「いらん。何も食いたくない」


「じゃあお粥だけにしておきましょう。台所お借りしますね」


 踵を返すナディアにリンドは何か言いかけたが、咳き込んでしまってそれは叶わず、部屋から出ていくナディアをただ見送った。


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今作品はシリーズ別作品

完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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